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内気令嬢に花束を  作者: みのり
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35

 大広間から部下たちが出て行き、ルミゴンとナリアの前には執事のロモンをはじめ、トゥルマ、メントス、レアンだけが残った。ルミゴンが立ち上がり、ナリアに手を差し出す。ナリアの手を引いて四人の前へと連れて行き、砕けた口調で話し始めた。


 「改めて紹介する。エドラの娘のナリアだ。」

 「ナリアと申します。よろしくお願いいたします。」


 トゥルマとメントスがナリアの顔をまじまじと見つめる。トゥルマは目を丸くして「ほぉ」と口を開いた。


 「いやはや、今朝レアンから聞いてはいたが、本当にあの頃のエドラ嬢にそっくりだな。俺たちまで若い頃に戻ったような気分になる。」


 トゥルマの意見にメントスは頷き、トゥルマの酒焼けしたガラガラ声とは相反した澄んだ声で続けた。


 「本当にね。もし先に聞いていなかったら、驚きすぎてルミゴンの話が耳に入ってこないところだったよ。」

 「な?な?俺の言った通りだったろ?何が違うかと言えば、嬢ちゃんの方が少し童顔だってことぐらいだ。エドラ嬢はどちらかというと、年齢よりも大人っぽかったもんな。」


 「そうだった、そうだった」と昔話に花を咲かせている男たちを横目に、ナリアはルミゴンを見上げた。


 ----お義父様は、何をお考えなのかしら…。


 ルミゴンが皆の前で宣言した事の内容が未だに理解できない。理解できないというより、そもそもそんな話は一度も聞いていない。聞いていた事といえば、『領土管理を担当している者たちへの指示を任せたい』というものだけだ。もし先に『アンバルシアを譲渡する』などと聞いていたら、絶対にアンバルシアにはついて来なかった自信がある。そもそも娘にすらなっていなかっただろう。

 ナリアはグッと手を握り締め、思い切って口を開いた。


 「あの、お義父様!」

 「ん?どうした?」

 「おい、聞いたか?『お義父様』だってよ!息子たちの『父上』とはやっぱ違う…イテテテテ!!何だよ!何もつねること無いだろう!?俺いくつだと思ってんだよ!!」

 「やかましい。お前はいちいちうるさい。で、どうしたんだ?ナリア。」

 「私をアンバルシアの領主にと仰ったのは、どういう事なのですか?私はお義父様のお仕事のお手伝いをするのではなかったのですか?そのようなお話、私は一度も聞いておりません!」


 ナリアの言葉に、場が一気に静まり返る。ルミゴンを除く全員が唖然とした顔でナリアを見て、そのままルミゴンに視線を移した。

 冷ややかな空気の中、トゥルマが状況を探るようにルミゴンに声をかけた。


 「おい、ルミゴン。まさかナリア嬢には話してなかったのか?」

 「…。」


 返事をせず、ただナリアの顔をじっと見つめるルミゴンの表情に、トゥルマは呆れたように肩を竦めた。若い頃からの長い付き合いで、こういう表情をした時のルミゴンには何か複雑な事情があるという事がわかってしまう。

 ナリアが一(・)人(・)で(・)来た事が、何よりの証拠だった。


 「おいおい、そりゃあ驚くのも当然だろう。ここに初めて来ていきなり領主になれなんて言われたら、誰だって混乱するのは当たり前じゃないか!」

 「…何でそんな大事な事を言わないかな。」


 メントスが額に手を当てて溜息を吐く隣で、レアンは黙り込んだまま腕を組んで二人を見つめた。ルミゴンに詰め寄るナリアの横顔に、エドラの横顔が映る。


 ----ルミゴンの奴、エドラ嬢にもあんな風によく怒られてたよなぁ。


 救護院の病室で勝手に動こうとするルミゴンに向かって、エドラが安静にするようにと詰め寄っていた光景が思い浮かび、レアンは思わずクツクツと笑い声を漏らした。


 「何が可笑しいんだ?」


 メントスが片眉を上げて訝し気に聞く。レアンはひとしきり笑って頭をガシガシと掻き、ゆっくりとした足取りで二人に歩み寄り間に立った。かつてルミゴンとエドラが睨み合う度に、こうして間に立って仲裁に入っていたのはレアンだった。


