教主という名の異教徒
教主:「私の妻の命を奪ったのは、お前だな!」
倒れ込んでいる男に向かって、彼は言い放った。
「違う! 私じゃない! 頼む、助けてくれ!」
男は床に伏し、恐怖に顔を歪めながら教主を見上げた。
教主:「いや、お前だ! 言い訳は通用せん!」
「本当に私ではないんだ……」男の瞳に絶望が広がる。
教主:「お前だ。神が私にそう告げたのだからな」
「神の間違いではないですか? 本当に私ではないのです!」
教主:「嘘をつくな、私にはすべてお見通しだ」
教主の合図とともに、配下の者たちが男へと歩み寄る。
「来るな……近寄るな……やめてくれ……」
男は震える声で懇願しながら、必死に後ろへと這い下がった。
教主:「連れて行け!」
教主が指図すると、配下たちは男を取り押さえ、連れ去っていった。
翌日。
私は教会へ行き、いつものように仕事をしていた。
例の緑色の髪の男が、二階からひとりの男を連れ下りてくるのが見えた。ここ十数日、彼は毎日同じことを繰り返している。私はなぜ彼がそんなことをするのか、疑問を抱き始めていた。
アンジェル:「ジョヴァンニ、彼は何をするつもりなの?」
私は小声でジョヴァンニに尋ねた。
ジョヴァンニ:「異教徒と見なされた人たちを広場へ連れて行き、過酷な審判を下すのさ」
アンジェル:「そうなんだ……」
ジョヴァンニ:「でも最近、審判の頻度が多すぎる気がするんだ」
アンジェル:「どういうこと?」
ジョヴァンニ:「以前は3日から10日に一度くらいだったのに、最近は毎日のように、時には一日に何度も行われている。父の精神状態は、どこかおかしくなっている気がするんだ」
それからというもの、緑色の髪の男は毎日誰かを審判の場へと送り続けた。
あの日も、私たちは教会で働いていた。
ジョヴァンニ:「父さんは、本当に変わってしまった」
アンジェル:「ああ、毎日誰かが連れ去られていくね」
プリシュール:「このままでは、いずれ僕たちの番が来るかもしれない。今の彼は、少しでも疑いがあれば誰彼構わず捕らえている。僕たちのように保護費を納めていない者は、もうほとんど残っていない」
ジョヴァンニ:「大丈夫、父には二人がちゃんと納めていると伝えてあるよ。でも、僕のことも疑い始めているようなんだ」
それから数ヶ月が経ち、村の人口は日に日に減少していった。
教主:「犯人はお前だな!」
彼は私たちの隣にいた人物の肩に手を置いた。
その人物は恐怖に満ちた顔で振り返った。
「ち、違います……」
教主:「来い」そう言うと、彼は二階へと連行されていった。
プリシュール:「今の彼は、狂える暴君と何も変わらない」
アンジェル:「私たちはどうすればいいの?」
プリシュール:「様子を見るしかない。今の僕たちにはどうすることもできない。彼に目を付けられないことを祈るだけだ」
ジョヴァンニ:「もう、僕の知っている父さんじゃない。毎晩、狂ったように犯人を探すと叫んでいるんだ。家に帰るのが本当に怖いよ」
さらに時は流れ、村にはほとんど人がいなくなっていた。残っているのは身動きの取れない老人や病人のみで、逃げられる者は皆、村を去っていた。逃げられなかった者は、教主によって処分された。
この間、反抗を試みた村人も少数ながらいたが、強大な権力を持つ教主に敵うはずもなく、その小さな抵抗の火は簡単に消し止められた。
ジョヴァンニも毎日、家に帰りたくないと私たちに漏らしていた。いつか父親によって自分も審判台へ送られるのではないかと怯えていたのだ。
やがて教主は、自らの側近さえも一人、また一人と疑い、処分し始めた。彼が正気に戻りかけた時には、この教会にはもう私たちしか残されていなかった。
教主:「ジョヴァンニ、まさか真犯人はお前なのか? それとも、そこにいるお前の友人たちか?」
アンジェル:「真犯人は……あなたの方でしょう!」
教主:「なるほど、お前たちは反逆者か! 者ども、こいつらを捕らえよ!」
