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内気令嬢に花束を  作者: みのり
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 アマティスタ子爵邸の玄関の前で、リベリオはナリアが出てくるのを待っていた。心臓が爆発しそうなほどの緊張を抱え、すでに喉がカラカラに乾いている。二人が最後に会ったのはナリアの誕生日だったうえに、その日の己の失態のせいで期待よりも不安の方が重くのしかかっていた。


 ----嬉しいはずなのに、なんだこの息苦しさ…。ナリーと会う事にそれ程緊張してるってことか?


 リベリオが深呼吸をして気を紛らわせていると、玄関の扉が開く音がした。反射的に背筋が伸びる。


 「リブ、お待たせいたしました。」


 ニコリと微笑むナリアの姿に、リベリオは思わず息を呑んだ。


 ----ナリー!?嘘だろ…なんて綺麗なんだ!


 ほんの少し見ていない間に、ナリアは随分と大人の妖艶さを纏わせていた。元々豊かだったボディラインは更に丸みを帯び、まだ20代前半という若さと瑞々しさに艶めいている。控えめに伏せられた瞳からは意志の強さが滲み出し、縁取る長い睫毛がその光を和らげた。

 形の良い口角を少し上げて微笑めば、リベリオは目が眩むような魅力に囚われ動けなくなった。


 「リブ?どうしました?」

 「あ?あぁ、いや、久しぶりだな、ナリー。元気にしていたか?」

 「えぇ。リブもお元気でしたか?」


 ナリアが一歩進んで、下から見上げるように微笑みかける。ふわりと香るボディオイルの甘い匂いに、リベリオは頭の奥が痺れ始めた。


 ----まずい。これは本当にまずい。でも…ダメだ、目が離せない。


 リベリオが手を差し出し、ナリアが手をそっと乗せる。軽く手の甲にキスをすれば、それだけで理性が飛びそうになった。


 「あぁ、俺も…いや、俺はお前に会えなくて死にそうになってた。だから、お前からデートの誘いが来た時は本当に嬉しかったよ。」

 「…。」


 ナリアの手がピクリと動く。リベリオは手の中で小さく跳ねた手をそっと包むと、馬車の方へと身体を向けた。

 手を持ったまま肩に手を添えて歩き出そうとした時、開いたままの扉から声が聞こえた。


 「おや、ナリア嬢。お出かけですか?」

 「あら、アセロ様。」


 ----うん?なんだコイツは。


 声がした方へ振り返ると、長身でスラリとした黒髪の男が立っていた。線の細い顎に肌理(きめ)の細かい滑らかな肌。黒髪の隙間から覗く切れ長の目元には、漆黒の瞳が瞬いている。

 アセロがチラとリベリオに視線を向けると、ナリアはすぐに察してニコリと微笑んだ。


 「アセロ様、ご紹介いたしますわ。こちらは私の婚約者で、リベリオ・デガート様です。」

 「婚約者?…あぁ、貴方がナリア嬢の。」


 アセロがリベリオに視線を刺したまま、ニコッと微笑み相槌を打つ。その射抜くような視線にリベリオは片眉を上げた。


 「リブ、こちらはアセロ・ルシージア様です。グラナード侯爵様のご領地の領地管理事務をご担当されている方です。」

 「初めまして、アセロ・ルシージアと申します。よろしくお願いいたします。」

 「リベリオ・デガートです。こちらこそ、どうぞよろしく。」


 互いに挨拶を交わしながら視線をぶつける。アセロが品定めをするかのようにリベリオの瞳を見据えると、フッと笑ってナリアの方に向き直った。


 「これからお二人でお出かけですか?」

 「はい。アセロ様も?」

 「私はこれから一度グラナード侯爵様のお屋敷に戻ります。昼過ぎにはまたこちらに参りますが…ナリア嬢は今日は何時にお戻りですか?」


 アセロの突然の質問に場が凍り付く。出かける前に戻りの時間を聞くというアセロの不躾な態度に面食らい、ナリアはチラとリベリオを見た。案の定、眉間に皺を寄せてアセロをジロリと睨み据えている。


 ----なんだコイツ。ナリーが何時に帰ろうが、お前には関係無いだろうが!


 ナリアが心配そうに見上げていると、リベリオは静かに口を開いた。


 「何時になるかは分からないが、彼女は俺が責任をもって送り届ける。これまでのようにな。」

 「そうです。それ程遅くはならないと思いますよ。何か御用でしたか?」


 ナリアがリベリオに合わせるように口を添えると、アセロはナリアを見つめながら小さく息を吐いた。


 「いえ、特に用はありませんが…。若い女性が遅くまで外に出ているのは心配ですからね。」

 「だから、俺が…。」


 リベリオが口を開いたと同時に、アセロはサッとナリアの手を取った。そのまま身を屈め、手の甲に軽いキスを落とす。ナリアは目の前の光景に固まったまま、アセロの頭を凝視した。


 ----なっ…コイツ、何考えてんだ!!


