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内気令嬢に花束を  作者: みのり
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 「よし、一旦屋敷に戻るぞ!」


 手足を縛られているシオンを見たのを最後に、ナリアは馬に乗せられ屋敷へと連れて来られた。誰の屋敷かも分からないまま裏口から入り、部屋へと通される。入ってすぐに外から鍵を掛けられたが、牢に入れられるよりはマシだと自分に言い聞かせ、すぐ側にあった椅子に大人しく座ることにした。

 無理矢理ではなく自分からここへ飛び込んだのだという意識が、僅かな冷静さを残してくれたのだろう。室内に目を向けた途端、ナリアは呆気に取られて思わず「うわ…」と呟いた。


 ----誰のお屋敷か知らないけれど、あまりセンスが良いとは言えないわね…。失礼かもしれないけれど、こんなに酷いのは見た事が無いわ…。


 室内は暗くてあまりよくは見えないが、目を凝らして置かれてある調度品のデザインや大きさのバランスを見た。一つ一つは良い物のはずなのに、どうしてこうも相性悪く配置できるのか不思議で仕方が無い。もっとよく見てみようと立ち上がり、顔を近付けてソファの柄や飾り棚を見て回った。


 ----この屋敷に部屋のインテリアを担当する者はいないのかしら。とりあえず良いものを買っておけば良いっていうのが全面に出ている部屋ね。それとも、この屋敷の主人の趣向?だとしたらよっぽど興味が無いか、これが最高だと勘違いしているか、どちらかね。


 捕らえられた不満から、感想に悪意が見え隠れし始める。あまりのセンスの悪さからか全てを見るまでもなく早々に興味が尽きてしまい、窓際に立って空を眺めた。夕方に見た薄雲はまだ空にかかったままで、月の光を遮っている。月を見上げる時はいつも愛しい男の顔を思い浮かべていた事を思い出し、ナリアは途端に眉尻を下げた。


 ----リブ…。どうしよう、どうしてこんな事に…。


 右手に輝く赤い石に口付けを落とす。キュッと両手を握り締め、瞳を閉じて壁に寄りかかった。

 そのまましばらく空を眺めていると、突然扉の外側からガチャガチャと音が鳴り、ナリアは咄嗟に視線を向けて身を固くした。ガタンという音を最後に一瞬の静寂が戻る。このまま何事もなく静寂が続いて欲しいと願ったが、淡い期待はいとも簡単に壊された。

 扉が開かれ、自分をここまで連れてきた賊の二人がナリアの元へやってきた。無言のままナリアの細い両腕を掴み、身体を固定する。その様子を無表情で睨み据えながら、中年の男がゆっくりと歩を進めた。


 「お前がナリア・グラナードか?」

 「…そうです。貴方様は?」

 「聞いた事にのみ答えろ。お前は王宮第五騎士団副団長リベリオ・デガートの婚約者で間違いないな?」

 「いいえ。違います。」


 ----リブの名前が出た…という事は、狙いは私ではなくリブって事ね!?


 ナリアの頭の奥がスンと冷え、先ほどまでの不安など無かったかのように真っ直ぐに男を見据えた。


 「ほぅ、この状況で否定するか。お前が奴の婚約者である事は奴の部下から直接聞いておる。良いか、次に嘘を申せばまずはそのドレスを切り裂くぞ。」

 「…発言してもよろしいでしょうか。」


 ナリアが静かに口を開く。男は片眉をピクリと上げ、小さく頷いた。


 「確かに私はかつてリベリオ様の婚約者でございました。ですがその後私たちの婚約は白紙に戻され、今に至っております。ですから、先ほどのご質問には『いいえ』とお答え致しました。決して嘘ではございません。」

