↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
内気令嬢に花束を  作者: みのり
PR
20/84

20

 「ナリーが庇った?どういう事だ。」

 「…ナリア嬢との婚約が決まった後、白紙に戻した理由はご存知ですよね。しかし、なぜアマティスタ家の方から白紙に戻すという形を取ったのかは、誰も知りません。」

 「…そうだな。なぜなんだ?」


 リベリオがキュリオを見据え、声を低くする。キュリオは項垂れたまま、囁くような声でポツポツと話し始めた。


 「私がアマティスタ家で白紙に戻してほしいと伝えた日、妻の…リーシャのお腹にはすでに子がいる事も伝えました。ですが、その時はまだ父にもリーシャの両親にも話していなかったのです。」

 「…。」

 「私は途方に暮れました。なんとかリーシャとお腹の子を守りたかったのですが、あの父にこんな事を知られたら大変な事になるのは、火を見るよりも明らかです。ましてや、婚姻を言い出した父の顔にも、父の恩人であるエドラ夫人の顔にも、父が娘にと望み婚姻を受け入れたナリア嬢の顔にも泥を塗る事になってしまう。」


 「それでも私は、父に正直に話そうと決意しました。ですから、アマティスタ家にも恥を忍んで謝罪に行ったのです。すると、ナリア嬢はこのように言いました。」


 『キュリオ様。このお話、私の方から白紙に戻させていただきたいと思います。』


 「初めは…何を言われたのか分からず動揺してしまいました。ですが、ナリア嬢は真っ直ぐに私の顔を見つめて、微笑みながらこう言ったのです。」


 『申し訳ございません、キュリオ様。私には、すでに心に決めているお方がおります。そのお方を忘れようと努力し、この婚約のお話もお受けいたしましたが、やはり無理でした。』


 リベリオは心臓が跳ね上がり、目を見開いた。


 『今、そのお方は戦地に赴いておられます。私は彼が無事にご帰還なされるまでは、どなたとも婚姻するつもりはございません。それが、たとえ我がアマティスタ家の恩人であるグラナード伯爵様のお申し出であってもです。』


 『私の身の程を弁えない身勝手な申し出に、グラナード伯爵家の皆様には大変なご迷惑をおかけする事、心よりお詫び申し上げます。ですが、この罪は私一人の心にあります。願わくはグラナード伯爵様には、今後もアマティスタ家とはこれまで通りご懇意にさせていただければ、幸いでございます。』


 リベリオは眩暈がするような感覚に、咄嗟に額を支えた。心臓が早鐘を打ち、呼吸が浅くなる。


 ----『この罪は私一人の心にあります』


 ----ナリーは…今までどんな思いで俺の話を聞いていたんだ…?どんな思いで、婚姻に心は必要無いと言ったんだ…?彼女はいつだって真っ直ぐで、正直で…心を大事にする女なのに。なのに俺は、彼女に何を言った!?何をしたんだ!!


 「クソッ!」と舌打ちをして奥歯を噛み締める。己の愚かさに耐え兼ねるように膝の上で拳を固く握り締めていると、キュリオは再び喉を潤し、続けた。


 「後日、アマティスタ家から我が家に婚約破棄の申し出がありました。当然父は恐ろしく動揺し、すぐにアマティスタ家へと向かったのです。」


 「その時に助けて下さったのがエドラ夫人でした。エドラ夫人は、ナリア嬢にはすでに想い人がいる事、その方を自分も望んでいる事、そして私の妻には…ブロンセ子爵家の次女リーシャ嬢が相応しいと…父に進言して下さったのです…。」


 キュリオは感情が溢れ、涙を浮かべた。


 「その後私はすぐにリーシャと結婚しました。しかし、産まれてきた子の日数が合わない事に気が付いた父は、烈火のごとく怒り狂いました。当然、リーシャの不貞を疑ったのです。父はリーシャとブロンセ家に詰め寄りました。ブロンセ子爵家の方も、娘への不名誉な言いがかりと私への怒りで、両家は決裂寸前までいったのです。その時も…間に立って下さったのが、エドラ夫人でした。」


