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内気令嬢に花束を  作者: みのり
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 ルミゴンとナリアを乗せた馬車は王宮の門を通り抜け、馬車用の通行門に停まった。門番に立つ兵士の一人が駆け寄り、チラと馬車の所有者を確認する。豪奢な馬車に掲げられたグラナード侯爵家の紋を認めると背を伸ばして敬礼し、御者に通行の許可を出した。

 その様子を、ナリアは小窓からそっと覗き見ていた。


 「王宮って、このようにして入るのですね。」

 「そうか、初めてだったな。ここは馬車専用でな。馬に乗ってくる者や徒歩でくる者、後は業者によって入る場所が違うんだ。」

 「そうなのですか。これだけ広いと人の出入りを確認するだけでも大変ですね。」


 ナリアがクスクスと笑う。その様子に目を細めながら、ルミゴンは窓の外を見た。


*


 第五騎士団の団長室では、椅子にもたれてぐったりと頭を仰け反らせるリベリオの姿があった。午前の訓練でいつもより激しく動き回り過ぎたせいか、自分の椅子に座った途端、疲労がどっと押し寄せる。水浴びで濡れた髪が額に貼りつき、晒した喉元と相まって無駄に色気を放っていた。


 「副団長、お身体を起こしてください。誰かが入ってきたらどうなさるおつもりですか。」


 半目で窘めるルミオの言葉に、横から口を挟んだのはニックスだった。ルミオとは正反対に、顔がニヤついている。


 「今朝は相当しごいたもんなぁ。まだ午後もあるってのに、奴等も今頃ヘロヘロだろうな。」

 「実戦はこんなもんじゃありませんからね。移動だけでも相当体力を使いますから、これぐらいやってちょうど良いぐらいです。」


 「ま、その通りだな」とニックスが相槌を打つと同時に扉をノックする音がした。扉の向こうからは部下の慌てた声が聞こえてくる。ルミオが素早く応対に出ると、緊張した面持ちの騎士が少し頬を赤らめて立っていた。


 「失礼致します!お客様をお連れ致しました!」

 「お客様?おかしいな、何も聞いて…あ!!」


 ルミオが思わず声を上げる。その声にニックスとリベリオが顔を上げると、騎士の後ろからルミゴンがぬっと姿を現した。


 「突然来て申し訳ない。リベリオ・デガートはいるか?」

 「はい、副団長でしたらあちらに…。」


 ルミオがチラとリベリオの方に手を差し出すと、リベリオは立ち上がり一礼した。ニックスの眉がピクリと動く。


 「おや、ナリア嬢も来られたのですか?」

 「はい。こんにちは、ルミオ様。」

 「ナリーも来ているのか!?」


 リベリオが慌てて駆け寄る。その視線の先ではニコリと微笑むナリアがこちらを見ていた。その笑顔に、リベリオの表情が自然と緩む。


 「どうしたんだ、ナリー。お前まで来るなんて。」

 「実は今日お義父様が王宮にご用事があるそうで、私も連れてきて下さったのです。」

 「おぉ、彼女がナリア嬢か!」


 ニックスも立ち上がり扉の方へと進むと、リベリオは姿勢を正してニックスに向き直った。


 「団長、彼女がナリア・グラナード嬢です。」

 「団長のニックス・ドラルナーだ。貴女の事はリベリオからよく聞いている。なるほどなぁ、お前が言ってた通り綺麗な娘さんじゃないか。」

 「そうでしょう。」

 「ハハハ、堂々と惚気るとは大したもんだな。ところで、グラナード侯爵様はお前にご用があるのではないか?」


 ニックスがルミゴンに視線を移すと、ルミゴンは顔を赤くしているナリアの肩に手を添えて、リベリオの方へゆっくりと向けた。


 「リベリオ、昼食はまだだろう?」

 「えぇ、まだ食べてはおりませんが…。」

 「ナリアがお前と昼食を共に食べようと思って食事を持ってきたのだが、時間はあるか?」

 「え!?」

 「はい、あの…よろしければ、お庭で一緒に食べませんか?」


 リベリオはナリアの後ろで控えているサフィが持っている籠に気が付くと、籠とナリアの顔を交互に見た。自分でも恥ずかしい程顔が赤くなっていくのがわかる。広々とした王宮の庭はそこで働く者たちの憩いの場にもなっていて、昼時はもとより常に人が行き交う場所だった。

 未婚の男女が、そんな場所で持参の食事を共にするという事は。


 ----そんな事をしたら、俺たちが親密な関係であると公表しているようなものじゃないか。


 リベリオがチラとルミゴンを見ると、ルミゴンは小さく頷いた。まだ正式に婚約はしていないが、さっさと周りに知らしめろ、という事らしい。父親が率先して娘を連れてきているのなら、尚更その効果は上がる。