 「ククク…なるほど。まぁよい。お前がリベリオ・デガートにとって大事な存在である事には変わりはないのだろう?ならば婚約者であろうとなかろうと同じ事だ。」


 だったら最初から聞くんじゃないわよ、という視線を床に向かって投げる。代わりに小さく溜息を吐くと、男はジロリと睨みつけた。


 「ふむ…なかなか見た目にそぐわぬ気の強さを持っておるようだな。この状況で恐怖の色を見せないとは大した娘だ。あのルミゴン・グラナードが気に入るのも頷ける。」

 「義父をご存知ですか?」

 「当たり前だ。あの男を知らぬ者など、この国にはおらぬだろう。ふむ…確か奴からお前を娘に欲しいと言い出したそうだな。どうやって奴に取り入ったのだ?」


 下卑た視線でナリアの身体を舐めるように見下ろす。背中に嫌悪の寒気を感じ、ナリアは冷えた視線で睨み上げた。


 「グラナード侯爵様は、そのような下品な目で私を見た事など一度もございませんわ。義父を見くびらないで下さいませ…」


 言い終わるが早いか、部屋中に頬を張り上げる音が響いた。強烈な衝撃と痛みに、ナリアの視界にチカチカと星が飛ぶ。グッと堪えて頭を起こし、静かに睨み返した。


 「言わせておけば小娘の分際で!!…そういえば、お前は侯爵令嬢である前は、アマティスタ子爵家の娘だったそうだな。娘が傷物にされても実家が複数あるのなら、どこかに戻るくらいはできよう。」

 「…何を仰っておられるのですか?」

 「賊に穢された娘を妻に望む男などおらぬという事だ。幸いまだ婚約を結ぶ前ならば、リベリオ・デガートも身を引きやすいというもの。それとも、奴の目の前で穢してやった方が真実味があって親切かな?」


 男がニヤリと口角を上げる。ナリアの左胸を鷲掴み、ギリッと力を込めて捻り上げた。


 「うっあぁ…!」

 「ククッ、そうだ。その顔だ。そうだな、やはり奴の目の前で辱める事にしようか。」


 男がナリアの首に手をかけ、力を込めようとしたその時、開いたままの扉から従者の声が聞こえてきた。


 「旦那様、こちらにおられますでしょうか。」

 「何だ、今は取込み中だ。後にしろ。」

 「ですがたった今門番から連絡があり、旦那様にお会いしたいと仰るお客様が来られているようでして…。」

 「客?誰だ。」

 「王宮第五騎士団の団長殿と副団長殿だということですが、いかがなさいますか?」

 「何だと!?」


 ----リブ!?リブが来てくれたの!?それにニックス様も!


 部屋が静寂に包まれる。男はしばらく考え込んだ後、静かに口を開いた。


 「二人だけか?他に連れている者は?」

 「お二人だけです。今も門の前でお待ち頂いておりますが、お二人の他には誰もおられません。」

 「ふむ…そうか、それは良い。わかった、その者らを通せ。そうだな…玄関の中まで入れたら扉を閉めてエントランスホールで待たせておけ。」

 「畏まりました。」


 従者は静かに返事をし、踵を返して玄関へと向かった。男はクククと肩で笑うと、ナリアに向き直り再び首に手をかけた。


 「愛しい男が現れて良かったではないか。まるでおとぎ話のお姫様みたいだな。だが…」


 男はナリアの耳元に顔を近付け、声を低くして唸るように囁いた。


 「奴らはここで死ぬ。王子様は目の前で愛するお姫様を穢された事に絶望したまま命を落とすのだ。なんと哀れな結末だと思わないか?えぇ?」

 「…何を仰いますか。私は…おとぎ話に出てくる王子様の愛など…望んではおりませんわ。私が望むのは騎士の愛。たとえ相手がどのような苦境に陥ろうとも決して裏切らない…忠誠を誓う愛です。」


 首を掴んだ手に力がこもる。息苦しさに喘ぎながら、ナリアは声を絞り出した。


 「くっ…たとえ私が穢されたとしても…そこで終わる愛など初めから無いも同じ。ならば、初めから無いものに…絶望する事などありません。もし絶望したというのならば…そこにあるのは私への愛ではなく、私を愛していると思っている…己への愛ですわ!」


 再び頬を張り上げる音が響く。二度目ともなれば直前で奥歯を噛み締め、星が飛ぶのは避けられた。男はグイと髪を引っ張ると、憤怒と憎悪にまみれた瞳で睨みつけた。


 「…調子に乗るなよ小娘。ならば、先にお前の目の前で奴を切り裂いてやろう。忠誠を誓う騎士とやらが拷問の末、無残に死にゆく様をその目に焼き付けてくれるわ。」


*


 ----クソッ、まだか!もう目の前だっていうのに!!


