↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
内気令嬢に花束を  作者: みのり
PR
72/84

72

 リベリオが振り返り、鋭い視線をリスターに向けている。いつの間にか見上げるまでになった息子の体躯が時の流れを感じさせ、リスターはリベリオの目を見つめたまま口を開いた。


 「お前は幼い頃から弱い者、小さきものを守る心の優しい子だった。実際、お前はニックスを助けただろう。相手が素性の分からぬ者であれ、優しい笑顔を向けられ手を差し伸べられただけで、お前はニックスを信じ、危険を顧みず助けようとしたんだ。私はそんなお前を誇りに思うと同時に、お前の未来を恐れた。私と同じ道を歩むことになりはしないかと。」

 「…俺とアンタは違うだろう。立場も違うし、背負っているものも違うんだ。」

 「それは、今だからそう言うのだろう?もし優しい心を持ったまま、人を疑う事を知らないままのお前だったなら、どうだ。想像できるか?」


 リベリオは口を噤んだ。愛を乞う気持ちに蓋をした途端、リベリオに残されたのは凶暴な承認欲と厭世観だった。群がる女たちを相手に優越感に浸りながら笑顔の裏に隠された意図を見抜き、それを利用する。男の笑顔の奥にある嫉妬心すら、自分に向けられているというだけで快感だった。

 そんな事を繰り返しているうちに、人から向けられる表情や感情に一切の関心が無くなっていった。幼い頃の自分がどんな性格だったかなど覚えてはいないが、もし笑顔一つで相手を信じるような大人になっていたらと思うと、背筋に寒気が走る。


 「で、何が言いたい。笑顔に騙されるような大人にならなかった事をアンタに感謝しろって?自分が俺たちにしてきた事は正しかったとでも言いたいのか?」

 「いや、そうではない。…私が間違っていた。すまなかった、リベリオ。」


 リスターがゆっくりと頭を下げる。リベリオは目の前の光景に息を呑み、固まったままリスターの頭を見下ろした。


 「お前が先の戦に旅立った時も…そして前線に立たされると聞いた時も、こんな事に巻き込まれたと知った時も、私は心底後悔した。なぜもっとお前に優しくしてやれなかったのか。なぜもっとお前と会話をしなかったのか。なぜもっと…お前を抱き締めてやらなかったのか。お前を強くしようとしてきた事のはずなのに、全てに後悔しか残らなかったのだ…。」


 双眸から溢れる涙がリスターの頬を伝う。リベリオの身体がギクリと強張り、呼吸が止まった。父親が頭を下げるところも、涙を流すところも見たことは無い。荒んでいた頃は頭の中で、父親が泣いてやめてくれと懇願しても何度も殴り続ける状況を想像した事もあった。

 それなのに、初めて見せた涙が自分への謝罪の為だという事に、リベリオは眩暈がするほどの罪悪感で胸が締め付けられた。こんなはずではなかったのに。


 「…すまなかった、本当に…。お前が私を恨むのは当然だ。だが…せめて最後の親の務めとしてお前をグラナード家に送る事を…許して欲しい。今の私がお前にしてやれる事はそれだけなんだ。もし、私とは関わりたくないと言うのなら、すぐにでも家門をアレニスに渡しても良い。だから…せめてデガート家の者として堂々と…」

 「もういい!」


 リベリオは声を上げ、リスターの言葉を遮った。声が震えないよう喉の奥に力を込めて声を振り絞った。


 「頭を上げて下さい…。以前兄上から、父上がなぜ私に厳しく接しておられたのかは聞いていました。母上がなぜ見て見ぬ振りをするような態度を取られていたのかも。」

 「リベリオ…。」

 「そして…父上と兄上が領地の惨状を立て直そうと奔走されている間、私は何も知らないまま碌に家にも帰らず、一人フラフラと…。」


 その頃の自分があまりにも情けなく、言葉が続かない。リベリオは拳を握り締めて顔を上げ、姿勢を正して真っ直ぐにリスターに向き直った。


 「父上。私は、家の一大事に何も出来なかった不甲斐ない自分を心から反省しております。申し訳ございませんでした。」


 リベリオが静かに頭を下げる。少し躊躇いがちに伸ばされたリスターの両腕に優しく抱き締められた瞬間、リベリオの後ろでルミオが泣いた。


 「うぅ…うえぇぇ…!ふえぇぇえぇぇ!!よ、良がっだ…良がっだでずぅ~!!副団長(ふぐだんぢょお)ぉぉ~!!お父上様(ぢぢうえざば)ぁぁ~!!」」


 うぉう、うぉうと泣き叫ぶルミオの声を背中で受けながら、リベリオは半目でリスターの抱擁を受けていた。リスターの身体にそっと腕を回す。初めて触れる父親の身体に、リベリオは今度こそ目に涙が溢れた。


