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内気令嬢に花束を  作者: みのり
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 「ある人、ですか?」


 ルミゴンの含むような表情に、ナリアはキョトンとした顔で応えた。グルグルと頭の中を回転させて、記載数の少ない脳内人物図鑑を探る。瞬時にある人物の顔が浮かび上がり、背中に嫌な汗が流れた。

 ナリアの恋心を知りつつ、そのような事をルミゴンに話せる人物など一人しかいない。


 「ま、まさか…お母様ですか!?」

 「その通りだ。」


 何てことをしてくれたのか。

 ナリアが羞恥で顔を真っ赤にしたまま口をパクパクさせていると、ルミゴンはクツクツと笑って口元を擦った。


 「キュリオとの縁談を断る時に、心に決めている相手がいると言っただろう?最初は息子を庇う為の建前なのだと思っていたのだが、後日息子を連れてエドラと話す機会があってな。その時に聞いたのだ。」

 「待って下さい。本当に、母ったらなんてことを…。」

 「何を恥ずかしがる事がある?そもそもあの婚姻は、私が無理矢理進めようとしたようなものだ。結果的に今息子夫婦は仲睦まじく過ごしているし、子にも恵まれ、両家の関係も良好だ。それもこれもすべて、お前たち母娘のお陰だと思っている。」


 かつてナリアはキュリオとの縁談を断り、エドラはキュリオとリーシャを結び付けた。授かる時期の合わない赤子によって両家に亀裂が生じた時も、間を取り持ったのはエドラとナリアだった。


 「そんな、私は何も…。むしろ、女の私からお断りするなど身の程を弁えない行いをしてしまい、お義父様には申し訳なく思っておりました。」

 「お前は何も謝ることは無いし、私も何も気にしてはおらん。うむ、話がずれてしまったな。」


 「先ほども言ったように、このアンバルシアは元々エスタリカ侯爵家のものだ。この地をグラナード家の地として引き受ける代わりに、相手にも利が出るように話し合った。エスタリカ侯爵家の一族を納得させる為に。」


 「エドラには私が若い頃もキュリオの一件の時も随分世話になった。そして、お前にもな。私はずっと何かの形でお前たち母娘に恩を返せればと常々考えていたんだ。…その矢先に、あの社交界での噂だ。」


 ナリアの肩がピクリと震えた。社交界での自分に関する不名誉な噂話で受けた傷は、未だに記憶に新しい。

 ナリアが俯き膝の上でスカートを握り締める姿を見て、ルミゴンは小さく息を吐いた。


 「あの時…噂話を聞いた時は、心底怒りに震えた。だが本当に腹立たしかったのは、そんな時に何も出来なかった自分の不甲斐なさだった。」

 「でも、あの時お義父様とキュリオ様はきちんと謝罪して下さいました。私はそれだけで十分です。」

 「何を言う!何の罪も無い婚姻前の娘にあのような下卑た噂など、あってはならん事だ!ましてや、我々の恩人がそのような目に遭って、黙っていられるわけがないだろう。…しかし、私ですらどうする事もできなかった。私が手を出せば、噂の上塗りになる事は目に見えていたからだ。」


 「だからその時に決めた。お前に…エスタリカ侯爵家の血を引くナリアにこの地を渡すことを。だからお前からの『仕事を手伝いたい』という申し出も受けたのだ。」


 ルミゴンはカップのお茶を飲み干すと、真っ直ぐにナリアを見つめた。


 「実際に仕事をしている様子を見て、より確信した。ただ、お前に渡すとなるといろいろと問題があってな。まずはエスタリカ侯爵家との関係だ。」


 「ナリアも知っての通り、エドラとアマティスタ子爵殿との婚姻は周りの反対を押し切って進めたものだった。だから、一族の中にはアマティスタ家やエドラに対して良く思わない者も少なからずいるのだ。もう随分昔の話なのにと思うだろうが、家同士の溝というのは…中々埋まるものでは無い。」


 ルミゴンの言葉に一瞬の間が空いたことに、ナリアは気が付かなかった。


 「そしてまた、私の家令たちもこのアンバルシアをア(・)マ(・)テ(・)ィ(・)ス(・)タ(・)家(・)の(・)者(・)に渡す事に反発を示したのだ。」


 当然だ、とナリアは思った。この地を所有していたのはエスタリカ家であり、立て直したのはグラナード家だ。それをアマティスタ家の者に渡す事を、素直に納得する者などいるはずがない。

 ナリアが小さく頷きカップに口を付けると、ルミゴンは続けた。


 「だから、お前を私の娘に迎えることにしたのだ。だが、それでも周りを納得させるには時間が必要だった。息子たちは心から賛同してくれたがな。」


 「そして今年に入り、そろそろ話を進めようかと思っていた頃、ナリアとリベリオ・デガートが無(・)事(・)に(・)婚約を結んだことを知った。」

 「無事に?無事に、とは一体…?」

 「先ほども言ったが、彼の事は三年前にエドラから聞いていた。彼が、ナリアがデビュタントの日に会ってからずっと想い続けている相手だという事も、失恋してもなお想い続けているという事もな。」

 「ひゃあぁぁああ!母ったら、そんな事までお話しになったのですか!?」


 ----信じられない!!


