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内気令嬢に花束を  作者: みのり
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 しっかりな、と言い残し、リスターはカレイラを連れて部屋から出ていった。ナリアがチラとリベリオを見上げる。まだ自分が言われた事が信じられず、リベリオは呆然と突っ立ったまま扉の方を眺めていた。


 「リブ?大丈夫ですか?」


 ナリアはリベリオの服をツンツンと引っ張り、声をかけた。その声にピクリと反応してリベリオは小さく頷き、一呼吸置いて首を横に振った。


 「あ、あぁ…いや、まさかこんな事になるなんて思ってなくて…。」

 「国王陛下との謁見ですか?確かに凄い事ですよね。国王陛下から直々にお声がかかるなんて、一生に一度でもあれば大変名誉な事ですものね。」

 「そうなんだよ。父上や兄上は普段から王族のお側にいるのが当たり前だから平然と仰っているが、普通はあり得ない事なんだよ。俺みたいに王宮騎士団に所属していても、離れた場所からたまにお目にかかる程度なんだ。それなのに…はぁ、情けない。こういう時に思い知らされるんだよな。」


 リベリオは深い溜息を吐き、頭をガシガシと掻いてベッドにドサリと腰を下ろした。項垂れるリベリオの頭を見ながら、ナリアも椅子に腰を下ろす。少し間を空けて、ナリアはポツリと呟いた。


 「格好悪いって、思っておられるのですか?」

 「…そうだな。まぁ、俺は元々騎士団には嫌々入ったようなものだったから、近衛騎士団(上)を目指そうなんてこれっぽっちも思ってなかったんだよ。さっさと入ってさっさと死ぬつもりだったしな。」


 リベリオは顔を上げ、ナリアの右手を見た。自分のものだという証が、白くて細い指の上で赤く輝いている。リベリオは腕を伸ばし、ナリアの手を両手で包んだ。


 「でも、今こうしてお前が側にいる未来がわかっていたら、本気で上を目指していたかもしれないな。お前が俺の横に立った時、恥ずかしい思いをしないで済むように。」

 「そのような事、冗談でも仰らないで下さい!私はリブの肩書を好きになったわけではありませんよ!」

 「ハハ、分かってるよ。これは情けない自分への言い訳だ。お前は一緒に庭で飛び跳ねていた、ただの男に恋をしてくれたんだろう?」

 「そうですよ!泥だらけで汗まみれのリブに、こ、恋をしたのです!貴方がたとえ騎士でなくても、貴族でなくても、私は貴方に恋をして…ひゃあぁ!」


 リベリオは包んだ手と腕を引いて、膝の上に座らせ抱き締めた。ナリアの肩に顔を埋め、首筋に頬をすり寄せる。ナリアは顔の横で揺れるライトブラウンの髪をそっと撫でた。


 「どうしました?」

 「いや…俺、幸せだなと思って。他の誰かじゃなく、ナリーにこうして愛されているのが嬉しくて幸せなんだ。」

 「フフ、そうですか?私だって幸せですよ。沢山の女性の中から私を選んで下さったのですものね?」

 「お前は、またそういう事を言う!」

 「きゃあ!」


 リベリオはナリアをベッドに倒して身体中をくすぐった。今後の事を考え、今回ばかりは手加減するわけにはいかない。ナリアには口が裂けても言えないが、これまでの経験から女の身体の敏感な部分は熟知していた。


 「アハハハ!ちょっ、やめて下さい!くすぐった…!ヒャ、ヒャヒヒヒヒ!」

 「やかましい!二度とそんな事言えなくしてやる!!」


 身を捩り抵抗する手を払いのけてくすぐり続けるリベリオに、ナリアは涙を流して降参した。


 「分かりました!もう…もう言いませんから!約束します!」

 「分かれば良いんだ。それに選ぶも何も、俺はお前以外の女を選択肢に入れたことすら無いんだからな!」


 リベリオはうつ伏せで息を荒げて身を固めるナリアの隣に寝転がり、ジロリとナリアに視線を向けた。顔を真っ赤にするナリアと目が合った瞬間、ナリアの笑い声が蘇り、リベリオは思わず吹き出した。


 「しかしお前、思いきり笑ったらあんな声が出るんだな。何だよ、『ヒャヒヒヒヒ』って!」

 「自分でも、まさかあんな声が出るなんて思いませんでした…。」


 腹を抱えて笑い転げるリベリオを横目に、ナリアは口を尖らせ上体を起こした。もう今更どんな姿を見られてもそれ程恥ずかしいとは思わない自分に悲しい溜息が出る。リベリオの額をツンと突いてこちらに向かせ、ナリアは静かに口を開いた。


