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内気令嬢に花束を  作者: みのり
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 リベリオの寝室から出て、リスターはカレイラを連れて食堂へと向かった。会話も無く、使用人たちからの挨拶に軽く返す程度の口数で歩く。一階に降りてしばらく歩いたところでリスターは立ち止まり、カレイラに振り向いた。


 「私はこのまま食堂に向かうが、お前はもう済んだのだろう?わざわざついてこなくても良いぞ。」

 「いえ、あなたさえよろしければお隣でお茶でも飲もうかと思っています。」

 「ふむ、そうか。だったら好きにしなさい。」

 「はい。」


 カレイラがニコリと微笑む。フ、と笑って、リスターは歩き出した。


*


 リスターは昼食を終え、食後のお茶を啜りながらチラとカレイラを見た。


 ----なぜ何も聞かない?


 チラチラと様子を窺えば、いつもと変わらない様子でお茶を飲んでいる。リベリオを連れて帰ってきた事について何も言わず、何も聞かない。連れて帰った事の方が幻だったかと思う程に関心を示さない。先ほども『仲直りなさったのでしょう』と言っただけで、その過程を一切聞いてこないカレイラに軽い苛立ちを覚え始めた。

 まるで、聞いて欲しい事をわざと聞こうとしない親に拗ねている子供のようになっている自分に、リスターは思わず口をへの字に曲げた。


 「カレイラ。」

 「はい。」

 「なぜ何も聞かないのだ?その…私がリベリオを連れて帰った事について。」

 「そうですね…侍女から聞いた時は驚きましたが、馬車の中にいるお二人を見た時に『もう大丈夫』なのだと感じたのです。ですから、お二人の間に何があったのかはお二人がご存知であればそれで十分…なのだと…思いました…。」

 「カレイラ…。」


 フワリと微笑むカレイラの頬に涙が伝う。ポロポロと零れ続ける涙をそのままに、布で口元を覆った。リスターは立ち上がり、カレイラの隣に座ってそっと肩を抱き寄せた。


 「長い間すまなかったな、カレイラ。…もう一度家族をやり直そう。」

 「はい…!」


*


 夕方、ふと目が覚めたリベリオは、自分を覗き込むアレニスの姿が目に入った。


 「お、リベリオ、気が付いたか?」

 「兄上…?いらしてたのですか…。」


 食事を終えてナリアが帰ったところまでは覚えている。再び上がった熱でぼんやりする頭を横に傾け、アレニスを見上げた。


 「今日、父上からお前が寝込んでいると聞いてな。とりあえず様子だけ見に来たんだ。」

 「そうでしたか…。ご心配をおかけしました。」

 「何を言う。お前への心配など、お前が生まれてからずっとしている事だ。今更気にするな。」

 「え、はぁ、そうですか…。」


 どう応えて良いのか分からず困惑するリベリオを余所に、アレニスはクツクツと笑いながら「それよりな」と続けた。


 「今朝、用事があって王宮の訓練場の近くを通ったんだよ。その時、訓練場の方から父上の声が聞こえた気がして、まさかと思って寄ってみたんだ。そうしたら…。」


*


 『おい貴様っ!何だその剣の振り方は!!この構えで今すぐ千本打ってこい!!お前と、お前と、お前もだ!!後でもう一度確認して、できていなかったらもう千本追加だ!早く行けぇっ!!』


 『踏み込みが遅いと言ってるだろうが!もういい、お前は今からここからあの木のところまで目一杯走って来い。そのまま同じようにここまで戻るんだ。それを一回として百を数えるまで走れ。行け!!』


 『踏み込みが甘い者は奴と同じように走らせるからな!嫌なら死ぬ気で踏み込め!!』


 『お前はさっきからその程度の衝突で何度転べば気が済むんだ!お前はそんなに死にたいのか!?えぇ!?転んだ瞬間身体を貫かれて死ぬと思え!!ちょっとこっちへ来い!』


 『いいか、この牧草の塊を背中に担いだまま腰を降ろせ。そう、そうだ、そこまで下げろ。尻を下げ過ぎるなよ。そのまま足を延ばして元に戻れ。それを一回として二百を数えろ。途中で落としたり倒れたりしたら一からやり直しだ。始めぇっ!!』


 『お前らよく聞け!!お前らの団長ニックスも、副団長リベリオも、リベリオの兄アレニスも幼い頃よりこの厳しい訓練を積んできたんだ!!奴等に出来てお前たちに出来ない訳がない!!分かったか!!』


