クヴァリン
クヴァリンが幼かった頃の話だ。
父:「遥か昔、まだ神がいなかった時代、世界は混沌に満ち、至る所で悪魔が跳梁跋扈していた。だがある御方が現れた。ニルク様という。ニルク様はほとんどの悪魔を退治されたが、一匹だけ別の場所へと逃げ延びた。ニルク様が亡くなるまで、その悪魔が捕まることはなかった。そいつは今もこの世界で災いをもたらしている。ニルク様は村人が悪魔に襲われないよう、保護の仕組みを作られた。彼の末裔が持つ袋に15枚の銀貨を入れれば、ニルク様の加護を受けられるのだ。私たちはニルク様を神と崇め、その末裔である私たちは神の子孫なのだ。この緑色の髪がその証拠だ。神の末裔だけが、この髪色を宿すことができる」
父は一体……
何を言っているんだ?
幼い頃、父はよく神についての話を私たちに聞かせた。まるで見てきたかのように真に迫った話し方だったが、そんなおとぎ話が本物であるはずがない。悪魔なんて見たこともないし、そんなに長生きできるわけがない。こんな話を信じる人なんていないだろう。
弟:「この話は本当なの?」
父:「当然だ。これこそが、私たちが保護費を集める理由なのだから」
あの話が本当だというのか? 荒唐無稽にもほどがある。そんなわけがない。
クヴァリン:「じゃあ、保護費を払わない人がいたらどうなるの?」
父:「保護費を払わない者は悪魔に魅入られ、反転して私たちを脅かすようになる。彼らを異教徒と呼ぶ。村を守るため、私たちはその異教徒に対して最も厳格な追放と審判を下さねばならないのだ」
つまり、保護費を払わなければ悲惨な結末が待っているということだ。道理で誰もが神を信じるわけだ。
父:「だから、もし異教徒を見かけたら父さんに言いなさい。人を連れて処分しに行くから。分かったね」
弟:「分かった」
クヴァリン:「異教徒って、どうやって見分ければいいの?」
父:「良い質問だ。大半の異教徒は神を信じていない。ごく稀に、人に危害を加えたり火を放ったりする者がいる。そういう奴を見かけたら私に言いなさい」
私の弟は、私と同じ緑色の髪をしていた。
彼の考えは父と同じで、異教徒は当然の制裁を受けるべきだと思っていた。
私たちが16歳を過ぎた頃、父は教主の仕事について教えてくれるようになった。
銀貨を回収し、異教徒を捕縛する。そしてもう一つ、私が最も恐ろしいと感じていた仕事があった。異教徒を審判の場へ送ることだ。
あの日、父は私たちを村で一番大きな広場へと連れて行った。そこには大きな十字架があり、ひとりの男が縛り付けられていた。
彼はひどく衰弱しており、衣服はボロボロで、その瞳は絶望に染まっていた。それまで彼がどのような扱いを受けていたのかは想像もつかなかった。
父は処刑の儀式の支度を整え、火のついた蝋燭を私に手渡した。
クヴァリン:「これは、何をするの?」
父:「これで、すべてを終わらせるのだ」
私は怯えた目でその異教徒を見つめ、彼もまた恐怖に満ちた目で私を直視した。
異教徒:「頼む、こんなことはしないでくれ! 私は何も間違っていない! お父さんに言って放してくれ!」
私の手は震えて止まらず、どうしても手を下すことができなかった。彼が本当に間違っていないことを、間違っているのは私たちの方だと知っていたからだ。
父:「死に際になってもまだ往々(おうおう)と言い訳を」
そう言うと、父は私の手から蝋燭を奪い取り、自らの手で厳格な罰を執行した。
しばらくしてすべてが終わり、私たちは家に戻った。
父:「あの異教徒が死に際に言った言葉を覚えているか?」
クヴァリン:「覚えているよ」
父:「異教徒の言葉などすぐに忘れなさい。さもなければ洗脳されてしまう。お前は未来の教主なのだから」
クヴァリン:「僕が未来の教主? 弟じゃないの? 明らかに彼の方が向いているよ」
父:「いや、お前が最も適任だと私は思っている」
クヴァリン:「どうして?」
父:「直感だ」
その「直感」という一言のせいで、私は未来の教主に据えられた。だが、私はそんなものになりたくはなかった。