 「リブ。あのニスカという方は、貴方をおびき寄せる為に私を捕らえたのですよね?」

 「…あぁ、そうだ。」

 「では、いつか私にも、何があったのか話して下さいますか?」

 「そうだな。これから同じことを国王陛下にも話さなきゃならないんだ。先にナリーに話しておきたい。練習みたいな真似をして申し訳ないが、構わないか?」

 「フフ、それで十分です。よろしくお願いします。」


*


 翌日の早朝。リベリオは団長室の前で立ち止まり、深呼吸をしていた。取っ手を掴んで扉を開ければ、リベリオの尻を長時間椅子に縛り付ける恐怖の書類整理が待っている。頭より身体を動かす方が得意なリベリオにとって、それは『一人腰骨耐久競技』の始まりを意味していた。


 ----よし、入る!


 意を決して取っ手に手をかけ、力を込めた瞬間大きな声が耳を貫いた。


 「副団長!!もう復帰なさったのですかぁぁっ!?」

 「だああぁぁぁ!!」


 急に身体を強張らせたせいで傷が疼き、リベリオは咄嗟に扉に手をついた。上司にこんな下らない真似をする奴は王宮広しと言えど一人しかいない。ズキズキと痛む身体を押さえながら恨めしそうに振り返った。


 ----コイツ、相変わらず腹立つ笑い方しやがって!!


 飄々とした男ことルミオが口に両手を当てて「プフーッ」と声を立てて笑っている。その笑い顔の目の下に隈ができている事に気が付き、リベリオは心の中で舌打ちをするだけで流すことにした。


 「あー、楽しかった。おはようございます、副団長。もうお身体はよろしいのですか?」

 「おはよう。お前、下らねぇ事する前にそれを言えよ。まだ傷は塞がってないが、机仕事ぐらいはできるからな。今日から復帰することにしたんだ。」

 「そうでしたか。」


 言いながら、ルミオは扉を開けてリベリオを先に通した。通り過ぎ様にチラとルミオの顔を見れば、なぜか嬉しそうに頬を緩めて俯いている。リベリオはその表情に気を取られ、うっかり自分の机の上を直視した。


 「!?」


 リベリオは思わず絶句した。恐る恐る机に近付くも、覚悟していたはずの書類の山が見当たらない。それどころか普段よりも量が少ない事に気が付いた。

 団長の机に視線を向け、自分の机と同じような状態である事を認めてからルミオに振り返った。


 「これ、何でこんなに少ないんだ?まさかお前が一人でやったのか?」

 「はい。今は団長もおられませんから、書類が溜まる一方でしたので。公にはされていませんが、特別に私が処理する許可を頂きました。」

 「許可をもらった?誰にだ。」


 リベリオが首を傾げる。副団長である自分ならまだしも、補佐官に過ぎないルミオにそこまでの権限を与えられる人物となると、相当上の地位にいる人物にしかできない事だ。逆にそんな人物を相手に、補佐官が直接許可を願う事などできるはずが無い。つまり、あり得ない事だということだった。

 ルミオはニコリと微笑み、得意げに言ってのけた。


 「軍務長官のファンゴ・ギハード公爵様です。」

 「な、何だとぉ!?お前まさか、閣下に掛け合ったのか!?何て畏れ多い事をしてるんだよ!」


 ルミオからのまさかの答えに、リベリオは顎を落として目を見開いた。軍務長官はその名の通り国の軍事を司る組織の長であり、兵役に従事する者にとっては王族とは違った雲の上のような存在だった。

 目の前にいる部下が、その人物から直々に許可をもらったと言っている。リベリオが驚くのも無理は無かった。

 リベリオが眉間に皺を寄せて詰め寄ると、ルミオは手と首を振って仰け反った。


 「まさか!いくら私でも、流石にそのような真似はできませんよ。二日前に、閣下の部下の方が許可を出す旨を知らせにわざわざここまで来て下さったのです。」

 「そんな…どうなってるんだ?なぜ閣下がそのような事を…もしかして!」


 リベリオがハッとして顔を上げる。今回の事件に関わっている人物の中で、第五騎士団の現状を知り、かつ軍務長官に意見の言える人物など一人しかいない。


 「まさか…王子殿下が…?」

 「御明察です。あの事件の翌日に伯父上が殿下とお会いされて、今回の件について話をされたそうなのです。そして、その日の午後にニスカを尋問し、白状させた。更に翌日にはアンバルシアからの連絡が入ったので、再び殿下と会われたそうです。それが二日前の事です。」

