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内気令嬢に花束を  作者: みのり
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 薄い雲に覆われた空の下を、数騎の騎馬隊が疾走していた。弱い陽の光のせいか朝から一日中薄暗い日だったが、運んでくる風の中に雨の匂いが混じっていない事がせめてもの救いだった。雨が降った日の見回りは足場が悪くなるだけでなく、視界の悪さや気圧の変化で無駄に体力を消耗してしまう。それも訓練の一環ではあるが、全ての者にとってそうとは限らない。


 騎馬隊は城門を通り抜けて厩舎へと向かった。厩舎の前には、前もって帰還の知らせを受けた厩番が数人待機している。先頭を走る騎士がひらりと降り立つと、厩番が駆け寄り手綱を受け取った。


 「お帰りなさいませ、レアン様。」

 「うむ、頼む。お前ら、一旦休憩したら今日の報告会議だ。他の隊の隊長たちにも声をかけておけ。」

 「はっ!」


 レアンは踵を返して城内に入り、執務室へと向かった。その間も、レアンの帰還を待ち構えていた兵士や従者からの報告を受ける。歩きながら耳を傾け、書類に目を通し、指示を出し、可否を伝える。全てを捌いて執務室に辿り着く頃には、ドッと疲労の波が押し寄せた。椅子にもたれる己の身体が、ガチガチに固くなっているのがわかる。


 ----はぁ…ったく、年々身体が辛くなってくるな。俺も歳がいったもんだ。


 50歳を迎えてからというもの、武具を身に付け馬に乗って駆け回るだけでも腰にくるようになった。レアンが椅子にもたれたまましばらく目を閉じていると、扉をノックする音がした。


 「入れ。」

 「やぁ、レアン。おかえり。」


 入ってきたのはアンバルシア城の執事ロモンだった。相変わらずの控えめな仕草で中に入ると、一通の手紙を差し出した。封にはグラナード侯爵家の印が押されている。


 「なんだ、ルミゴンからか?」

 「そう。さっき届きました。あの事ではないでしょうか。」


 ふむ、とレアンが封を外す。書かれた内容に目を走らせている途中で、突然声を上げて笑いだした。ニヤニヤしながら最後まで読み終えてから手紙をロモンに渡す。ロモンが読んでいる間も、面白そうに口の片端を上げた。


 「とうとう来るのか。にしても、まさか初対面がこれとはな。ルミゴンのやつ、相変わらず滅茶苦茶な事をするのが好きだな。」


*


 リベリオはルミゴンの指示通り、すぐにグラナード侯爵邸へと向かった。前日の夜にニックスとルミオと飲みに行き、夜遅くまで語り合ったせいか喉の調子が悪い。そのまま普段通り定刻まで仕事をして、馬に跨り屋敷へと飛んでいった。ルミゴンの言いなりになるのは気が進まないが、ナリアに会える口実と思えば苦にはならない。

 それよりも、リベリオにとっては重要な事があった。


 ----何としても、あれを渡してもらわなければ!!


 ルミゴンによって突きつけられたリベリオの過去。ナリアには話さず墓まで持って行こうと決めていた女たちとのあれそれや闇の部分を、あっさりと掘り起こされてしまった。ただ軽く遊んでいたという内容ならナリアも知るところではあるが、もちろんそうでは無い事も多々あった。

 法に触れはしないが、ギリギリのラインである。


 ----ナリーに知られたら、軽く息の根が止まる!!


 屋敷に着くと、すぐに執務室へと案内された。向かっている間それとなくナリアを探してみたが、気配すら感じない。時間的に食堂にいるのか、すでに食事を終えて自室に入っているのか。


 ----俺が来ることを知っていたら必ず出迎えに来るだろうから、今日ここに来ることを知らないのかもしれないな。


 そんな事を考えながら歩いていると、いつの間に執務室に辿り着いたのか、案内係の侍女がゆっくりと扉を開けた。促されるままに一歩足を踏み入れば、必要最低限の灯りだけを机の上に置き、椅子に座ってぼんやりと闇に浮かんだままこちらをひたと見据えるルミゴンと目が合った。

