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レアンとリベリオと別れ、トゥルマは急いで馬車へと戻った。二人が酒場の店主を追っている間に、こちらも仕事を終わらせなければならない。リベリオがもし何も気付かずに自分たちの元へ来なかったその時は、部下の一人が指揮を執り、リベリオに指示を出す事になっていた。
つまりは、自分が指揮を執る方の計画を実行する事になった。
----ふぅ、正直ヒヤヒヤしたな。もし来なかったら、奴は見切りを付けられていたかもしれん。アイツは容赦ないからな…。
本来の任務よりも頭を悩ませていた事から解放され、トゥルマはこれからの行動に意識を集中させた。馬車の側まで戻る頃には、馬車の陰で傭兵姿の部下たちがすでに準備を済ませていた。
「お前たち、準備はできているな。これから例の場所へと向かう。わしと騎馬隊は先に出る。馬車は街の西側にある門を通り、後程我々の後ろに続け。目的を捕らえたらそのまま二人と合流してアンバルシアへと向かう。行くぞ!」
「「はっ!!」」
トゥルマは馬に跨り、手綱を捌いた。広場から大通りを避けて路地を通り、街の外へ出る。山に沿って走り続け、小さな川を渡って更に進むと、巨樹で覆われた山裾の窪んだ地が見えてきた。その奥は大きな洞窟へと続いている。
----あった。ミカ坊が言ってた洞窟ってのはあれか。
馬から降り、事前に教えられた隠れ場所へと移動する。茂みの間から辺りの様子を窺うと、洞窟の入り口付近に気配を感じた。トゥルマは近くにいた年若い部下を側に呼び、指をさして声を潜めた。
「なぁ、あの辺りにポツポツと何か見えるだろう。何が見える?」
「はい。兵士の格好をした者が三人います。」
「それだけか?」
「はい。…あ、誰か来ました。外套を着た者が三人。いずれもフードを被っていますね。」
「…お前、そんなにハッキリ見えるのか。…凄いな。」
「はい?」
歳のせいか、最近めっきり目が悪くなった自分にはどんなに目を凝らしても『あの辺りに影っぽいものがあるかな?』ぐらいにしか分からない。それもこれも、急に月明かりが翳りだしたせいだと自分に言い訳をする。
部下にはそのまま状況を説明させることにした。
「兵士側の一人とフード側の一人が何やら話し込んでますね。ん?後ろにいるフード側の二人が、服を脱ぎ始めました。何かを手渡されて…あれは…兵士の服ですね。兵士側の者と同じ格好をするようです。」
「何!?兵士に紛れ込むつもりか!」
「どうやらそのようですね。話していた一人も着替え始めたようです。」
「よし、今なら奴らも油断している。一気に捕らえるぞ!」
「はっ!」
走ってきた山沿いの道を更に駆け抜け、途中の分かれ道を曲がって森へと入った。平地なら少しは見えていたものも、森の中では何も見えず闇しかない。しばらく走り続けると、先ほどの窪んだ地を見下ろせる場所へと辿り着いた。目の前には鬱蒼と生い茂る急斜面が広がっている。
トゥルマは再び近くにいる部下を呼んだ。偶然にも先ほどと同じ者だ。
「今、どういう状況になってる?」
「フード側の者はすでに着替え終わっています。今は兵士の格好をした者が六人になっています。」
「なるほどな。そうやって身を隠して奴隷をオロヒリアに連れてきていたのか。そりゃ見つからんわけだ。よし、後は…」
「トゥルマ様!」
トゥルマが指示を出そうとしたところで、部下の一人が駆け寄ってきた。
「どうした?」
「奴隷を乗せていると思われる馬車を見つけた、と報告がありました!」
「何だと?どこにいる!?」
「先ほど来た道を更に進んだ場所です。何やら影が見えたので馬から降りて近付いてみたところ、布を被せた馬車が停まっていたそうです。見張りの者が一人立っていましたので、それ以上近付いてはおりません。」
「分かった、お前と後二人でその見張りの者を捕らえろ。気付かれないよう馬から降りて静かに近づくんだ。他の者はわしについて来い!」
「「はっ!!」」
「生きたまま捕らえろ!一人も逃がすな!!」
