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内気令嬢に花束を  作者: みのり
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 リベリオはアレニスに別れを告げ、近衛騎士隊のいる本殿から出て騎士棟へと向かっていた。互いに仕事中である為あまり長話をするわけにもいかず、アレニスを呼びに使いの者が来たのをきっかけに自然と立ち上がる事となった。


 部屋から出ようと取っ手に手をかけたところで、「リブ」と呼び止められて振り向いた。自分を見つめる兄の顔がなぜか少し照れ臭そうにしている。取っ手に手をかけた状態で立ち止まったまま見つめ返すと、アレニスがポツリと呟いた。


 「お前、今夜時間あるか?」

 「えぇ、ありますよ。」

 「そうか、だったら…」


 アレニスはニッと笑い、手を酒を飲む形にして差し出した。どこかで見た光景だな、と苦笑しつつ頷くと、アレニスは「よし!」と満足げに頷いた。


 「それじゃあ定刻過ぎ頃に王宮の門の前で落ち合おう。良い店を知ってるんだ。」

 「わかりました。」


*


 騎士棟に入り、第五騎士団の団長室へと向かう。途中ですれ違う部下たちと挨拶を交わしながら団長室の扉を開けると、満面の笑みで迎えるルミオの姿があった。ピタリと足を止め、スッと扉を閉める。中から聞こえてくる喚き散らす声にうんざりしながら、周りに迷惑をかける前に渋々中へと入った。


 「副団長、お帰りなさいませ!いかがでしたか?兄上様にはお会いできましたか?」

 「別にどうもしない。兄はちょうど訓練が終わられた頃だったから、直接会って渡してきた。」

 「そうですか、それは良かった!さぞ喜んでおられたのではないですか?」

 「まぁな。ただ兄は少し心配性なのか、いつまでも俺の事を小さな子供だと思っておられるようだ。」

 「それ、分かります~!」

 「なんでお前が分かるんだよ!お前の方が年下だろうが!」


 ルミオが「本当だ!」と口元を押さえるのを真正面から見据え、いつの間にかそのわざとらしさに慣れている自分に心底嫌気がさした。

 溜息を吐き、半目のままルミオの横を通り過ぎて自分の机へと向かう。振り向き様に椅子に座ると、すでにルミオが机の前を陣取っていた。


 「うわっ、何だよ!」

 「本日は定刻でお帰りになられますか?」

 「うっ…。」


 バレている。

 リベリオがパクパクと口を開けているのを『帰る』と受け取ったルミオは、ニコリと微笑んだ。


 「では、定刻で退所できるよう仕事を調節しておきますね。」

 「あ、あぁ、頼む。」


 ルミオが満足げに去っていく後ろ姿を呆然と眺めながら、リベリオは部下の持つ情報網の根の広さに思わず息を呑んだ。


*


 酒場の奥にある壁際のテーブル席で、二人は向かい合って座っていた。そこそこの金持ちが通う店だけあって、小さなつまみにも良いものを出している。以前キュリオと酒を酌み交わした店も酒場にしては大人しい店だったが、それを更にランク上げしたような店だった。


 ----ふぅん、良い店だな。今度キュリオとルミオも連れてきてやるか。


 そういや名前が似ているな、と考えながらエールの入ったカップに手をかける。ふと視線を上げれば、アレニスが性懲りもなくリベリオを見つめていた。流石にここまで見られ続けると、折角の酒とつまみの味がわからなくなってしまう。

 リベリオは小さく息を吐き、カップを持ったまま半目で見返した。今日は半目になってばかりだ。


 「兄上、見過ぎです。何がそんなに気になるのですか?」

 「いや、お前とこうして飲みに来る日がくるなんて思わなかったから。」


 アレニスが後頭部を撫でながらカップを持つのを見て、リベリオはスッと手を伸ばした。カツンという音が静かに響く。アレニスがポカンとした顔で見つめる先には、リベリオのニッと笑う顔があった。


 「私でよければいつでも付き合いますよ。」

 「そうか…そうだな。俺たちは兄弟だもんな。」


 アレニスが店の娘に声をかけてつまみと小料理を注文している間、リベリオは何気なく店の中を見渡していた。テーブル席は広めに間隔を空けて置かれていて、客同士がぶつからないように配慮されている。


 庶民が通うような酒場はそもそも店自体が狭い。必然的に、客同士が背中を合わせてもたれ合いながら酒を飲むことになる。それが原因で客同士がいがみ合い、酒の力も加わって取っ組み合いの喧嘩になる事も珍しい事ではなかった。リベリオのような、いかにも騎士然とした男に喧嘩を吹っ掛けようとする者はいなかったが、喧嘩の仲裁に入って流れ拳を受けることは稀にあった。


