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内気令嬢に花束を  作者: みのり
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 デガート伯爵家は代々王家に仕えてきた由緒正しき武芸一族である。武の術に長けた者を多く輩出し、戦となればその腕を奮って国の繁栄に貢献してきた。そうして代々王族への忠誠を誓うとともに、戦火に命の華を散らして武勇の栄光を手にしてきたのである。

 そしてまた一人、その名を背負い戦の前線に立とうとしている者がいた。


 一族の者がどのような戦局に陥ることになろうとも、現当主として己の立ち居振る舞いを乱すわけにはいかない。リスターは深呼吸をして手渡された紙に書かれている短い文を読んだ。


 『部(・)下(・)と(・)共に潜入。件の酒場の奥の部屋に四人の女を発見。言葉の確認から、例の国から連れてこられた女であることは間違いない。これから店主及び奴隷商人の捕獲に向かう。』


 「これはつまり、奴がマルフィーロ王国と裏で繋がっているかもしれんという事か?噂が本当だったと?」

 「そうだ。俺の部下が酒場付近と奴隷売買の現場を押さえているはずだ。もう捕らえているだろうから、これからそいつらに話を聞くことになるだろう。だが、それを待っている暇はない。こちらも同時進行で事を進めねばならん。」

 「というと?」

 「俺のところに早馬が来たという事は、ニスカのところにも早馬が行くはずだ。だから奴が逃げる前に捕まえねばならん。そこでお前の力を借りたい。」


 『名前呼び』から一気に飛んで『お前呼び』になった事には流石にカチンときたが、今はそれに噛み付いている場合ではない。こうやって己の横柄さを通して来たのか、とリスターは鼻白んだ。

 リスターは手紙を突き返し、ついでに『お前呼び』に対する抗議も兼ねてギロリと睨み上げた。自分はルミゴンに対して使うのは良いが、ルミゴンに言われるのは心底癪に障る。


 「断る。そもそも、なぜ私を巻き込む。私の息子が第五騎士団に所属しているからか?だが前線云々はまだ決定事項では無いし、ニスカについてもお前たちが個人的にしている事だろう。私には関係無い。」

 「そうそう、言うのを忘れていたが、この手紙を書いたのは俺の部下だが共に潜入した部下というのはリベリオのことだ。奴は今頃、店主やその他を捕らえてこちらに向かっている頃だろう。」

 「な、な、何だと!?」

 「あ、私の末息子も同行しているはずです。私の下の息子たちは義兄さんにベッタリで。ハハハ。」


 これで関係無くはないな、と言わんばかりにニヤリと笑うルミゴンを見て、リスターの頭の奥で何かが切れる音がした。腕を伸ばし、胸倉を掴んで強引に引き寄せる。それでも眉一つ動かさないルミゴンに、リスターは噛み付かんばかりに詰め寄った。


 「貴様ぁ!!私の息子を巻き込むとはどういうつもりだ!!」

 「フン、お前はいつまで過保護でいるつもりだ?昔からそうだったらしいな。大方突き放したと見せかけて、その実はリベリオを危険から遠ざけてきたのだろう。おかげで奴は良い歳をして、自立どころか無駄に己を過小評価する甘ったれに育ってしまったではないか。」


 ナリアから優しく誘導して聞き出したリベリオの過去。それと、ルミオがリベリオの兄アレニスに籐籠を手渡す際の世間話から聞き出した、デガート家の家族間の内情を照らし合わせる。そこに『リスターの不器用な親心』を加えれば、おのずと透けて見えてくる。


 「だとしたら何だ!お前には関係の無い事だろう!!」

 「大アリだ。奴は俺の息子になるんだぞ。いつまでも中身があんなガキでは使い物にならん。だから部下との顔合わせがてらオロヒリアに向かわせたんだ。奴の手で拷問をさせないだけ有難く思え。」

 「その話は断ったはずだ!」


 ルミゴンはリスターの手首を掴み、鬱陶しいと言わんばかりに顔を顰めた。


 「いいか、俺が動かなければ奴は戦で前線に立たされ無駄死にするところだったのだぞ。」

 「ぐ…」


 リスターの力が緩んだ隙に手首ごと身体を押しのけて襟を直す。無駄な動きをした事に苛立ちを込めた溜息を吐き、リスターを睨むように視線を向けた。


 「奴に圧倒的に足りないのは経験だ。幼い頃から過度に抑圧されたせいで臆病な性格になり、その反動から反発だけは一人前。更にあの容姿で周りにチヤホヤされるから、すぐに安易な方に流され続ける。物事を深く考えず、何事も表面でしか受けなくなった結果が今の状況(家出)だろう。」

