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トゥルマと別れ、レアンとリベリオは細い道を抜けて酒場へと向かった。月明かりが届かない路地を伝って行くのは最初に行った時よりも随分と遠回りになるが、生憎の満月の夜だけに身を隠すには仕方のない判断だった。
「よく気が付いたな。」
物陰から件の酒場のある路地をひたと見据えながら、レアンが小声で囁いた。どこか試すような物言いに、リベリオは無言のまま半目で応える。路地で見つけた時のレアンとトゥルマの様子に、この旅のもう一つの目的に気が付いた。
昨日オロヒリアに着くようにしたのも、ある程度の情報をすでに把握していたからだろう。人員は十分なはずなのにあえてリベリオを同行させたのは、最初から試すつもりだったに違いない。
口の片端を上げて斜めに見下ろす男の顔がチラつき、リベリオは心の中で悪態を吐いた。
「店主がマルフィーロ王国の人間だ、って。」
「えぇ。あの場所に敵国の女を置いていた理由を考え、これまでの情報を集めたらそこに行き着きました。そして、あの場所では両国の情報が交換されている可能性がある事も。」
リベリオは、酒場の奥にいる女たちは男の歪んだ嗜虐心を満たす為に繋がれているのだと思っていた。普通に娼婦を相手にするよりも、悲惨な状況に置かれた者を嬲るように組み敷きたいと望む者は少なくない。
「女たちは喉を潰され喋る事はできないが、聞くことはできる。そして聞いて理解することができるのは、マルフィーロ王国の言葉だけ。つまり、彼女たちに何らかの指示を出せるのは彼の国の言葉を話せる者、ということです。」
店主はリヴィニス王国の言葉を話していた。ニスカがこの地を治めるようになって約十五年。いつ頃からこの地に来たのかはわからないが、長い間この地に住んでいればある程度は自然と言語を修得できるというものだ。でなければ、自分の命も危ない。
「そして、ルミオの話を思い返していました。」
リベリオはルミオから聞いていた話を掻い摘んで話し始めた。
マルフィーロ王国との間で、短期間おきに頻発する小競り合い。
ニスカ・ルッソが己の利益の為に戦を起こしているのではないか、という黒い噂。
リヴィニス王国内の各地から労役の為に集められた、喉を潰された奴隷たち。
そこに、『マルフィーロ王国から連れてこられた女たち』と、『彼女たちを売る店主』が加わる。彼の国の者がニスカの治める地にいる理由を考えれば、敵国と繋がっていると疑うのは当然の事だった。
「あそこにいる女たちは、単に身体を売らされているわけじゃない。ニスカと通じているマルフィーロ側の者が、ニスカが裏切らないように店主と女たちをわざと置いているんです。」
「奴隷売買だけでも極刑もんなのに、敵国と密通なんてことがバレたら極刑じゃ済まないからな。きっと同じようにあっちの国にも、こっちの女を置いてるんだろう。」
「…そうかもしれませんね。それに、何度も場所を移動している可能性もあります。その都度商売形態を変えている可能性も。今はたまたま女を売っていた、というだけのことかもしれません。」
言いながら、店の奥の部屋で見た光景を思い出す。リベリオは嫌悪感を吐き捨てるように息を吐いた。
「ニスカが裏切って店主と女たちを消したりしたら、すぐに相手の知るところとなるでしょう。そうしたら、これまでのやり取りをした記録をリヴィニス王国に突きつけて、ニスカを破滅させる。そうやって互いに見張りながら、自国の情報を渡して…」
----…ん?自国の情報を渡す…
不意に、ルミオの言葉を思い出した。ルミオの言葉はいつもどこか直感めいていて、それでいて良く当たる。
----『マルフィーロ王国は、本当に両国の分断を図っているのでしょうか。』
マルフィーロ王国を擁護するような発言。ニックスとリベリオがこの言葉を聞いた時は、ルミオは『ちょっと気になる事』で止めていた。
しかし、もし『分断を図っていない』と仮定して、それを知った『戦を起こしたい者』が情報を操作したとしたら。
----ルミオは奴隷売買について『個人的に調べているから、周りに知られたら困る』と言っていた。そして『確信している』と。本当は、一体どこまでの情報に対して言った言葉だったんだ…?
