5.トレーニングデイ
「もう、『弥生さん』と比べないで!!」
協会の屋内トレーニング場で瑠衣が珍しく大声を出した。
過密なスケージュリングで行われる体力トレーニングとデータ収集。
瑠衣は陸上部の合宿並みに走らされていた。
遊星が口に出して比較したことは無い。
しかし、その顔や視線、言葉を選ぶときの間に、如月弥生が存在していた。
「そうだな。悪かった……弥生さんは日本一だった。それにお前とは戦闘スタイルも違う」
「そうだよね」
「だが、これからも比べるだろう」
「なんでよ!」
淡々と答える遊星。
吠える瑠衣。
「ダンジョンに決まったルールなんて通用しない。変化する状況で常に最高のパフォーマンスを発揮する。それが弥生さんにはできていた。それを理想とするのは当然だ」
瑠衣は納得できなかった。
だが反論できない。
もやもやを言葉にできない。
「遊星くんはできないくせに!」
「そうだな」
瑠衣は遊星の膝を見た。
遊星が走れないことは知っていた。
ダンジョン災害の後遺症だ。
「あ、ごめんっ!」
遊星の顔に不快感はない。
ただ、動じず。
それが当然だとでもいうように。
瑠衣はその圧に耐えかねた。
「お便所行ってくる!」
「お手洗いと言え」
全身の酷使。
要求通りこなせないストレス。
それとは違うもやもや。
鏡を見て、自分が自分で無いと感じた。
(お化粧がぐちゃぐちゃだよ……髪もボサボサ……)
瑠衣は遊星の専属を心から求めていた。
だが、今は戻るのも恐ろしい。
育成校時代を思い出す。
2年の夏休み明けから探索科に転科した瑠衣は周りについて行けなかった。
『受付嬢やりなよ、その方が絶対いいって!!』
友達もずいぶん減った。
瑠衣はそれでも探索者にこだわる理由があった。
幼いころから、自衛として父親に槍や薙刀、その他もろもろを教わり、父親の経営する道場の稽古を毎日見ていた。
だが、ある日を境に道場は閉じ、父親は特派のエリートからフリーの探索者となった。
敗北。
探索者に対する世間の目は残酷だ。
たった一度の敗北は配信され、糾弾の的になる。
しかし、父親はまだ生きている。
それは、日本ダンジョン特有の奇跡、あるいは怪奇があったからで……
瑠衣が成った理由は父親の意志を引き継ぐ、仇を討つ、だけではなく、それを追い求めているから。
〈――お悩みですね――〉
「うわっ、アリスちゃん!?」
思わず洗面所のシンクをたたき割るところだった。
〈――誤解しないでください――〉
〈――彼は真剣にあなたの将来を考えています――〉
「それはわかってるけど」
瑠衣は薄暗い廊下のベンチに腰掛けた。
「ウチ、『弥生さん』のこと知らないし」
如月弥生のイメージは、探索者の勧誘広告に載っていたお姉さん。
それと、バズッた討伐動画の上位にいる人。
「動画は見たけど、参考になる人じゃないし」
どの動画も、非常に短い。
国宝の太刀『白抜影今色顕正』に魔力を凝縮させ、斬る。
一刀両断。
〇総再生数2242万回
関西ダンジョン協会の職員、特派42名を殺害した怪人『水無瀬千尋』――寄生型スライムの討伐。
〇総再生数3289万回
高い知能とパワーを持ち、探索者100人殺しと言われたゴリラ型の魔物『霊皇』との一騎打ち。
〇総再生数6889万回
数百名の冒険者がレイドを組み、足止めできなかった20m級恐竜型魔物『ゴジゴジ』をヘリから飛び降りての、首切り。
〈――彼女はただ強いだけでは無かったのです――〉
如月弥生は無類の強さを誇った。
莫大な魔力量と正確な魔力制御。
元自衛官で剣道八段。
身長185cmの長身。
人を食ったような笑顔と美しい黒髪。
しかし私生活はだらしなかった。
「弥生さん、野菜も食べてくださいよ。探索者は身体が資本なんですから」
「あんな葉っぱを食べさせようというのか? 君を助けた私に対する答えがそれか! この恩知らず!!」
「一々昔のことを持ち出さないでくださいよ」
「誰のおかげでそこまで大きくなれたと思っているんだ!」
「日本の農家さん?」
世話のかかる弥生との生活は、仕事上の付き合いを超えていった。
「早く結婚したい。引退させてくれ」
「何を言っているんですか。弥生さんなら生涯現役でいけます。おれが、支えますから」
「私を一生こき使うつもりか。君を助けた私に対する答えがそれか! この薄情者!!」
「でも、弥生さん探索者を辞めてどうするんですか?」
「君の家で専業主婦をしようかな……?」
「いえ、掃除も洗濯も料理もできないじゃないですか……」
◇
〈――二人は固い絆で結ばれていました〉
アリスの話を聞いて瑠衣のもやもやは大きくなった。
「……そんなこと知りたくなかったし」
〈――……そうでしょう。あなたが本当に知るべきことは彼が知っていますから――〉
(ウチ嫉妬して、聞こうとしなかった。元日本一位を知っている人がいるのに。どうしてあんなに強かったのか)
「でもさ、それはさ……ズルじゃん」
〈――槍の極意を父親から教授されたのもズルですか?――〉
「アリスちゃん、レスバつよ」
瑠衣は、それが探索者だと納得した。
自分のフェアプレーの精神は、生きるか死ぬかという状況では意味をなさない。
たとえ、他の探索者より有利であっても、今更だ。
「アリスちゃん、その……弥生さんを殺したって……」
〈――はい〉
「ううん、いい。ウチ遊星くんと話すよ」
〈――そうしてください――〉
戻った瑠衣は遊星に尋ねた。
「遊星くん、弥生さんのこと聞いてもいい?」
「もちろん」
「ウチ、どうすれば弥生さんに、勝てる?」
遊星は思考の影から如月弥生を引き出した。
そんな顔だ。
「パワーとスピード以外、つまりは正確性と、戦闘の幅を持たせる」
「う、うん」
瑠衣は激しく首を縦に振った。
「スーツでいえば、スーツの出力の幅を目いっぱい使い、緩急を意識しよう。訓練では上限を上げた方がいいが、安定性も両立させる。これは誰に勝つどうこうではなく探索者の基礎力、土台となる体力づくりだ」
「はい!」
「それから、おれがお前と比較しているのは弥生さんだけじゃないからな。お前の特性を活かせる人物、全員だ」
瑠衣は、父親を脳裏に浮かべた。
模範とするべき者。
漠然としていた理想像が、輪郭を帯び始めた。