 「…。」

 「経験と言えば、実際に先の戦から帰ってから、リベリオは少し変わったのではないか?俺は書(・)類(・)上(・)でしか知らないが、少しはマシになったはずだ。後は、奴を変えたのはナリアへの愛ぐらいか。」


 リスターが黙ったまま睨み返してくるのを受け流し、ルミゴンはカップを持って喉を潤した。


 「…そこまで言っておいて、なぜそうもリベリオを欲しがる。」

 「リベリオには才能がある。それはどれだけ剣の腕を鍛えようと、どれ程の栄誉を手にしようと、どのような名門に生まれようと関係無い。その才能を持ち、さらに発揮できる幸運の持ち主などほんの一握りの者だけだ。奴にはそれがある。俺はリベリオのそこをかっている。」


 あとは、とルミゴンはカップを置き、視線だけをリスターに向けた。


 「俺の娘がリベリオ以外の男とは結婚したくないと言うのでな。」

 「貴様…!!よくもその台詞を私に向かって…!!」


 ルミゴンの言葉に、胸の奥にある古傷が疼き出す。妹の決死の求婚を簡単にはねつけ、結果的に死に追いやった男の無配慮な物言いに、リスターは今度こそ拳を固く握った。


 「まぁまぁ、お二人とも落ち着いて。今はそれどころでは無いでしょう。早くしないと、私の息子も無駄死にすることになってしまう。」


 お茶と添えられた焼き菓子に舌鼓を打ちながら二人のやり取りを傍観していたバロットが、ちょうど一息ついたところで止めに入った。子が子なら親も親か、とその様子を半目で眺めるルミゴンに、バロットはニコリと微笑んだ。


 「リスター殿。貴殿は確か親衛隊長をされていた時に、当時の王太子殿下、つまり現国王陛下と親密にされていましたよね。その貴方の経歴をお借りしたいのです。」

 「この事を、国王陛下に直接伝えろと?」

 「そうです。先ほども申し上げましたが、ニスカが遠くへ逃げる前に捕らえねばなりません。しかし今の段階ではオロヒリアで捕らえた者から何も情報を得ていない。つまりこれはまだ個(・)人(・)的(・)な(・)争(・)い(・)であり、下手をすればこちらにもお咎めがくる可能性があります。その時は、これに関わった者すべてがその処罰の対象となるでしょう。」


 リスターはルミゴンをジロリと睨み据えた。リベリオがただオロヒリアに同行しただけならばまだ何とでもなるが、実際に酒場に踏み込んだとなると言い逃れはできない。

 初めから自分を駆り出す事も織り込み済みだったのかと思うと、腸が煮えくり返った。


 「公的に捕らえるには、名目が必要です。ですが我々では国王陛下に謁見を願ってから実際にお会いできるのは早くて十日はかかりましょう。許可が下りるのはもっと先です。それでは遅すぎる。」

 「今日中に陛下からニスカ・ルッソを捕らえる許しを得てこい、という事ですな。」

 「できるか?」


 ルミゴンが間に入って念を押した。が、その声には微塵の疑いも無い。リスターは一瞬だけルミゴンに視線を投げてからフンッと鼻を鳴らした。


 「私を誰だと思っている。たとえ国王陛下がご不在でも、王妃陛下もしくは王太子殿下から許可を頂ければ良いのだろう?」

 「ご協力いただけるのですね!」


 バロットがパッと顔を明るくして身を乗り出した。リスターが呆れた顔で大きく溜息を吐く。その二人の様子に、どこぞの騎士団の補佐官と副団長のようだな、とルミゴンは思った。


 「ここまで巻き込まれては協力も何も無いでしょう。ただ、私も引退してから大分経ちますからな…。とにかく、そうと決まればすぐに準備しますので今日はこれでお引き取り下さい。」