 この絵面はリベリオの脳裏に焼き付けられ、生涯消えることは無かった。


 「来たか。」

 「来ますよ。あんなことを言われたらね。」


 リベリオが小さな抵抗を見せると、ルミゴンはククッと笑って引き出しから書類を取り出した。机の上にバサッと置かれた時の重量音からも分かるが、遠目から見てもなかなかに分厚い。過去の己の失態をこれでもかと見せつけられたようで、バツの悪さにさっさと目を逸らせてしまった。またもや完敗である。


 「これを返してもらいに来たのか?」

 「…いくら何でも、過去の事を持ち出すのは卑怯ではないでしょうか。」

 「フン、私は使える物は何でも使う。綺麗事だけでは民を守る事はできんからな。」

 「ですから!!」


 「…そんな事をしなくても、私はここへ来ています。侯爵様が第五騎士団(我々)の為になさろうとしている事を、副団長である私がどうして協力せずにいられましょうか。私とて、部下を守る立場にあるのです。」

 「ふむ、団長からある程度は聞いて来たという事だな。」


 ルミゴンの目がギラリと光る。口元を擦りながらリベリオの目をじっと見つめると、書類を手に取り引き出しに戻した。


 「あ、あれ?なんで…」

 「む、どうした?これが無くてもお前は団員たちの為に動くのだろう?今そう申したではないか。ならば、これはもう少しの間預からせてもらうぞ。」

 「いえ、ですから、それとこれとは…」

 「お前の副団長としての決意はよく伝わった。では、本題に入る。」


 ルミゴンがピシャリと会話を終わらすと、リベリオは放心状態で固まった。何の為に疲れた身体に鞭打ってここまで馬を走らせたのか。団員たちを守る為にここへ来たというのは本心だが、肝心の調査報告書を返してもらわねば眠れない夜が待ち受けているのは火を見るよりも明らかだった。


 ----カッコつけるんじゃなかった!!


 自然と本音が零れ落ちる。どこでもいいから、発した台詞の隙間に『返して欲しい』の一言を入れていれば、今頃返してもらえていたかもしれない。

 涙を堪えるように下唇を噛むリベリオを無視し、ルミゴンは机に置いてあった紙を差し出した。リベリオが手に取り視線を落とすと、見覚えのある筆跡が並んでいる。内容も、つい最近読んだものとほぼ同じものだった。


 「ルミオがまとめたニスカに関する調査報告書ですね。奴隷売買の件については私もルミオから聞いております。」


 あの時ルミオが『すでに用意してある』と言っていたのはこの事か、と思いながら読み進めていると、最後の方で記憶に無い文章がある事に気が付いた。


 「ん?何だこれは…こんな事書いて無かったぞ…。これって…」


 紙を持つ手がわなわなと震え、驚愕に目を見開いた。同時に、自分に見せられた方には書かれていなかった事に不満が沸き立つ。知ったところで何も出来ないのは分かっているが、他者に、それも直属の部下にそう判断されたとなると、男のプライドに傷が付くというものだ。


 「…私の元へ来た時、ルミオはまだ奴隷商人を特定できていないと言っていた。だが、他の報告書から見ても相当な人数の奴隷を連れてきているのに特(・)定(・)で(・)き(・)な(・)い(・)というのは不自然だろう。だからすぐに諜報員を送り込んで奴隷商人に関することを徹底的に調べさせたのだ。そうしたら、興味深い事がわかってな。」

 「興味深い事って、もしやこ(・)れ(・)に関する事ですか!?」

 「そうだ。もしこれが明るみに出れば、単なる奴隷売買にとどまらず少々厄介な事になるだろう。だから内々で処理したい。そこで、お前にも協力してもらおうと思っている。」


 協力という言葉にピクリと反応する。今手元にある報告書の内容と昨夜ニックスから聞いた話を併せると、何をするのか大体の見当がつく。ただ、なぜそれに自分が選ばれたのか。ナリアの婚約者(仮)だからか、それとも別の理由からか。

 『協力してもらおうと思っている』が『協力しろ』にしか聞こえないな、と心の中で半目になるリベリオに、ルミゴンはサラリと命令した。


 「二日後に馬車を用意させる。お前はそれに乗ってアンバルシアへ向かえ。団長にはすでに話を通してある。」


*


 馬に跨り、アンバルシアから西に向かって走り始めてから二日目の深夜。山の麓にある小屋で着替えを済ませ、馬車に乗り換え更に西へと進む。馬車には旅商人に扮した領土管理官長のトゥルマと騎士団長のレアン、そしてリベリオが乗り込んでいた。