 「まぁまぁ、嬢ちゃんも落ち着けって。嬢ちゃんが怒るのは当然だ。俺なら急に領主になれなんて言われたら、メントスに押し付けてさっさと逃げちまうからな。」

 「おい、私を巻き込むな。」

 「だがな嬢ちゃん。コイツは相手が誰であれ、人を騙すような真似をするような男じゃない。お前さんが相手なら尚更だ。」


 ナリアがチラとルミゴンに視線を戻す。目を伏せたまま肩を落として小さくなるルミゴンの様子に、どこかで同じような光景を見たことがあるような気がした。


 「どうだろう。ここは一旦俺たちに任せてくれないか。」

 「え?」

 「嬢ちゃんは領地を継ぐ話を聞いてなかった。俺たちは、嬢ちゃんが知らないとは思っていなかった。だから、俺たちもその理由を聞く必要がある。だが、どうやらコイツは嬢ちゃんにはまだ話せないようだから、先に俺たちが聞いておこうと思うんだ。」

 「でしたら、私も…。」

 「あぁ、当然この中じゃ一番聞く権利があるのはわかっている。だがまぁ…ここは一つ折れてくれねぇかな。頼むよ、この通りだ。」


 レアンが片目を瞑り、手を合わせて頭を下げる。自分の年齢の倍以上、歳の離れた騎士団長に頭を下げさせて否と言える程ナリアの肝は強くはなかった。


 「…分かりました。あの、お義父様。」

 「…何だ?」

 「私は怒ってなどおりません。ですが、私にもお話ししていただけますか?」

 「分かった。約束しよう。」


 ルミゴンが真っ直ぐにナリアを見つめて頷くと、ナリアはニコリと微笑みを返した。場を収めるには、今はこうすることが精一杯だ。

 ナリアが皆に挨拶をして大広間から出て行くのを見届け、レアンはニヤニヤと笑いながらルミゴンを横目に見た。


 「良い娘じゃないか。さすがはエドラ嬢の娘だな。」

 「彼女の娘だから養女にしたわけではない。」

 「わかってるよ。嬢ちゃんはお前さんとキュリオの恩人なんだろ?まぁ、それはいいとして…」


 レアンは大きく息を吸うと、早速核心を突いた。アンバルシアの未来に関わる事ならば、五人が揃っている時にハッキリさせておかなければならない。


 「嬢ちゃんにアンバルシア(ここ)を渡すことを伝えなかったのは、婚約者殿がここに来ていない事と何か関係があるのか?」

 「…。」

 「確か、領主権一部代行委任状なんてわけのわかんねーモンを用意して、話を濁したってとこまでは聞いたんだが…。」

 「…。」

 「本当は二人をここに連れてきて皆に言うつもりだったんだろ?」

 「…。」

 「おいおい、さっきから黙り通しじゃねぇか。それじゃ何にもわからねぇだろ?ここには俺たちしかいないんだ。こんな機会滅多に無いんだから、ちゃんと話してくれよ。」


 皆の視線がルミゴンに向けられる。今回の帰還は、娘に迎えたナリアと共に婚約者であるリベリオも来ると思っていた四人にとっては想定外の事だった。

 ルミゴンは皆の方を向き、重い口を開いた。


 「ナリアをグラナード家の娘に迎えた際に、一旦二人の婚約を白紙に戻したのだが…。」

 「あぁ、そういやそんな事言ってたな。」

 「ナリアが、今後誰とも婚約を結ばないと言い出したんだ。誰とも結婚するつもりは無い、と。」

 「「「「はぁ!?」」」」


 四人が口を揃えて声を上げ、唖然とした顔で互いの顔を見合った。ルミゴンからは、二人は互いに愛し合う仲だと聞いている。貴族同士の婚姻において、これ程幸運なことは無いという事は誰でもわかることだった。