 リスターが重い腰を上げて立ち上がろうとした時、「そうそう」とバロットは思い出したように手を叩いた。


 「それからこれは別件なのですが、実はリスター殿に相談があるのです。」

 「相談、ですか?」


 バロットはニコリと微笑むと、カバンの中から手の平サイズの巾着を取り出した。紐を解き、中のものを手の平に少量出す。黒く、コロンとした三角形の種のようなものだった。


 「何ですかな、これは。」

 「これは、私の抱える商団が遠く東の方から持ち帰ったものなのですが、ソバムギという植物なのです。」

 「ソバムギ?聞いた事がありませんね。」

 「えぇ。これは我が国のみならず、この大陸の殆どの国ではまだ知られてはいないでしょう。これを貴方の領地で栽培していただきたい。そして私がそれを買い取り、各地各国に売りさばく。」


 ニコニコと笑いながら相手の意向などお構いなしに目的を告げるバロットに、リスターは呆気に取られて固まった。忘れていたが、ルミゴンの義弟である。


 「はい?何と仰いました?」

 「失礼を承知で申し上げますが、リスター殿の領地では農作物の生産量が年々減ってきているのではないですか?それに伴い、満足な収益が得られず経済的にも相当厳しくなってきておられるはずです。」

 「どうしてそれを…。」

 「最近ようやく領内が落ち着かれたようですが、やはり荒らされた土地の回復には時間がかかるでしょうし、その様な状態では作物もあまり育たない。民も飢える一方だ。違いますか?」


 リスターが眉間に皺を寄せて黙り込むと、バロットは手に乗せた種をずいっと前に出した。


 「そこで、これです。これは水が少なく土地の痩せた地域でも十分に育つ植物でしてね。これ自体が強くて病気になりにくい。収穫も早く、種を撒いてから二、三月で収穫ができるそうです。細かい説明はこれを持ち帰った商人から受けるとして、これを上手く利用すれば相当な利益が得られます。」


 外殻を取り除いて中の実をすりつぶし、水と混ぜて薄く焼けば立派な主食になるという。土地の気候の影響も受けにくく、天災や人災で麦不足に陥った地域に売り込めば良い商売になるし経済も回復するのでは、というのがバロットの提案だった。

 その提案にリスターは首を傾げる。


 「そのような貴重な種を、どうして私に?利益を得ようと仰るのなら、それこそ貴殿の領地で栽培されたらよろしいのではないですかな?」

 「それは…」


 バロットが言葉を選ぼうと間を空けた隙に、横からルミゴンが小さく息を吐いて口を挟んだ。


 「あのな、お前の領地は管理がなっとらん。現役時代に放ったらかしにしていたツケが回ってきたにせよ、このままではいずれ破産するぞ。うちの優秀な部下をお前の領地に派遣するから、もう一度領内の管理体制を見直せ。そしてそいつを栽培して経済も立て直すんだ。代わりに、お前の抱える私兵をこっちに回してくれたらいい。今のお前は、配下の私兵の戦闘能力の高さだけが取り柄だろう?」

 「なっ…」

 「そんなハッキリ言っちゃあ…。」


 バロットは苦笑しつつ種を袋に戻し、立ち上がった。


 「それではリスター殿、私はこれで失礼します。全てが終わりましたら具体的に話を進めましょう。」

 「いや、私はまだ何も返事は…って、行ってしまわれた…。」


 リスターが口を開く頃にはバロットは既に扉の前まで行っていた。その背中も、今はもう扉の向こう側にある。呆然とするリスターを置いて行くように、ルミゴンは立ち上がり扉の方を見た。


 「無駄だ。バロットは一見人当たりの良さそうな顔をしているが、中身はかなりの曲者だ。一度決めた事は絶対に譲らん。代々受け継いだ事業を飛躍させたアイツの手腕は相当なものだ。アイツが手を貸すと決めたのなら、お前の領地も安泰だな。」

 「お前まだいたのか。さっさと帰れ。」


 リスターは抑揚のない声で言うと、扉に向かう足音を聞きながらすっかり冷めたお茶を啜った。国家権力の頂点に立つ三人のいずれかから今日中に許可を得るには、すぐにでも準備に入らなければならない。


 ----そもそも、今日は王宮におられるのだろうか。


 事前の連絡も無しに直接取り次いでもらうなど、その無謀とも不敬ともいえる行為にリスターは今更ながら重い溜息を零した。


 ----もし…万が一どなたもご不在であったなら、どうしたものか。


 国王夫妻には王太子の他に王子が二人いるが、その二人とは殆ど面識がない。リスターは仕事柄二人の王子の事を知っていたが、幼い頃に何度か見かけただけで近衛騎士団を引退した為、殆ど関わる事が無かった。


 ----いざという時、下の王子殿下両名に掛け合う事はできるか…?


