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内気令嬢に花束を  作者: みのり
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26

 宿屋の近くに馬車を停めて降り立ち、リベリオは御者に明日の朝少し遅めに迎えに来るように指示を出した。重い足を引きずりながら宿屋へと向かう。扉の前に立って斜め上を見れば、ギルド公認の指定宿であることを示す看板が掲げられていた。


 ----ルミオの奴、ここまでやるとはな。これならまず手出しされることは無い、か。


 リベリオはフ、と笑って扉を開けた。一歩中へ足を踏み入れた途端、使用人の娘がすぐこちらに振り向いて走り寄ってきた。見かける時はいつも悲愴な表情で震えてばかりだったこの娘も、今は顔を綻ばせて花のような愛嬌を振りまいている。


 「リベリオ様、お久しぶりです!その節はお世話になりました。」

 「いや、良いんだ。俺は何もしてないよ。ところでルマリナはいるか?」

 「奥様ですか?はい!今二階におられますので、お呼びしてきますね。あちらの椅子に座ってお待ち下さい。」


 娘が二階に上がると、待っている間にリベリオは屋内を見渡した。以前は度重なる騒動で壁板は割られ、椅子は壊され、床にはいつも何かが割れて散らばっていたが、それらが全て改装され新調されていた。

 殆どの部屋の扉には指定部屋の札が貼られ、それらが埋まっているだけでも安定した収入が得られるだろうなと思っていると、二階からルマリナがゆっくりと下りてきた。


 「リブ、来てくれたのね。」

 「あぁ、ルマリナ。急に来て悪かったな。」


 ルマリナがオーナー用の部屋へと案内すると、夫のターニオが机に向かって書類を見ていた。リベリオの姿を認めた途端に「あっ」と声を発して立ち上がり、歩み寄った。


 「リベリオさん!!ようこそお出で下さいました。ささ、どうぞこちらへ。」

 「おいおい、何だよ。そんな畏まらなくてもいいよ。普通にしてくれ、普通に。」

 「そんな、とんでもない!貴方は私たち皆の恩人です。今こうしてこの店があるのも、貴方様のおかげなのですから。」


 興奮するターニオの圧力にリベリオが困惑していると、横からルマリナがクスクスと笑いながら口を挟んだ。


 「フフ、そうよリブ。貴方の部下のルミオ様が仰っていたの。『副団長の大切なご友人の非常時なのですから、私にお任せ下さい』って。」

 「アイツ、そんな事を…。」

 「それからすぐに商人団の方々がいらっしゃって、彼らが過ごしやすいようにあれもこれもと手配して下さったの。私たちはそれをただ呆然と眺めていただけなのよ。改装費も要らないと仰ってね。そうしたら今度は傭兵団の方が来られたの。そういう商売だから見た目は怖いけど、皆さんとても行儀の良い方ばかりで驚いたわ。」


 ルマリナが腹に手を当てて笑う。リベリオは「感謝しろ」と言わんばかりのルミオの得意げな顔が思い浮かび、また何か人形でも買うか、と半目になった。


 「本当に。彼らが睨みを利かせて下さっているおかげで、それ以来奴らが来ることも無くなりました。それに十分な賃料を頂いているのに、いつも菓子などのお土産を買ってきて下さるのです。うちは若い娘が多いですから、そのせいかもしれませんが。」

 「あら、若くなくて悪かったわね!私一人だったら貰えないとでも言うのかしら?」


 ルマリナが目を吊り上げると、ターニオが両手を振って宥めた。立ち上がりルマリナの頬にキスをすると、「君が一番綺麗だよ」と囁いた。


 「おいおい、そういうのは二人でいる時にしてくれ。今の俺には目の毒だ。」

 「あら、何かあったの?そう言えば今日はまたえらくお洒落してるじゃない。どこかに出かけてたの?」

 「まぁ…ちょっとな。」


 リベリオが視線を逸らすのを、ルマリナは半目で見下ろした。長年の付き合いで原因になっている人物の名前が瞬時に浮かび上がる。

 「ヤレヤレ」という顔で溜息を吐くと、ターニオに向き直った。


 「ふぅん。あ、そうだターニオ。今日確か部屋が空いてるわよね。押さえておいてくれない?」

 「うん?あぁ!そうか、わかった。手配しておくよ。」

 「フフ、ありがとう。リブ、お腹は空いてないかしら?」

 「そうだな、さっきちょっと食べたところだから、そんなには。」

 「そ。それじゃあターニオ、お酒と軽いおつまみだけ運んでくれる?」

 「わかった。でもルマリナ、あんまり飲んだらダメだよ。」

 「大丈夫よ、少しくらい。でも、ありがとう。」


 ターニオがルマリナの腰に両手を回して顔を覗き込む。それに応えるようにルマリナも腰に手を回すと、リベリオは半目になってそっぽを向いた。


 ----だから、二人きりでやれっつーの!!


