月明かりに照らされた彼
教会に着いた。
これから、父さんを救い出しに行く。
ジョヴァンニ:「アンジェル、来たね!」
ジョヴァンニの表情はどこまでも落ち着いていて、緊張の色など微塵も感じられなかった。一方のプリシュールは、ジョヴァンニの隣で警戒するように周囲を見回している。彼が慎重に行動しているのがよく分かった。
アンジェル:「うん、みんな揃ったね。行こう」
ジョヴァンニは鍵を取り出し、教会の大きな扉を開けた。
アンジェル:「その鍵、どこで手に入れたの?」
ジョヴァンニ:「仕事の関係さ。僕はいつも一番に教会へ来るから、父からこの鍵を預かっているんだ」
アンジェル:「じゃあ、二階の部屋の鍵は?」
ジョヴァンニ:「当時、効率を良くするためだったのか、教会全体の鍵はすべて共通の仕様になっているんだよ」
父さんを救い出すのは、思ったよりも難しくなさそうだった。
私とジョヴァンニは教会の中へと足を踏み入れた。プリシュールは入り口に残り、私たちのために見張りをしてくれている。
教会の中は一寸先も見えないほど真っ暗だった。
ジョヴァンニ:「これを持ってきて正解だったよ」
そう言ってジョヴァンニは一本の蝋燭に火を灯した。私たちはそのまま二階へと歩みを進めた。
二階へ近づくにつれ、父さんとの距離も縮まっていく。私の心臓は緊張で激しく脈打ち始めた。
ジョヴァンニが足を止めた。父さんが閉じ込められている部屋の前に到着したのだ。
ジョヴァンニが私を見つめ、私も彼を見返した。
ジョヴァンニ:「準備はいいかい?」
ジョヴァンニは鍵を差し出し、私に手渡した。
アンジェル:「ふぅ……。うん、いいよ!」
深く息を吸い込み、私はジョヴァンニから鍵を受け取った。
手がひどく震えていた。緊張しすぎていたのだ。鍵を持った右手をドアの鍵穴に合わせようとするが、どうしても上手くいかない。左手で必死に抑え込んでも、震えは止まらなかった。どうしても鍵が鍵穴に入ってくれないのだ。
ジョヴァンニ:「落ち着くんだ」
その一言で、張り詰めていた気持ちが少しだけ和らいだ。
落ち着くんだ。
もう一度、慎重に鍵を鍵穴へと近づける。今度は、ようやく成功した。
私は震える手で扉を開けた。目の前には、ひとりの男の背中があった。彼は重々しい鎖で椅子に固定され、かすかに頭を上げて、窓から差し込む僅かな月光を見つめていた。
父:「こんなに早い時間か? 構わん、連れて行くがいい。覚悟はできている」
その声は、以前と変わらない父の声だった。
アンジェル:「父さん……」
父:「待て、この声は……なぜお前がここにいる! すぐに戻りなさい! ここは危険だと、あれほど言ったはずだ!」
アンジェル:「父さん、大丈夫だよ。今は安全だから」
父:「ならば、なぜここへ来た? 一体何をするつもりだ?」
ジョヴァンニ:「僕は教主の息子です。あなたをここから救い出しに来ました」
父:「教主の息子だと? アンジェル、なぜお前がそんな奴と一緒にいる。教主の一族は危険だと言わなかったか!」
その声からは、強い焦燥感が伝わってきた。
アンジェル:「彼は他の教主とは違うんだ」
父:「何が違うというのだ」
アンジェル:「後で説明するよ。今は父さんをここから出すことが先決だ」
父:「それは不可能なことだ」
アンジェル:「そんなはずないよ、現に私たちがこうして……」
そう言いながら私は彼の前へと回り込んだ。その瞬間、私は胸が締め付けられるような光景を目にした。
父はあまりにも過酷な禁錮を受け、その身体は衰弱しきっており、自力で動く力を完全に失っていた。その両目は固く閉じられ、もう二度と以前のように私を見つめることはできないかのようだった。
ジョヴァンニ:「この処置は……あまりにも苛烈すぎる」