 「アンバルシアからという事は、あの時捕らえた酒場の店主たちを尋問したって事だな。」


 ルミオが頷く。互いに荷物を置いてリベリオが椅子に座ると、ルミオはリベリオの机の前に立った。


 「ニスカから得た情報と、アンバルシアからの情報を持って、お二人で閣下の元へ行かれたそうです。」

 「ニスカは閣下の補佐官だからな。報告する…というよりも、関わっているんじゃないかと疑われても仕方が無い。それ程今回の事件は衝撃だったからな。」

 「ま、私はそれ程衝撃は受けませんでしたけどね。『やっぱりなぁ~、流石私だなぁ~』ぐらいの感想です。」


 ルミオは胸を張って鼻を高くした。「褒めて!」という空気を無視して、リベリオは話を先に進める事にした。ルミオの不満げな眼差しがリベリオの額に刺さる。


 「で、その様子だと閣下は無関係だったという事だな。万が一関わっておられたらもっと大騒ぎになっているはずだ。」

 「そうです。閣下も今回の事は重く受け止められたようで、見抜けなかったご自身にも責があると仰られて、軍務長官の座を退く意向を示されたのです。」

 「そうか…。」

 「最終的にはお二人に止められたそうですけどね。殿下から『お前が辞めても状況は変わらないのだから、今回の失態を肝に銘じて今後に活かせ』と言われたそうですよ。で、その時ついでに私に書類を処理する許可を出すよう命じられたそうです。」


 リベリオは呆気に取られてルミオを見上げた。きっと今回の事をチラつかせつつ、この国の軍務長官すら斜めに見下ろしながら『俺の甥が書類を捌く事に何か文句があるのか?』ぐらいの事は言ってのけたに違いない。いや、絶対に言っている。

 盛大な溜息を吐くリベリオを余所に、ルミオは「ヤレヤレ」と小さく溜息を吐いた。


 「あの方たちだけは敵に回したくないですよねぇ、本当に。」


 お前が言うな、と心の中で呟きながら、リベリオはカバンから小さな袋を取り出し、ルミオの胸に押し付けた。椅子に座り直すリベリオと手元の袋を交互に見る。人差し指で「開けてみろ」という仕草を向けられ、ルミオは袋を開けた。

 コロンと丸く形付けられた色彩豊かな尾長の鳥が、丸い目をパッチリと開けて首を傾げていた。


 「うわ、可愛い!何ですかこれ?見た事無い生き物ですね。鳥の仲間ですか?」


 リベリオが小さく頷く。椅子にもたれて雑貨屋の店主から聞いた説明を思い返した。


 「それ、『ルミオ』っていう幻想の鳥なんだと。オロヒリアの街の露店で売ってたんだ。」

 「ルミオ、ですか?」

 「どこの国の言い伝えかは知らないが、『自由と愛と理想を求めて大空を羽ばたき、その鳥が囀る歌声を聞いた者に幸せをもたらす』と言われてるんだと。お前にピッタリだと思ってな。遅くなったが宿屋の礼だ、お前にやるよ。書類整理をしてもらった礼は…そうだな、団長が復帰されたらまた三人で飲みに行こう。」


 リベリオがニッと笑って書類に手を伸ばす。書類に視線を落そうとしたところで黙ったまま動かないルミオに気付き、視線を上げた。


 「は?何だお前、どうしたんだよ。」


 リベリオは目の前の状況に唖然として口を開けた。ルミオが人形を手に持ったまま涙を流してリベリオを見つめている。次々と溢れる涙で頬が濡れ、服が濡れるのも構わずに、ルミオは唇を震わせながら口を開いた。


 「副団長…ありがとうございます。大切に飾らせて頂きます…。」

 「え?あ、あぁ、うん。何だ、そんなに嬉しかったのか?それ、よく見たら変な顔しててお前っぽいと思ったんだが…。お前の趣味って分かんねぇよな。」

 「な!?何てこと仰るのですか!人が折角感動したのに!感動した分の時間を返して下さい!」


 フンッ、と顔を真っ赤にして机に向かうルミオの背を、リベリオは目を細めて眺めていた。


*


 「なるほどな…。『自由と愛と理想を求めて大空を羽ばたき、その鳥が囀る歌声を聞いた者に幸せをもたらす』、か。自分にピッタリだと言われたら、そりゃあルミオが泣いて喜ぶわけだよ…。」