 「両家の親兄弟姉妹を集め、エドラ夫人はナリア嬢を共に連れ、皆の前で事の全てを話して下さいました。中には…よそ者が口を出すなと罵倒する者もおりましたが、それでもお二人は臆することなく真っ直ぐに背を伸ばして最後まで…本当に最後まで、私とリーシャを庇って下さったのです。」


 「エドラ夫人とナリア嬢のおかげで、私は今でもこうして父の元で跡継ぎとしての教育が受けられ、何のお咎めも無く過ごせているのです。本当に…お二人には感謝してもしきれません…。」


 「全てを知った父は私を連れて、アマティスタ家へ謝罪に向かいました。父はナリア嬢を娘に迎え入れられなかった事を心底悔やんでおりましたが、この一連の出来事が逆(・)に(・)父(・)の(・)想(・)い(・)を(・)強(・)く(・)す(・)る(・)ことになったのです。」


 キュリオが空になったカップを手に取り立ち上がると、リベリオもカップを持ってそれに続く。リベリオが安い葡萄酒に切り替えて席に戻ると、いつの間にか新しいつまみが用意されていた。


 「その後、私はリーシャの不名誉な噂の火消しに走り回りました。ですがある時から…別の噂を耳にするようになったのです。」

 「別の噂?まさか、ナリーの噂か!?」


 キュリオがコクリと頷く。そしてみるみる眉尻を下げると消え入るような声で話し出した。


 「私とナリア嬢が婚約を破棄して以来、ナリア嬢に多くの縁談が舞い込んだ事は知っていました。そして、それらを全て断っていた事も。」


 リベリオは顔を顰めた。ナリアに断られた男たちの中に、噂を流した者がいたという話を思い出す。リベリオの表情の変化に気付かないまま、キュリオは続けた。


 「断られた男たちの内の誰かがナリア嬢の不名誉な噂を流した、ということになっていますが…。元々その噂の発端は私の友人なのです。」

 「何だと!?」


 キュリオの告白に、リベリオはカッとなり声を荒げた。近くにいた者たちが振り返り、何事かと囁き合った。

 リベリオは小さく咳ばらいをすると、キュリオをジロリと睨みつけた。


 「で、どういう事だ?なんでお前の友人がそんなふざけた真似をしたんだよ。」


 キュリオが涙の跡を拭いて俯いた。


 「ナリア嬢は、私とリーシャの名誉を守るために自分から婚約を破棄してくれたのに…。私の友人が何を思ったのか、『子爵家の娘がグラナード伯爵家との婚姻を反故にするなど何様だ』と、ナリア嬢の悪い噂を流したのです…。」


 リベリオは驚愕で目を見開いた。鳩尾の奥からグツグツと怒りが沸き起こる。テーブルを叩き壊したい衝動を何とか抑え、キュリオの項垂れた顔を睨み続けた。


 「私がその事を知ったのは、随分後のことです。ナリア嬢の噂を聞いた時は、そのあまりの内容に愕然としました。もちろん私は否定して回りましたが、婚約を破(・)棄(・)さ(・)れ(・)た(・)私がそうする事で周りの者たちは私に同情し、ナリア嬢を更に悪く言うという悪循環に陥ってしまったのです。」


 「そんなある日、ナリア嬢の噂の中に、ナリア嬢が通っている孤児院の院長や修道女の話がある事を知ったのです。」


 リベリオはハッとした。ナリアを迎えに行った孤児院のリドット院長と修道女ミネラとは、つい最近会ったばかりで記憶に新しい。


 ----ナリーの恩人と、親友じゃないか。まさか…


 リベリオの頭の奥で何かが切れる音がした。


 「ナリア・アマティスタは孤児院の院長や修道女にも見境なく手を出し、挙句にそこにいる子供たちに妖しい踊りを教え込んでいる…」


 ダガンッ!!