それ以来、教主の仕事に関することは、父は私ひとりだけを呼び、弟を呼ぶことはなかった。
弟:「兄さん、兄さんならきっと素晴らしい教主になれるよ。頑張って!」
そう言う彼の口元は微笑んでいたが、その悲しげな瞳は本心を隠せていなかった。
弟は心から教主になりたがっていた。昔はよくその夢を私に語っていたし、これまでの仕事にも人一倍真面目に取り組んでいた。私が未来の教主に選ばれるまでは。
それに引き換え、私はどうだ? 銀貨を回収する時はただぼんやりと立ち尽くし、異教徒を捕らえる時は隣を散歩しているだけ。異教徒に罰を下す時なんて、手を動かすことさえできなかった。
どう見ても、弟こそが教主にふさわしい人物だった。
それから瞬く間に5年が過ぎた。私たちは大人になったが、父の体調は日に日に悪化していった。
父:「クヴァリン、ちょっと来なさい」
あの日、父はベッドの上で衰弱しきった体を横たえ、手招きをして私を呼んだ。
クヴァリン:「父さん、どうしたの?」
父:「お前は、神が本当に存在すると思うか?」
なぜ急にそんなことを聞くのだろう。私を試そうとしているのだろうか。
クヴァリン:「当然、信じているよ」
父:「嘘を言いなさい。私はすべて分かっている。お前の行動はあまりにも分かりやすすぎた」
クヴァリン:「そこまで分かっているなら、僕も認めるよ」
父:「本当に信じていなかったとはな。やはり、彼の言った通りだったか」
クヴァリン:「本当に信じていなかった?」
その言葉を聞いた瞬間、私の心臓は凍りつきそうになった。どうやら、私も異教徒として処分されるらしい。
父は私の考えを察したようだった。
父:「安心しなさい、お前を傷つけはしない」
クヴァリン:「それならいいけど。ところで、さっき言っていた『彼』って一体誰のこと?」
父:「物事の判断がつかない幼少期、私たちは他人が言うことをそのまま信じ込んでしまう。だが大人になれば、自然と思考する能力が身につくものだ。そして、物事の真偽を疑い始めた時、周囲の人間は決まってお前の考えを否定し始める。結果として、お前自身も自分を疑うようになってしまう。最後には自分の考えを否定し、かつて自分と同じ考えを持っていた者を否定するようになり、最初に自分を否定した人間そのものになってしまうのだ。だが、彼は違った。彼は私を説得し、私に神の存在を疑わせた。私が教主になってから行ってきたすべてのことを、無意味なものだと気づかせたのだ。だからこそ、私はお前を未来の教主に選んだ。お前なら、これを変えられると思ったのだ。神を信じないというだけで過酷な罰を受ける人間が、この村からいなくなるようにとな」
クヴァリン:「だったら、どうして父さん自身が変えなかったの? なぜ次世代に託すの?」
父:「もう遅すぎたのだ。7年前、私の体はすでに悲鳴を上げていた。私はこの想いを次の者に託すしかなかったのだ」
クヴァリン:「じゃあ、どうして僕が16歳の時、あの異教徒を処分したの?」
父:「あれは本物の犯罪者だったからだ。彼に説得されてから、異教徒を捕らえる基準は変わった。ただ神を信じないだけの者は極力捕らえず、本当に悪事を働く者だけを対象にするようにしたのだ」
クヴァリン:「どうしてそれを今になって話すの?」
父:「私はもう長く生きられないと思ったから、先にこれらを伝えておこうと思ったのだ。さもなければ、私が突然死んだ時、これらのことをお前に託せなくなってしまう。今、こうしてすべてを吐き出せて、本当に良かった」
だが、私は教主になどなりたくなかった。宗教を変えることにも興味はなかった。私はただ、平穏に、普通の人生を全うしたかっただけだ。
翌日、父は息を引き取った。その夜、彼は微笑みを浮かべながら亡くなった。
私は教主の仕事を弟に譲った。父の想いを大まかに説明すると、彼は最初こそ驚愕したものの、やがて父の考えを理解してくれた。
その後、私は村の外れへと移り住み、ひとりの男の子を養子に迎えた。そこで私は平穏な人生を送り、息子には「必要がなければ教会には近づくな」と言い聞かせた。
その私の息子の名は、アンジェルという。
(つづく)