*


 顔を青くして固まるリベリオに、アレニスは大笑いしながら追い打ちをかけた。


 「本当に驚いたよ。父上があの場にいらした事もそうだが、久しぶりに父上の稽古を目の当たりにして心底鳥肌が立った。俺たちこんな事してたのかよ、って!」


 ハハハ、と笑うアレニスに、リベリオは恐る恐る口を開いた。己の記憶が確かならば、その稽古を受けた者の後の姿が容易に想像できる。


 「あの、その時の部下たちは…。」

 「あぁ、もちろん全員吐いてたぞ。何だ、お前だって覚えているだろう?吐いたぐらいじゃあの父上が許してくれない事ぐらい。むしろ…」

 「えぇ。吐いてからが本番だ、とよく仰ってましたよね…。」


 リベリオが遠い目で天井を見上げる。泣こうが喚こうが、年端のいかぬ幼子を相手に鞭を振るう父の姿が思い浮かび、ハハハと乾いた声で笑った。


 ----俺のせいじゃない。俺のせいじゃない。こうなったのは全部あのオッサンのせいであって、俺じゃない。


 目を閉じ、ブツブツと部下への言い訳を考える。うんうんと顔を顰めて唸るリベリオに、アレニスは顔を近付けて声を落とした。


 「それから、ニスカ・ルッソについても聞いた。奴を捕らえるのにお前が関わっていた事もな。」

 「父上からお聞きになったのですね。」

 「そうだ。俺はな、これでも相当怒ってるんだぞ。お前をそんな事に巻き込んだグラナード侯爵に腹が立ってしょうがないんだ!」

 「ですが、そうしなければ第五騎士団が…。」

 「分かっている。昨日の午後、さっそくニスカへの尋問があった。まぁ、尋問というより拷問だけどな。その時に分かった事があるんだ。まだ公にはできない事だから、誰にも言うなよ。ナリア嬢にもだ。」


 リベリオが小さく頷くのを見て、アレニスは腰を屈めてリベリオの耳元で囁いた。リベリオの目がみるみる大きく見開かれていく。身体を起こしてニッと笑うアレニスの顔を呆然と見上げ、リベリオは震える声を上げた。


 「兄上、それでは…。」

 「あぁ、もしこれが本当ならお前たちのお陰だ。お前はこの国の英雄だよ。」


 「また来るよ」と言って、アレニスは部屋を後にした。アレニスの言葉が耳に焼き付き、リベリオは未だに呆然としたまま天井を見上げた。あの日の団長室でのルミオの言葉が蘇る。


 ----まさか、こんな事になるなんて…。


 ドクドクと心臓が脈打つのは、ルミオの恐ろしい程的中する『憶測』のせいか、それともただ熱が上がったせいなのか。

 リベリオはそっと瞳を閉じて、何度も深呼吸を繰り返した。


*


 広場に向かう馬車の中で、ナリアは窓から流れ込む風に当たりながら火照った頬を冷ましていた。


 ----もう、本っ当に信じられない!!


 翌朝もリベリオの様子を見にデガート家に行き、カレイラと共にリベリオの寝室に向かった。寝ているところを起こさないよう扉をノックせずカレイラがそっと扉を開けて二人で中に入った瞬間、信じられない光景に目を見張った。


 「あなた、何をしているの!?」


 ベッドで寝息を立てているリベリオに、若い侍女が覆いかぶさっている。未遂か事後かは分からないが、驚愕に目を見開く侍女と目が合い、カレイラの怒声が響き渡った。


 「今すぐリベリオから離れなさい!!誰か!誰か来て頂戴!!」


 普段穏やかなカレイラの切り裂くような大声に、使用人たちが何事かと集まってきた。侍女が顔を真っ青にしてベッドから身を離す。カレイラはつかつかと侍女の元へ歩み寄り、そのまま腕を掴んで集まった使用人たちの方へ突き離した。


 「この娘は意識の無いリベリオに無体を働きました。即刻追い出し、この娘の家族にもこの事を通告しなさい。不敬罪で訴えるとも伝えておくのです。わかりましたね?」


 カレイラの抑揚のない冷たい声が使用人たちに向けられる。侍女はガタガタと肩を震わせ、ポロポロと涙を零して声を震わせた。


 「あ…も、申し訳…ございません…。ど、どうか…どうか…それだけは…お許し…。」

 「お黙りなさい。」


 カレイラはピシャリと侍女の言葉を断ち切り、冷たい眼差しで見下ろした。侍女が涙に濡れた瞳でチラとナリアを見る。まだ十代の半ばぐらいだろうか。あどけない顔つきをした少女がガタガタと震えながら助けを乞う表情に、ナリアよりも早くカレイラが反応した。