 「副団長(ふぐだんぢょお)ぉぉ~!!私(わだじ)…私(わだじ)は…ずっど副団長(ふぐだんぢょお)について行きま…」

 「だーもうっ!!耳元でやかましい!お前絶対わざとだろ!!大分離れてたくせに何でちょっとずつ近付いてきてんだよ!!」

 「何がダメなんですか!本当に心配したのですよ!」

 「それと人の耳元に顔を近付けるのと何の関係があるんだよ!お前がわんわんうるさいせいで泣くに泣けなくなったじゃねぇか!」


 リベリオがリスターを抱き締めたままルミオと喚き合っていると、喚くルミオの姿がどんどんと離れて小さくなっていった。ルミオの後ろにチラと視線を移せば、困り顔のバロットが背中から腕を回してズルズルと引っ張っていく姿が映った。

 大きく息を吐き、リスターに視線を戻す。いつの間にかナリアを抱き締めるように胸の中に収めていた事に気付き、喉をヒュッと鳴らして身体を離した。


 「うわぁぁ!申し訳ありません、父上!!」

 「い、いや…大丈夫だ。気にするな。」


 ----ルミオォォォォ!!


 少し赤面するリスターを見てルミオへの怒りが込み上げる。親子仲が良かろうが悪かろうが、父親が頬を染める面など間近で見たいものでは無い。

 すっかり涙も干上がりギリギリと奥歯を鳴らしていると、リスターはフフッと笑ってナリアの元へ行った。


 「ナリアさん、無事で何よりだ。さぞかし怖い思いをしただろう。」

 「お父上様…。助けに来ていただき、ありがとうございます。」

 「いや、私はこの男に無理矢理巻き込まれたようなものだ。礼には及ばない。」

 「お義父様に?」


 ナリアがキョトンとした顔でリスターを見上げる。同時に、リスターはジロリとルミゴンを横目に見据えた。


 「…おい、ルミゴン。お前この子に『お義父様(おとうさま)』と呼ばせているのか?」

 「あぁ。それがどうした?」

 「なぜ私がお父上様で、お前がお義父様なんだ!おかしいだろう!!」

 「フン、何を言う。事実、ナリアは私の娘なのだから当然だろう。お前は元(・)婚約者の父親なんだ。お父上様でも十分すぎるぐらいだ。」

 「クッ…お前こそ、元婚約者の父親だったくせに…!」


 ----どういう事?お二人に何があったのかしら。


 目の前の二人の会話に、ナリアは目を丸くした。ルミゴンから聞いた二人の過去によってできた溝など、微塵も感じさせない空気がそこにある。ギスギスした空気よりは全然良いが、思っていたのと違う空気にナリアは困惑の目をリベリオに向けた。

 ナリアの視線の先では、リベリオが頭を下げてラタと向き合っていた。


 「殿下直々の御助力、誠に…」

 「あー、いいよいいよ。俺は友人に会いに来ただけなんだから。アイツらが勝手に俺の後をついてきただけなんだよ。ちょーっと人数多かったけどな。」


 ニカッと笑うラタにつられ、リベリオはフフ、と笑顔を浮かべた。頬を緩ませた美男の笑顔にナリアの胸が高鳴る。二人はナリアの視線に気が付き、手を差し伸べて側に来るよう促した。


 「ラタ…貴方様は王子殿下でいらしたのね。私ったら、そうとも知らずご無礼を…」

 「ナリア、今更敬語は要らないって言っただろ?お前は砕けた話し方を許されたからって、無礼な真似をする女じゃ無いってわかってるから言っているんだ。公の場以外では俺を呼ぶ時もラタのままでいい。」

 「まぁ。フフ、それじゃあそうするわ。ラタにはもっとたくさん踊りを教えてもらいたいもの。話し方を気にしすぎてステップが頭に入らなくなっちゃう。」


 ナリアはニコリと笑ってすぐにリベリオの方へ向き直り、そっと腕に触れた。先ほどからリベリオの足取りがふらついているように見える。すでに目は伏せられ、顔色は土色にまで悪くなっていた。