 皆が呆気に取られて言葉が出てこないでいると、メントスが『うん?』といった顔でルミゴンを除く三人に視線を向けた。


 「そういえば、私たちは婚約者殿については何も知らないよな。どこかの貴族の次男って事ぐらいだったか。名前は?歳は?仕事は何をしているんだ?」

 「…彼は、王宮第五騎士団で副団長を務めている。歳は28歳だ。」

 「ほー、王宮騎士団に所属してんのか!じゃあ腕は良さそうだな!」


 「鍛え甲斐がありそうだ」とレアンが嬉しそうに声を上げる横から、トゥルマが口を挟んだ。


 「で、名前は?」

 「…リベリオ。」

 「リベリオ?リベリオ、何だ?てゆうか、何でそこを濁すんだよ。」


 トゥルマが苛立ちを滲ませた声を出す。他の三人が『どうした?』という顔で二人の顔を交互に見ると、ルミゴンは観念したかのように息を吐いて視線を落とした。


 「彼の名は、リベリオ・デガート。…リスター・デガートのとこの次男だ。」


 再び場が静まり返る。今度こそ目玉が飛び出そうなほど、四人は驚愕に目を見開いて固まった。が、こういった場面で部下を代表して話をするのは、この中で一番年長のトゥルマの役目だと昔から決まっている。


 「リスター・デガートって…。まさか、あ(・)の(・)リスター・デガートか?じゃあ、ナリア嬢の婚約者ってのは、奴の息子だってのかい!」

 「そうだ。」

 「なんてこった!ちょっと待てよ…お前さん確か白紙に戻す為に相手の家に行ったって言ってたよな。てことは、奴の家に行ったってのか!?」

 「そうだ。」

 「しかも婚約し直す条件として、奴の息子をグラナード家の婿養子にすることも伝えたんだろ?」

 「そうだ。」

 「そうだ、そうだ、って…あぁもう!何でそんなややこしい事になっとるんだ!まさか、それをわかった上であの子を娘にしたのか?もしそうなら、なんて酷な事をしたんだ!」


 トゥルマが声を荒げてルミゴンに詰め寄る。思いも寄らないルミゴンの告白に、今度はレアンが溜息交じりに低い声を出した。


 「それってよぉ…嬢ちゃんが婚約を続けないと言わなくても、奴の方から縁談を断ってくる可能性の方が高かったってことじゃねぇか。だったら嬢ちゃんはアマティスタのままの方が良かったんじゃねぇのか?」

 「いや、アマティスタのままではダメだ。」

 「何でだ?そのリベリオってのが次男だからか?」

 「そうだ。リスターの財産は、ほとんどを長男であるアレニスが受け継ぐだろう。リスターは剣の腕は良いが、領地を運営する才は無い。」

 「つまり、かろうじて長男に渡す分はあっても、次男に分け与える程の余裕は無いって事か。」

 「そうだ。あったとしても微々たるもので、貴族として家族を養い、世を渡るにはあまりにも心もとない。」


 どこでそんな情報を手に入れてくるのか。半分呆れつつも、衰えるどころか年々磨きがかかるルミゴンの情報収集能力に、メントスは静かにフ、と笑った。


 「しかし、そのリベリオとやらはルミゴンが認めた相手なんだよね。だったら、自分で何とかしていくんじゃないのかい?」

 「そうだよなぁ。お前さんが認める男なんて、何十年振りだよって話だもんなぁ。確かロモンが最後じゃねぇか?お前、昔からどん臭くてなかなか認めてもらえなかったもんな。」


 レアンがニヤリと笑ってからかいの矢を向けると、ロモンは涼しい顔で受け流した。


 「いつのお話ですか…。私がルミゴンとお会いしたのはまだ私が8歳の時ですよ。認める認めない以前に子供じゃないですか。…まぁ、確かに認めてもらえたのは18の時でしたが。」

 「「「十年もかかってやんの!!」」」


 三人が指をさして笑い飛ばすと、ルミゴンがギロリと睨み据えた。


 「良い歳して人に指をさして笑うな。その分、コイツはお前らよりも思慮深くて良く気が利くんだ。むしろコイツを見習え。」


 さっと視線を逸らして笑い続けるレアンとメントスを横目にトゥルマが続けた。


 「はいはい。で、話を元に戻すが、つまりお前さんはリベリオとやらを婿養子という形でナリア嬢と結婚させることで、このアンバルシアを共に統治できる権利を与えようとしたんだろ?」