 ナリアは今度こそ顔から火が噴きそうになった。穴があったら今すぐ入って固く閉ざしたい。自分の赤裸々な恋心を、今では自分の義父とはいえ元婚約者の父親の口から出る衝撃は、なかなかのものだった。

 その様子をクツクツと笑いながら「これであ(・)い(・)こ(・)だな」と言うルミゴンに、ナリアは渋々頷いた。


 「初めてその名前を聞いた後、部下に彼について調べさせる事にしたと同時に、私の古い記憶にあった名前が蘇った。」

 「古い記憶?」

 「そうだ。彼自身は当時戦地に赴いていたこともあり、難なく調べ上げられた。…まぁ、社交界では有名だったみたいだからな。」


 何が、とは言わないのはせめてもの情けだろうか。ナリア自身もある程度は知っているだけに、苦笑するしかない。それでも、サラリと『調べ上げた』と言った事に僅かな動揺を隠せなかった。


 「リベリオの父親である、リスター・デガート伯爵に会った事はあるか?」

 「はい。リブと正式に婚約を結ぶ少し前に、お会いさせていただきました。」

 「私とリスターは昔の知り合いでな。いや、知り合いというより…私は彼に恨まれている。」

 「お義父様が!?リブのお父上様にですか!?」


 ルミゴンが小さく頷く。眉間に皺を寄せてじっと見つめるナリアの視線を受け、ルミゴンはゆっくりと話し出した。


 「あれは、まだ私が家を継ぐ前の頃だ。リスターには妹が一人いてな。名前をルーラといった。彼女は当時18歳で、凛としたとても美しい娘だった。そして名高い武芸一族であるデガート家の娘でもあったから、社交界では多くの男が自分の妻にと望む高嶺の花だった。」


 「ある日、その彼女が侍女を連れてグラナード家に…私の元を訪ねてきた。事前に何の連絡もなく、本当に突然の事だった。独身の令嬢が男の元を訪ねるなど、私だけでなく屋敷の者たちも驚き動揺していたのを覚えている。社交界で注目の的だった女性だけに、それは尚更だった。」


 「とりあえず屋敷の中へ案内し、応接室に通したのだが…その時開口一番に言われたのだ。『私と結婚して下さい』と。」

 「えぇ!?」

 「流石の私も驚いた。そう、まさに今のナリアと同じ様な反応をしたと思う。彼女はそう言うと、涙目になりながら顔を真っ赤にして震えていた。」


 「今思えば、若い娘が一度も話したことも無い男に求婚するなど、余程の勇気がいた事だっただろう。だが当時の私はまだ若く、娘の女心を察する事ができなかった。だからハッキリと言ってしまった。『私には想いを寄せている女性がいる』と。」

 「その女性とは、もしかして…。」

 「そうだ。当時、私はエドラに想いを寄せていた。元々各地を走り回って仕事ばかりしていた私にとって恋愛ごとは縁遠いものだったからな。自分の気持ちに精一杯で、相手を思いやる余裕が無かった。だから、ルーラ嬢がどれ程の覚悟と決意で私の元を訪れたのかなど気にも留めていなかったのだ。」

 「それで…その方は?」

 「…自害した。」

 「なっ…そんな…!」

 「後から知った事だが、ある夜会で私を見かけて以来、ルーラ嬢はずっと私を想い続けていたらしい。その想いは深く、兄であるリスターも悩ます程だったらしい。」


 「彼女が屋敷に来る前、すでに彼女には良家との縁談が持ち込まれていた。だが彼女はそれを拒否し続け、リスターにも協力してもらいながら誤魔化し続けていたそうだ。だが、いよいよそれもできなくなった。切羽詰まった彼女は、家族の誰にも告げずに私の元へ来たのだ。」


 「だが、私はそれを断った。自分でも、取り付く島もない程キッパリとした物言いをしてしまったと思う。彼女はそのまま屋敷を出て行き、その数日後、彼女は自ら命を絶った。」


 「私はそうとは知らず、それからしばらくしてからエドラに求婚した。アイツもまた、キッパリとした口調で断ってきたよ。『私はクレトン様を愛しています』とな。その真っ直ぐな瞳に、これはダメだと瞬時に理解したよ。そして翌年、私は別の女性と結婚した。それがキュリオとアルゾンの母親だ。」


 「妻と結婚してしばらく経ったある日、我が屋敷にルーラの兄リスターがやってきた。この世の全ての憤怒と憎悪を湛えた瞳で私を睨み据え、全身から殺気を噴出させていた。そして、こう言ったのだ。」


 『なぜ、ルーラ(妹)ではいけなかったのだ!!』


 「私はその時、初めて事の全てを知った。彼女の死も。リスターは冷たくなった妹が生前何をしていたのかを知り、そして私が結局エドラ以外の女性と結婚した事を知って、乗り込んできたのだ。」

 「まさか、お二人の間にそのような事が…。」

 「もちろん、私にはどうする事もできない事だ。冷たい言い方をすれば、責を問われる事でもない。ただタイミングが悪かった、それだけだ。だが、彼にとっては違う。妹が若い身で命を絶ったのは、私のせいだと未だに恨みを抱いているのだ。」

