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「私、ですか?私が一体…。」
リベリオの真剣な眼差しを受け、ナリアは更に混乱した。そもそも自分自身がグラナード家の者になった側なのである。それを今更名前など関係無いと言われ、その理由が自分だと言われ、謎の眼差しを向けられている。
キョトンとしたまま目をパチパチとさせるナリアにリベリオは優しい声を出した。
「ナリー、俺は国王陛下ご一家と大勢の護衛兵が並ぶ謁見の間で、あの王子殿下に言われたんだよ。『この者の婚約者であるナリア・グラナードは私の大切な友人だ』ってな。つまり、お前は国王陛下の御前で友人だと公言されたことになるんだ。そして陛下はそれをお認めになられた。」
リベリオは時間が止まったように固まるナリアに更に追い打ちをかけた。
「それだけじゃ無い。お前がニスカの屋敷に攫われた時も、多くの者を引き連れて殿下ご自身がお前を助けに来られただろう?その時も皆の前で友人だと公言なさったんだ。これがどういう事か分かるか?」
「そんな…だって私は、ラタはただの踊り子だと思っておりましたし、そんな大事になるなんて…。」
「そうであっても、結果的にはお前は『王族の友人』という大変栄誉ある肩書を持ったことになる。それこそ領民にとっては有難い事なんだ。何よりニスカの屋敷での一件で、『王族の友人が治める地に手を出す、それは即ち王族に弓を引くと同義だ』と世に知らしめる事ができる。本当はそこまでの力は無いが、要は周りを牽制できればそれで良いんだ。」
皆の視線がナリアに向けられる。その視線と先ほどのルミゴンの言葉を擦り合わせ、ナリアは呆然とした。ただ公園で腰をくねらせ合っただけなのに、まさかこんな大事になろうとは。
「では、お義父様がもう名など何でも良いと仰ったのは、私がアンバルシアにいる事自体が重要だからでしょうか。」
「そうだ。ナリアはルミゴン・グラナードの娘であり、エスタリカ侯爵家の血も引いている。王族の友人であり、以前村々を回った事で皆がお前自身の人柄も分かっているんだ。つまりアンバルシアの者にとって、ナリアは手放すわけにはいかない存在になった。」
「では、私がデガートを名乗っても…?」
「ナリー…。」
ナリアはリベリオを見て言葉を詰まらせた。リベリオさえいれば良いと口では言っていても、本音では自分がこの世からいなくなった後、唯一残る己の名には愛する男の名が欲しかった。婿養子の話を聞いてそれは叶わぬ願いだと諦めていただけに、ナリアは喜びに胸が震えた。
リベリオの頬に触れ、薄っすらと涙を浮かべてニコリと微笑んだ。
「うむ…まぁ、お前がそう望むのならそれでも構わん。リベリオも今回の一件で国王陛下から一目置かれるようになった。リベリオ・デガートは戦を回避させた英雄だ、とな。それならたとえ爵位を持たぬ騎士だとしてもナリアの夫として申し分ないだろう。アンバルシアの者たちも異議は唱えんはずだ。」
「侯爵様、もしかしてあの謁見はその為に…。私の立場も、ナリーの気持ちも…。」
リベリオの胸に熱いものが込み上げた。これまで散々な目に遭わされてきたが、最終的には自分たちの為だったのだと思えば愛しい思い出にすら思えてくる。ナリアの手を取り、唇をそっと押し当てたところで頭上からルミオの温度の無い声が降ってきた。
「副団長、伯父上の策略はこんなものではありませんよ。まるで息をするように普段からあらゆる方向に手を回しておられるのですから。私の持つ情報網など、伯父上に比べれば小指の爪程しかありませんからね。そんなお方の大事な娘を娶るのですから、覚悟なさって下さいね。」