 「あなたの謝罪など必要ありません。あなたがした事は、リベリオだけでなくこの家の主を侮辱する行為です。これ以上何かを言えば、あなた自身もただでは済みませんよ。」


 侍女はその場に崩れ、肩を大きく震わせてむせび泣いた。カレイラの視線を受けた男たちが素早く動いて侍女を立たせる。そのまま部屋から連れ出そうとしたところで、ふとリベリオが目を覚ました。


 「何…?何だ…?」


 肘で身体を起こし、ぼんやりした顔で扉に集まる人だかりを見る。目をしばしばと瞬かせ、朝日の眩しさに目を細めた。


 「何だ?何かあったのか?母上…ナリーも…?」

 「リベリオ様!!」

 「あっ!」


 侍女が男の腕を振り払い、リベリオの元へ駆け寄り両膝を折って跪いた。顔中を涙で濡らし、震えながらリベリオを見上げる。訳が分からないまま見返すリベリオに、侍女は擦れた声を出した。


 「リベリオ様、申し訳ありません…。申し訳ありません…。」

 「は?何だ急に。何に謝っているんだ?」

 「わ、私…私は…貴方様に…し、失礼を…」


 リベリオが侍女の様子をじっと見つめる。男たちが慌てて駆け寄り侍女の腕を掴んで立たせると、リベリオは咄嗟に声を上げた。


 「待て!乱暴な事はするな!!何があったんだ!」

 「リベリオ、その娘は寝ている貴方に覆いかぶさり無体を強いておりました。私たちの目の前でね。ですから、即刻追い出す事にしたのです。」

 「無体?無体って…何をしようとしたのですか?」

 「貴方に口付けをしていたのよ。私とナリアさんが来なかったら、それ以上の事もされていたかもしれないわね。」


 リベリオがナリアに視線を向ける。咄嗟に視線を逸らすナリアに、リベリオは小さく息を吐いた。


 「…それだけですか?」

 「何ですって?」

 「口付けをしていただけなのですか、と聞いているのです。」

 「だけとは何ですか。立派な不敬行為ですよ。この娘の家にはきちんと法的措置をとるつもりです。さぁ、連れて行きな…」

 「お待ち下さい!!」


 リベリオはベッドから立ち上がり、侍女の腕を引いて背中に回した。唖然とするカレイラを見据え、リベリオは努めて穏やかな声で口を開いた。


 「この者のしたことは、確かに不敬行為に当たります。ですが、それだけのことで法的措置を取るなどいささかやり過ぎでは無いでしょうか。」

 「何を言っているの?この家の事を任されているのは私です。口出しすることは許しませんよ。」

 「重々承知しております。ですから、母上にお願いしているのです。」


 リベリオは兄アレニスから聞いていた事を思い出す。この手はあまり使いたくは無いが、背に腹は代えられなかった。


 ----『母上はお前の見た目が大好きなんだ。』


 フゥ、と息を吐き、瞳を伏せる。カレイラの元へ歩み寄り、両手を取って渾身の憂いを帯びた眼差しで詰め寄った。


 「母上…分かっております。母上がこの家の規律を守るために、厳しい処罰を下そうとなさっている事は分かっているのです。」

 「あ、リベリオ…。だから私は…。」

 「えぇ。ですが、私としてはこのような事でこの者やこの者の家族が必要以上に傷付くのを見るのは辛いのです。私は騎士でありながら自身に迫った気配を感じ取れず、その未熟さ故にこのような事が起こってしまった。私は今日の事を一生悔いる事になるかもしれません。ですから、今回はこの家から追い出すだけで留めて頂けませんか?」


 じっと見つめ、カレイラの手に口付けを落とす。しばらくの沈黙の後、カレイラは静かに口を開いた。


 「…わかりました。今回はリベリオに免じて追い出すだけにしておきましょう。その代わり、今すぐ荷物をまとめて出て行きなさい。今後一切、我が屋敷の周りに近付くことも許しません。もし見つけた場合、即刻身柄を拘束しますのでよく肝に銘じておきなさい。」