*


 「で、どうしたのよ。めでたく婚約して、上手くいってたんじゃなかったの?」


 ターニオが運んできた酒とつまみを囲みながら、リベリオとルマリナはテーブルを挟んで向かい合っていた。部屋を照らすランプの灯りが、リベリオの顔に影を作る。

 カップの葡萄酒を一口飲み、リベリオは大きく息を吐いた。


 「ナリーが、俺たちの事を誤解してる。」


 リベリオから開口一番に出た予想外の言葉に、ルマリナは目を丸くした。


 「どういう事?貴方が自分の気持ちを自覚して以来、会ってなかったじゃない。何かの間違いじゃないの?」

 「…昔、俺たちが一度だけ街に出かけたところを偶然ナリーに見られていたんだ。それで彼女はお前の顔を知ってるんだが…。この前の騒動で、俺ここに来ただろう?その時彼女も一緒だったんだよ。」


 リベリオの告白に、ルマリナは唖然として見つめた。部下にも同じような反応をされたな、と考えていると、ルマリナが身を乗り出して詰め寄った。


 「え?一緒にって…じゃあ、もしかしてあれを見られたの?私が気が動転して貴方に寄りかかったところを…」

 「あぁ、見られた。いや、見られたところを見たわけじゃないが、その後の彼女の様子で見られたんだって事がわかったんだよ。」

 「え…それでどうしたの?だってあれは…、あの時店にはターニオもいたんだもの。やましい事は何も無いって、ちゃんと誤解は解いたんでしょう?」

 「…。」

 「解いて無いの!?何やってんのよ!!バカじゃ無いの!?」


 ルマリナがテーブルを叩いて目を剥くと、リベリオは軽く仰け反ってカップの中身を飲み干した。


 「違うの一言で済めばいいんだ。だがナリーは、なぜかお前が俺の『心に決めた女』だと思い込んでるんだよ!」

 「は、何それ。冗談でもやめてよ馬鹿馬鹿しい。いくらリブでも嫌だわ私。」

 「おい、真正面から失礼な事を言うな。とにかくそんなんだから、ナリーに知り合いがいるのかって聞かれた時に、咄嗟に知り合いなんかいないって言っちまったんだよ。」

 「バッカ…そんな下らない嘘なんか吐いたら…。で、どうなったの?」

 「…しばらく会ってもらえなくなった。」

 「でしょうね!当たり前じゃない!わざわざ聞くって事は、疑ってるって事でしょう!?余計に追い詰めてどうすんのよ!本っ当にバカなんだから!!」


 ルマリナが額に手をついて溜息を吐くと、リベリオはバツの悪さを誤魔化すようにカップに葡萄酒を注いだ。


 「仕方ないだろう、今更。とにかく俺も何とか誤解を解こうとしたんだが、今日まで会ってもらえなかった。今日だって、俺の誕生日だから会ってくれたんだ。」

 「あら、それでも会ってくれたんじゃない。本当に心の広い子ね。私だったら無視よ、無視。」

 「う…。まぁ、俺もその辺りはホッとしている。結局お前の事も聞いてこなかったから、俺も言えずじまいだったんだが…別の問題が起こった。」

 「いや、自分から誤解を解きなさいよ!そういう所が…はぁ、もういいわ。で、別の問題って?」


 ルマリナは葡萄酒を少しだけ口に含み、リベリオを横目に見た。俯く表情に先ほどまでの愚かさが消えている。リベリオはルマリナの仕草を目で追いながら声を落とした。


 「…ナリーが、俺と結婚した後も働きたいと言っている。もともと父親の事業の手伝いをしていたんだが、それは婚約を機に兄に引き継いだんだ。今回は…まぁ、それの延長みたいなもんでな。仕事をしながら縁談を進めて、結婚後も仕事を続けたいという申し出だった。」