 アセロは身体を起こして一瞬リベリオに視線を移す。怒りに顔を歪めるリベリオの表情を見て取ると、満足したかのように再びナリアに向かってニコリと微笑んだ。


 「では、私も馬車を待たせておりますので失礼します。ナリア嬢、また。」


*


 走り出した馬車の中で、リベリオは腕を組んだまま窓の外を睨んでいた。先ほどまで胸の奥で燻っていた緊張などとうに消え失せ、すでに別の感情が渦巻いている。今まで感じた事のないドロドロとした感情を吐き出すように、リベリオは顔を顰めながら大きく深呼吸をした。


 ----何なんだあの野郎…。せっかく今夜はゆっくりできるかと思ったのに、おかげで台無しじゃねぇか!


 リベリオがしばらく無言のまま外を眺めていると、重い沈黙に耐え兼ねたナリアがポツリと呟いた。


 「どうしたのかしら…。普段はあんな不躾な事を仰るような方じゃ無いのに…。」


 『普段は』という言葉にリベリオが反応する。反射的に貼りついた不機嫌な表情も、今この時はどうでも良い。リベリオは腕を組んだままナリアの方へ身体を向けると、ナリアの顔を見下ろした。


 「普段は、という事は、奴とは頻繁に会ってるのか?どういう関係だ?」

 「アセロ様は普段グラナード侯爵様のお屋敷でお仕事をなさっていて、父との事業にも関わっておられる方なのです。私も父の仕事を手伝っていた時からの知り合いなのですが、それほどお会いする事はありませんでした。」

 「そうなのか。そういえばさっき、領地管理事務をしていると言っていたな。」

 「はい。ただ、お会いした時はよく二人でお話しをしていました。とても優秀で真面目な方なのですが、誰にでも気さくに話しかけるお方で、私も父の仕事を手伝う際にいろいろと教えていただきました。面白いお話もたくさんご存知で、時間があっという間に過ぎていた事を覚えています。」


 ナリアが懐かしい話をするように顔を綻ばせる。その顔が妙に胸に刺さり、リベリオは痛みから目を背けるようにナリアから視線を外した。これ以上今のナリアの表情を見ていたら、未だに渦巻き続けている醜い感情が爆発してしまう。


 「でも…あのような態度を取られたのには驚きました。本当に、どうしたのかしら…。」

 「フン、お前に気があるんじゃないか?俺を見て焦ったとか。俺を挑発してやろうとか。」

 「まさか!私なんかにどうして!?いくら何でも、アセロ様に失礼ですよ!」


 リベリオの何気ない一言に、ナリアは目を剥いて声を荒げた。その微塵も動揺していない声音にリベリオが目を丸くしていると、ナリアはそっぽを向いてポツリと呟いた。


 「それに、私には婚約者様がいます。他の男性など…。」


 ナリアの耳が真っ赤に染まる。リベリオは手を伸ばし、流れる髪の隙間から揺れるイヤリングにそっと触れた。

 ナリアの言葉一つで胸に花が咲く自分の単純さに苦笑しながら、リベリオは耳元に口を近付けた。


 「ナリー、こちらを向いてくれ。」

 「嫌です。」

 「ククッ、相変わらずだな。じゃあそのままでいいから聞いてくれ。俺は今、人生で初めて女の事で嫉妬した。」

 「はい!?」


 ナリアが勢いよく振り返る。リベリオは咄嗟に身を仰け反らせ、ナリアのポカンとした顔に思わず吹き出した。


 「ハハハ…お、お前、何て顔してんだよ!」

 「え?え?だってリブが…聞き間違いですか?」

 「ククク…いや、聞き間違いじゃ無いよ。俺は今まで女に嫉妬されても、したことは無い。そうか…こんな気持ちになるんだな。そりゃあ殴られても仕方ないか。」

 「リブ?一体何の話をしているのです?」


 リベリオが一人で納得しながら笑い続けているのを眺めながら、ナリアは置いて行かれたように首を傾げ、リベリオの顔を覗き込んだ。片手で顔を覆い、呼吸を整えるように息を吐く。ナリアの側に男の影が一瞬でも見えただけで獰猛な感情が煮えたぎり、理性を溶かした。そんな自分ですら知らなかった自分の姿に、リベリオはなぜか心地良い情けなさを感じた。


 ----ナリーもこんな思いをしたのだろうか。いや、俺なんかよりもっと…。


 チラとナリアの見下ろせば、リベリオの胸に何かがストンと落ちる感覚がした。


 「なんでも無いよ。お、そろそろ着くな。ナリー、腹減ってないか?」

 「はい、お腹空きました。」

 「じゃあ、着いたらまずは何か食いに行こう。」


*


 落ち着いた雰囲気のある高級飲食店で軽く食事を済ませ、二人は美しい女神の彫刻が施された噴水のある中庭を歩いていた。空を見上げれば鳥が高く飛びまわり、陽の光が羽を照らしている。