 リベリオが心の中で苦笑していると、ニックスは豪快に笑いながらリベリオの肩に手を置いた。


 「いいじゃないか!折角こうして来てくれたんだ。二人きりでゆっくりして来い。」

 「ありがとうございます。午後の仕事までには戻りますので。ナリー、行こうか。」


 リベリオはニックスとルミゴンに一礼し、ナリアとサフィを連れて団長室を後にした。


 ----リベリオの奴、嬉しそうな顔してたなぁ。


 ニックスがフ、と笑って机に向かう。その後ろ姿に向かってルミゴンが静かに声をかけた。


 「ところでニックス・ドラルナー団長。貴殿に折り入って話があって参ったのだが、いいだろうか。」


 ニックスがゆっくりと振り返る。視界の端でルミオを見れば、何も知らないのか目を見開いて立ち尽くしていた。


 「…私にですか?わかりました。ルミオ、お茶を用意してくれ。」

 「はい、すぐにお持ち致します。」

 「いや、いい。すぐに終わる。お前もここにいろ、ルミオ。」


 ----俺が気付いている事に気付いたか。今の一瞬の間(ま)で気付いたようだな。


 ニックスがソファに座るよう促すと、対面するようにニックスが座り、ルミオは扉の側に控えた。


 「単刀直入に言う。リベリオ・デガートを少しの間貸してもらいたい。」

 「貸す、とはどういう事でしょうか。」

 「そのままの意味だ。先日ルミオからニスカの話を聞いた。貴殿が奴に耳打ちされたという、あれだ。」

 「ほぅ、そうですか…。」


 ギロリとルミオを睨み据える。ニスカの件は、リベリオとルミオには口外しないように命じていた。騎士団に所属する者は、如何なる理由があれども団長の命令に背くことは許されない。命令に反したとあれば、当然厳しく罰せられる。

 ニックスの射抜くような視線に身を震わせるルミオを横目に、ルミゴンが息を吐いて間に入った。


 「待て。貴殿は団(・)員(・)に(・)は(・)口外するなと命じたのだろう?私は団員ではないし、こやつの伯父だ。相(・)談(・)してもおかしくはないだろう。」

 「…いいでしょう。それで、それとリベリオを貸す事と何の関係があるのですか?」


 ルミオがホッと胸をなでおろす間も、ニックスはルミオを睨み付けていた。その射殺すような視線に、ルミオのお尻がキュッと萎む。先にルミゴンとの関係を話しておいて良かった、と心から全なる者に感謝を捧げた。


 「私としては、奴の下らん戯れに大事な甥と娘の婿が巻き込まれるのを黙って見ているわけにはいかなくてな。この際、奴には今の地位を退いてもらおうと思っている。」

 「退かせる!?どうやって!」

 「そこまで話すつもりは無い。その方が互いの為だろう。そこで、だ。その為にリベリオをしばらくの期間借りたいのだが、それには団長である貴殿の許可が要るだろう?それでここまで来たというわけだ。」

 「答えになってはおりませんね、お断りいたします。」


 ルミゴンの片眉が上がる。瞬き一つせず睨み合う二人の背後に、ルミオは燃え盛る炎が見えた。


 「…ふむ、断るか。では貴殿は、このまま指を咥えて命令が下るのを待ち、部下を前線に送り出すというのだな?」

 「そうではありません。グラナード侯爵様がなされようとしている事は、リベリオとルミオ、ひいては我々第五騎士団員全員が助かる道なのだろうという事は、十分理解しております。」

 「では、なぜ断る?」

 「私は部下たちの命を預かる者です。自分の目の届かない場所で、何をさせられるのか分からない。そのくせ、それが危険な事だけは分かっている。そんな場所に大事な部下を単身で送り出せと?娘の婿だろうが何だろうが、そちらの都合で勝手に連れ出せると思ってもらっては困るんですよ。」


 ルミオは失神しそうになった。かつて母に、『あの方に面と向かって逆らえる人がいたら見てみたいですよ』と言った事があったが、実際に見るとなんと恐ろしい事か。軽口が現実になると重くなるとは思ってもみなかった。

 額に青筋を立てている伯父の顔を想像しながら、ルミオは心の中で飛び火が移らない事だけを祈った。


 「ふむ…確かに貴殿の言う通りだな。しかし、貴殿が反対する理由はそれだけか?」

 「何です?」

 「団長としての立場はわかった。しかしそれ以前に、リベリオが貴殿にとってただの部下では無いからではないか?」

 「…!」

 「!?」


 ルミオの耳が大きく膨らむ。途端に姿勢よくソワソワし始めた補佐官の動きを一睨みで封じると、ニックスはルミゴンに向き直った。


 「何かをご存知のようですね。」

 「リベリオがナリアの婿として相応しいかどうかを調べていた時に、少し気になる事があってな。リベリオが20歳で騎士団に入団した当時、前年まで近衛騎士団騎兵隊副隊長を務めていた者が、自ら志願して王宮騎士団の副団長になったのだ。それもリベリオが偶然所属した第(・)五(・)騎(・)士(・)団(・)の、だ。」


 ----近衛騎士団…騎兵隊副隊長!?って、超絶エリートじゃないか!