「お前、一言余計なんだよ…。」
半目になるリベリオを見てルミゴンは思い出したように立ち上がり、机へと向かった。引き出しを開け、取り出した書類をバサッと机の上に放り投げる。一度耳にした事のある重量音と書類の分厚さに、リベリオは目を見開いた。例の調査報告書である。
「こ、侯爵様、それって…。」
「あぁ、そうだ。これを渡そうと思ってな。ルミオ、レアン。」
「はい。」
「何だ?」
「リベリオを押さえろ。」
「「はい!!」」
「へ?」
瞬時にルミオとレアンにガッチリと取り押さえられ、リベリオは頭が真っ白になった。ルミゴンが不敵な笑みを浮かべてゆっくりと歩み寄る。手に持っている報告書をリベリオにチラつかせ、無情な言葉を浴びせた。
「ナリア、来なさい。」
「ちょ、ちょっと!何やってんだオッサン!!」
「そう、それだ。『オッサン』だと?お前は誰に向かってそのような事を言っているんだ?」
「いえ、ですからそれはですね…!ナリー!見るな!」
「私にそのような口を利けばどうなるか、仕置きをしてやろうと思ってな。」
「そ、そんな!お願いします!ナリー!頼むから見ないでくれ!」
ルミゴンはナリアに耳打ちをしながらリベリオに見せつけるように手渡した。半ば発狂しながら暴れるリベリオを押さえつけるように、レアンとルミオが満面の笑みで腕に力を込め続けた。
「ちょ、待っ…お前ら放…!うわぁぁぁ!!」
ナリアの手が報告書の表紙をめくった。最初のページを読み、次々とページを進めるにつれてリベリオの力が徐々に抜けていく。報告書の半分に差し掛かる頃には、完全に灰と化していた。
ルミゴンの視線を合図に、レアンとルミオが力を解く。二人の気配が離れたと同時に、リベリオはジロリとルミゴンを睨み上げた。
「アンタ、よくもっ…」
「ナリア、どうだ?」
「えぇ、とても素晴らしいですね!こんな風になるなんて!」
「ナリー、違うんだ!それは…え?素晴らしい?」
「はい!昨日、お義父様から託されたものの詳細が書かれてあるのです。内装とか、設備とか。…どうなさいました?泣いておられるのですか?」
リベリオはポカンとした顔でナリアを見上げた。フラフラと手を伸ばし、ナリアから書類を受け取る。パラパラと中を見れば、確かに自分の事など一切書かれてはいなかった。名前すらも。
書類を持つ手がわなわなと震え、再びルミゴンを睨みつけた。
「何ですかこれは!!」
「ナリアに渡そうと思っていた計画書だ。何だと思ったんだ?」
「へ!?いや、だから…」
「あぁ、お前が気にしているものならとっくに処分してある。あんなものを残しておいて、万が一他人の目に触れたらどうするんだ。報告を受けてすぐに燃やした。」
ルミゴンがシレッとした顔で言い放つ。目を点にして固まるリベリオを斜め上から見下ろし、ニヤリと笑った。
「え…燃やしたって…。じゃあ、あの時私が見たものは…。」
「うん?もちろんこれだ。お前が勝手に勘違いしたんだろう?」
「『返す』とか仰るから…!」
「返す?何の話だ。誰がそのような事を言った?誰か他に聞いていた者はいるのか?」
「ぐっ…。」
まさに、ぐぅの音しか出ない。思い返せば、団長室で調査報告書について知らされたのも耳打ちだった。背後で笑い転げるルミオに強烈な殺意を感じながら、計画書をテーブルにバサッと置いた。一体、何連敗すれば気が済むのか。
グッタリと項垂れるリベリオを無視するように、ルミゴンは胸を張ってアンバルシア三人組の方へと視線を向けた。
