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内気令嬢に花束を  作者: みのり
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19/84

19

 団長室を出て、ふらつく足で廊下を歩いた。込み上げる胃の不快感に顔を歪めながら訓練場へと向かうリベリオの背に、ルミオが声をかけた。


 「副団長、その状態で午後の訓練は無茶ですよ!先ほど団長に訓練を付けて頂くようお願いして参りましたから、副団長は机仕事の続きをして下さい。」

 「…余計な真似をするな。そんな事を指示した覚えはない。」


 リベリオがギロリと睨みつけて言い放つ。その気迫にルミオが押し黙ったまま立ち尽くしていると、廊下の向こうから団長のニックスが呆れた声で近付いてきた。


 「おい、リベリオ。時間がかかっても良いから、お前は部屋に戻って書類を片付けてこい。団長命令だ。」

 「団長、私なら大丈夫です!!」

 「お前が大丈夫でも、今のお前に稽古をつけられる奴らが大丈夫じゃねぇんだよ。現にルミオに気を使わせてんだろうが。他の奴らからしたらもっとやりにくいんだよ。」

 「…。」

 「わかったらさっさと部屋に戻れ。ルミオ、お前はコイツの側についていろ。」

 「わかりました。」


 リベリオがグッと拳を握り締め、踵を返して団長室に向かう。その後ろ姿が見えなくなると、ニックスは呆れて溜息をついた。


 「アイツのあんな姿は初めて見るな。」

 「そうですね。おそらくご本人もこのような事は初めてで、どう処理して良いのか分からず混乱なさっているようです。」

 「へぇ、アイツがそこまでナリア嬢に惚れ込むとはな。」


 ニックスが感心したように呟くと、ルミオは目を丸くして食いついた。


 「団長はナリア嬢の事をご存知なのですか?」

 「知っているというか、いつからかアイツが酒に酔った時は必ずその娘の名前が出てたからな。アイツの口から女の名前が出るのはその娘ぐらいのもんだから、いい加減覚えちまったんだよ。本人は覚えちゃいないだろうが。」

 「それは知りませんでした。でしたら、今回は尚更でしょうね。」

 「うん?アイツ何かあったのか?その愛しのナリア嬢と婚約して、ほぼ毎日一日中浮かれていただろう。」

 「それが…。」

 「あの、お話し中申し訳ありません。少しよろしいでしょうか。」


 ルミオが目を伏せ口を開きかけた時、不意に後ろから声をかけられ振り向いた。その視線の先にいる人物に目を見開き固まっていると、ニックスが一歩前に進んだ。


 「どうなされましたか?」

 「初めまして。私はキュリオ・グラナードと申します。第五騎士団の副団長を務めておられる、リベリオ・デガート殿はどちらにおられますでしょうか。」

 「これはこれは…。私は団長のニックス・ドラルナーと申します。リベリオでしたら今団長室におりますので、ご案内いたします。ルミオ、彼を団長室までご案内しろ。」

 「え?あ、はい、わかりました。キュリオ殿、どうぞこちらへ。」


 ニックスはキュリオに一礼すると、マントを翻して訓練場へと向かった。


 「では、よろしくお願いいたしますルミオ殿。」


*


 ルミオが扉の側にキュリオを待たせてノックをすると、中から低い声で返事が聞こえた。フゥ、と一呼吸して中に入り、リベリオに視線を向ける。先ほどよりも一層険しくなった悪人面で書類を睨んでいるのを確認し、澄ました顔で一礼した。


 「副団長にお客様がいらっしゃっておりますです。」

 「客?そんな約束はしてないが…つーかお前、言葉遣いがおかしくなってるぞ。」


 リベリオの声に反応するように、キュリオがひょっこりと顔を出した。


 「私ですよ、リベリオ殿。観劇の日以来ですね。」

 「キュリオ殿!?どうされました、このような場所に。」


 キュリオが中へ進むとリベリオは立ち上がり、ルミオは静かに扉を閉めた。


 「突然押しかけてしまい、申し訳ありません。早速ですが、先日のお約束を覚えておいででしょうか。」


 キュリオの言葉に、ルミオはピクリと反応した。扉の側で静かに控えつつ、一言一句漏らさないよう耳だけは大きく膨らませている。その様子を横目に、リベリオは静かに答えた。


 「…えぇ。二人でお会いしましょう、というあれですか?」

 「そうです。良かった、覚えていて下さったのですね。それで、ご都合の良い日はありますか?」


 ----おいルミオ、反応しすぎだ。ちょっとずつ前のめりになってる!