 ルミオが目を丸くしてニックスを見た。リベリオの兄アレニスが所属する近衛騎士団は王族の身辺を直接警護する部隊である。団員はそれぞれ親衛隊や騎兵隊、歩兵隊など複数の隊に分かれているが、元々エリートばかりの王宮騎士団の中でも特に優れた一部の者しか入れず、それらをまとめる隊長・副隊長ともなればその実力は計り知れないものだった。


 ----そんなお方が、なぜ第五騎士団(ここ)に…。


 「そういえば、あ(・)の(・)親衛隊長はすでに引退した後だったか。しかしそれまでに彼ともいくらかは交流があったのではないか?」

 「…。」

 「何らかの理由で父親に脅され、息子の面倒を見る事にでもなったか。」

 「違う!!」


 ニックスは叫ぶと同時に、テーブルを叩きつけた。握り締めた拳は小刻みに震え、食いしばった歯が剥き出しになっている。このまま噛み付かんばかりにルミゴンを睨み据え、唸りあげた。


 「俺が第五騎士団(ここ)に来たのは俺の意思だ。リスターさんは関係無い!」

 「そうか。ならば、自らの意思でリベリオの側に来たというわけだな?それ程に奴が大事か。」

 「…そうだ。リベリオは俺の恩人だ。アイツがいなけりゃ今の俺は無かった。とっくにどこかの道端で野垂れ死んでたよ。」


 ルミオは驚愕に目を見開いた。


 ----『お二人を見ていると単なる上司と部下のようには見えなかったものですから。』


 こんな軽口まで当たろうとは。それも、近衛騎士団騎兵隊副隊長という誰もが羨む華々しい経歴を手放してまで側に来た、という重い話になっている。


 ----副団長が恩人…。でも、それと団長の異動の理由と何の関係があるんだ?


 恩を受ければ何かの形で相手に返すことはある。とはいえ、律儀に返す者はそれ程多くは無い。むしろ恩を受けても気付かない者もいれば、受けて当然だと思う者、恩を仇で返す輩までいるのが世の理だ。それなのに、わざわざキャリアを捨ててまで恩人(リベリオ)の側に来るには相応の理由があるのではないか。


 ----そもそも副団長は知っているのか?とてもそんな風には…


 ルミオはハッと我に返ると、二人の会話に意識を戻した。ここまで聞いたら、最後まで知ってしまいたい。


 「わかった。しかし、私としてもリベリオを諦めるわけにはいかなくてな。」

 「お断りしたはずですが。」

 「そこでだ。これから私が何をするのかを貴殿に話しておこうと思う。ニスカについてはまだ話す事はできんが、それ以外の事なら話しておこう。その上で許可を得るつもりだ。」

 「聞いておられませんね…。最初から私を試すおつもりでしたか。」

 「貴殿にとっても悪い話ではないからな。」


 ルミゴンの目が不敵に笑う。ニックスはルミオにお茶の用意をするように命じた。


*


 騎士棟から本殿に向かう途中にある庭園の一角で、リベリオとナリアは敷物の上で寛いでいた。まだまだ風は冷たいが、今日はいつになく陽の暖かさを感じられる。

 サフィは手際よく食事の用意をした後、少し離れたベンチに腰を掛けて軽い食事を摂っていた。時折若い兵士が声をかけに来ていたが、その度にリベリオがジロリと睨むとそのまま立ち去っていった。


 「うまそうだな。今日は朝からキツめの訓練をしたから腹減ってたんだ。」

 「フフ、お疲れ様でした。たくさんありますから、どうぞ。」


 籠の中には丸いパンに、炒めた野菜やマリネ、蒸した肉とローストした肉、果物が数種類入っていた。パンには切込みが入っていて、好きな具を挟めるようにしてある。

 リベリオが選んで指をさしたものを、ナリアが挟んで手渡す。その仲睦まじい様子を周囲にいた者は遠くからチラチラと眺めていた。中には露骨に囁き合っている者もいる。ルミゴンの思惑通りの展開に、リベリオは半目でパンを頬張った。悪くは無いが、どこか釈然としない。


 「…すみません、やはり目立ちますよね。」

 「え?」

 「人にジロジロと見られながら食べるなんて、気も休まらないのではと思いまして。」

 「何を言ってる。俺がそんな事を気にすると思うか?俺としては、お前が俺のものだと公言してるようなものだから気分が良い。そうだ、何ならここでキスしておくか?」


 ナリアが顔を真っ赤にして口をパクパクさせると、リベリオは盛大に噴き出した。


 「アハハ!お前本当にすぐ顔に出るな!顔から煙が出そうだぞ。」

 「もう!どうしてすぐそういう事を仰っ…」


 ナリアが振り上げた腕を掴み、クイッと引っ張り頬にキスをした。


 「〇▽×◎◆※!!」

 「ほら、遊んでないで早く食べよう。」 


 ニヤニヤと笑うリベリオを恨めしそうに見上げながら、ナリアはパンを頬張った。

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