「よし、ある程度の事は決まった。トゥルマ、メントス、レアン。お前たちは今日アンバルシアに戻り、それぞれ準備に入れ。ルミオ、お前は団長室内の引き継ぎの準備に入れ。それからリベリオ、お前は今日の事をリスターに報告しておけ。」
「…分かりました。」
「もう一つ。ナリアにリスターの事を『お義父様』と呼ばせないようにしておけ。もし呼ばせていると分かったら、私の頭の中にあるお前の全てを書面に写すぞ。今度は本気だ。」
「必ず阻止します!」
「よし、では解散!」
*
ドレリア暦1576年、十の月。
空高く晴れ渡る光の下、アンバルシア城の庭園ではデガート伯爵家子息リベリオ・デガートとグラナード侯爵家令嬢ナリア・グラナードの婚姻の儀が厳かに執り行われていた。中央に置かれた祭壇の奥には全身を白いローブで覆った老父が書を手に持ち、聖なる祝詞を囁いている。
祭壇の前では、白と金の衣装に身を包んだ新郎が一人静かに佇んでいた。老父の紡ぐ声を聞きながら、祭壇へと続く一本の道の先をじっと見つめていた。
穏やかな音楽が流れ始め、アンバルシア領主ルミゴン・グラナードに連れられて花嫁が姿を現した。白とラベンダーブルーのドレスに散りばめられた宝石が陽の光を反射して、一層美しく光り輝いている。顔を覆うヴェールをふわりと風に揺らし、膝を折って一礼した。
ルミゴンの腕に回した手をキュッと握り締める。祭壇への道に足を踏み入れる直前に、ルミゴンは腕に乗せた手をポンポンと優しく叩いた。チラと視線だけを上げれば、優しく微笑みながら見下ろすルミゴンと目が合った。
「さぁ、行こうか。」
「はい…!」
ゆっくりと、一歩ずつ祭壇の前で待つ新郎の元へと歩み寄る。数歩手前で立ち止まり、目の前に人の気配を感じたと同時にルミゴンの腕がスッと外れた。そのままそっと手を引かれ、別の温かくて大きな手がナリアの小さな手を優しく迎え入れた。
高鳴る胸にふらつきそうになりつつ、ナリアはリベリオの腕に手を回した。ゆっくりと祭壇の前へと導かれ、二人が祭壇の前に並んでもなお老父は祝詞を捧げ続けた。
静寂に包まれた空間に鳥の囀りが響き渡る。老父は祈りを捧げて新郎新婦に祝福を与え、互いへの愛を誓う言葉を唱えて新郎新婦に向き直った。
「…誓いますか?」
「誓います。」
「はい、誓います。」
「よろしい。では、ここにいる皆が証人です。互いへの愛に、指輪の交換と誓いのキスを交わしなさい。」
二人は向き合い、リベリオはナリアの手を取った。エドラが指輪を乗せた台を差し出すと、リベリオは指輪を手に取り、ナリアの左手の薬指にはめ込んだ。ナリアもリベリオの左手の薬指に指輪をはめ込む。リベリオはヴェールに手をかけそっとめくり上げた瞬間、思わず息を呑んだ。
----ナリー…、何て美しいんだ…!
ヴェールと共に伏せていた目がゆっくりと開かれ、真っ直ぐにリベリオを見つめている。白い肌に陽を受け、艶やかな光を放っていた。
恍惚とした瞳でナリアを見つめ、そっと頬に触れる。リベリオは瞳を閉じて、ナリアの柔らかい唇に優しく口付けをした。
「よろしい。愛し合う若き二人に、永遠の幸福と安らぎがあらんことを。」
盛大な拍手が舞う中、フフ、と互いに笑い合い、リベリオはナリアの手を腕に回した。チラと視線を向けた先にはリスターとカレイラが立っている。リスターは誇らしげに頷き、カレイラは笑顔のまま両頬を涙で濡らしていた。
反対側にはルミゴンが立っている。リベリオと目が合った瞬間、フ、と微笑んだ。
----ほ、微笑んだ!?ナリーじゃなくて、俺に!?