剣を抜き、馬の腹を蹴って一気に斜面を駆け下りた。窪んだ地形と無音の空間は数騎の馬蹄音すら鳴り響かせ、男たちは反射的に身を低くして剣の柄に手をかけて叫んだ。
「うわぁっ!な、何だ!?何だ一体!!」
「ヒィッ!!お、おいどうなってんだ…何だあいつら!?待っ…逃げろ!逃げろぉっ!!」
「おい待て!逃げるなお前らぁ!!クソッ!」
「落ち着け!数は多くない!!」
暗闇から突然現れた騎馬兵の襲撃に、兵士姿の男たちは剣を抜き応戦の構えを取った。自分の代わりに指揮を執らせる予定だった部下が、先を行くトゥルマを軽々と追い越し声を張り上げた。
「ここは我々が行きます!!トゥルマ様はお下がり下さい!!」
「む!?…うむ、分かった!逃げ道を塞いで奴等を囲い込め!一気にケリを付けろ!!」
「はっ!お前たち、行くぞ!!」
「「はっ!!」」
トゥルマは速度を落とし、部下の背後へと下がった。剣を抜き、あっという間に洞窟の入り口まで辿り着いている部下たちの背中を眺めつつ、フードを被っていた男たちが下りてきた斜面へと移動する。力と体力では部下の足手纏いになるが、逃げ道の一つくらいは塞いでおきたいという些細なプライドに「フンッ」と鼻を鳴らした。
----…ま、わしが出る程のもんじゃないからな。
ブツブツと独り言を零しながら斜面を背後に洞窟の方へと向き直ると、男が一人こちらに向かって走ってくるのが見えた。部下は誰も気が付いていない。逃げた先の暗闇に佇むトゥルマの姿を見た途端、男は持っていた剣を振りかぶり狂乱染みた声を上げた。
「うわぁぁあぁ!!どどどどけぇぇぇぇぇ!!くそぉぉおおぉおお!!」
「…全く、往生際の悪い。」
トゥルマは剣を抜き、ひたと男を見据えて剣を薙ぎ払った。弾かれた剣が宙を舞い、地面に落ちる前に男の喉元に剣先を突き立てる。ガクガクと足を震わせてその場にへたり込む男を睨み据え、耳を澄ませてあちら側の状況を探った。
金属のぶつかる音が闇夜を引き裂くようにこだまする。剣を交えて決死の応戦をするも、アンバルシアの精鋭部隊の前では為す術も無く崩れ落ちた。
----終わったようだな。
部下の一人がトゥルマの元へ駆け寄り、絶望に染まった男の背後から素早く口に布を噛ませて後ろ手に縛りあげた。
「よし、全員捕らえたな。」
「トゥルマ様、ご無事ですか!?」
「うむ、わしは大丈夫だ。捕らえた者を全員こちらに連れてこい。ここから上に戻るぞ。」
「トゥルマ様、馬車の方も押さえたと報告が入りました。やはり馬車の中には人が押し込められていたとのことです。ですがまだ喉は潰されておりません。全員無事です!」
「そうか…。」
トゥルマが捕らえた者たちを氷の視線で見下ろすと、睨まれた男は恐怖で肩を縮こまらせた。男たちを連れて斜面を登り、馬車の中へ押し込み足を縛る。ふと中を見ると、すでに一人放り込まれていた。捕らえた男たちの様子から、馬車の見張り役だと分かった。
「よし、これからレアンたちと合流する!我々は先に合流地点へと向かい、奴等が来るのを待つ!連絡係と補助の二人はすぐに奴等の元へ向かえ!行くぞ!」
「「はっ!!」」
*
オロヒリアから東に向かった廃村で、トゥルマ率いる一団は待機していた。奴隷として連れてこられた者たちを乗せた馬車は、すでに別の地へと向かっている。
彼らは一時保護の為、多くの商業旅団を傘下に従える実業家一族ラントン伯爵家の所有する領地へと送られた。故郷に帰る事を望む者はその方面への旅に同行させ、故郷や家族を失った者は商団で引き取り、幼い子供は領内の施設で保護することになっている。
トゥルマが腕を組んで木の根に座っていると、数頭の蹄の音と車輪の音が近付いてきた。
「トゥルマさん!お待たせしました!」
「おぉ、リベリオ!無事だったか!」
「はい。酒場の店主とその他数名を捕らえてきました。」
そう言ってフードを外し、素顔を露わにした月下の美丈夫に思わず息を呑む。惚けたように見上げていると、横からニュッとレアンが割り込んできた。
「おい、何ボーッとしてんだよ。ミカ坊も連れてきたぞ。」
「トゥルマさん、お疲れ様です。ご無事で何よりです。」