 馬車の周りはアンバルシア騎士団の各隊から腕の立つ者を選び抜き、雇用傭兵団に仕立てて守らせている。大人数になるとその分移動に時間がかかる為連れて行くのは十人程度だが、万が一盗賊に襲われても機動力を保ったまま撃退するには十分だった。

 大きめの荷台にはアンバルシア産のものではなく、他領から買い付けた魚の干物や麦、蒸して塩漬けにした肉、麦、織物、染料などが積み込まれている。いずれもニスカ・ルッソが治める領地オロヒリアでは貴重なものばかりだ。


 夜明け前に出発し、昼前に休憩に入った。本当は少しでも進んでおきたいところだが、早く着く為には馬を休ませねばならない。リベリオが昼食用のパンを片手にエールをグイッと流し込んだところで、レアンが隣に座り声をかけてきた。


 「なぁ、リベリオ。お前どうやってルミゴンに気に入られたんだ?」

 「私の方が聞きたいですよ。というか、あれは気に入っているのではなく単にからかって楽しんでいるだけです。何かにつけて威圧的な態度と物言いをされますが、目が笑ってる時がありますからね。」

 「ハハハ!お前がそれに気付いてるってのが、気に入られてる証拠だな。アイツはそうじゃない大半の奴に対しては一切目を動かさんからな。」


 レアンがパンを頬張りエールを流し込む。リベリオもパンを頬張り、慣れない口髭に顔を顰めた。


*


 旅商団の一行は、翌日の昼過ぎにオロヒリアに入った。すでに頭の中には上流居住区から路地裏のスラム区域、地下の汚水路付近に並ぶ怪しげな店まで、街の至る所の情報が入っている。が、当然知らないふりをしなければ怪しまれる。

 隊の中で一番の年長者であり髭面小太りの男ことトゥルマが、リベリオを連れて中央広場に面した宿屋『ヘマドーラ』へと向かった。情報によればこの街を訪れた者が最初に向かう場所がこの宿屋だという。

 外套のフードを深く被り、トゥルマは隣を歩くリベリオをチラと見て羨望の溜息を吐いた。


 「しかしあれだな、色男ってのは髭面で頭がボサボサでも様になるもんだな。」


 リベリオはルミゴンの指示通りにアンバルシア城に行き、執事のロモンに案内されて会議の間へと向かった。扉を開けた途端、レアンとトゥルマはリベリオを一目見るなり「こりゃあ目立つだろう!!」と声を揃えた。

 外套を頭から被ってもなおだだ漏れる色気を抑えるために、急きょ付け髭が用意され、それを鼻の下と顎に貼りつける。髪は家を出て以来伸ばしっぱなしにしていたので、目元が隠れるように後頭部から前に流すようにしてボサボサにしてみた。

 露出部分は少ないはずなのに、すれ違う女の三人に一人はリベリオにチラチラと視線を向けている。


 ----結局、目立っとるじゃないか…。


 馬車で留守番をさせておけば良かったと今更ながら後悔するも、すでに宿屋は目の前というところまで来ていた。


 「ここですね。」

 「そのようだな。よし、入るぞ。」


 扉を開けて、中へと足を踏み入れる。入ってすぐの受付には背の低いヒョロッとした中年の男が立っていた。歯が抜け落ちた口をニッと上げて、愛想を振りまいている。


 「いらっしゃいませ。」

 「ちょっと聞きたいんがね。わしらはさっきここに着いたばかりなんだが、商売する場所を探しとるんだ。」

 「あぁ、旅の方ですか。それでしたら広場から高台の麓へと続く大通りはお客様のような方々が店を出されていますので、空いている場所を使われてはいかがでしょうか。」

 「店を出すのに許可とかはいるのかい?」


 トゥルマが男と話している間、リベリオは店の中を見渡した。造りとしてはターニオ夫妻の宿屋よりも小さいが、旅人の往来の拠点として街の中心を担ってきた風格が内装のあちこちに色を添えている。この宿を訪れた旅人の中には、ごく稀に売れ残った物や単なる好意から物を置いていくことがあるらしい。