 「…。」

 「それ以来、デガート家の者とは一切関わる事は無かった。それ以前からも交流は無かった事が幸いしたと言っても良い程に。」

 「それでは、私とリブとの婚約は!?確かお義父様は、婚約を白紙に戻す際にデガート伯爵様のお屋敷に行かれたのですよね!?」


 ナリアは思わず息を呑んだ。何も知らなかったあの時は、ルミゴンが自(・)ら(・)通(・)告(・)し(・)に(・)行(・)く(・)こ(・)と(・)に驚いていたが、二人の過去を知ってしまった今は違う。

 ルミゴンの行動は、互いが当主となった今、一歩間違えれば家同士の争いに発展しかねない。


 「そうだ。実に二十数年ぶりの再会になった。ナリアが私の娘になった事、そして再び婚約を結ぶのならばリベリオを婿養子にする事を条件に出した。」

 「リブを婿養子に!?では、リブもグラナード家に迎え入れると仰ったのですか!?」


 何て無茶苦茶な、とナリアは開いた口が塞がらなかった。

 ルミゴンを通して、ナリアはリベリオとの婚約を継続するつもりは無い事を伝えている。リスターからしてみれば、グラナード家の者に婚姻を断られるのは二度目であり、忌まわしい記憶を思い起こす出来事に他ならない。そこへ、もう一度婚約するなら息子をグラナード家の人間にするとまで言われたのだ。

 リスターのプライドはぐちゃぐちゃに踏み荒らされたに違いない。


 ナリアが眉根を寄せたまま黙り込むと、ルミゴンは当然だといった顔で返した。


 「だが、もちろんリスターは断ってきた。そして今の状態だ。もしあのままナリアが婚約を続けたいと言っていても、向こうが拒否する可能性があった。」

 「それは…そうですよね。」

 「しかし、私は諦めるつもりは無い。もちろんナリアがこのまま本当に彼と結婚したくないと言えば話は別だが、本心は違うのだろう?」


 ナリアの返事を待たずに、ルミゴンは続ける。今更聞く必要など無いといった様子に、ナリアは羞恥でいたたまれなくなった。


 「正直、エドラからナリアの想い人がデガート家の者だと聞いた時はどうしたものかと悩んだ。だがいろいろと調べていくうちに、逆にリ(・)ベ(・)リ(・)オ(・)な(・)ら(・)ば(・)ナリアの婿にできるかもしれないと思い至ったのだ。」

 「リブならば?どうしてですか?」

 「簡単に言えば、デガート家は今財政難でな。今ある財産も、妻と長男には渡せても次男であるリベリオにまでは行き届かないだろう。それは言い方を変えれば、リベリオ自身は身軽だという事だ。」


 ルミゴンの言葉に、ふと、リベリオの言っていた事が頭をよぎった。


 ----『俺は次男だからそれ程受け継ぐ財産は無いが、それでも家(・)庭(・)を(・)守(・)る(・)だ(・)け(・)の(・)力(・)は(・)あ(・)る(・)つもりだ。』


 「では、リブを婿養子にすると仰ったのは、グラナード家の者としてこの地を私と共に治めさせる為、彼にその権利を与える為、ですか?」

 「そうだ。とにかくこれがきっかけでデガート家との因縁が消せるのなら、それでも良いと思ったのだ。いい加減、謂れのない恨みをぶつけられるのは鬱陶しいからな。」


 大きく息を吐き、腕を組む。ナリアは呆然としままルミゴンの顔を見つめた。社交界でも一際その存在感を放ち、実業家としても輝かしい名声と腕を持つルミゴン・グラナードは、ただでさえ多忙な日々を送っているはずだ。その傍らで、ナリアとリベリオ、そしてアンバルシアの事を考えていた。

 その行動力は一体どこから来るのか。すでにナリアの脳内処理能力では追いつけそうもない。


 「そうそう、リベリオが戦地から帰ってきて以降、彼には監視役を付けて彼の動向を私に知らせるようにしたのだ。」

 「監視役!?なぜそこまで!」

 「うん?彼の事を愛しているのだろう?彼もお前の事を愛している。戦地に行ってなお助かった命ならば、寄り添えるようにしてやりたいと思うのが親心というものだろう。悪い虫が付く前にな。」

 「悪…!?だからと言って…。」

 「結果的に、彼は自らの意志でナリアに求婚したではないか。そうだ、彼は戦地から帰ってから再び夜会に足を運ぶようになったそうだが、なぜか必ずダークブラウンの髪をした女性を探していたそうだぞ。」

 「!!」


 「なぜだろうな?」とルミゴンがニヤリと笑う。みるみる顔を赤くするナリアを見て満足そうに笑うと、スッと真剣な顔に戻した。


 「リベリオにはナリアの名誉を守ってくれた恩もある。それは私にはできなかった唯一の心残りだった。いいか、ナリア。彼は必ずお前を迎えに来る。その時はきちんと自分の気持ちを彼に伝えなさい。」

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