プロモント王国への接触は図っているが、プロモント王国とリヴィニス王国の分断は図っていない。これが意味することは。
----そんな…いくら何でも、まさか…。
リベリオが愕然として言葉を失っていると、レアンが訝しげに覗き込んだ。
「どうした?」
「あ、いえ。とにかく、我々のようにあの場所の本当の意味に気付く者が現れたら、さっさと逃げる。あの店主は彼女たちに『はい・いいえ』で答えられる質問をして、怪しい者がいなかったかどうかを毎回確認しているはずです。」
そして、とリベリオは奥歯を食いしばり、顔を顰めて呟いた。
「そして少しでも怪しい者がいた場合、逃げる為に彼女たちを消すはずだ…。」
*
レアンとリベリオは酒場の扉の前で足を止め、中の様子を窺った。耳を近付けても、物音一つ聞こえない。素早く視線を交わして小さく頷くと、勢いよく中へと駆け込んだ。
「いない!?」
「リベリオ!俺は中の様子を見てくるから、この扉を押さえたまま外を見張ってろ!!」
レアンが重い扉を抜けて中へと駆け込む。リベリオがその扉を押さえようと手を伸ばしたところで中からレアンの唸り声が聞こえた。
「レアンさん!どうしました!?」
リベリオはカウンターにある椅子を掴んで扉を押さえるように置くと、レアンの元へ駆けつけた。進むにつれて悪臭と一緒に鉄臭い臭いが鼻を突く。嫌な予感に奥歯を噛み締めた。
「レアンさ…!」
足を踏み入れた途端、リベリオは目の前の惨状に目を見開いたまま立ち尽くした。部屋にいた女たちは皆首を切られ、客として来ていた男も血を流して床に倒れている。男は抵抗しながら逃げようとしたのか、身体中に執拗に切りつけられた跡があった。
「くっ…やはり…。」
「まだそんなに時間は経っていない。ここを始末して見られちゃマズいもんを持って出てるんだ。追いかければ間に合うかもしれん。行くぞ!」
レアンが先に飛び出し、後に続く。部屋を出る前に足を止め、先ほど腕に抱いた女の部屋を見た。長い髪が流れた血と混ざりあって顔を覆っている。力なく倒れた女の細い身体に、リベリオは顔を顰め拳を握り締めた。
----すまない、助けてやれなかった…。
部屋を出て店の外へ出ると、レアンが路地の奥へと向かって走っている後ろ姿が目に入った。
----それでも、あのまま生き延びるよりかは…。
ここで死んだ方が良かったんだ、と切り離し、レアンの後ろを追いかけた。自分にはやるべき事がある。戦場では余程の親しい者でもない限り、死んだ者にいちいち情を残してなどいられない。ましてや敵国の女など。
----絶対に許さねぇ!!
路地を抜けると、少し開けた場所に出た。そこから更に複数の路地が枝のように伸びている。地面にしゃがみ込んでいるレアンの側まで来ると、リベリオは舌打ちをして辺りをグルリと見渡した。
「クソッ!これじゃあどっちに行ったか…。」
「…こっちだ!」
レアンは顔を上げて立ち上がり、左側にある路地へと駆け込んだ。リベリオもレアンの後を追いかける。狭い道を走りながら、リベリオは冷静に状況を見ていた。
----あのオッサンの事だ。すでに情報を掴んでいるのなら、相応の準備もしているはずだ。つまり、この先には…
「あれ?」
路地を走り抜けると、小さめの馬車が二台通れるほどの細い道に出た。目の前には小さな川が流れていて、道から川にかけてなだらかな斜面になっている。ポツポツと朽ちたあばら屋のようなものがあるだけで、辺りはシンと静まり返っていた。
「どうした?」
「いえ、レアンさんが自信満々で走っておられたので、抜けた先に奴等のアジトがあるのだと思っていたものですから。」
「で、そのアジトに俺たち二人だけで乗り込むってか?そりゃ勇ましいこったな。俺はそんなおとぎ話の豪傑みたいな真似はしねぇよ。…だがまぁ、似たり寄ったりか。」
レアンが肩を竦めて溜息を吐く。同時にリベリオは背後に気配を感じ、剣の柄に手をかけて振り返った。視線の先では、フードを深く被った男がこちらの様子を窺うようにじっと見て立っている。リベリオが柄を握ったまま睨みつけると、男がボソリと呟いた。