 ----あれは結構効いたなぁ。


 リベリオがその時の状況を思い出して笑っていると、アレニスが訝し気に覗き込んできた。ハッと顔を上げて辺りを見回すと、いつの間にか注文していた物がテーブルに並んでいる。リベリオは誤魔化すようにつまみを口に放り込み、アレニスの呆れた視線から目を逸らした。


 「そういやお前、ナリア嬢とはどうなったんだ?本当にもう会っていないのか?」

 「いえ、先日会ったばかりです。と言っても、その前に会ったのは九の月でしたから本当に久しぶりでした。」


 リベリオは頬を緩めてエールを流し込んだ。何度思い返しても、ナリアが自分から会いに来てくれた事が嬉しい。内気で引っ込み思案な性格だと知っているからこそ、勇気を振り絞ってくれた事に堪らない愛しさを感じた。


 「離れていた期間も長く、互いの誤解もありました。まずはきちんと話し合わなければと、彼女の方から私の元を訪ねてくれたのです。グラナード侯爵様の後押しもあって。」

 「グラナード侯爵様が?では、あちらは二人の事を認めておられるという事だな?」

 「はい。そして、その時に互いの気持ちを伝え合いました。正式に婚約は結んでおりませんが、私たちは結婚するつもりでいます。」

 「そうか、それを聞いて安心した!では、後は何とか父上に認めて頂くだけだな。」

 「それが…。」

 「うん?」


 リベリオは俯いて口を噤んだ。順番に情報を取り込んできた今の自分でも処理しきれないものを、何も知らない兄に話して良いものかどうかがわからない。そもそも上手く伝えられるだろうか。

 不安が頭をもたげるが、隠すことなくきちんと話すと決めた以上は腹を括るしかない。


 リベリオはナリアと再び通じ合ってからの事を話し始めた。ナリアと結婚する為の条件。ナリアを領主にすると言い出したルミゴンの話。婚約したばかりの頃からがらりと変わってしまった状況について、悩んでいる事の全てを話した。

 妙な沈黙が二人の間に落ちる。肩を落として黙り込むリベリオに、アレニスはキョトンとした顔で首を傾げていた。


 「それで?どこに引っかかってるんだ?」

 「え?問題…だらけではありませんか。」

 「わからないな。お前がグラナードの者になる事か?領主の夫になる事か?騎士団を辞める事か?」

 「そうで…」


 自然と声が消える。リベリオはアレニスの問いかけに『そうです』と答えようとした瞬間、なぜかその言葉に違和感を覚えた。


 ----何だ?この…胸につかえる感じ…。


 何度も返事をしようとするが、たった一言が出てこない。リベリオは『引っかかっているのはそこではない』と、もう一人の自分に言われているような錯覚に陥り、視線を彷徨わせた。

 何も答えない弟に、アレニスは更に首を傾げた。


 「うん?違うのか。では、家族との溝を残したままアンバルシアとやらに赴く事か?このままの状況で行ってしまえば、今度こそ二度と会えなくなるかもしれないからか?」

 「!」


 再び沈黙が落ちる。リベリオは胸につかえていたものの正体を真正面から突きつけられたような気がして、思わず言葉を失った。


 幼い頃から抑圧され、侮辱され、結果的に家というものを疎ましく感じていた事実は変わらない。それは今もなお続いているし、きっとこの先も、この胸に絡みついた負のしこりが消えることは無いだろう。それなのに、アレニスの言葉が心に重くのしかかった。


 ----もしかして…『家族を切り捨てる』という選択肢に僅かでも抵抗を感じたのは、心のどこかで分かり合いたいと望んでいたからか…?


