2.打ち合わせ
いつもと同じ、硬い床の上で寝袋に入っていた遊星は、管制室に差し込む朝日で目を覚ました。
今日は瑠衣と専属について正式に話を進めることになっている。
「今何時だ?」
〈――もうお寝坊さんですね。お昼ですよ――〉
遊星は慌てて身支度を整える。
「なぜ起こさない、ポンコツ」
〈――失礼な。私はこの世でもっとも進んだ人工知能ですよ?――〉
「今は目覚まし以下だけどな」
コーヒーマシンから注がれるコーヒー。
カフェインの摂取で覚醒させる。
遊星は半分ぐらい飲んでから、マグカップの中を興味深そうに覗き込んだ。
「豆変えたか?」
〈――インスタントです――〉
遊星はその味と香りのなつかしさに、頬をほころばせた。
◇
八王子ダンジョンのロビーで待ち合わせしていると、瑠衣が予定時間より早めにやってきた。
瑠衣の休息を鑑み時間に余裕を見て、朝一ではなく昼にした。
広い受付ロビーには要所要所に大画面テレビが設置されている。主に、今ダンジョン内を探索している者たちのLIVE映像だ。
他には、ダンジョン関連のニュース。
『――本日未明、釧路ダンジョン最深部で支配者階級「黒狼」討伐に乗り出したレイドパーティが「メンテの人」を呼びました――」
昨夜あった八王子ダンジョンの危機はトピックスにもなっていない。
取材陣もまばらで、受付嬢と話す程度だ。
「およー」
「……おはよう。よくおれだとわかったな」
「何なのそれ?」
瑠衣はクシャッとした顔で口を尖らせる。
遊星のサングラスとマスクを引きはがし捨てた。
「おいなんだよ。せっかく変装したのに。悪目立ちするだろう」
「こっちのセリフだが?」
瑠衣はいつものラフなスウェットとジャージ。
「ムダムダ。ウチカワイイから。注目は避けられないよ」
「すごい自信だな。だがおれの悪評は否めない。ダンジョンで見ただろう。おれと組むのは公にしないことだ」
「隠れて付き合うみたいだね」
「真面目にやろうな? 仕事だ」
「ご安心を。悪評はウチが塗り替えてあげるから」
ポンポンと肩を叩く瑠衣。
「頼もしいな。その調子でギルドの申請や、報酬の源泉徴収と節税、万が一の保険加入も任せていいか?」
瑠衣は遊星の隣に座り、あざとらしく上目遣いで見つめた。
「……いっしょに、がんばろうネ?」
「そうだな」
〈――私も仲間に入れてくださいな――〉
膝にのせていたラップトップ画面が勝手に切り替わった。
映った3Dアバターに遊星は叫びそうになる。
古めかしいセル画調で動く、青いドレスを着た金髪の少女。
(こいつ勝手に……いや、今更か。瑠衣をダンジョンで呼び出したのはこいつだったな)
〈――この度はうちの遊星が命を救っていただき感謝の念に堪えません――〉
〈――大したお礼もせずに非常識で恥ずかしいことでございます――〉
〈――何か私にできることがあれば何でも仰ってください――〉
瑠衣が画面と遊星を交互に見比べる。
「遊星くんの、お母さん?」
「違う」
〈――遊星の旧友で、V系アイドルをやっております――〉
「旧友……アイドルの幼馴染が?」
遊星は承服しかねたが、納得せざるを得なかった。
V系アイドル配信者――探索者LIVE配信や、ダンジョン情報などを3Dアバターで解説するなどして稼ぐネットアイドルだ。
(アリスが的確な指示を出しながら、正体を明かさない、もっともらしい理由か。アホらしいが……)
「まぁ、そういう感じだ」
〈――そういう感じです――〉
瑠衣は首を上下に振った。
「あ、ダンジョンで連絡くれた方ですよね? その節はどうもー」
(あっさり受け入れやがった。こいつが素直で助かった……)
遊星はホッと、警戒を解いた。
「アリスはサポート役だ。いいな?」
〈――仲良くしましょう、瑠衣さん――〉
「よろしくアリスちゃん。ところでアリスちゃん、何歳?」
口調は大人でも声は幼い。
瑠衣は目を細め、モニター越しに遊星を睨む。
〈――12歳――〉
「うわぁ」
「緋山、アリスの言うことを一々真に受けるなよ。おれをその手の犯罪者予備軍と一緒にするなら今回の話は無しだ」
「冗談だよ~。設定でしょ?」
〈――すいません、冗談も通じないボッチな子で――〉