 王宮の本殿にある診療室で、リベリオは療養中のニックスに今朝の出来事を話していた。ニックスもリベリオ同様、この診療室に運ばれて治療を受けた直後に熱を出し、昨日の夕方、ようやく熱が下がり始めたという状態だった。今は背中の傷を圧迫しないよう、常にうつ伏せで過ごしている。

 血を多く流した為にまだ意識は朦朧としているが、少しの間なら、と特別に許可を得て入らせてもらった。


 「いや、まさか泣くとは思わなくて…。」

 「アイツはずっと…侯爵の元で汚い仕事もしてきたんだろう?それがたとえ自分の為…任務の為とはいえ…多くの人を傷付けてきたんだ…。」

 「…。」

 「…アイツは口では『他人などどうでも良い』みたいな事を言ってるが…それは、そう言わないと自分が壊れてしまうからだ。自分が自分を否定してしまったら、誰が自分のしている事を肯定してくれるんだよ。たとえ…誰にも認めてもらえなくても自分だけは、って…。そうだろう…?」


 ニックスがチラとリベリオを見る。全てを憎み、全てを諦めていた少し前までの自分の姿が重なり、リベリオは小さく頷いた。ニックスもまた、かつての自分に目を向けていた。


 「そんな自分が…、大好きな上司から『お前は幸せをもたらす存在だ』なんて言われたら、嬉しいだろうよ…。」


 リベリオは何も答えず、ただ黙って控えめに微笑んだ。ルミオがこれまでどんな事に手を染めてきたのかは知らない。それでも自分にはいつも誠意をもって尽くしてくれていた。たとえそれら全てがルミゴンからの『命令』であったとしても、全てが『偽り』だとはどうしても思えなかった。


 ふと、ニックスは思い出したように目を細め、リベリオに視線を向けた。デガート家に保護されたあの日からずっと胸につかえていたもの。それが、ようやく取れたのだ。


 「リスターさんと…通じ合えたんだってな。…良かったな。」

 「団長…。」

 「リスターさんはな…、お前に冷たい事を言った後、いつも傷付いた顔をしていたんだ。酷い事を言われたのはお前のはずなのに…、怯えて立ち去るお前の後ろ姿を、いつも辛そうな顔で見つめていた…。」

 「…。」

 「俺はそれがずっとわからなかった…。でも、リスターさんが理由もなくそんな事をするとは…思わなくてな…。だから、俺も何も言わなかった…。でも…」


 ニックスは顔を顰めてベッドに顔を埋めた。肩を震わせ、シーツをギュッと握り締める。鼻を啜る音と共に震える声を出した。


 「あの時…お前を試験会場で見かけた時…俺は後悔した。俺がお前にきちんと話していたら…、リスターさんの気持ちを伝えていたら、あんな風にならなかったんじゃないかと…心底後悔したんだ…。」

 「団長のせいじゃありません!私が…私が馬鹿だったんです。自分から何も知ろうとはせず、上手くいかないのは父や周りのせいにして…。そうやって自分の下らないプライドを必死で守って、全てから目を背け、逃げ回っていた…。」


 リベリオの涙が頬を伝う。ニックスは手を滑らせ、リベリオに向けて震える手を少し上げた。リベリオがその手を掴むと握り返し、ふわりと微笑んだ。


 「でもお前、今…良い顔してるな。…良かったな。」


 泣き濡れるリベリオの顔を見上げながら、ニックスは静かに瞳を閉じた。


*


 診療室から出て、リベリオは遅めの足取りで廊下を歩いていた。まだ朦朧としている状態のニックスに無理をさせてしまった事を後悔しつつも、頬を緩めて窓の外を見上げた。ルミゴンに目を付けられ、ほんの十日程前にアンバルシアに向かう馬車に乗り込んだのが、今では遠い昔のように感じる。


 ----あの時は、こんな日が来るなんて思いも寄らなかったな。


 リベリオはふと、アンバルシアの事を思った。ここまで多くの事がめまぐるしく過ぎ去ったが、肝心の領主問題が残っている。アンバルシアには一瞬滞在しただけとはいえ、レアンやトゥルマ、傭兵役の兵士たちとは今回の件で共に旅をした仲だ。彼らの将来の為にも、いい加減な判断はできない。


 ----そろそろ、ハッキリさせないとな。


 ルミゴンに言われるがままに、ナリアが領主になる事が本当にアンバルシアの為になる事なのか。リベリオは拳を握り締め、団長室へと向かった。

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