7.ランクアップ
トレーニングとデータ収集を繰り返し10日が経った。
「おめでとうございます! もうDランク昇格なんてすごい順調ですね!」
受付嬢は上品な姿勢を崩さずに驚く、器用な感情表現をした。
微笑みかけられた瑠衣は得意満面の笑みでカウンターに身を預け、受付嬢に顔を近づけた。
「神ってる?」
「神ってますねー」
瑠衣と受付嬢のやり取りを、遊星はロビーの受付カウンターにあるソファで見ていた。
〈――いい御趣味ですね――〉
突然聞こえた音に、遊星は顔をしかめ、視線を逸らした。
「待ってるのに、戻らないから見てただけだ。受付に長居するなんて迷惑だろう」
確かに周囲にはちらちらと二人を見ている探索者がいる。
しかし彼らの様子は受付が空くのを待っているのではなく、明らかに目の保養を目的としている。
「うっ、うんっ……!!」
遊星が露骨に咳払いをすると、不自然な位置で硬直していた数人は居心地が悪そうに移動した。
「浮かれて悪目立ちか。先が思いやられる」
〈――ひねくれていないで評価してあげるべきです――〉
「Dランクは最低限活動していたら到達する最低ランク。スタートラインに立ったからといって浮かれている暇はない」
〈――人のモチベーションはパフォーマンスを左右するのですよ?――〉
「言われるまでも無いが?」
アリスからの返答は沈黙。
「ただいま~」
瑠衣はホクホク顔で遊星の元に駆け寄った。
「長かったな」
「じゃーん」
瑠衣はスマホのDランクライセンスが表示されたアカウント画面を見せてきた。
「……よく頑張った。努力の成果が実ったな。この調子でさらなるランクアップを目指そう」
「なんで早口の棒読み?」
瑠衣は座っている遊星へ手を差し出し、遊星はそれを掴んだ。
ぐっと引き立たたされ、そのまま手を上に掲げられた。
「イェーイ!」
「やめろ、恥ずかしい」
すぐに振り払った遊星は周囲の視線に耐えきれず、出口へ向かう。
「うぅー、喜びを分かち合えー。ノリが悪いと出世できないぞー」
「おれに体育会系のノリを求めるな」
ぴょんと遊星の後ろに付いてくる瑠衣。
2人はいつものファミレスで打ち上げをした。
瑠衣はデザートにケーキを三つ頼んだが、遊星はケーキを頬張る彼女をコーヒーを啜りながら見つめていた。
「太るぞ」
「食べ終わってから言わないでよ」
◇
解散し、遊星はダンジョン方向へと戻る。
ロビーを素通りし、ダンジョン内のトラックへ。
(まぁ、確かに順調なのは喜ぶべきか……)
「ここに住んでいるのか、君は?」
唐突に話しかけられ、驚き振り返る。
夜のダンジョンに身なりの良い、高級な背広を着た男が立っていた。
広い肩幅と鋭い目つき。役人というには柄の悪さがにじんでいる。
その顔に見覚えがあった。
「用があって来た。緋山瑠衣の父だ」
「……そうでしたか。初めまして、月本です」
遊星は嫌な予感がした。
「君に、ギルドを解散して欲しいんだが、問題ないな?」
予感は当たった。
(瑠衣は才能がある二世探索者。当然親である探索者はフリーでスキャンダルのあるおれを専属として認めるはずがない。どう説得したか気になっていたが……)
「いったん、座って話しましょう。ロビーでよろしいですか?」
「そうだな。手続きを、受付してもらおうか」
強硬な姿勢を崩さない緋山。
普段なら言い返すなり、突っぱねるところだが遊星の口は重い。
(緋山崇……元特派の方だったな)
【国家指定特別派遣探索者】
ダンジョン協会に所属する一般の国務探索員とは異なり、非常時に助力を請うレベルのエリートを【特派】と呼ぶ。
遊星にとって探索者の中の探索者である特派だった人間は尊敬の対象であり、逆らうという発想もなかった。
「……あの、娘さんはどう言って……」
「瑠衣には話していない。頑固で、私を聞き入れない。だからこうして出向いた」
緋山のゆっくり間を持たせる話し方は瑠衣に似ている。しかし、瑠衣と違って上から言い聞かせるような威圧感がある。
「お渡ししたいものがあります。こちらへ」
「いいだろう」
鳥居を抜け、受付ロビーを通り過ぎラウンジのカフェに入った。
「私は、彼女に命を救われました。専属は彼女の希望でもあります」
「もう結構だ。元々反対だったがやるなら、真っ当な者と組ませる。君には千載一遇のチャンスなのだろうが、遠慮してくれ」
「そうですか」
強引な方法だが、言い分はごもっともだ。
瑠衣の父の要求を受け入れようと気持ちが傾く。
(……瑠衣はどう思う?)
大人として当然の処置を、感情が拒んだ。
遊星はジャケットの内ポケットから用紙を取り出しテーブルに広げてみせた。
ギルド申請の控えだ。
「契約は初めから一か月としていました」
「そうか、なら早めに切り上げるだけだな」
「あと2週間です。急に解散を切り出せば、勘のいい彼女は何があったか気づくのでは?」
専属が途中で投げ出す。
これは遊星にとって、絶対にしてはならないことだ。
それで弥生は死んだのだから。
緋山は延ばしていた背筋を前のめりにし、遊星をにらみつける。
だが、遊星は眼を逸らさない。
「脅す気か?」
「いえ、家族仲に影響を与えたくはありません。残り二週間、このダンジョンで調整だけを行い、順当に解散。データは引き継ぎます。これが最善です」
2人の間に沈黙の時が流れた。
やがて、緋山は圧を引っ込めてソファの背もたれに身を預けた。
「二週間、何が起きるかわからない。君を見張らせてもらう」
「……どうぞご自由に」
緋山は長い脚をテーブルとソファの間から抜き、伝票を持って早々に立ち去った。
遊星はネクタイを緩め、大きく息を吐いた。
〈――身勝手な男でしたね――〉
「そう言うな。親としておれに娘を預けられないのは理解できる」
遊星はコーヒーを一口啜り、ネクタイを締め直してダンジョンに戻った。