「おほほ、ホントにね~?」
「やかましい。仕事の話をさせろ」
当面の目標と、期限について詳しく決めることにした。
「ひと月、それで昇級、パーティ加入または企業のスポンサーを取り付ける。いいか?」
「え、たったのひと月? それでギルド解消なの?」
不安そうに、眉を垂れる瑠衣。
「安心しろ。独り立ちできるまでサポートをする。緋山は才能あるから一か月もあれば、引く手あまただよ。課題は明確だからな」
「課題?」
「走れ」
「ヤダ」
プイッと顔を逸らす瑠衣。
「あのな、探索者が体力つけなくてどうするんだよ! 身体にかかる負荷を少なくしスーツのポテンシャルを発揮するにはそれしか無い。そもそも――」
遊星の説教はしばらく続いた。
瑠衣は口をきゅっとして不服そうにし、アリスに助けを求めた。
「アリスちゃん、遊星くんがいじめるの」
〈――こればかりは彼が正しいです――〉
「な、なんと~!」
〈――先の戦いもそうでしたが探索は基本長期戦の連続ですから――〉
〈探索者に一番必要な能力、それは体力なのです――〉
「そういうことだ」
瑠衣が口をとがらせる。
「……ウチ、探索者向いてないかも」
〈――ご安心を!――〉
〈――効率的なトレーニングと日々の栄養管理、食事メニューの作成は私が担当します――〉
〈――瑠衣さんをパリピJKモデルから探索戦士に変えてみせます――〉
「ヤダー」
(元々アリスはそういうプログラムだったからな)
遊星は最初にアリスを起動したときの懐かしい記憶に浸った。
15年も前のことだ。
PC画面のコードと格闘し、一枚のROMにまとめた膝用リハビリソフト。
遊星はダンジョン災害被災後動かなかった膝に、ボディスーツの一部を巻いてアリスに動かせることで立ち上がった。
(――ん? 12歳ってこいつ、微妙にサバ読みやがったな……)
〈――あとは装備ですね――〉
「ふっふっふ、今のウチならなんでも買えるよ」
「物干し竿は戻せよ」
「うん。お母さんに怒られたの」
(あれで狩っているからすごいけどな)
遊星は瑠衣の得物である『長物』で武器の候補もリストアップしていた。
「確認してくれ。ピンときたものがあったら持っていく」
PCに表示されたリスト。
連なるのはどれも名工が手掛けた業物。
魔物の素材や、ダンジョン由来の鉱物で鍛えられている。
例外的に平安時代から戦国時代の逸話を持つ国宝も混ざっている。
現代技術で再現不可能な遺物も、魔力を掛け合わせることで破格の能力を発揮する。
当然それらは一般人が所有するものではない。
「遊星君……悪いことしてる人、ですか?」
瑠衣がプルプル震えている。
「失礼な。真っ当な――」
言いかけて遊星は視線を上に向けた。
アリスに運営させていたそれら業物などの管理財団がどうなっているか、遊星は把握していなかった。
じっとモニターに映るアリスを見つめた。
〈――違法なことは何も――〉
〈――キチンとダンジョン協会で登録していますし――〉
〈――探索者へのレンタルも、御手頃価格です――〉
遊星と瑠衣はホッと息を吐いた。
「そうだ、緋山。髪切っておけ」
「……え? このカット似合って、ない?」
瑠衣がうつむいて身を縮める。
「似合っているが、装甲の間に挟まったら危険だ」
「じゃあ絶対ヤダ」
「なんでだよ」
「それは絶対あり得ないし!」
〈――如月弥生も髪が長かったですね――〉
アリスの横槍に遊星が、押し黙った。
「弥生さんは広報活動もあったから目をつぶってたんだ。危険だと進言したのに、まったくあの人は――」
「あのさ……」
「なんだ?」
瑠衣は言いにくそうにもじもじと横目で遊星をちらちら見る。
「昨日は『瑠衣』って呼んでたのに、なんかよそよそしくない?」
「そうだったか? だが、これからは仕事上のパートナーなのだから、線引きは必要だろう。馴れ合いは組織を腐敗させる」
「弥生さんはいいんだ?」
遊星は瑠衣の切り返しに、しばし思考を巡らせる。
(これは、あれか……弥生さんがおれを遊星と呼んでいた立場に、おれが成っていて……ということは?)
「わかった、瑠衣。おれのことは月本さんと呼べ」
「ヤダ」