 「ねぇ、リブ。怪我をしているのではないですか?先ほどから顔色が…リブ?リブ!?きゃあ!」


 ナリアが言い終わる前に、リベリオの身体がグラリと傾いた。ナリアは咄嗟に支えようと腕を伸ばしたものの支えられる訳もなく、そのまま床に倒れ込んだ。


 「どうしました!?副団長!副団長!!」


 ルミオが足早に駆け付ける。グッタリと横たわったまま微動だにしないリベリオを仰向けに寝かそうと身体に触れた瞬間、ぬるりとした感触が手の平に伝わった。


 「きゃあぁ!リブ!リブ!!」

 「これは…!ナリア嬢、私は兵を呼んで参りますので副団長をお願いします!」


 ルミオは駆け足で階段を下り、外で待機している兵を呼んだ。すぐに数人の兵が駆けつけリベリオの服を裂いていく。布を巻きつけようと身体に手を伸ばした途端、兵士たちの手が止まった。

 互いに顔を見合わせ、ぼそぼそと囁き合っている。裂いた服を軽く戻し、腕や足、背中を確認し始めた。


 「何をしているのです?出血が酷いんだ!早く副団長の手当てを…」


 捲くし立てるルミオと震えるナリアに向かって、兵士の一人が穏やかな声で口を開いた。


 「大丈夫です。切り傷は複数ありますが、切り裂かれたような大きな傷はありません。多分、他の者の返り血がかかったのだと思います。」

 「返り血…?それじゃあ、副団長は…。」

 「はい。眠っておられるだけのようです。」

 「は?」


 ルミオは呆気に取られて床で仰向けに横たわる上司の顔を見下ろした。よく見れば、目の下には酷い隈ができている。髭も剃っておらず、頭も身なりもボロボロになっていた。


 「私が屋敷に連れて帰る。ルミオ君、すまないが馬車を用意してもらえるだろうか。」

 「お父上様…。畏まりました。すぐに手配して参ります。」


 リスターがナリアと向かい合うように座り込み、リベリオの顔を見つめてそっと額に触れた。


 「ボロボロだな…。」

 「えぇ、本当に。眠っておられるだけで良かったです。」

 「リベリオはオロヒリアから休む間もなく馬を走らせてここまで戻ってきたからな。王都に着いたのは今日の昼を過ぎた頃だ。その後すぐにこれだけの大立ち回りをしたのだから、倒れない方がおかしい。」


 座り込むナリアの隣から、ルミゴンが横目に見下ろして言い放った。リスターは声を低くしてジロリとルミゴンを睨み上げた。


 「お前…巻き込んだ張本人が他人事のように…。」

 「何が他人事だ。今朝も言っただろう。コイツは俺の息子になるんだ。これぐらいの事はやってもらわねば娘や民を任せる事などできん。」

 「何だと?どういう意味だ!」

 「おいおい、お前ら良い歳して口喧嘩なんかすんなよ。コイツはお前ら二人にとって大事な息子なんだろ?そいつが無事に帰ってきて疲れて寝てる。今はそれでいいじゃねぇか。それより…」


 ラタがルミゴンとリスター、そしてバロットに視線を向けた。リスターが立ち上がり、姿勢を正す。バロットも歩み寄り、ラタから数歩手前で足を止めた。


 「今回の件だが…ルミゴン・グラナード侯爵、お前が仕組んだことなのか?」

 「はい。私の元に軍務長官補佐官のニスカ・ルッソが奴隷売買を行っているという情報が入りました。それをきっかけに今回の行動を起こした次第でございます。」

 「ふ~ん、きっかけって事は、本体があるんだよな。それは国王陛下のお耳に入れなければならない事か?」

 「…はい、すぐにでも。オロヒリアで捕らえた者たちへの尋問はまだ済んではおりませんが、今分かっている情報だけでもお渡しできるかと存じます。」


 ルミゴンの瞳がギラリと光る。ラタは真っ直ぐにそれを見据え、しばらく考え込んだ後ニヤリと笑った。


 「分かった、ではこうしよう。俺が国王陛下に直接取り次いですぐに謁見できるようにしてやる。その代わり、何があったかきちんと説明してくれ。内容によっては俺も力になれるかもしれん。」

 「しかし、それでは殿下にご迷惑が…」

 「あぁ、その辺は大丈夫だ。国王陛下も俺の自由奔放さには慣れていらっしゃるから、また何か新しい遊びを見つけたという程度にしか思われないだろう。」


 「どうだ?」という顔でラタが見上げる。ルミゴンは少し間を空けてから、胸に手を当て一礼した。


 「畏まりました。では、殿下のご都合の良い日時に王宮まで馳せ参じます。」

 「よし、決まりだ。早速だが明日の昼までに本殿に来い。」

 「は。畏まりました。」


 「じゃあ、またな」とラタはナリアに軽く挨拶をして、屋敷から出て行った。途端に屋外が騒がしくなり、蹄の音が鳴り響く。残された男たちと娘の間に沈黙が落ち、妙な空気が流れた。