「…レアンさん。お待ちしてました。」
「あっ、お、お前…!」
リベリオは聞き覚えのある声に思わず声を上げた。つい先ほど、酒場で聞いたばかりの声だ。男がフードを外すと、すれ違う時に一瞬目が合った若い男の顔が現れた。
「お前、あの時の!何で…」
「レアンさん、奴等は今この道を真っ直ぐ走っています。川沿いにです。この先は道が二つに分かれるのですが、右に行ってください。」
「おい、人の話を聞…」
「そのまま真っ直ぐ走れば森へと続きます。奴等は今はまだ馬車を使ってますから、足場の悪い森に入れば速度が落ちるでしょう。馬で飛ばせばすぐに追いつくはずです。」
「いや、何で無視…」
「馬はあちらのボロ屋の裏に繋いでいますから、急いで下さい。」
----なんだこのガキ!!いや、それよりコイツの顔つきといい、このわざと人を小馬鹿にする感じといい、どこかで…
「わかった。ご苦労だったな、ミカ坊。」
「ミカ坊?」
「なんだ、その感じじゃお前こっちとは初対面か。おい、時間が無いから軽く挨拶しとけミカ坊。」
「…初めまして。ミカロ・ラントンと申します。よろしくお願い致します。」
ミカロがペコリと頭を下げる。リベリオはあんぐりと口を開けたまま、頭を垂れる男の前で固まった。
「は?ラントン?ラントンってお前…もしかして…。」
「はい、私はルミオの弟です。兄がいつもお世話になっております。」
再びペコリと頭をさげる。ピクリとも表情を変えないまま淡々と話すミカロに、リベリオはなぜか無性に腹が立った。ミカロの自分への態度が、誰かのそれに似ていると感じたのは気のせいではなかった。あの兄にして、この弟である。
「弟!?アイツ、弟がいたのか!」
「上に兄もいます。」
「そういやアイツ次男だったな。って、そんな事はどうでもいい!ルミオの弟が何でこんなところにいるんだ!」
「あ、それはですねぇ…」
「おいお前ら!ゆっくり喋ってる暇なんて無いだろう!さっさと追いかけるぞ!!」
レアンは馬上から睨みつけ、手綱を掴んで走りだした。リベリオは慌ててもう一頭の馬の背に跨ると、フードを外して付け髭を剥がし、髪を後ろに撫でつけた。
リベリオの精悍な美貌が月明かりに照らされ、暗闇の空に妖しく浮かぶ。手綱を捌こうとしたところで、「そうだ」とミカロに振り返った。
「ミカロ、さっきは助かった。ありがとうな。気を付けて戻れよ!」
「へ?…は、はい…。」
ニッと笑って走り去るリベリオの後姿に、ミカロの胸が高鳴った。
*
川に沿って走り続けると、道から逸れるようにして川に架かる橋の影が見えてきた。月空に薄雲が覆いだしたのか、前方を走るレアンの姿が少し暗くなっている。レアンが少し速度を落としてリベリオの隣に来ると、顎をクイと動かし橋の方を指した。
「ミカ坊がさっき言ってた、右に行けってのはあれだな。」
「そのようですね。急ぎましょう。」
「リベリオ、ここからはお前が先に行け。俺には少し見えづらい。」
「わかりました。」
馬の速度を上げて橋を渡り、更に走り続けていると、前方から微かに車輪の軋む音と蹄音が聞こえてきた。
----いた!よし、追いついた!!
リベリオは後ろにいるレアンに振り向いて合図を送ると、姿勢を低くして目を凝らし、遠くに見える影を数えた。
----真ん中に馬車が一台と、その周りに馬が…三頭か。こっちは二人。馬車に何人乗ってるか、だな…
リベリオが影を睨みつけながら剣を抜いて構えると、レアンも剣を抜き馬の速度を上げた。
「リベリオ、できるだけ殺るなよ!だがこっちの方が少ねぇから、奴以外には躊躇うな!」
「分かりました!私は左から回ります!」
手綱を強く叩きつけて一気に速度を上げる。その蹄の音に、後方を走る男が振り向き大声で叫んだ。
「追手が来たぞ!!」
「クソッタレェ!!もう追いつきやがった!!」
「相手は二人だ!さっさと殺せ!!行くぞ!!