「おぉ、ミカ坊!お前こそ無事で良かった!」
トゥルマがミカロの頭をガシガシと撫でていると、リベリオはミカロの肩にポンと手を置いて顔を覗き込んだ。
「お前、皆に『ミカ坊』って呼ばれてるのか?俺もそう呼んでもいいか?」
リベリオがニッと笑いかけると、ミカロは顔を真っ赤にして視線を泳がせた。その様子に唖然とするレアンとトゥルマを余所に、両手の指を合わせてもじもじと動かしている。上目遣いでリベリオを見上げ、目をパチパチさせて呟いた。
「そんな、ミカ坊だなんて…。あの…私の事は、ミカロとお呼び下さい。リベリオさん。」
「何だ、俺だけ仲間はずれか。ま、確かにルミオの弟をミカ坊って呼ぶのもおかしいよな。じゃあ、ミカロって呼ぶよ。」
「は、はい、よろしくお願い致します。」
「「おいおい…。」」
*
オロヒリアからの早馬がグラナード侯爵邸に到着したのは、レアンが手配した翌日の深夜だった。
「到着するまでに日付が二回変わったら団員全員に特別訓練を追加してやろう。」
そう言って二本指を立てた騎士団長から託された手紙には、きちんと日付が記されている。死に物狂いで馬を飛ばし、二回目の日付が変わる直前にグラナード侯爵邸の門を叩いた時には、安堵と疲労でその場に崩れ落ちた。
瀕死の連絡係から受け取った手紙は、すぐに寝室にいるルミゴンの元へと届けられた。
「ほぅ。ルミオの奴、なかなかやるではないか…。」
ルミゴンは寝室を出て執務室へ向かい、羽ペンを手に取った。紙の上に文字を滑らせ、蝋を垂らして印を押す。そのまま側で控えていた執事に手紙を渡し、今すぐ届けに行くようにと命じた。
*
いつもより空気が冷え込む朝、デガート伯爵邸の居間では朝食を終えたリスターとカレイラが温かいお茶を啜りながら窓の外を眺めていた。カレイラがコッソリと何処かに朝食を運ぶようになってから、もうすぐ二月が経とうとしている。下の息子が出て行ってからは三月が経った。
リスターは隣でゆったりと過ごす妻をチラチラと見ながら、小さく咳払いをした。
「カレイラ。」
「はい。」
「その…最近はコックが暇そうにしているのではないか?」
「え?いいえ、いつも通り朝早くから夜遅くまで仕込みや買い付けなどで忙しくしております。」
「む…そうか。ならば、良いのだ。」
カレイラのいつもと変わらない様子に、リスターは口を噤んだ。
カレイラが朝早く使用人に籠を渡す頻度は日を追うごとに短くなり、今ではほぼ毎日のように渡している事を知っていた。嬉しそうに籠を持って目の前を横切るのは流石にどうかと思う時もあったが、見慣れてしまえば見なかった事にもできるというものだ。
その毎朝の籠が、ここ最近見なくなった。見なくなってから、十日近く経っている。リスターは落ち着きのなさを誤魔化すようにカップを手に取り口へと運ぶが、お茶はすでに飲み干してあった。
カップをテーブルに戻し、意を決してカレイラに詰め寄ろうとした時、侍女が慌てて居間に飛び込んできた。
「失礼致します!旦那様!」
「何だ、朝から騒々しい。」
「も、申し訳ございません!只今、屋敷の玄関にお客様が来られているのですが、その…それが…。」
「客?こんな朝早くから一体誰が…」
「私だ。邪魔するぞ。」
侍女の後ろから、低く響く声と共に鋭い眼光を放つ長身の男が姿を現した。マントを翻し、ゆっくりとリスターに歩み寄る。あと数歩という所で、リスターは立ち上がり男の足を止めた。
「ルミゴン!?貴様、一体何をしに来た!!」
「貴殿に話があって来たに決まっているだろう。カレイラ夫人、申し訳ないがお茶をいただきたい。後でもう一人来るので、その分も。」
「何が茶だ!勝手な事を言うな!しかも私の妻を名前で呼ぶとはどういうつもりだ!」
顔を真っ赤にして怒り狂うリスターを余所に、ルミゴンはソファに座って足を組んだ。視界の端にはわなわなと震えるリスターと、困惑するカレイラの姿が映る。ルミゴンは小さくと息を吐くと、面倒臭そうに口を開いた。
「朝から騒々しい。寒い中、わざわざこちらから出向いてやったんだ。茶くらいもらって何が悪い。それから貴殿の奥方を名前で呼ぶのは、今後長い付き合いになるだろうから私なりに親しみを込めてのことだ。他意はない。」