 第二王子の事は、王太子である兄の補佐として勤勉に励んでいるという噂程度しか知らない。王太子がいずれ国王となった時に側近として役に立ちたいと、己の立場を理解し努力する優秀な王子だと聞いていた。

 末子の第三王子に関しては、気まぐれな猫のようにフラリと旅に出る事が多く、王都にいても殆ど外出していて王宮にはいないとアレニスから聞く程度だった。つい先日も、王宮を抜け出して街のどこかへ出かけていたらしい。それに同行した第三王子付きの護衛を務める同僚から愚痴を零されたと言っていた。


 ----やはり私の顔が通るのは国王陛下ご夫妻と王太子殿下のみか…。いや、迷っている暇など無い。何としても許可を頂かなくてはリベリオが…


 カップを置いて立ち上がり、扉に向かおうとしたところで扉の前に立つルミゴンの姿が目に入った。


 「お前、まだ…」

 「リスター。お前、いつまで俺を憎むつもりだ。」

 「何だと?」

 「お前の妹、ルーラ嬢の事だ。彼女の気持ちを受け入れられなかったぐらいで、ここまで恨まれる筋合いはないと言っているんだ。」

 「…そうだ。受け入れられないだけだったらな。だが、お前は何をした?他に好きな女がいると言ってルーラをはねつけておきながら、その翌年、結局別の女と結婚しただろう!なぜ妹ではいけなかった!?なぜ妹は死ななければならなかったのだ!」

 「彼女が死を選んだ事と、俺が妻と結婚したことは関係無いだろう。確かに俺は他に好きな女がいた。俺はその女に求婚したが、彼女にはすでに想い人がいた。俺が入る隙もない程にその男を愛していた。そして彼女はその男と結婚した。」

 「…。」

 「だから、俺は妻と結婚したのだ。状況は同じだろう?違うのは、ルーラ嬢は死を選び、俺は選ばなかったという事だ。なのに、なぜ俺がここまで恨まれなければならない?」

 「黙れ!!」


 リスターは声を荒げて睨みつけた。胸の奥底に絡みついた悔恨の蔓が、今もなお呪いのようにリスターを過去へと引きずり込む。歯を食いしばり、記憶の傷に顔を歪めた。


 「若い娘が単身で男の元へ乗り込み、求婚したのだぞ…。それがどれ程の決意と勇気のいる事かわかるか!?それをお前は、ただ妹に恥をかかせただけで終わらせた!私があの時もっと早く気付いていれば止められたのに!もっと他に方法があったはずなのに…!私が…」

 「やはりそうか…。」


 ルミゴンは小さく息を吐くと、姿勢を正して胸に手を当てた。


 「リスター・デガート殿。かつて貴殿の妹君ルーラ嬢から求婚を受けたことは、私にとって大変光栄なことでした。しかし先ほども申し上げました通り、私には妹君のお気持ちを受け入れる事ができませんでした。」

 「何を急に…」

 「ですが、私はずっと悔やんでおりました。求婚を断るとしても、もっと他に方法があったのではないか、と。せめて彼女の尊厳を守り、私のような男を慕ってくれた事に感謝の気持ちを伝えられていたら、と。」

 「…。」

 「ルーラ嬢が死を選んだ一因は、その時の私の愚かな言動にあります。どうか、許していただきたい。」


 一礼し、真っ直ぐにリスターと向き合って視線を交わした。二人の間に沈黙が落ちる。ルミゴンの眼差しから悲哀の色を見て取り、リスターは目を伏せ、どこか安堵を込めた息を吐いた。


 「…もういい。今更どうしようも無い事はわかっているんだ。」

 「では、この話はこれで終わりでよいな。」

 「…あぁ。」

 「今から王宮へ向かうのだろう。先ほどの件、よろしく頼む。」

 「あぁ。」

 「リベリオはもらうぞ。」

 「あぁ。…何?おい、ちょっと待て!どこへ行く!」


 リスターが顔を上げた時には、ルミゴンの身体はすでに扉の向こう側にあった。扉の隙間からまだ半分見える顔が、ニヤリと歪んでいる。


 「さっさと帰れと言っていただろう。俺もいつまでもここにいる程暇じゃ無いんだ。先ほどの諸々の言葉、忘れるなよ。」


 斜め上から見据える鋭い眼差しを最後に扉が閉まった。

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