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内気令嬢に花束を  作者: みのり
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 孤児院へ行った日から二日後の朝、ナリアは家族を居間に呼んだ。昨日一日考えて自分の出した答えを皆に伝える為だった。

 背を伸ばし、深呼吸をしてからナリアは静かに口を開いた。ついこの間まで悩んで縮こまっていたとは思えない程、スラスラと言葉が流れてくる。最後まで伝えきると、クレトンはニコリと微笑んだ。


 「分かった。それがナリーの気持ちなんだね。」

 「はい。今お話しした事と同じ事を、きちんと侯爵様にも伝えてみようと思います。」

 「良いんじゃないかな。それに僕としては、あの内気だったナリーが自分の気持ちをこうして伝えてくれただけで涙が出そうになるよ。」


 ロンドが指で目元を拭く振りをする。ナリアは苦笑交じりにそれを見た後、エドラの方に視線を向けた。これまで母とは多くの事を話し合ってきた。だからこそ、自分の出した答えを母がどう受け取ったのかが一番気になった。

 胸を張って、顎を上げる。ナリアはレディー修業で鍛えた凛とした表情で、真っ直ぐにエドラを見つめた。


 「えぇ、ナリーの気持ちはよく分かったわ。今までいろんな事があったけれど、今のお話を聞いて…あなたはずっと変わらずにいてくれたのだと分かった。私はそんなあなたを心から誇りに思うわ。」

 「お母様…。」


 ナリアの胸に、熱いものが込み上げる。目の奥がジンと痺れ、瞳が潤いだした時、「それに」と続けるエドラの表情を見てナリアの瞳は一瞬で干上がった。


 「もし侯爵様があなたの気持ちを踏みにじるような事を一言でも仰ったりしたら、私が許さないわ。」

 「お、お母様?」

 「エドラ?どうした?」

 「あぁ、それは良いね。ナリー、もし何か酷い事を言われたらすぐに帰っておいで。ナリーの部屋はそのままにしてあっただろう?あれは僕の気持ちだ。いいかい、す(・)ぐ(・)に(・)帰ってくるんだよ?」

 「お兄様まで…。」

 「ん?何だ?どうしたのだ二人とも…。」


 ニコリと微笑むエドラとロンドの背中に青く冷たい炎が舞い上がっている。クレトンとナリアがアワアワと口を開けている横で、メラティスがマイペースに口を開いた。


 「ねぇ、お姉様。もしリベリオ様がアンバルシアの領主になられるとして、王宮騎士団の方はどうなさるの?やっぱり、お辞めになるのかしら。」


 五人の間に静寂が訪れる。「ソウイエバ」という表情で顔を見合わせ、互いの心の中を察した。皆が皆、ナリアの身の振り方ばかりに気を取られ、リベリオに関しては『いざとなったら押し付けてしまえ』という事以外、全く頭にはなかった。

 バツの悪い空気が流れ、皆が視線を彷徨わせいると、クレトンがハッとして顔を上げた。


 「もし彼が王宮騎士団を辞めるのなら、先日ナリーが言っていた前線の後方支援部隊とやらにも行かなくて済むんじゃ無いのかい?」

 「!!」

 

 ナリアの心臓がドクンと跳ね上がる。闇に射す希望の光を見つけたように目を見開いた。戦が始まる前にアンバルシアの領主の座に身を移せば、少なくとも第五騎士団からは出る事ができる。そうすれば、名指しでの前線送りからも免れるのだ。


 ----リブだけでも助かるかもしれない…。でも…


 ナリアはドクドクと打ち付ける胸に手を当て、射した光に縋りそうになる前に首を横に振った。


 「お父様、リブには私の代わりに領主になってほしいなどと言うつもりはありません。」

 「どうしてだ?婚姻を結べば彼が継いでもおかしくはないだろう。」

 「そういう事ではありません。そのような事は、彼自身が望まないからです。」


 二人が婚約を結んでからというもの、互いのすれ違いで、言葉を交わす日々よりも会わない日々の方が多かった。それでも会える時はいつも第五騎士団の話を聞いていた。団長のニックスがリベリオと深い縁があった事も、ルミオが二人を繋いでくれた事も聞いた。