 『デガート』は切り捨てられても、『家族』は切り捨てられない。だからこそ、デガート(家)を出て、グラナード(婿養子)になる事自体には躊躇わなかったのではないだろうか。


 ----そうか…俺はただ、俺を真っ直ぐ見てほしかったんだ。そして俺も家族の胸の内を理解し、それを認めた上できちんと話し合わなくちゃいけなかったんだ。


 ナリアの顔が脳裏に浮かぶ。互いに認める部分も、相容れない部分もあっていい。相容れない事があったとしても、その度に話し合い、理解し合い、少しでも歩み寄れるのなら。そしてその上で、自分の道を歩んでいけたら。


 ----たとえ二度と会えなくなろうとも、俺は迷うことなく進んでいける。


 リベリオはフ、と笑うと、「その通りです」と呟いた。


*


 頬杖をつき、つまみのナッツを指先で転がしながら、アレニスは静かに口を開いた。


 「なぁ、リブ。今日お前が言ってた疑問についてなんだがな。」

 「なぜ父上は辛くあたるのか、というあれですか?」

 「そうだ。俺なりの答えで良かったら話そうと思うんだ。もちろん父上のお心は父上にしかわからないものだから、それが正しいかどうかはわからないが。」

 「それでも構いません。話して下さい。」


 アレニスは小さく頷くとナッツを口に入れ、エールを一気に流し込んだ。そのまま椅子の背を肘置きにして壁にもたれ、フーッと長く息を吐く。常に姿勢を正して毅然としていた兄からは想像できない姿に、リベリオは目を丸くした。


 「なんだ?俺がこんな風にだらしない恰好でいるのが珍しいか?」

 「はい、正直驚いてます。兄上でも気を緩める事はあるのですね。」

 「当たり前だ。お前の中の理想の兄像を壊して申し訳ないが、俺もただの男だよ。せめて子供たちや部下の前でやらなかったら、それでいいんだ。」


 リベリオは内心、口で言うよりも驚いていた。幼い頃からアレニスを見てきたが、いつも誇らしげに胸を張って、自分に笑いかける姿しか記憶にない。大人になるにつれて殆ど顔を合わせる事は無かったが、それでも実家や王宮で見かける時は幼い頃から見慣れた姿のままだった。


 「お前、父上が所有する領地の運営が年々苦しくなっている事を知っているか?」

 「そうなのですか!?」


 初耳だった。用がある時に実家に帰る事はしばしばあったが、家の経済状況や生活水準に気を配る事など一度も無かった。いや、そもそも『お前に残す財産は無い、期待するな』と言われ続けたせいで、興味すら無かったと言うべきか。


 「父上が当主になられて、領地を引き継がれてからしばらく経った頃からだ。」


 「俺がそれに気付いたのは、父上の仕事を引き継ぐための勉強を始めた頃だった。過去の資料を見ていくうちに、明らかに領内の作物や資源の生産量が減っていってたんだ。他の資料を見ても、特に災害による不作だったという報告は無かった。」

 「まさか…。」

 「そう、脱税だ。父上は当時、現国王陛下が王太子殿下であらせられた頃に、親衛隊長としてお側に仕えておられたのだが…。ハッキリ言うと、そちらに手一杯で領内の政をおろそかにされていたようなのだ。」

 「え。」


 本当にハッキリ言う。酒の力とは怖いものだ、とリベリオは口角が上がるのを堪えた。


 「調べていくうちに、有力な領民が税を誤魔化したり、勝手に他国と裏取引をしていたりと、好き放題している時期もあった。どうしてこんな事に気が付かなかったのだと、心の奥底から煮えたぎったのを覚えている。」


 『誰に』と言わないだけまだ理性があるな、とリベリオは少し残念な気持ちになった。顔には出さないが。


 「当時の資料を見ていると何もかもが後手後手で、父上が近衛騎士団を引退されて領地の運営に専念される頃には目も当てられない状態になっていた。治安の悪さは城外だけでなく、城の中にまで浸食していて汚職が蔓延していたんだ。その少し後から俺も父上と共に領地に赴くようになったのだが、俺にも仕事があるからそうそう行くこともできない。」


 「それでも父上はお一人で城内を取り締まる事に成功された。さすがは親衛隊長を務めておられただけの事はあると思ったよ。疑わしい者を一掃し、近衛騎士時代に知り合った有能な方々に声をかけて自領に引き入れ、なんとか盛り返されたのだ。しかし…」


 「やはり反発する者は領内の至る所にいるものでな。今まで甘い汁を啜っていた者たちが裏で結託して、追い出された腹いせに領内の土地や農作物や資源を滅茶苦茶にしていったんだ。中には村そのものを襲って略奪していく者もいた。」

 「何てことを!」

 「父上が騎士団を派遣し、犯人を何十人と捕らえて見せしめに処刑しても、恨みは重なるばかりでな。ちょうどお前が戦地で戦っている頃に、やっとそれも下火になったんだ。あの頃の数年間は特に酷かった。」


 アレニスが額を支えてぐったりすると、リベリオは今までの己の無関心さに眩暈を覚えた。父親と兄が自領の惨状を打開しようと駆け回っている時に、自分は一体何をしていたのか。


 ----俺は、少しでも家から離れようと酒と女に溺れてフラフラ遊び回っていただけだった…。


 そこまで放置してしまったのは当主である父親の責任ではある。それでも遊び惚けている暇があるなら、自領の治安を取り締まる為に駆け回るぐらいはできたのではないか。


 「どうして…」


 リベリオは己の愚行を恥じて口を開いた途端、ハッとして言葉を飲み込んだ。


 ----今、何を言おうとした?俺に…『どうして話してくれなかったんだ』なんて言えるのか?