 「あ…ありがとうございます!奥様、ありがとうございます!」

 「リベリオ、貴方が今した事…分かっていますね?」

 「はい、分かっております。ありがとうございます、母上。」


 フンッとカレイラが背を向けた途端、侍女はリベリオの胸に飛び込み泣き叫んだ。


 「ありがとうございます…。リベリオ様…ありがとうございます…。」

 「もういい、分かったから。お前も反省してるんだろう?さぁ、早く行け。」

 「う…うぅ…リベリオ様ぁ…!」


 再びリベリオの胸に顔を埋める。リベリオは侍女の頭を優しく撫でて肩を抱き、そっと涙を拭いた。

 侍女は身体を離してリベリオに一礼すると、男たちと共に部屋から出て行った。リベリオが険しい顔で小さく息を吐いて振り返る。その視線の先に、半目で睨みつけるナリアの姿があった。


 「あ、あれ?ナリー?どうした、そんな怖い顔をして…。」

 「いいえ、何も。お元気そうですので今日はこれでお暇させていただきます。」

 「は?何でそうなるんだよ。今来たとこなんじゃないのか?ちょっと待っ…」


 身を翻し、扉に向かうナリアの腕を掴もうと手を伸ばした瞬間、横からバチンと扇子の一撃が入った。骨を直撃したような鈍い痛みが腕を襲う。リベリオが腕を押さえている隙に、二人の間にカレイラが立ちはだかった。


 「は、母上…?」

 「リベリオ、私は先ほど『自分がした事を分かっていますね』と言いましたね?」

 「えぇ。それが、何か…。」

 「あの娘は私たちの目の前で無体を行ったとも言いました。その娘を庇う事は、ナリアさんへの侮辱だと気付かない程、貴方は愚かではないわよね?」


 カレイラの冷たい眼差しに、リベリオの背中が凍り付く。かつてルミオに怒鳴られた、『逆の立場に置き換えて考えてみろ』という言葉を思い出してハッとした。

 恐る恐るナリアに視線を移せば、氷のような表情でリベリオを睨み据えていた。


 「ち、違うんだ、ナリー!そうじゃない!俺がお前を侮辱するなんてこと、あるわけ無いだろう!?それにあの子は…」

 「あ(・)の(・)子(・)…。」

 「往生際が悪いですよ、リベリオ。貴方のそのすぐに人をタラシ込む性質は対人関係において有利な武器となりますが、時として自身をも傷付けるという事を理解せねばなりません。そうでないと、今後何度も今回のような目に遭いますよ。」


 「さ、行きましょう」とカレイラはナリアの腰に手を当てて部屋から出て行った。

 リベリオは呆然と立ち尽くし、突如込み上げてきた吐き気に口元を押さえて崩れた。


*


 ----本当に、何て人なの!しばらく顔も見たくないわ!!


 窓の外を睨みつけ、収まらない怒りに顔を顰めつつナリアは大きく息を吸った。


 ----分かってるわよ。あれぐらいの事で訴えるのはやり過ぎだって。でも、そうしないと他の者への示しがつかないからでしょう?


 ----私だったらそこまではしないでしょうし、リブの言った通り屋敷から追い出すだけに留めるでしょうけれど、やり方ってものがあるじゃない!あんな風にお母上様には色目を使って、あの子には優しく宥めるような事をして…


 ナリアはハッとして顔を上げた。侍女を追い出すに留めるという点では、自分とリベリオは同じ意見だった。ただ、そう判断するまでの過程は違う。


 ----私は、実際にこの目で見て妥当だと思う判断を下した。では、リブは?二人の話だけを聞き、あの侍女を庇う為に、自身の未熟さまで持ち出して判断を下した。これは、結果は同じでも正しい判断方法なのかしら…。


 ----そもそも、追い出すに留めたのは正しい判断だったのかしら。


 リベリオへの怒りを忘れ、ナリアは口に手を当てて考え込んだ。やはり感情に左右されない公正な判断として、最初にカレイラが下した処罰が正しかったような気がしてくる。しかし、自分ならそこまでの事ができるだろうか。

 その時、ふとクレトンの言葉が脳裏をよぎった。


 ----『領主になれば、時に人を裁かねばならん。』


 ナリアの呼吸が止まる。アンバルシアを譲渡され、リベリオと結婚すればどちらかがその領主となる。自分の意思は今は考えないとして、自分がなっても、リベリオがなっても、雇った侍女一人の失態にすら満足に対応できない自分たちに、人を裁く事などできるわけがない。


 ----どうしよう…怖い。私たちに、こんな事が一生付き纏うなんて。


 ナリアは呆然としたまま、両手をだらりと落とした。

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