 「まぁ、そういう事だ。だから、その時の為に一番信頼できるお前たちにここにいてもらったんだ。」

 「なるほどなぁ。だがさっきの話だと、領主の座にはナリア嬢を置くんだろう?確かに女の領主もいるにはいるが、殆どが鉄のような心臓の女ばかりだ。ナリア嬢のような、見るからに優しい娘に務まるとは思えんが…。」


 皆が腕を組み、口を結ぶ。領主夫人ならともかく、領主ともなれば領内の土地や配下の者たちの管理だけでなく、日々の運営方針を決め、領土内の防衛や治安維持・軍事活動への指示を出し、領内での犯罪を裁き、民の意見に耳を傾けなければならない。時に冷酷な判断を下し、常に命を狙われる。万に一つでも敵に女の身だと舐められれば、たちまち攻め入られる危険もつきまとう。


 「わかっている。だからナリアにはトゥルマの下で学び、主に領内の管理をさせたいと思っていたんだ。」

 「じゃあ俺たちの予想通り、元々はリベリオを領主に置く予定だったってことだよな。」

 「あぁ、そのつもりでいたのだが…ナリアに結婚の意思が無いのなら仕方あるまい。しかし、今となってはたとえ二人がもう一度婚約をしてリベリオが婿養子となったとしても、彼を領主に置くとは言わなかっただろう。」

 「なぜだ?」

 「リベリオは確かに実力はある。ルミオの話だと、上司からも部下からも信頼され、仕事に真面目で天然の人タラシで、団をまとめるというよりも、一つの目標に向かって団を動かす才はずば抜けているという事だ。」

 「ほぉ、あのルミオまでそんな事言ってるのか。あの可愛くないガキにまで慕われるなんて、よっぽどじゃないか。」

 「だが、彼はまだこの地の主に立つ男じゃない。もちろんその才が無いと言っているのではない。だが…今(・)の(・)リベリオには少し荷が重い。」

 「あー…なんかそれ、わかるぜ。確かにここの各隊にもいるんだよ。長より副(・)の方が才能を発揮する奴ってのが。長だといろんなしがらみができて身動きが取れなくなるが、副だとある程度の権限を持った上で自由に動ける。それみたいなもんだな。」


 レアンが横から口を出し、頭をガシガシと掻きながら苦笑する。ルミゴンは小さく頷き、続けた。


 「そういう事だ。たとえ領主が女の身であっても、その後ろに牙を剥いた猛獣どもが控えておれば、おいそれと手出しはできん。ましてそれが妻を愛する夫ともなれば、な。」

 「だがなぁ。まさかリスターの息子だとは思わなかったぞ。どうするんだよ、嬢ちゃんは当然あ(・)の(・)事(・)を知らないんだろ?」

 「…。」

 「あれはお前さんが悪いわけじゃ無いが、奴自身はそう思って無い。未だにお前さんの事を恨んでいるんじゃないのか?」

 「まぁな。実際に奴の屋敷に赴いた時、目を血走らせて今にも俺を切りつける勢いだったのは確かだ。」

 「おいおい、物騒な事を他人事みたいに言うのはやめろよ。とにかく、俺はさっさと騎士団長の座をそのリベリオとやらに押し付けて、とっとと田舎に引っ込みたいんだ。もう歳だからな。」


 レアンの言葉にすこぶる同意すると言うように、メントスは頷いた。


 「そうだねぇ。そろそろ若い者に引き継がせないといけない時期にきたからね。」

 「ですが、ナリア嬢はご結婚しない事を条件に養子縁組を受けられたのですよね。どうなさるおつもりですか?」

 「はぁ!?そんな約束までしちまったのか!全く、お前さんは昔っからすんなりと事が運んだ試しが無いな。」


 トゥルマが半ば諦めたように溜息を吐く。一瞬の静寂の後、どこからともなくクツクツと笑い声が漏れだし、途端に全員が大笑いし始めた。

 どんなにシリアスな問題が起ころうとも、いつもこうやって笑い飛ばして立ち向かってきた。むしろ障害があればあるほど、燃え上がる。

 互いに肩を叩き合い、トゥルマとメントスが大広間から出て行くと、レアンがその後に続いた。

 

 一瞬開いた扉の向こうから、城内を行き交う足音が聞こえる。扉の閉まる音が鳴り響く中、ルミゴンはロモンを連れて執務室へと向かった。 

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