 ルッソ伯爵邸の門の前で、ニックスとリベリオは遠くに見える屋敷を睨み据えながら兵が戻るのを待っていた。門番に掛け合い、兵の一人が主人への確認の為に屋敷へと向かってから随分と時間が経っている。屋敷にはナリアが捕らわれているというだけで、理性が吹き飛びそうになっていた。


 ニックスがチラとリベリオに視線を向ける。心中とは裏腹に落ち着いた様子で眼光だけを鋭くしている男の姿に、思わず目を細めた。


 「どうなさいましたか?」

 「いや、やけに落ち着いてると思ってな。もっとこう…狂犬みたいに唸るかと思っていたから意外だったんだ。」

 「まさか。流石にこのような場所で感情を剥き出しにするほど未熟ではありませんよ。」

 「そうだな。俺にとっちゃいつまで経ってもお前は子供のままなんだが、そろそろ弟離れしなくちゃいけないようだ。」

 「その必要はありませんよ。今は上司と部下でも、団長さえよろしければこの先ずっと兄として慕わせて頂ければと思っておりますから。」

 「…そうか。」

 「泣かないで下さいよ。流石にもう抱き締める事はできませんからね。」

 「ハハハ、それは俺も御免だ。抱き上げて頬ずりするにはデカすぎる。」

 「お待たせ致しました。」


 門の向こう側から声をかけられ、視線を向けた。


 「ニックス・ドラルナー様、リベリオ・デガート様、旦那様の元へご案内致します。」


 先ほどの兵が門を開けたまま「どうぞ」と声をかける。その表情からはこちらを敵視している様子は伺えない。リベリオは神経を張り詰め、馬に跨って門を通った。


 ----どういう事だ?俺たちが来たことを素直に主人に取り次いでいる時点で、警戒している訳では無さそうだ。コイツ等はただ何も知らないのか、それとも罠か…。


 「ここから玄関までは真っ直ぐお進み下さい。出迎えの者がおりますので、馬はその者に預けて下さい。」

 「わかった、ありがとう。」


 ニックスが返事を返す。兵が一礼するのを横目に通り過ぎ、怪しまれないよう走る事はせず、トロットで玄関を目指した。

 玄関に着くと、兵が言っていた通り出迎えの侍女と共に馬番の男が立っていた。馬から降り、男に馬を渡す。侍女に促されるままに玄関の中に入ると、少し中に進んだエントランスホールで侍女が立ち止まり「こちらでお待ち下さい」と言ってどこかへ行ってしまった。


 ----何だこれは…。いくら何でも酷いだろう。


 リベリオは屋敷の中を目線だけを動かして見渡した。どこから調達したのか、とてもセンスが良いとは言えないような調度品の数々がズラリと並べられている。一つ一つの自己主張の強さが広々とした空間をこれでもかという程圧迫し、屋敷そのものが醸し出す優雅さを見事に台無しにしていた。


 静かになったエントランスホールに待たされたまま時間だけが過ぎ、リベリオはニックスの方を見ないまま声だけを潜めた。


 「団長、妙ですね。」

 「俺も気になった。いくら何でもこのセンスは無いよな。」

 「えぇ、本当に。…いえ、そうではなく、人の気配がありません。」

 「あぁ。この時間のエントランスホールに誰もいないのは不自然だ。完全に陥れにかかってるな。」


 チラと上を見上げる。エントランスホールから二階に続く階段を上がった場所に目を向け、小さく頷いた。


 「えぇ。矢が飛んでくるかもしれません。少し後ろに下がりましょう。」


 二人は前を向いたままゆっくりと後ろに下がった。玄関の扉まであと数歩という所で、先ほど目線を向けた階段の二階部から男の声が響き渡った。


 「ドラルナー団長、デガート副団長。待たせて済まなかったな。」


 ----ニスカ・ルッソ…あの野郎!