しかし、彼の後ろから応じる者は誰もいなかった。
教主:「誰もいないか……ならば、私が自ら手を下すまでだ」
教主は狂気に満ちた目をギラつかせ、一歩、また一歩と私に近づいてきた。
ジョヴァンニ:「やめてくれ!」ジョヴァンニが私の前に立ちはだかった。
教主:「どきなさい。そいつは罪人だ! 処分せねばならん!」
ジョヴァンニ:「父さん、この村で一番多くの人を害したのはあなただ!」
教主:「私が相手にしているのは人間ではない、悪魔だ。何度も言っているのに、なぜ分からんのだ!」
ジョヴァンニ:「でも、あなたがしていることは無辜の民を傷つけているだけだ! どんな理由があろうと、それは間違っている!」
教主:「もういい、お前に言っても無駄だ。そこをどかないなら、お前から先に処分してやる」
ジョヴァンニは微動だにしなかった。
教主:「どうしても退かんか。ならば、お前から……」
その瞬間、長期間にわたる過度な狂気と焦燥感に苛まれていた教主は、突然顔面蒼白となり、力なくその場に崩れ落ちた。張り詰めていた彼の精神の糸が完全に途切れ、二度と立ち上がれなくなったのだ。彼の背後では、プリシュールが用意していた縄を手に、冷静にその様子を見つめていた。
プリシュール:「正気を失った者に道理を説いても無駄だ。これが、最も良い結末かもしれない」
ジョヴァンニは目の前に倒れた父親を見つめた。
ジョヴァンニ:「どうしてこんな風に思うのか分からないけれど……父さんは、これでようやく救われたのかもしれないね」
プリシュール:「さあ、この後の始末は、僕たちで引き受けよう」
50年後――。
「遥か昔、まだ神がいなかった時代、世界は混沌に満ちていた。至る所に悪魔がいたが、ある男が現れ、世界の大部分の悪魔を退治して多くの命を救った。しかし、まだ滅ぼされていない悪魔も残っていた。彼は後世の人々が悪魔に脅かされないよう、保護の仕組みを作ったのだ。この袋に銀貨を入れれば、何枚でも構わない。納めれば、神が悪魔の襲撃から守ってくださるのだよ」
老人の穏やかな声が、教会の隣の広場で子供たちに物語を語りかけていた。
子供:「おじいちゃん、じゃあ昔の十字架の伝説はどうなったの? なんでそんなものがあったの?」
おじいちゃん:「あれはね……人が狂気に支配されて悪魔になってしまわないよう、戒めるためにあったのだよ」
子供:「どうやって見分けるの?」
おじいちゃん:「とても愚かで、哀れな事をしてしまうからさ」
老人は空に広がる夕日を見上げた。
おじいちゃん:「さあ、もう遅い。子供たちは家に帰る時間だ。早く帰らないと、悪魔に捕まってしまうよ!」
子供:「おじいちゃん、バイバイ!」
おじいちゃん:「バイバイ、気をつけてね」
「あの日から、もう50年も経つんだね、ジョヴァンニ」
突然、老人の背後から声がかかった。
ジョヴァンニ:「まだ生きていたのかい、アンジェル」
アンジェル:「当然さ、すこぶる元気だよ! それにしても君は、前任の教主のくせに、どうして仕事をしないんだ?」
ジョヴァンニ:「もう引退して随分経つよ。それに、僕の息子が上手くやってくれているからね。何も心配することはないさ」
アンジェル:「結局のところ、私たちが今こうして穏やかな生活を送れているのは、あの日、彼の狂気が終わりを告げた瞬間から始まったようなものだね」
ジョヴァンニ:「そうだね。そういえば、今の『志納(自由な奉獻)』という穏やかな制度を提案したのは、確かプリシュールだったな」
アンジェル:「ああ、そうだ。彼はあの事件の数年後、この村を去っていったけれど」
ジョヴァンニ:「今頃、どこかで元気に暮らしているといいな」
現在の私たちは、こうして他愛のない話をしながら、人生の最後の時間を穏やかに過ごしている。
いつの日か、私たちは目覚めることのない眠りにつくのだろう。しかし、私たちはより良い信仰の在り方を、次の世代へと確かに引き継いだのだ。
アンジェル(完)
(つづく)