私に続いて歩み寄ってきたジョヴァンニが息を呑んだ。
私はその光景に衝撃を受け、その場に崩れ落ちてしまった。
父:「これで分かっただろう、なぜ私が逃げられないと言ったのかが」
アンジェル:「父さん、こんな状態になって……痛むんでしょう?」
父:「どうせ最後の審判を待つ身だ。これくらいの苦痛、大したことはないさ」
ジョヴァンニ:「……どうやら、今の状態で無理に連れ出すのは不可能なようだ。僕が将来、教主の座を継いだなら、絶対にこんな悲劇は起こさせない」
父:「相手が異教徒であってもか?」
ジョヴァンニ:「他人の命を脅かすような大罪人で無い限り、僕はこんな真似は絶対に許さない」
父:「ふ、変わった若者だな。教主の家系の口からそんな言葉を聞くのは初めてだ。お前も神を盲信してはいないのだな?」
ジョヴァンニ:「神は信じています。ですが、考えが違うというだけで他者を過酷に罰することを、神が望まれるとは思いません。神は偉大です。偉大だからこそ、あらゆる人々の思想を包容されるはずです。他者を傷つけない限り、神はきっとすべてを受け入れてくださいます」
父:「はは、未来の教主か。ジョヴァンニ、お前はきっと、優しい教主になるだろうな」
父:「さて、お前たちはもう行きなさい」
アンジェル:「父さん、少しだけ話せないかな? あの置き手紙のことなんだ」
父:「いいだろう。どうせこれが最後だ。だが手短にな。巡回が来ればお前たちまで危なくなる。それに、私からもジョヴァンニのことで聞きたいことがあった」
アンジェル:「じゃあ、父さんから話して」
父:「ああ、それならお前たち二人のこれまでの話を聞かせておくれ」
私は父に、私とジョヴァンニのこれまでの物語を語った。
ジョヴァンニと出会った時のことを話すと、
父:「そうか、そんな風に出会ったのだな」
アンジェル:「うん、もうずいぶんと長い付き合いになるんだ」
プリシュールと知り合った時のことを話すと、
父:「プリシュール、彼も神を信じていないのか。教主に目を付けられてはいないかい?」
アンジェル:「大丈夫だよ、彼は無事だ」
父:「今、彼はどこにいる? ここへは来ているのか?」
アンジェル:「下で見張りをしてくれているよ。彼はとても観察眼が鋭いんだ」
父:「なるほど、だから教主の監視の目をかいくぐってこられたのだな」
私は父と長い時間、言葉を交わした。
父:「そろそろ時間だ。早く行きなさい。見つかったら元も子もない」
アンジェル:「……分かったよ」
私とジョヴァンニは入り口へと歩み、扉を閉めようとした。
父:「アンジェル。お前の姿をもうはっきりとは見られないが、最後にこうして話ができて本当に良かった。たとえこれが幻聴だったとしても。愛しているよ、息子よ」
アンジェル:「安心して、幻なんかじゃないよ。父さん、私も愛している」
父:「扉の鍵は、ちゃんと閉めていくんだよ」
私とジョヴァンニは扉を閉め、彼が鍵でしっかりと施錠した。
――『アンジェル、本当は、まだこの世界を見ていたかった……』
どこからか、そんな微かな声が聞こえた気がした。風の鳴き声のように儚く、本当に父がそう言ったのか、それとも私の空耳なのかは分からなかった。
アンジェル:「気のせいかな……今、父さんの声が聞こえたような気がしたんだ」
ジョヴァンニ:「何の声だい? 僕には何も聞こえなかったけれど」
私とジョヴァンニは階段を駆け下り、プリシュールと合流して教会を後にした。それぞれ家へと帰り、翌朝、私たちは何事もなかったかのように再び仕事へと向かった。
広場を通りかかった時、そこには審判がすべて終わったことを示す、静まり返った跡だけが残されていた。
私はその静寂の広場を見つめ、涙を必死に堪えながら、今日も教会の仕事へと向かうのだった。
(つづく)