 キュリオの言葉を遮るように、テーブルを叩きつける音が店内に響き渡る。辺りは一瞬静まり返り、キュリオは肩を大きく震わせ息を呑んだ。強く握り締め続けていたせいか、リベリオの拳が真っ赤に染まり切っている。


 「…何だそれは…。」

 「…はい?」

 「何だそれはって聞いてんだ!!」


 リベリオの激高を目の当たりにして、キュリオは咄嗟に肩を縮こまらせた。目を剥き、鍛えられた体躯と屈強な腕を持つ男の本気の怒りを見た事が無い。

 キュリオは咄嗟に震える声を出した。


 「申し訳ありません…。私はそれを聞いて初めて、友人が噂を流した事に気付きました。私が…ナリア嬢が孤児院に通っている事を話した相手は一人だったからです。私はすぐに友人を問い詰めました。」


 「ソイツは、少し懲らしめるつもりだったと言いました。ところが、気が付いた時には言った覚えの無い噂まで飛び交うようになった、と…。その内に段々怖くなっていった、と…。」

 「つまり、発端はお前の友人で、ナリーを恨んだ奴らがそれに乗っかるように話を膨らませて広めたって事だな?」

 「はい。中には、アマティスタ家に対する嫉妬から広めた者もいたようです。グラナード家との事業提携を妬む者は多いようですから…。」

 「クソッたれ!!ナリーは関係ねぇじゃねーか!!」


 リベリオは言葉を荒げると、葡萄酒を一気に呷った。


 「私は…この事をすぐに父に報告しました。父は再び怒りに震え友人を連れてくるように言いつけたのです。その後は…いろいろとあり、友人は社交界から消えました。」


 「父と私は再びアマティスタ家へ出向き、全てを話して謝罪しました。ナリア嬢には、恩を仇で返すような事をしてしまったのです。謝っても謝り切れませんでした。エドラ夫人もさすがに怒りに震えておられましたが…その時も、ナリア嬢は取り乱すことも無く、静かにこう言ったのです。」


 『私は社交界に参加する事はありませんから、お気になさらないで下さい。それにそのような噂があるのでしたら縁談話に煩わされる事もありませんし、私としても助かりますわ。もっと広まればよろしいのに。』


 キュリオが言い終わると、リベリオは思わず吹き出した。そう言った時のナリアの顔が容易く想像できる。

 声に出ないようクツクツと笑うと、深呼吸をして空になったカップに視線を落とした。


 ----いや、ナリーの事だ。相手に気を使って、何でもない振りをして我慢していたんだろう。本当はすごく傷付きやすいのに…。


 その時、リベリオは自分の言葉にハッと我に返り、息が止まった。


 ----何(・)で(・)も(・)な(・)い(・)振(・)り(・)を(・)し(・)て(・)我(・)慢(・)し(・)て(・)い(・)た(・)?


 ----『リブはずっと女性にモテ続けていたのですもの。過去の事を言い出したらキリがありません。』

 ----『これからの事に目を向けましょう。』

 ----『あ、はい、そうなんです。少し、肌寒く感じたので…。』


 ----俺は、ナリーに我慢させていたのか?そりゃそうだ…俺を問い詰め、罵りたい気持ちだってあったはずだ。いや、あって当然なんだ。それにあの時だって、俺にルマリナの事を聞かないように…我慢していた…? 