 何よりも、リベリオが部下の話をする時はとても楽しそうで、いつも子供のように笑っていた。


 「確かに、アンバルシアに身を置けばリブは助かるかもしれません。では、他の第五騎士団の方たちは?彼がこれまで守ってきた方たちはどうなるのです。私が涙を流して領主の椅子を差し出し、『彼らの事は諦めて私の為にここに座って下さい』と言えば…」


 「もし私がそのような事を申し上げれば、彼は容赦なく私を捨て、騎士団の方たちと共に喜んで死への道へ飛び込まれます。私はそんな彼を愛しているのです。差し出した椅子を見てこれ幸いと飛び乗るようなお方であれば、私自らその椅子を叩き壊して差し上げます。」

 「…最後がきついね。」


 クレトンの顔が引きつる。冗談でも言ってはいけなかったと反省しつつも、込み上げる想いに頬が緩んだ。


 「フフフ、ナリーは本当に彼を愛してるんだなぁ。嬉しい事のはずなのに、なんだか寂しいよ。」

 「あら、ですから申し上げましたでしょう?娘が殿方の話をするのをお聞きになりたいのですか、と。」


 エドラがチラと横目に見る。クレトンの困り顔にクスクスと笑いながら、からかうような視線を投げた。


 「そうだね。寂しいけれど、大事な娘が心から誰かを『愛している』と言っている姿を見られるなんて、これ程幸せな事はないのだと気が付いたよ。私は君からそう言ってもらえる幸せしか知らなかったからね。」

 「まぁ!フフ、そうね。私はこれからもずっと貴方に言い続けますよ。」

 「お父様ったら!私だって夫の事を心から愛しているのですよ!お姉様の言葉が初めてみたいに仰るなんて、失礼しちゃう!」


 メラティスはぷぅ、と頬を膨らませてツンとそっぽを向いた。クレトンが困った顔で宥めるのを見ながら、エドラが口を開いた。


 「ナリー、今日グラナード侯爵様のお屋敷に帰るのでしょう?」

 「はい。帰りに少し寄り道をしてから帰るつもりでいます。」

 「あら、どこかに行くの?孤児院へはもう行ったのでしょう?」


 エドラが目を丸くする。孤児院以外に行くところがあるのかと首を傾げると、ナリアはクスリを笑って明るい声を出した。


 「私とリブの、共通のお友達のところです。」


*


 家族揃っての昼食を終え、ナリアは身支度を済ませて玄関へと向かった。廊下ですれ違う使用人たちのナリアに向ける視線から嫌な予感がして、そっと玄関の扉を開ける。案の定、馬車の前後左右には厳めしい顔をした男たちが馬に跨り、一斉にこちらを見つめていた。


 ----流石にもう驚かないわね。


 ナリアが実家に戻っている間、屋敷の周りはもとより孤児院へ行くときも公園へ行くときも護衛の者たちがついて来ていた。ただ、その仰々しさがとにかく目立つ。「ナリアを狙う者がいるとして、これでは逆に居場所を教えているようなものだ」と言うエドラの氷のような眼差しに、屈強な男たちも少し離れて見守る事で妥協した。

 しかし帰路だけは譲れないという護衛側の主張には、エドラも首を縦に振った。


 馬車の側には見送りの為にとエドラとロンド、メラティスが並んで立ち、ロンドから『気を付けて帰るんだよ』というクレトンからの言付けを聞いた。エドラはナリアを抱き締め、背中を優しく撫でた。