 どこの国の物かはわからないが、魚を咥えた木彫りの獣らしきものの置物が受付のカウンターに置かれているのが後者の良い例だろう。

 泊まり客以外にも食事を提供しているのか、出入口の隣の部屋は食堂になっていて多くの客で賑わっていた。


 「用件は済んだ。行くぞ。」


 トゥルマが振り返り、リベリオに声をかける。リベリオは小さく頷くとトゥルマの後ろに続いて宿屋を後にした。


*


 「よ、どうだった?」


 馬車に戻ると、御者台に座ったレアンがもぐもぐと口を動かしながら手を振っていた。片手に握られた布袋に手をつっこんでは口に運んで食べている。袋の中には手のひらサイズの平べったいものが入っていて、ほのかに湯気が立っていた。


 「お前…何食っとるんだ。」

 「腹減ったんだよ。そこの店で売ってたんだ。結構いけるぜ、食うか?」


 レアンが指をさす方を見ると、ここから少し離れた場所の店先で何かを焼いている年配の男が目に入った。ひざ下まで組み立てた石の中に火を熾して、その上に鉄板を置いている。生地のようなものを流し込んでは手際よくひっくり返して焼いていた。

 繁盛しているようで、店の前では順番待ちがてら男の手さばきを見物している客で賑わっている。


 「お前という奴は!良い歳して少しの間ぐらいじっとしてられんのか!」

 「別にいいだろうが。こんだけ護衛がいるんだから、ちょっと離れたぐらいどうって事ないだろう。リベリオ、食うか?」

 「あ、いただきます。」


 リベリオは一つ摘まんで齧ってみた。薄いパンのような食感だが、粗削りした麦の粒々が良いアクセントになっている。本来粒の粗い麦で焼いたパンは固くてボソボソしている為あまり好まれないが、その粗さを上手く利用している事に、リベリオは素直に感動した。


 「な、いけるだろ?」

 「えぇ、美味いですね。素朴な味ですけど、だからこそ手が止まらなくなる感じがします。」

 「お、わかってるねぇ。そうなんだよ、これなら少々質の悪い麦ばかりができても美味く食えるだろ?良い事知ったよなぁ。これだから旅は止められねぇ。」

 「レアンさんは、グラナード侯爵様の部下でありご友人なのですよね。各地を回られるたびに、こういう事をなさっていたのですか?」


 リベリオは残りを口に放り込むと、エールを取り出して流し込んだ。この変わった焼き物は、酒との相性も良いらしい。


 「そうだ。ルミゴンが各地を視察している間に俺はフラフラと脇道にそれて、珍しいものを片っ端から見て回ってたんだ。この土地ではどんなものが作られていて、どんなものを食ってて、どんなものが売られているのか。そして、何が足りないのか。」


 そう言って袋から一枚取り出すと、ペラペラと振ってから口に放り込んだ。


 「そんな事を繰り返してると、結構いろんなものが見えてくるんだよ。この土地だってそうだ。麦に関して言えば、あまり良質な麦が育たずパンも粗悪なものしかないと聞いていただろ?だから俺たちは、良質な麦を積んできた。ところが、実際にはこうして美味いものを作って食ってるんだ。」

 「確かにそうですね。」

 「紙の上の情報も大事だが、それは所詮それを書いた奴の見聞でしかない。でも自分の足で歩いて自分の目で見たものってのは、その紙には書いてないものばかりだろう?俺は昔からそういったものを見つけるのが楽しくってしょうがねぇんだよ。」

 「お前のそれはただの放浪癖だろう。お陰でわしらは何百回とお前を探し回ることになったんだぞ。それを良い話風に語るんじゃない。さ、日が暮れる前に移動するぞ!」


 半目で睨むトゥルマを軽くあしらいながら、レアンは最後の一枚を取り出してリベリオに渡した。そのまま袋をひっくり返して中の粉をはたく。袋を畳んで帯紐にギュッと挟み込むと、御者台からひらりと降り立った。

 耳の奥で、カリッと弾ける音が鳴った。

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