「リブ?どうしました?」
ビシッと固まるリベリオの横からナリアが囁いた。ハッと我に返ってナリアに向き直れば、その愛くるしい姿に再び目を細めた。
「何でもない。さぁ行こうか、ナリー。」
「はい!」
*
大広間へと移動し、祝宴が催された。新郎新婦の入場に、会場が一斉に沸き上がる。祝福の拍手が鳴り響く中、リベリオとナリアは一度離れ、それそれの来賓の元へと向かった。リベリオはニックスの元へ駆け寄り、そのすぐ後ろからルミオが続いた。
「ニック…どわぁっ!!」
「リヴェビオざばぁ~っ!!お、おべで…おべでどうございばずぅ~っ!!」
ドォンッ!!と背中に強烈な体当たりを受け、リベリオは前のめりに倒れそうになった。
「ルミオォォ…お前、何なんだよ一体!いちいち泣き過ぎなんだよ!」
「だって…だって…!やっとお二人がご結婚なさったのですよ!?嬉しいに決まっているじゃないですかぁぁ!」
「ハハハ、ルミオはずっとお前らをくっつけようとしてたんだもんなぁ。ある意味、この中で一番感慨深い思いをしてるんじゃないか?なぁ、ルミオ。」
「そうなのです!本当に、最初はどうなることかと思いましたよ。さっさとナリア嬢の事を聞きやがれこの野郎、って何度思ったことか…。」
「おい、口の悪さが出てるぞ。そういえば団長…いや、ニックスさん、軍務長官補佐官になられたのですよね。」
「あぁ、そうなんだ。ニスカの後ってのが気になるが、上からのお達しだからな。平民出身の者が就くのは初めてらしいからいろいろ言ってくる奴もいるだろうが、まぁ何とかなるだろう。」
「もし何かありましたら、私とルミオが全速力で王都に向かいますよ。」
「いつの間にか頼もしくなったな、お前は…。そうだ、リベリオ。まだ言って無かったな。」
「何でしょうか。」
「ありがとうな。あの時、お前に騎士になって欲しいと言われていなかったら、俺は今ここにはいなかった。お前には本当に感謝して…おい、まだ泣くなよ。これからまだ回らなくちゃならないんだろ?」
「う…はい。ニックスさん、私の側にいて下さって本当にありがとうございました…お兄ちゃん…。」
「ぐうぅ…!」
「リヴェビオざばぁ~っ!ニッグズざばぁ~っ!」
「…。お前なぁ…。」
*
ナリアはリベリオから離れて、最初にラタの元へと歩み寄った。王族が参列するとあって城内はもちろん、城から大分離れた場所まで護衛兵で埋め尽くされている。城の出入りも厳しく管理される為、折角の祝宴に水を差すのは忍びないという理由で、ラタはすぐに王宮に戻ると言い出した。
「ラタ、今日は来てくれてありがとう!すごく嬉しいわ。」
「へへ、友人なんだから当然だろ?それに、こうして誰かの結婚式を見るのも良いもんだって分かったし、俺としては良い経験になった。」
「あら、今まで一度もなかったの?祝宴とか多そうだけれど。」
「他人に興味無かったからなぁ。つーか、王宮の催事っていちいち堅苦しいんだよ。いや、俺にとっては王都そのものが息苦しかった。だから身元を隠して各地を渡り歩いてたんだ。」
「そうだったの…。でも、結局はそれがラタにとって良かったという事よね。」
「うん?そうか?」
「えぇ。初めてラタの踊りを見た時、本当に綺麗だと思ったもの。楽しそうで、生き生きとしていた。だからあの時、後を付けてしまったの。もし王都にいたままだったら、あんな表情は見られなかったかもしれないのでしょう?なら、貴方は旅をして良かったのだと思うの。」
「…そうか。お前がそう言ってくれるなら、そうなのかもしれないな。俺自身、こうしている事が本当に自分のしたい事なのか…ただ反発しているだけなのか、分からなくなる時があるんだ。」
ラタは苦笑交じりに溜息を吐くと、ふと思い至ってナリアの手を取り軽くキスをした。途端に周囲が騒めきだし、驚嘆の声を上げて囁き出した。
「ラ、ラタ!?」
目を見開くナリアを見上げ、ラタはニヤリと目を光らせた。国家間の社交の場以外で王族の者が自ら身を屈めて手に口付けを落とす事など、常識では考えられない。手に口付けを落とすこと自体が、相手への敬愛を意味するからだ。それを一臣下の令嬢に向けて行えば、単なる友人以上の親密な関係であると周囲に知らしめるには十分過ぎる効果があった。
ラタは手を離し、ボソリと呟いた。
「これで、お前がいる間はアンバルシアは大丈夫だろう。」
「え?何?」