 カップを凝視したまま固まるリベリオの顔を、キュリオが恐る恐る覗き込む。その、全く微動だにせず見続ける男の様子に、キュリオはそっと立ち上がり葡萄酒を注文しに行った。


 「あの…リベリオさん?よろしければ、こちらをどうぞ…。」


 キュリオが新しい葡萄酒の入ったカップを空のカップと入れ替える。リベリオはハッとして顔を上げると、キュリオに視線を向けた。


 「ナリーは…お父上の事業の手伝いをしていたと聞いた。」

 「えぇ、そうです。噂について謝罪に行った際、父がどう償えば良いのかわからないと言うと、ナリア嬢は『でしたら、私も事業のお手伝いをさせて下さい』と言いました。そして、『一度でいいので、領地に行ってみたいです』と。」

 「それがきっかけだったのか?」

 「そうです。父も私も流石に驚きました。女の身で旅に出るのがどれほど危険な事なのか、わかっていないのではと本当に焦りました。」

 「でも、聞いたんだな。」

 「もちろんです。断る理由がありません。むしろ手伝ってもらえるとは思いも寄りませんでしたから、父があれ程嬉しそうな顔を見せたのには心底驚きましたよ。」


 リベリオがカップを手に持ち会釈でお礼を伝えてから、葡萄酒を一口含んだ。先ほどまで飲んでいたものよりも格段に良い味がする。

 リベリオがカップを持ったままチラとキュリオを見やると、嬉しそうに微笑むキュリオと目が合った。


 「ですから、リベリオさんには本当に感謝しているのです。」

 「何がだ?」

 「ナリア嬢が婚約をしたと聞いた時、すぐにお相手はリベリオさんだとわかりました。」

 「なぜだ?」

 「すみません…実は初めてお会いした時、リーシャから貴方の事を聞いたと言いましたが、本当はエドラ夫人から聞いたのです。」

 「何だって!?」

 「ナリア嬢が想いを寄せている方の話を聞いた後、お相手は誰なのか気になってエドラ夫人からこっそり聞いたのです。もしこの先リベリオさんとの間に少しでも可能性があるとしたら、私に何かできることはないだろうかと思いまして。」

 「何だよそれ…。」

 「結局、私の出る幕はありませんでしたが…。それよりも、リベリオさんがナリア嬢の名誉を回復する為に日夜走り回っておられた事に、心から感謝しているのです。」

 「は?そんなの当たり前だろうが。そもそもが根も葉もない事ばかりなんだから。」


 リベリオがキョトンとした顔をすると、キュリオは苦笑した。


 「その当たり前の事が、父にも私にもできなかったのです。私は先ほども言いましたが、父にもこればかりは手出しはできませんでしたから。」

 「そうだろうな。親子でも何でもないのに庇ったりしたら、今度はグラナード侯爵様を誘惑したとか言われるだろうからな。俺だったら婚約者の立場で堂々と言って回れる。」

 「そうです。それに、リベリオさんは社交界でもかなり目立つ存在ですから、その効果には目を見張りました。」

 「ま、俺だからな。」

 「フフ、はい。ですから、父もリベリオさんにはとても感謝しておりました。私の方からお礼を言うようにいつも言われていたのです。」

 「グラナード侯爵様が!?」


 ----だからあの時、俺の事を知ってるような態度だったのか。つーか、自分で言えよ!偉そうな態度しかとってねぇじゃねーか!!


 「改めてお礼を申し上げます。本当に、ありがとうございました。」


 キュリオが頭を下げると、リベリオは頭を掻いた。

 今日一日だけで、悩んだり、落ち込んだり、憤ったり、驚いたりと忙しい。

 押し寄せる心身の疲労感を溜息を吐き、頬杖をついた。


 「はぁ、もういいよ。」

 「そうだリベリオさん、ナリア嬢からあの話はもうお聞きになりましたか?」

 「は?」

 「え?」


 二人の間に沈黙が訪れる。互いに微動だにせず見つめ合っていると、先に口を開いたのはキュリオだった。


 「えっと…まだナリア嬢からお聞きになってないのですか?」

 「何のことだ?」

 「え?あれ?それじゃあ、あの話は断るつもりなのかな…。」


 キュリオが口元に手を当てて視線を泳がせる。リベリオは妙な胸騒ぎを感じ、前のめりに聞いた。

 

 「何かあったのか?」

 「はい、あの…。父とナリア嬢の、養子縁組の話が出ているのです。」


 リベリオは絶句したまま、再び崩れ落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。