 「しっかりね。私たちはいつでもナリーの見方よ。恐れることなく、侯爵様と向き合いなさい。」

 「はい。ありがとうございます。」

 「一人で話しに行くのが不安なら、僕が一緒に行くからね。そのままナリーを連れて帰ってもいいのだから。」

 「フフ、その時はお願いしますね。」

 「あら、お姉様にはリベリオ様がいらっしゃるもの。もうお兄様の出番なんてありませんわ。」

 「くっ…。」

 「ラティったら、そんな事無いわよ。私が妹として甘えられるお兄様は、お兄様だけなのだから。」


 ロンドとメラティスと抱き合い、ナリアは馬車に乗り込んだ。窓の枠に収まる家族の顔をしっかりと見つめる。精一杯の笑顔を見せ、手を握り締めて声が震えるのを堪えた。


 「皆、お元気で。また来ますね!」


 サフィが御者に声をかけ、馬車がゆっくりと動きだす。門を通り抜け、通りに出たところでサフィが声をかけた。


 「ナリアお嬢様、よく堪えられましたね。」

 「ううぅ…ぐすっ。」

 「あらあら、これからルマリナさんのところへ行かれるのでしょう?着く頃には瞼がパンのように膨れてしまいますよ。」

 「もぅ!サフィったら!ずっと我慢していたのだから、今ぐらい泣いたっていいじゃない!」


 涙でドロドロになった目でキッと睨みつける。その全く怖くない表情に、サフィは目を細めてハンカチを手渡した。


 「えぇ、構いませんよ。今は存分にお泣きください。」


*


 ナリアとサフィを乗せた馬車は街の広場の近くにある停車所で停まった。停まった途端、護衛の者が馬を操り馬車の周りを取り囲む。道行く人々がその様子を遠巻きに見ながら「どこの姫さんだ?」とヒソヒソと囁き合っていた。


 ----やっぱり、すごく目立ってるじゃない!!


 護衛の者が一人馬から降り立ち、扉をノックして開けた。


 「お嬢様、着きました。」

 「は、はい…。アリガトウゴザイマス…。」


 顔を真っ赤にしながら、差し出されたゴツゴツとした手にそっと手を乗せゆっくりと降り立つ。周りからの注目と囁き声に過去の古傷が重なり、ナリアはできるだけ人が視界に入らないよう、俯いたまま護衛の者に声をかけた。


 「あの、シオンさん。これから行くところには貴方だけがついて来て下さい。大人数で行くとお店にも友人にもご迷惑がかかりますので…。」

 「畏まりました。でしたら、私ともう一人をお供にお付け下さい。せめて前と後ろだけでもお守りせねばなりませんので。」

 「わかりました。では、それでお願いします。」

 「はっ!」


 シオンは部下の中で一番腕の立つピンスを呼び、他の者は馬車の周りと宿屋との中間地点に配置した。それを大人しく眺めながら、ナリアはふと、公園から帰る時に馬車の中から見た光景を思い出した。


*


 公園を出て馬車に乗り込み何気なく窓の外を見ると、少し離れた暗闇から揉める声が聞こえてきた。片方の声は、今目の前で指示を出しているシオンのものだった。何事かと思い目を凝らしていると、揉めている相手の衣装を見てギョッとした。


 ----あれは、ラタのいる楽団の方じゃない!どうしてこんなところに…。


 二人のただならぬ空気にナリアが固唾を飲んで見守っていると、不思議な事が起こった。最初は居丈高に問い詰める動きをしていたシオンが、突如胸に手を当てて一礼し始めたのである。

 旅をする楽団や踊り子は、その殆どが平民よりも更に身分が低い。シオンの態度に面食らっていると、二人は短い会話を交わした後、楽団の者が立ち去るまで胸に手を当て続け、見えなくなるとホッ胸を撫でおろしていた。


*


 ----あの時のシオンさん、なぜ急に態度を変えられたのかしら…。


 チラとシオンの方を見る。あの日、楽団の者と何を話していたのかを聞こうと言葉を選んでいると、いつの間にかシオンがナリアの元へ戻ってきていた。


 「お嬢様、準備が整いました。参りましょう。」

 「え?あ、はい。わかりました。」


 聞けなかった、と小さく肩を落とし、ナリアは先に立つシオンの後ろに続いた。


*


 ナリアはシオンに宿屋の前で待つように言い、サフィと共に中へと入った。中をキョロキョロと見渡すと、受付の前で使用人の娘と話しているルマリアの後ろ姿が目に入った。


 「ルマリナさん、こんにちは。」

 「まぁ、ナリーじゃない!サフィもいらっしゃい。今日はどうしたの?またあのバカが何かしたの?」

 「違います!今日は報告があって。」


 開口一番の『あのバカ』と聞いて、愛しい男の顔が思い浮かぶ自分に苦笑する。ナリアはサフィに手土産に持ってきたアンバルシア産の葡萄酒を運ぶように伝え、サフィは娘の案内で店の奥へと入っていった。