 「へぇ、庭で跳んで回っていた少女が、そんな事を言うようになったのね。良い成長じゃない。立派なもんよ。もちろん受け入れたんでしょう?」

 「いや、ダメだと言った。俺は、結婚したら家庭に入ってほしいと…家を守って欲しいと言ったんだ。」


 二人の間に沈黙が落ちる。ルマリナは椅子にもたれて腹の上で手を組み、少し考えてから口を開いた。


 「ねぇ、リブ。どうして反対したの?内気で引っ込み思案だった彼女が、きちんと自分の意思を貴方に相談するなんて、大した成長だと思うのよ。理由は聞いたんでしょう?何が反対だったの?」

 「理由…理由は、仕事が楽しいと。ダンス以外で、初めて夢中になれたと言っていた。自分の腕を褒めてもらえて、やりがいがあって。別の場所でその腕を発揮してほしいと言われて、結婚してからも続けたいと思うようになったと言っていた。だが…」


 カップの酒を一気に呷り、テーブルに置く。強めに置いたせいか、皿の上のナッツが音を立てて震えた。


 「俺が嫌だった!俺の稼ぎだけではやっていけないと言われているようで、我慢できなかったんだ!わかってるんだ、ナリーがそんな事を言うような女じゃ無いって事ぐらい。それでも、俺の妻になる女はやはり働かなくちゃいけないんだと周りに思われるのが、堪らなく嫌だったんだよ!!」


 リベリオがテーブルを叩きつける。拳を震わせながら奥歯を噛み締めていると、ルマリナが身体を起こして拳の上にそっと手を乗せた。


 「リブ…貴方、もしかしてまだ引きずってるの?貴方はこんなに立派な男になったじゃない。戦地から帰って以来、団をまとめ、部下に慕われ、上司を支えて。初めて会った時とは比べ物にならない程良い男になったわよ?何をそんなに恐れるの。」

 「…わからない。でも怖いんだよ。ナリーが離れていってしまうんじゃないかって。仕事に夢中になるのは良い。でも、仕事をするってことは周りは男だらけだ。中にはアセロみたいな真面目でちゃんとした男だってたくさんいる。」


 ----『アセロ』?誰かしら…


 「…もし他の男を見て、もっと甲斐性のある男を見つけてしまったら?俺みたいな頼りない男に愛想を尽かしてそいつの元へ行ってしまったら、俺はどうすればいい?」


 リベリオが両手で顔を覆い、項垂れる。吐く息が震え、鼻を啜る音が部屋に響いた。ルマリナはリベリオの頭を見下ろし、静かに口を開いた。


 「彼女からの気持ちに、自信が無いの?」

 「まさか。ナリーは俺の事だけをずっと想い続けてくれていた。それこそ、初めて会った16歳の少女だった時からずっとだ。」

 「それじゃあ、何が不安なの?彼女は見違える程美しくなっていたのでしょう?言い寄ってくる男だってたくさんいたのに、それでも叶うかどうかも分からない想いを持ち続けるなんて、余程貴方への愛がないとできない事よ。」

 「…。」

 「リブ。もう一度、きちんと彼女と向き合ってあげなさいよ。そして貴方の弱い部分もきちんと見せなさい。私もターニオと夫婦になってわかったのよ。夫になる人に何も言ってもらえないのは、無理をして笑顔を向けられるよりも辛い事なの。」


 ルマリナはカップに葡萄酒を注ぎ入れると、ニコリと微笑んだ。


 「それに、『ルマリナはただの娼婦でそれ以上でもそれ以下でもない』と言っても構わないんだから。実際その通りだしね。」

 「そんな事言えるかよ…。」

 「あら、それはどういう意味で言えないの?私への遠慮?それとも、彼女に他の女と関係を持ってた事を知られたくない?それこそ今更じゃない!」

 「それを言われると身も蓋もないじゃねーか。」


 互いにカップを持ち、自然にカチンとカップを鳴らした。フフッと笑い合うと、ルマリナはカップに口を付け呆れたように目の前の男を見据えた。


 「あのねぇ、貴方の過去に何人女がいようが、どんな女がいようが、彼女はとっくに腹を括ってるわよ。そんな事気にしてたら、貴方を想い続けるなんてできないわ。」

 「だとしても、これから先はわからない。」

 「…ねぇ、以前私が言った事、覚えてる?」


 「何だ?」と言う目を向けて葡萄酒を口に含む。ルマリナはカップの縁を指でなぞり、フフ、と笑った。


 「一日もあれば女は変わるものよ。二年なんて、少女が大人の女になるには十分すぎる時間だわ。」

 「あぁ、覚えている。その言葉を聞いて、俺は彼女を忘れようと決心したんだ。」

 「でも結局忘れられなかった。…まぁ、忘れると決心してから気持ちを自覚するまで三月も無かったけれど、それでも求婚までしたんじゃない。そこまで想える女と結ばれるなんて奇跡なのよ?それは彼女にとっても同じ事でしょう。彼女は更に大人になって、いろんな経験をして、女としても成長して、その上で貴方を選んだのよ。」