騎馬の三人が馬首を返して剣を構え、振りかぶって突進してきた。リベリオは剣を払って素早く相手の真横から足を振り上げ、馬上から蹴落とした。地面に叩きつけられた時の鈍い音を聞き流しながら前へと突き進む。残りの二人はレアンの方に向かって行き、怒声がこだまする中、剣を交える金属音が数発聞こえた後、ドサリと何かが落ちる音がした。
----片付いたか。まさか、こんなド素人相手にやられるわけねぇよな。
リベリオは最初に向かってきた男を見た瞬間、鼻で笑って相手を睨みつけた。普段から訓練を積んでいる者にとっては、馬上で剣を構えた姿を見ただけで相手の腕が分かる。
----あの程度なら剣を使うまでも無いが…
まだあの男がいる。
重い扉の側に立っていた巨躯の男が、店主の側に必ずいる。リベリオは柄をギュッと握り締めると、馬車のすぐ後ろまで追いついた。
「うおぉぉおぉ!!」
「!?」
「があぁぁぁぁあ!!」
突然馬車の前方から現れた大男が、怒号を上げてリベリオに向かって剣を振り下ろした。咄嗟に頭を倒し剣を構えて受け流す。鈍い音が鳴り響いたと同時に耳に熱さを感じた。
----危ねぇっ!この野郎ォ!!
馬車が走り去るのを背後で感じながら、目の前に立ちはだかる大男に意識を集中させる。目を剥いて息を荒くする大男に、リベリオは冷笑を浮かべた。
「お前、俺の言葉が通じるか?お前らが国に逃げ帰ったところで、どうせ関わったヤツは全員消されるんだ。だったらここで大人しく捕まって、お前らの雇い主も道連れにした方がいいんじゃねぇのか?」
「うおぉぉおぉ!!」
「フン、やっぱ通じるわけねぇか。見るからに脳筋だもんな、お前。だったら…」
耳に走る痺れるような痛みが、鳩尾の奥にある憎悪を掻き立てる。部屋の中にいた者に手をかけたのはこの男で間違いないという意識が、剣を握る手を固くさせた。
「この俺に約束を違えさせたんだ。責任は取ってもらうぞ。」
剣を構え、大男をひたと見据える。そのまま姿勢をやや低くして馬を蹴り上げ走り出した。
大男の突きを躱して素早く手首を返し、首元に剣先を滑らせる。大男は首から鮮血を舞わせ、身体をぐにゃりと捻じ曲げて地面に倒れ落ちた。
リベリオは剣を振って血を払い、動かなくなった大男を冷ややかに見下ろした。
「捕まえたところで喋れないんじゃ、生かしておく必要は無いからな。」
リベリオは再び駆け出し馬車を追った。馬車の前方に続く道は鬱蒼とした暗い森へと繋がっている。リベリオは速度を上げて馬車の横に馬を付け、御者に向かって剣を突き出した。
「後はお前たちだけだ。今すぐに停まれ。」
「ひぅっ!お、お助け下さい!私は今日馬車を手配するよう頼まれただけなのです!!こ、こ、こんな事に巻き込まれるなんてっ…!!」
「知ったことか。さっさと停まれと言ったはずだ。」
「はひぃぃぃい!」
悲鳴を上げながら馬車を急停止させると、御者は慌てて飛び降り、元来た方へと走っていった。リベリオは走り去る御者の後ろ姿を横目に見ながら馬から降りて馬車の扉を開け、中にいた男を引きずり下ろした。
「よう、おやっさん。また会ったな。」
「グ…貴様…!」
「おっと、お前の話を聞くのは俺じゃないんだ。」
リベリオは布を取り出して店主の口に噛ませた。そして縄で両手両足を縛ると、暴れないよう両脚を強く殴り付けてから馬車へと押し込んだ。
----さて、と。
御者台に乗って手綱を捌き、レアンの元へと引き返そうとしたところで、レアンがこちらに向かって駆けてくるのが目に飛び込んだ。後ろには傭兵係の部下を二人連れている。
「リベリオ、無事か!?」
御者台の横に馬を寄せる途中で地面に転がっている大男に気が付き、極寒の眼差しで見下ろした。
「私は大丈夫です。ですが先ほど御…」
「ここの後始末は部下に任せろ。今から捕らえた奴等を連れてトゥルマたちと合流して、アンバルシアに戻るぞ。」
リベリオの言葉を遮るように捲くし立て、御者台から降りるよう指示を出した。
「そういえば、あれからトゥルマさんはどこに行かれたのですか?」
「あぁ、アイツか?アイツはもう一つの方を片付けに行ったんだ。」
リベリオは御者台から降りて乗ってきた馬に跨り、レアンの側へ駆け寄った。レアンが部下に指示を出しているのを隣で聞きながら、月を覆う雲の流れを見つめていた。