「いや。それじゃあ俺はそろそろ帰るよ。俺はまた旅に出るから今度はいつ会えるか分からないが、例のお披露目の日が決まったら教えてくれ。その時は王子としてじゃなく、一人の友人として参加させてもらうからさ。」
「フフ、分かったわ。ありがとう、ラタ。」
*
ラタを門まで見送り、ナリアは大広間へと戻った。ラタに口付けをされてからというもの、周囲から向けられる視線に熱が帯びているように感じる。自分を取り巻く空気の変化にどこか居心地の悪さを感じながら、大勢からの視線にはやはり慣れる事は無いようだ、と苦笑した。
できるだけ人の表情が視界に入らないようにして歩いていると、自分に向かって駆け寄ってくる足音に気付いて顔を上げた。その顔を認めた瞬間、ナリアは緊張で強張っていた頬を緩めて駆け寄った。
「ミネラ!リドット先生!」
「ナリー!おめでとう!とても綺麗よ。ね、リドット先生。」
「あぁ、本当に綺麗だ。ナリー、おめでとう。」
「ありがとうございます。その…いろいろご心配をおかけしてしまって…。」
俯きながらだんだんと声が萎んでいくナリアの姿を、ミネラは呆れた顔で見下ろした。
「ナリーったら、またそんな顔をして!それじゃあリブ様に初恋してた頃と変わらないじゃないの。…なんてね。ナリーは随分変わったわ。さっきからいろんな方とお話ししているナリーを見ていたけれど、とても堂々としてて素敵だった。」
「そうだね。あんなに内気でいつも物陰に隠れていた少女だったとはとても思えないよ。それもこれも、リベリオさんのお陰だね。もちろんナリー自身の努力もあるのだろうけれど、人が変わろうとするのは、そうなりたいと思う理由がある。ナリーにとっては、リベリオさんへの愛だったんだね。」
リドットがふわりと笑う。ナリアは胸に熱いものが込み上げ、リドットの胸に飛び込んだ。肩を震わせるナリアに、ミネラが寄り添う。リドットは二人の娘の頭を優しく撫でて、肩を抱き締めた。
「本当に、ありがとうございました。リドット先生…。」
「僕はあの孤児院にいるからね。またいつでもおいで。幸せになるんだよ、ナリー。」
「そうよ、また遊びに来てね。子供たちと待ってるから。」
「ありがとう、ミネラ。必ず行くわね。」
リドットがナリアの濡れた頬を優しく拭っていると、侍女が声をかけてきた。リドットが一礼してミネラを連れて離れていく。その後ろ姿に寂しさを感じながら、ナリアは侍女に振り向いた。
「そろそろご準備のお時間になりました。どうぞこちらへ…。」
「はい。」
*
侍女に連れられて大広間を後にするナリアの後ろ姿を眺めていると、反対側から一人の貴婦人が静かに歩み寄り声をかけてきた。その表情は穏やかで、歳を重ねてもなお艶めいている。扇子を片手にニコリと微笑み、軽く膝を折った。
「ルミゴン様。娘がお世話になり、ありがとうございました。」
「エドラか。いや、俺はお前たち母娘に恩を返しただけだ。礼を言われる事は無い。」
「あら、ただの恩返しにしては十分過ぎるのではないでしょうか。ここまでしていただく程の事はしておりませんわよ。」
「フン、俺は借りは一切残さない主義なんだ。」
「フフ、相変わらずですね。そういえば、久方ぶりに皆様がお揃いのところをお見かけしました。彼らの方から私にお声をかけて下さったの。以前ルミゴン様のお屋敷でお会いした時は殆どお話しができませんでしたから嬉しかったですわ。皆様随分穏やかになられましたね。」
「まぁな。皆もう良い歳だ。いつまでも若い頃のように馬鹿な事をしているわけにもいかんからな。…レアンは相変わらずだが。」
ルミゴンは息を吐いてグラスの葡萄酒に口を付けた。チラと扉の方を見れば、従者と共に大広間から出て行くリベリオの後ろ姿がある。グラスに視線を戻したところで、エドラが側にいたウェイターから葡萄酒を受け取り「そういえば」と口を開いた。
「その時に皆様からお聞きしましたの。ルミゴン様がナリーに『お義父様』と呼ばれる度に心底嬉しそうにしていた、と。周りにそれがバレていないと思い込んでいる、と。あぁそれから、あれはただの親子愛以上…いや特別だな、と。」
「!!ア、アイツらぁっ…!」
「フフ、何のお話でしょうね。」
「…フッ、やはりお前には敵わんな。ま、あの時俺を信じた甲斐があったという事にしておけ。」
「フフフ、えぇ、そうしますわ。」
ルミゴンとエドラは見つめ合い、グラスを軽く鳴らした。