 リベリオは殺気が出ないように拳を握り締め、口元を引き締めた。ニックスは一歩前に出て胸に手を当てると、一礼して静かに口を開いた。


 「いえ、閣下。このような時間に突然訪問してしまい、真に申し訳ございません。」


 リベリオが倣って一礼する。ニスカはフンッと鼻を鳴らして蔑みの視線を向けた。


 「いや、構わん。ところで、久しぶりだなデガート副団長。確か貴殿は長期休暇を取っていたとか。どこかに出かけておったのか?」

 「はい。折角の長期休暇ですので少し遠出をして参りました。つい先ほど王都に戻ったばかりでございます。」

 「ふむ、そうか。それは何よりだな。存分に羽も伸ばせた事だろう。羽が伸びすぎて、余計な場所にまで飛び込んでしまったのではないか?」

 「…さて、何のお話でしょう。私はただ、行ったことの無い場所を巡り、見た事の無いものをこの目に焼き付けて参っただけでございますが。」


 リベリオが真っ直ぐにニスカを見据える。動揺することも無く微動だにしない美丈夫の立ち姿に、ニスカは冷めた視線を投げた。その視線を真正面から受け流し、「ところで」と続けた。


 「先ほど団長から伺いましたが、今朝閣下は私を探しておられたとか。わざわざ団長室までお越し頂いたそうですので、今度は私の方から参りました。何か私に御用がおありでしたでしょうか。」


 リベリオがニヤリと口角を上げる。その表情に、ニスカはカッと目を見開き唇を戦慄かせた。完全に理性が吹き飛び、剥き出しになった獰猛な殺意を双眸に滾らせた。


 「貴様、よくも抜け抜けと…!お前がオロヒリアに向かったことはわかっているのだ!!」

 「オロヒリア…?えぇ、参りましたよ。賑やかな大通りと美しい満月が印象的な街でしたが、それが何か?あぁもしかして!閣下のご領地でございましたか!?」

 「おのれ、まだ白を切る気か!!」


 ニスカはリベリオに視線を刺したまま片手を上げた。武装した男たちが剣を構えてバラバラと雪崩れ込んでくる。ニックスとリベリオはニスカに目を向けながら背中合わせに立った。

 リベリオが急いで男たちを見回す。門に立っていた兵たちとは違う服装である事に気が付き、ボソリとニックスに囁いた。


 「団長、やはり使用人たちは何も聞かされていないようですね。この場に近寄らせないようにしているようです。」

 「そのようだな。せいぜい客人が突然刃物を持って暴れた事にしたいのだろう。その為には話しを聞かれるわけにはいかんからな。」

 「ナリーは…うん?なっ…あれは!!」


 リベリオがニスカの隣に目を向ける。ドレスを剥ぎ取られ、肌着一枚になったナリアの姿に目を見開いた。両手首を縛られ、連れてきた男に手首から繋がる縄をグイと上に引っ張り上げられた。


 「リブ!!」


 身体がよろけ、男に支えられる。抵抗できないまま男の胸に飛び込む体勢になり、ナリアは咄嗟に顔を背けた。ナリアの豊かな胸が男の腹に当たり、下卑た視線をリベリオに向けた。


 「ナリー!!…貴様ぁっ!!」


 途端に狂気が暴発する。歯を剥き出し、剣を握る手を震わせ、全身の殺気を込めてニスカと男を睨み上げた。


 「ククッ、悔しいか?大事な女が他の男の胸に飛び込む様はどうだ。何、これからちゃんと最後まで見させてやるから安心しろ。おっと、お前たちは婚約者同士ではなかったのだったな。では、この女がどうなろうがお前には関係無いか。」

 「おのれ…!!ナリーに指一本触れやがったら八つ裂きにしてやる!!」

 「おっとそれは残念だ。もう指を五本程触れてしまっている。このようにな。」

 「う…あぁぁ…!!」


 ニスカはナリアの右胸を鷲掴み、力を込めて握り潰した。ナリアは苦痛に顔を歪ませ、痛みに堪えるように歯を食いしばった。

 リベリオの頭の奥で何かが切れる音がする。ゆらりと剣を構え、ひたとニスカに剣先を向けた。


 「貴様、覚えていろ。その両手…必ず切り落としてくれる!!」

 「ククク、こちらも時間が無いのでな。さっさと賊退治をせねばならん。この女はお前が見た女たちと同じ様にしておいてやるから安心して死ね!!やれ!!」

 「「「うおおぉぉぉぉぉ!!!」」」


 男たちが一斉に飛び掛かる。

 二人は姿勢を低くし、剣を構えて振り上げた。

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