 「おい、大丈夫なのか?殿下にあんな約束をしてしまって。」

 「そうですよ義兄さん。いくら王族とはいえ、殿下はまだ子供です。こんな事に巻き込んでしまっては…。」

 「ナリア、少しの間リベリオを頼む。」

 「はい、分かりました。」


 ルミゴンはリスターとバロットに視線を送り、ナリアから少し離れた場所に移動した。ナリアが視界に入るよう注意を向けながら、ルミゴンは声を落とした。


 「お前たちは、ラタイエ殿下の事を何か知っているか?」

 「さぁ…あまり公式の場にはお出になられない事ぐらいでしょうか。まだ幼い子供だからと思っていましたが、随分大きくなられたので驚いたぐらいです。」

 「私もそれぐらいだ。私が王宮に勤めていた頃はまだ幼子だったからな。後はたまにアレニスから話を聞くぐらいだが、そもそも王宮におられる事がないらしい。」


 それがどうした、という顔でルミゴンを見返す。ルミゴンは口元を擦り、息を吐いた。


 「先ほど、ナリアの話を聞いただろう?ナリアは公園で殿下と会ったんだ。殿下は踊り子の真似をして踊っていたと言っていた。そして、今度は南(・)方(・)の(・)踊(・)り(・)を教えてもらう約束をした、と。」

 「そういえばそんな事を言っていたな。つまり、殿下はご身分を隠して各地あるいは各国に赴いておられるということか?」

 「まさか!確か殿下はまだ15歳か16歳のはずですよ。いくら何でも危険すぎるでしょう!」

 「危険など本人は百も承知だ。それに踊り子の真似をするなど、ただの子供の好奇心にしては念の入れようだと思わないか?」


 二人が揃って口を噤んだところで、ルミオが階段を駆け上がってくる姿が目に入った。感の鋭い甥はすでに何かを察知したように視線を向けてきている。ルミゴンはククッと笑って二人に向き直った。


 「まぁ、殿下が世の中の何を見ようとなさっているのかはわからないが、今回の事といい、少なくとも行動力があるのは確かだ。そのようなお方がナリアを友人だと公言なさったのだ。ならば、それを信じてみようと思う。あの二人にとって殿下の存在は将来必ず役に立つだろう。」

 「そうだな。どちらにせよ王族と友人関係を結ぶなど大変名誉なことだ。大事にするに越したことは無い。」

 「嫌ですね、これだから何でもかんでも損得でものを見る大人は。」

 「お前…商人をどっさり抱えてる奴にだけは言われたくないぞ。」


 ルミゴンが半目でバロットを見据えているところに、ルミオが駆け足で近付いてきた。すでにその瞳は好奇心で満ち溢れている。輝く瞳を一瞬ルミゴンに向けてから、リスターに向き直った。


 「お父上様、馬車のご用意ができております。伯父上も、父上もお帰りの準備をなさって下さい。」

 「わかった。お前もご苦労だったな、ルミオ。」

 「伯父上、諸々落ち着きましたら副団長の近況報告がてら屋敷に伺いますね。」

 「近況報告?リベリオのか?」


 リスターが口を挟む。まるで当たり前のようにルミオの口から出た言葉に首を傾げた。


 「はい。私は伯父の命令で先の戦以降、副団長を監視させて頂いておりました。」

 「か、監視!?おいルミゴン!どういうつもりだ!!」

 「どうもこうも無いわ。お前の息子が散々節操の無い生活をしていたから、致し方なくルミオを監視に付けたのだろうが。」

 「ぐっ…だからと言って、なぜそこまで…。」

 「あれは俺の息子にすると決めた、と何度言えば分かる。その辺の女に持っていかれたらどうしてくれるんだ。本来お前がやらねばならなかったことを俺がやってやったのだぞ。感謝されこそすれ文句を言われる筋合いはない。」

 「ぐぬぅぅ…。」

 「いやぁ、やはり義兄さんに口で敵う人なんていませんね。剣ならリスター殿の方が圧勝なのでしょうけれど、そんな負け戦、義兄さんは絶対にしませんからねぇ。」


 クスクスと笑いながら、バロットは「行きましょうか」と二人を促した。二人の後ろをルミオと並んで歩く。

 チラと横目に見た息子の表情に、バロットはフ、と小さく笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。