 「ここじゃ落ち着いて話せないから、二階に行きましょうか。空いてる部屋があるの。」

 「はい。」


 ルマリナはサフィにも別の空いている部屋を用意し、そこで待つようにと伝えた。ナリアを連れて部屋に入る。また少し大きくなったお腹を支えながらゆっくりと歩き、椅子に腰を落ち着けた。


 「お忙しいところ申し訳ありません。お腹はどうですか?」

 「良いのよ、そんな畏まらなくたって。赤ちゃんはもういつ産まれてもおかしくないかもね。早く出たいのか、ボンボンと蹴ってくるのよ。お陰でゆっくり眠れないわ。」


 お腹を擦りながらフフ、と笑うルマリナの美しく穏やかな表情に見惚れていると、ルマリナは急に振り返って身を乗り出した。


 「で、あれからどうだったの?リブとはちゃんと話せた?」


 ルマリナは用意されたお茶を片手に早速本題に切り込んだ。自分の周りにいる女性は皆スパッとした性格をしているな、と思いながら、ナリアもお茶を一口啜る。リベリオの元を訪ねた時のことを話すと、ルマリナは半目になって溜息を吐いた。


 「全く、相変わらず女の影が絶えない男ね。もうあんな奴やめちゃったら?逆恨みでナリーに何かされる方が心配だわ。」

 「そんな…。元々リブはご近所付き合いの、ただの親切心だと思っていたのですもの。それにあれは相手の女性に無理矢理押しかけられて…」

 「甘い!!いいこと、ナリー。あのリブが女の欲望に鈍感なわけ無いでしょう?確かに最初はそうだったかもしれない。それでも、どこかで違和感は感じていたはずよ。それなのに理由はどうあれ家に入れてしまったのなら、それは明らかにリブのミスだわ。」


 ルマリナがピシャリと言い放つ。大人の女の毅然とした態度に羨望の眼差しを向けつつ、もしあの場にルマリナがいればどうなっていたかと考えただけで恐ろしくなった。

 ナリアが肩を落とすのを横目に、ルマリナは言い聞かせるように言った。


 「それに、相手に何を言われても男なら力ずくで追い出せるんだから、ナリーが庇う必要なんて全然無いわ。これからは最初にキチンと押さえるようにしておかないと、後から大変な事になるわよ。」


 真剣な表情で覗き込むルマリナの鋭い目つきに軽く仰け反り、ナリアは思わず吹き出した。よく考えてみれば、これまで人付き合いをしてこなかった自分には恋愛相談というものをする相手がいなかった。母も妹も、知っているのは夫だけ。ミネラに至っては恋すらした事がない。

 そんな中で、ルマリナという相談相手ができた事は最強の武具を手に入れたような心強さがあった。何より、当のリベリオの事を嫌というほど知っている。


 ----リブには頭の痛い事かもしれないけれど。


 ナリアがクスクスと笑っているのを見て、ルマリナもつられて笑い出した。ひとしきり笑うと、フゥ、と息を吐いて目を細めた。


 「良かったわ。その様子だと、リブとも上手くいったみたいね。」

 「はい。これからはお互いに我慢せず、何でも話し合おうということで落ち着きました。リブが抱えていた苦しみが消える事は無いでしょうけれど、それ以上に幸せな思い出をたくさん作っていきたいと思います。」


 ナリアがフワリと微笑む。ルマリナは小さく頷くと、ふと思い立ってナリアに顔を寄せて声を潜めた。


 「ところで、あの夜は仲直りしただけ?ベッドは共にしてないの?」

 「へ!?いや、その…」

 「まさか何もしてないわけないでしょう?それとも貴族の令嬢はやっぱりそういう事しちゃダメなの?」

 「ダメというか…。」


 ナリアの顔がみるみる真っ赤になっていく。その様子に、ルマリナは悪い大人の笑顔で迫った。美しい笑顔の後ろには「ハカセテミセル」の文字が見える。


 「何があったの?誰にも言わないから教えて。相手が元娼婦の私なら話しやすいでしょう?」


 女の常套句に大人の余裕と包容力をチラつかせる。ルマリナにとって経験の無い小娘をタラシ込むなど造作もない事だった。

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