 机の上に積まれた書類に視線を落とす。そのままチラとルミオの方へ視線を移すと、ルミオが目を見開いたまま小刻みに頷いていた。その熱い眼差しに謎の圧力を感じながら、リベリオはキュリオに向き直った。


 「私はいつでも構いません。キュリオ殿のご都合に合わせますよ。」

 「それでしたら、今夜はいかがですか?最近知った良い店があるのです。」

 「わかりました。では定刻になりましたら支度をしてその店に向かいますので、場所を教えていただけますか?」


 「楽しみにしています」と言い残してキュリオが部屋から出て行くと同時に、ルミオは大股でリベリオの元へと向かった。その素直な反応に仰け反るリベリオに向かって、ルミオは早口で捲くし立てた。


 「どうしてキュリオ殿と懇意になってるんです!?」

 「どうしてもこうしても、そんなもん知らねぇよ。大体知り合ったのだって、ナリーとの事を知ったあの年末の日だ。その次はこの前の観劇の日だぞ。懇意になる程会っちゃいないし、ろくに会話もしていない。こっちが聞きてぇよ。」


 リベリオがドカッと椅子に座り込んで額に手をつくと、ルミオはまじまじとリベリオを見つめた。


 「何だよ?」

 「副団長、先ほどのルマリナさんの宿屋の件ですが、私に任せて下さい。早急に解決してみせます。」

 「は?何だ急に。」

 「交代で行けばその内に収まるかと思いましたが…。これ以上、副団長のお心が乱れるような事は避けたいですからね。」

 「お前、どうしたんだ?なんでそこまで…。」

 「私に任せて下さいますか?」


 困惑するリベリオを余所に、ルミオが被せ気味に食らいつく。普段の飄々とした雰囲気とは裏腹に、相手に有無を言わせない気迫で詰め寄った。


 「はぁ、わかったよ。お前に任せる。だが無理はするなよ。」

 「ありがとうございます。」


 許可を得てニコリと微笑むルミオの瞳の奥に、小さな炎が揺らいでいた。


*


 夜、大通りに面した土産物屋の角を曲がった先にある小さな酒場で、キュリオはカウンターに座りビールに口を付けていた。今夜の事を考えているうちに緊張したのか、約束の時間よりも大分早くに着いてしまい、つまみも食べずにすでに二杯目を飲み切ろうとしていた。


 「キュリオ殿、遅くなって申し訳ない!」


 突然背後から声をかけられ振り返る。慌てて来たのか額に大粒の汗をかき、乱れた髪を無造作にかき上げる美丈夫が息を切らせて立っていた。


 「いえ、私も先ほど来たばかりです。急に言い出したのはこちらですから、お気になさらず。」


 リベリオが店のマスターにビールとつまみを注文しに行くと、キュリオは立ち上がり店の奥にある二人用のテーブル席へと移動した。


 「こんな場所に店があるとは知りませんでした。」

 「私も最近知ったばかりなんです。友人に連れてきてもらって…。」


 「友人」のところでキュリオが一瞬顔を曇らせる。注文したビールとつまみが運ばれ、二人は乾杯した。最初のビールを一気に呷る。心地よい苦みが喉を通り、胸のつかえを流してくれるようだった。

 リベリオがカップを持ってすぐに二杯目を注文しに行く。並々と注がれたカップを片手に席に戻ると、キュリオはクスクスと笑ってリベリオを眺めた。


 「何です?」

 「いや、飾らない方なのだなと思いまして。」


 キュリオの言葉にリベリオは面食らった。


 ----俺が飾らない男だと?俺が?


 リベリオが黙ったままカップに口を付けていると、キュリオは小さく両手を振った。


 「すみません、急に失礼でしたね。」

 「え?いや、全然。むしろ今まで飾ってばかりでしたから、そういう風に言ってもらえるなんて思ってもみなかったもので…。単に、驚いていたんです。」


 リベリオが苦笑しながらカップを置くと、キュリオはフ、と目を細めた。


 「あの、私の方が年下ですから敬語はやめてください。父は侯爵位を持っていますが、私は何も持たないただの息子です。ですから私の事はキュリオと呼んでいただけますか?」

 「え?いや、でも…。」


 キュリオの距離の詰め方に唖然としていると、キュリオはリベリオの返事を待たずに追い打ちをかけた。


 「お願いします。私もリベリオさんとお呼びしてもよろしいですか?」

 「へ?…あ、あぁ、わかった。それじゃあそうしようか。…キュリオ、さん?」

 「リベリオさん、『キュリオ』です。」

 「あ、はい。よろしくキュリオ…。」


 キュリオが満足げにニッコリと微笑む。本日二度目の謎の圧力に居心地の悪さを感じ、リベリオは誤魔化すように再びカップに口を付けた。

 軽い世間話を交わし、店内に客が増え始めて辺りが騒めきだした頃、それまでニコニコと笑いながら話していたキュリオが突然声を潜めた。


 「リベリオさんは、私とナリア嬢の事をどこまでご存知ですか?」


 キュリオの一言に、リベリオは口元に運んだカップをピタリと止めた。チラとキュリオに視線を移す。目を伏せ、思い詰めた表情を見下ろしながら、ゆっくりとカップをテーブルに戻した。