 「…!」


 リベリオが手を口元に当てて視線を彷徨わせると、ルマリナはニコリと微笑み、キッと睨み付けた。


 「わかったらこんなところで飲んだくれてないで、さっさと彼女の元に行きなさい!!…と言いたいところだけど、今夜はここに泊まっていくのよね。明日の朝、起こしに来るわね。」


 ルマリナがテーブルに手をつきながら立ち上がる。飲み過ぎたのか、少しふらついている。身体を支えようとリベリオが立ち上がると、ルマリナはそれをやんわりと手で制した。


 「大丈夫よ。それじゃあお休みなさい、リブ。」

 「あぁ、お休み。…あ、ルマリナ!」


 扉を開けて出て行こうとするルマリナを呼び止める。ルマリナが振り返ると、リベリオはふわりと笑った。


 「ありがとう。…いつもすまない。」

 「フフ、良いのよ。相談ぐらいいつでも乗るわよ。」


*


 「それじゃあ、そろそろ行くよ。」

 「えぇ。一度家に戻るんでしょう?昼からの出勤で良かったわね。団長さんに感謝しなきゃね。」

 「全くだ。朝からの通常勤務だったらぶっ倒れてたよ。」


 フフ、と笑い合っていると、横からターニオが手土産に大きな包みを渡した。


 「リベリオさん、これ良かったら第五騎士団の皆さんで召し上がって下さい。最近売り出した焼き菓子なのですが、結構好評なんです。」

 「うわ、こんなにたくさんいいのか?ありがとう。皆も喜ぶよ。それじゃあ、身体に気を付けて頑張ってな。」

 「はい。リベリオ様も、お身体にお気をつけ下さいね。気分転換にいつでもいらして下さい。美味しい葡萄酒を仕入れておきます。」


 リベリオが手を差し出すと、ターニオが両手で握り返す。そのまま踵を返して扉を開けると、後ろから「リブ!」とルマリナが声をかけた。


 「大丈夫よ。貴方と彼女なら、どんな事でも乗り越えられるわ。」

 「あぁ、ありがとう。とにかくもう一度ナリーと話し合ってみるよ。そして、彼女の意思を尊重するつもりだ。」

 「あらあら、一晩で随分変わったわね。そうだ…」


 ルマリナがリベリオの手を取り、お腹に触れさせた。まだあまり目立ってはいないが、緩やかな丸みを帯びている。


 「これは…!」

 「フフ、昨夜は言えなかったけど、赤ちゃんができたの。」

 「そうか!だからあんなにゆっくり動いてたのか!…悪かったな、そんな大事な時期に変な事相談しちまって…。」

 「何言ってるのよ!昨夜も言ったでしょう?相談ぐらい、いつでも乗るって。」


 ルマリナがニコリと微笑む。リベリオは胸が熱くなり、お腹に負担がかからないようふわりと抱き締めた。


 「ありがとう。丈夫で元気な子が産まれますように。」


 ルマリナの頬に軽くキスをして身体を離す。

 再び外に出ようとしたところで、聞き覚えのある男の声がリベリオの耳を貫いた。


 「ナリア嬢!!」


 広場を挟んだ向こう側に、崩れそうになっているナリアの姿が目に飛び込んできた。


 「ナリー!?」


 ナリアの身体を支える為に、アセロがナリアの身体に触れていた。


 「アイツ…アセロ!!なんでアイツが一緒にいるんだ!!」

 「え?彼女がいるの?どこ?」


 ルマリナがリベリオの後ろから身体を伸ばす。ブルブルと震える肩越しに、青い顔をした若い女とそれを支える男の姿が目に入った。


 ----あれがナリーね!その隣にいる男が、昨夜も言ってたアセロっていう男…あら?あの男は…。


 「ナリー!待ってくれ!!違うんだ!!」


 走り去るナリアの後ろ姿に向かって大声で叫ぶ。

 アセロがチラとリベリオに視線を向け、フッと笑ってナリアの後を追いかけた。

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