「貴様、よくもぬけぬけと…!」
怒りが頂点に達し、リスターが足を踏み出したと同時に先ほどの侍女が再び飛び込んできた。
「だ、旦那様!」
「後にしろ!今はこやつを…」
「たった今、お客様がもうひと方いらっしゃいました!」
「今度は誰だ!」
「おはようございます。朝早くから急に訪ねましたご無礼をお許し下さい。」
ルミゴンとは正反対に、品の良い声音を響かせて颯爽と現れた男が、にこやかに微笑みながら歩み寄ってくる。リスターが全く面識の無い男の登場に呆気に取られている間に、横ではルミゴンがカレイラに目配せをして小さく頷いた。カレイラが立ち上がり部屋から出て行く背中を見てハッと我に返ると、ルミゴンと男を交互に見た。
「初めまして。私はラントン伯爵家当主のバロット・ラントンと申します。」
「ラントン伯爵家?おぉ、あの貿易商でご高名な!お噂はよく耳にしておりましたよ。お会いできて光栄です、リスター・デガートと申します。…それで、我が家にどのようなご用ですかな?」
「どうぞ」とリスターがソファに座るように促すと、視界の端に腕まで組んでいるルミゴンの姿が映った。バロットに気を取られてすっかり忘れていた怒りが再燃する。
「お前、まだいたのか。さっさと帰れ。」
「おや。義兄さん、もうお話は終わったのですか?」
「義兄さん!?」
リスターが目を見開いてルミゴンを見た。愛想の良いバロットとは対照的に、厳めしい顔で黙り込んでいる。言葉を発しようとしないルミゴンに代わり、バロットが説明をした。
「本当の兄ではありませんよ。私の妻が、彼の妹なのです。」
「ほぅ、妹…。」
「今はそんな話はどうでも良い。さっさと本題に入るぞ。」
カッとするリスターをバロットが宥めながら座らせる。侍女がお茶の用意をしている横で、ルミゴンはルミオの調査報告書を取り出した。
「リスター。ニスカ・ルッソという男を知っているか?」
「ニスカ・ルッソ?あぁ、知っている。直接会ったことは無いがな。『狡猾』を絵に描いた男だそうだな。」
『貴殿』から突然の名前呼びに今更怒る気にもなれず、リスターは聞き覚えのある名前に記憶を探った。近衛騎士団親衛隊に所属している上の息子から、軍務長官補佐官の男についての悪い噂は何度か聞いた事があった。
ルミゴンは侍女が部屋から出て行ったのを見届けてから、報告書をリスターに手渡した。お茶の香りを楽しんでいたバロットがまたもや横から説明を添える。
「それは私の息子がニスカの周辺について個人的に調べていたものでしてね。あぁ、そうだ。その息子は第五騎士団の補佐官をしているのですよ。貴殿のご子息であるリベリオ君には、いつもお世話になっております。」
「は?あ、あぁそうでしたか、それはこちらこそお世話になります。」
リスターはチラとルミゴンを見る。「読め」という視線に軽く睨み返してから報告書に目を走らせた。
「何だこれは…。奴隷売買に…マルフィーロ王国の言葉を喋っていた女がいた?」
「ニスカは以前から、奴が裏で戦を起こしてるのではという噂が囁かれていてな。そんな奴が、昨年の十一の月にまたしても戦をすると言い出した。マルフィーロ王国が、我が国の同盟国であるプロモント王国に接触を図っているという理由でな。」
「その話なら知っている。我々の同盟関係を壊そうとしている、とかいうやつだろう?」
だから何だ、と書類を返すリスターに、ルミゴンは冷ややかに言い放った。
「そうだ。そして奴はどういう経緯かは知らんが第五騎士団が相当気に入らんらしくてな。あのニックス・ドラルナー団長に『第五騎士団を前線の後方支援部隊に指名する』と言ってきたそうだ。」
「何だとぉっ!?」
リスターが声を荒げて身を乗り出した。戦が始まれば前線など最初に潰される場所である。戦そのものがすぐに終わろうが長引こうが関係無しに、そこにいる者の命はほぼ無い。
絶望に青ざめるリスターに、もう一枚の紙を渡した。深夜に届いたばかりのレアンからの手紙だ。
リスターは震える手で紙を受け取った。