 「そうだな…。ナリーが18歳の時に婚約したが、婚約してすぐに白紙に戻した事。その理由が、キュリオには他に本命がいるからで、その相手との間にはすでに子がいた事。そして、なぜかアマティスタ家の方から白紙に戻すという方法を取った事。…ぐらいだろうか。」


 リベリオが声をやや低くして答えると、二人の間に沈黙が落ちた。キュリオはビールを一口飲むと小さく息を吐いて、静かに話しだした。


 「元々…私とナリア嬢との婚姻は、父の願望だったのです。」

 「グラナード侯爵様の?」

 「はい。私の父とナリア嬢のお母上様であるエドラ夫人は旧知の仲で、エドラ夫人は父の恩人なのです。」

 「恩人?ナリーのお母上が?」

 「はい。昔、私の祖父がまだ健在で父が爵位を受け継ぐ前の事です。父が爵位を継いだ後、事業を成功することができたのは、エドラ夫人のご実家であるエスタリカ侯爵家の支援があったからなのです。そして、エドラ夫人のお父上様である前エスタリカ侯爵様と父との間を取り持って下さったのが、他でもないエドラ夫人でした。」


 リベリオが話を聞きながらつまみの炒り豆を口に入れる。噛み砕いた豆の欠片をビールで流し込んだ。


 「そんな繋がりがあったのか…。だが、それと婚姻と何の関係があるんだ?その頃から二人の間で、子供同士を夫婦にさせようと決めていたのか?」

 「いえ、違います。父はエドラ夫人に恋をして、求婚したのです。」

 「は!?何だって!?」

 「ですが、エドラ夫人にはすでに心を寄せておられる方がいらっしゃいました。父は諦め、他の女性つまり私の母と結婚しました。その後爵位を受け継ぎ事業を成功させ、五年前にアマティスタ子爵様に事業提携の話を持ち込んだのです。」


 「当時アマティスタ子爵様は…こういう言い方は良くないのですが、領地での事業があまり上手くいっておられなかったようなのです。それを知った父がエドラ夫人への恩返しにと、アマティスタ子爵家へ自ら赴きました。そしてその日、当時16歳だったナリア嬢に初めて会われたのです。」


 キュリオがビールで喉を潤す様子を眺めながら、リベリオは額に汗が流れるのを感じた。リベリオはアマティスタ家で初めて両親に会った時から、ナリアと母エドラが瓜二つである事に気付いている。

 嫌な予感に、リベリオは持っていた豆を器に落とした。


 「もしかして、グ(・)ラ(・)ナ(・)ー(・)ド(・)侯(・)爵(・)様(・)が(・)ナリーを望んだのか?お母上を妻にできなかったから、その娘を自分の…娘にと…?」


 キュリオが目を伏せ小さく頷く。リベリオは愕然として開いた口が塞がらなかった。

 その時ふと、アマティスタ家の玄関の前での出来事を思い出した。


 ----そうか、だからか。グラナード侯爵がナリーに微笑んだのは、やっぱり気のせいなんかじゃ無かったんだ!


 かつて恋をした女に似た娘。自分の娘にとすら望んだ娘。


 ----『ナリア嬢、また会おう。』


 優しい声で微笑みかけるルミゴンの姿を思い出し、リベリオは息を呑んだ。


 「先日…アマティスタ家の玄関の前でグラナード侯爵様と偶然お会いしたのだが、ナリーに対してとても親愛を込めておられるようだった。婚約を解消してもなおそのように接せられるのは、余程特別な想いがおありになるのだろうか…。」


 リベリオが独り言のように呟く。僅かな沈黙の後、キュリオは肩を震わせ弱々しい声を出した。


 「それは…。何もかも、私のせいなのです。」

 「何だって?」


 キュリオの言葉にリベリオはピクリと片眉を上げた。


 「私が被るはずだった不名誉を…ナリア嬢が庇って下さったのです。」

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