 リベリオが黙ったまま眉間に皺を寄せて俯いていると、アレニスはそれを横目に見ながら微笑を浮かべた。


 「父上が特にお前に厳しく接しておられたのは、ご自分の様になって欲しくなかったからではないだろうか。」

 「はい?」

 「お前はな、良くも悪くも父上にそっくりなんだよ。見た目は母上に似て美しいのにな。」

 「それ、関係ありますか…?」

 「ハハハ、まぁ聞け。父上はご自分の不甲斐なさが起こした現状をずっと悔やんでおられた。特に俺たちを鍛え始めた頃なんかは領地の惨状を目の当たりにされた頃だったから、尚更焦っておられたのかもしれない。」

 「私たちに領地を…財産を残せるかどうか、という事ですか?」

 「そうだな。特にお前は父上に似てどちらかと言うと頭より身体を動かす方が性に合ってるだろう。だから、治安が悪く扱いづらい領地の一部を渡すよりも、自力で成り上がらせた方が良いのではと考えられたのではないだろうか。」

 「だからと言って、やり方ってものがあるのでは。」

 「…お前は、繊細さだけは母上譲りだからな。お前には領地の現状を見せたくなかったのだろう。けれど、大人になれば親の財産を嫌でも意識するし、興味も持つだろう?だから、そうならないように幼いうちから遠ざけるような事を言い続けたのだと思うんだ。」


 アレニスはリベリオのカップの中身を確認すると、店の娘を呼んで同じものを二人分注文した。話し続けて少し腹が空いてきたので、ついでにつまみも追加する。チラと弟に視線を戻せば、整った顔を顰めて納得がいかないといった風に残り少ないエールに口を付けていた。


 「まぁ…所詮は俺の考えだから、本当のところはどうかわからないけどな。単にお前に厳しくしてただけかもしれないし。それでも…」


 アレニスはリベリオの口元を観察し、ちょうど良いタイミングを見計らって言い放った。


 「俺から見れば、父上も母上もお前には本当に甘いなと感じるんだぞ。」

 「ブフッ!!」


 リベリオが盛大に噴き出すのを躱(かわ)し、アレニスは声を出して笑った。口からポタポタと滴り落ちるのも構わず、リベリオの声が裏返る。


 「甘い!?母上はともかく、父上の一体どこが甘いと言うのですか!!」

 「だってそうだろう。」


 アレニスはもう一度娘を呼びつけて零れた酒を拭くための布を持ってくるように言った。娘は飛び散った酒の延長線上にある美顔と濡れた胸元に顔を赤くすると、スカートを翻して足早に厨房へと向かって行った。


 「確かに父上はお前に対して言ってはいけないような事も言い続けておられたが、それもこれもお前をあの領地から遠ざける為だろう?」


 「さっきも言ったが、父上は彼の地を立て直すために相当手を血で汚されたんだ。時には心が汚れ、ご自分の行いに打ちのめされるような事もされただろう。それをお前にだけは見せたくなかったんじゃないか?俺にはサラッと見せたのに!!」


 アレニスが叫んだと同時に、娘が酒と一緒に布を持ってきた。やけにリベリオの目を見つめて渡してくる。リベリオは目を合わさないようにして布を受け取り、顔を背けて口とテーブルを拭いた。


 ----全く、どいつもこいつも…。


 少し前までの自分ならこれ程口説きやすい状況はないと喜んだものだったが、今ではいちいちあしらうのが面倒臭いことこの上ない。相手が女だと、ただのお礼に微笑む事すら億劫になっていた。

 その時ふと正面に圧を感じて視線を向けると、アレニスが口をへの字に曲げて眼前に迫っていた。


 「いや、えぇ…?」


 アレニスは「クソッ!」と悪態を吐きながら運ばれてきたばかりのエールを一気に呷ると、そのままカップを娘に突き返し、座った目で「おかわり!」と言い放った。

 すでにリベリオの中の凛々しい兄像は崩壊していた。

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