 噴水の側のベンチに座ると、ナリアはバッグから小さな箱を取り出した。


 「リブ、これ…。」

 「うん?なんだ?」

 「あの、プレゼントです。お誕生日おめでとうございます。」

 「え?俺にか?わざわざ用意してくれたのか。」

 「はい。男の人へのプレゼントなんて初めてで…あ、父にはあるのですが、その…。」

 「フフ、わかってるよ。開けてもいいか?」


 ナリアが顔を赤くして頷く。隠しきれない程に浮かれながら、リベリオはリボンを解いて箱を開けた。


 「これは…ペンナイフか?」


 リベリオは箱の中からペンナイフを取り出し、鞘からスッと抜き出した。鞘とハンドル部には上質の木材が使われている。男性用のシンプルなデザインながら美しい曲線をかたどっていて、適度な太さと重みが手に良く馴染んだ。ペン先を削る短い刀身には、植物模様の透かし彫りが施されている。


 「美しいな。こんな良いもの、貰っていいのか?」

 「はい。以前、リブが副団長に就いてから机に向かう事が増えたと仰っていましたので、普段から使えるものがいいかと思ったのですが…。気に入っていただけましたか?」


 ナリアが不安げに見上げる。リベリオはペンナイフを箱にしまうと、ふわりとナリアを抱き締めた。頭に顔を埋めれば、ナリアの甘い匂いが鼻腔をくすぐる。込み上げる愛しさに胸が熱くなると、リベリオは頬に手を添えて目を閉じた。


 「お待ち下さい!!」

 「ブッ!?」


 目を閉じたリベリオの顔に、ナリアの手が覆いかぶさる。予想外の反応に身体を起こすと、ナリアが真正面から見上げていた。


 「何だ?どうした…」

 「ひ、人様の前でこのような事はやめて下さい!恥ずかしいです!」

 「は?そんなもん、誰も気にしちゃいないだろ。」

 「私が気にするのです!」


 「もう!」と身体を背けるナリアを横目に、リベリオは内心不貞腐れながら箱を腰のバッグに入れた。ベンチにもたれ、流れる水の音を聞きながら涼しい風に身を委ねていると、ナリアが静かに口を開いた。


 「あの…実はリブにお話があるのです。」

 「…グラナード侯爵との養子縁組の話か?」


 リベリオが身体を起こしてナリアに向けるように足を組む。その様子を見つめながら、ナリアは目を丸くした。


 「どうしてご存知なのですか!?」

 「先日、キュリオと二人で飲みに行ったんだ。その時にちょっとな。お前とキュリオが婚約を白紙に戻した時の話も全部聞いたよ。お前らしいと言うか、相変わらずお人好しと言うか。」


 二人の間に沈黙が訪れる。ナリアは固まったまま口をパクパクさせると、息を吹き返すように声を絞り出した。


 「…え?全(・)部(・)?って、もしかして、全部聞いたのですか!?」


 ナリアが目を見開いて、みるみる赤くなっていく。リベリオはその変わりゆく表情をキョトンとした顔で眺めた後、ハッと思い至った。


 ----そうだ、ナリーはキュリオに言ったんだ。私には心に決めた人がいる、と。だから、私から婚約を白紙に戻したい、と…。


 リベリオは一気に顔が赤くなるのを感じ取り、咄嗟に顔を背けて片手で覆うように隠した。ナリアも両手で顔を隠せば、互いに言いようのない空気だけが残る。

 恥ずかしくてこのまま消えてしまいたい。そんな気持ちをなんとか堪えながら、ナリアは両手で顔を覆ったまま声をくぐもらせた。


 「ほうでふ…ほの養子縁組(よほしえんふひ)の…」

 「手を外せ。何を言ってるのかわからん。」

 「ひゃあぁ!何てことを!これでも精一杯なんですよ!!」


 リベリオが引き剥がすように両手を外すと、ナリアは下がりきった眉尻を震わせながら悲痛な叫び声をあげた。その至近距離の顔面攻撃に、リベリオはまたもや噴き出した。


 「お、お前、なんだその顔…!アハハハ!」

 「ひ、酷いです!そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!」

 「ハハ、悪い悪い。本当に面白いなお前は。で、養子縁組の話たったよな。もちろん断るんだろ?」


 リベリオが笑い終わるのを待った後、ナリアは気を取り直すようにフゥ、と息を吐いた。

 両手をギュッと握り締め、意を決すると、真っ直ぐにリベリオを見つめた。


 「その養子縁組のお話ですが、お受けしようと思っております。」

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