↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
内気令嬢に花束を  作者: みのり
PR
16/84

16

 馬車から降り、リベリオはナリアの手を引いて玄関へと向かった。ナリアと並んで歩きつつ、玄関の側に停められたグラナード侯爵家の馬車を一瞥する。その豪奢な馬車は暗闇の中にあってなお、独特の威圧感を放っていた。


 ----グラナード侯爵が、なぜこんな時間に?


 事業を共にし、懇意の仲とはいえ、他家を訪問するには常識の時間の範囲から外れている。


 ----俺たちが出かけた後に来たってことは、来た時にはもう暗かったはずだ。キュリオといい、グラナード侯爵といい、アマティスタ家とはそこまで親密な仲なのか?あんな事があったってのに…。


 ナリアに纏わりついていた不名誉な噂の数々を思い出す。キュリオとの婚約を解消した後、謂れの無い侮辱を受け続けたナリアの境遇。ナリアが受けた哀しみに顔を顰めると同時に、ふと、違和感を覚えた。


 ----そういや…俺がナリーの噂を消して回ったように、奴等はナリーの為に何かしてやったのか?俺が出席した夜会ではそんな印象は受けなかったが…。噂自体知らなかったのか、それとも見て見ぬ振りをしたのか。


 まさかな、と首を振りナリアの横顔を見下ろす。扉の前に着き、出迎えに出ていた侍女に軽く挨拶をしてからナリアと向かい合った。


 「今夜は楽しかった。ゆっくり休めよ。お休み。」

 「はい。お休みなさい。」


 互いにフフ、と笑ってナリアの頬にキスをしようとしたところで、突然扉が大きく開いた。屋敷の中から出てきた男に道を開けて一礼すると、男がナリアに気付き足を止めた。


 「む?おぉ、ナリア嬢か。久しぶりだな。元気にしておったか。」

 「お久しぶりでございます、グラナード侯爵様。はい、お陰様で。いつもお心遣いありがとうございます。」

 「うむ。うん?…そちらは?」


 ルミゴンがナリアの隣に立つ男に鋭い視線を向けると、ナリアは顔を上げてニコリと微笑んだ。


 「こちらは私の婚約者で王宮第五騎士団副団長を務めておられる、リベリオ・デガート様です。」

 「リベリオ・デガート?ほう、そなたが…。」

 「初めまして、リベリオ・デガートと申します。どうぞよろしくお願い申し上げます。」


 姿勢を正し胸に手を当てて一礼するリベリオを、ルミゴンは上から下まで見定めるように睨みつけた。


 「リベリオ様、こちらが…。」

 「グラナード侯爵家当主、ルミゴン・グラナードだ。そなたはリスター・デガート伯爵殿の息子だな?」


 ナリアの言葉を遮るようにルミゴンが口を開く。その威圧するような声音をリベリオは静かに受け止めた。


 「はい、デガート家の次男でございます。」

 「うむ。確か、そなたには王宮近衛騎士団に所属している兄がおったな。王太子殿下の護衛を務めておるそうだが。」

 「はい、その通りでございます。兄は近衛騎士団の親衛隊に所属しております。」


 ルミゴンの言葉が妙に突き刺さる。初対面らしからぬ会話のやり取りと細い針で突かれるような感覚に、リベリオは息苦しさを覚えた。


 ----これがルミゴン・グラナードか。なるほど、噂通りの威圧感だな。だったら…


 リベリオは背筋を伸ばし、真っ直ぐにルミゴンを見返した。互いに瞬き一つせず視線を合わせる。無表情のまま向かい合う二人の男を、ナリアは交互に見上げた。


 ----なんだろう、この緊張感…。初対面よね?初めまして、って仰っていたものね?


 ナリアが二人の間に流れる重い空気を見守っていると、先に動いたのはルミゴンだった。大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。そしてそのままナリアの方へ向き直った。


 「では私は失礼する。ナリア嬢、また会おう。」

 「はい。本日はお越しいただきありがとうございました。お気をつけてお帰り下さい。」


 ナリアが深く頭を下げると、ルミゴンは僅かに優しい微笑みを浮かべ、踵を返して馬車へと乗り込んだ。


 ----ナリーに向かって微笑んだ!?


 薄暗闇の下、リベリオはその一瞬の表情を認めて目を見開いた。単なる知人の女に向ける対外的な笑みとは違う、親愛に満ちた目。嘘の笑顔を散々振りまいてきた自分だからこそ、自分のそれとは違うとわかる。

 グラナード家の馬車が去った後、急いでナリアの顔を覗き込んだ。


 ----ナリーの表情に変化はない。全然いつも通りだ。なんだ今のは?気のせいか?


 リベリオは眉間に皺を寄せて考えこんでると、「リブ?」と呼ばれてハッと我に返った。慌ててナリアの方に視線を向けると、首を傾げて見上げる瞳と目が合った。


 「どうかなさいましたか?」

 「え?あぁ、いや、何でもない。さぁ、もう遅いから部屋に入るんだ。」

 「はい。あの…また、お出かけしましょうね。」


 ナリアが肩に掛けられた外套をギュッと握り締めると、リベリオは身体を屈めて頬にキスをした。


 「もちろんだよ。また連絡する。おやすみ、ナリー。」

 「おやすみなさい、リブ。」


*


 ナリアはベッドに横たわり、そっと唇に手を当てた。まだ記憶に新しい、リベリオの熱を帯びた眼差しとそっと触れた柔らかい感触。最初のキスの途中で見せたリベリオの切ない表情を思い返し、ナリアは身体の奥が熱くなった。


 ----リブとキスした!あ、あんな急に激しくなさるなんて!キスってもっと唇が軽く当たる程度のものだと思っていたのに!


 両手で顔を覆い、ジタバタと身悶える。優しく微笑む整った顔立ち、頬に触れた大きな手、自分をすっぽりと包み込む逞しい身体。蓋をしたはずの心は、すでにリベリオへの気持ちで溢れている。


 ----あの方が、私の夫になるのよね…。


 心臓の音が耳の奥を叩きつける。燻る熱を持て余すように身体を起こし、クローゼットに掛けたリベリオの外套を眺めた。肩に掛けられた時のその大きさにも驚いたが、ふわりと香るリベリオの匂いに眩暈がしたのを覚えている。

 ナリアはベッドから下りて外套を手に取り、再びベッドに戻った。肩に掛けて身体を包むように襟をかき抱く。まだ残っているリベリオの匂いに頬をすり寄せ、小さく息を吐いた。


 ----恥ずかしい…けど、もっと触れて欲しかった。あぁぁ~!どうしたのよ私!


 顔を埋め、足をバタバタさせる。ハァハァと息を切らしていると、リドットの言葉が脳裏をよぎった。


 ----『リベリオさんはナリーの事をとても大事に思っているんじゃないかな。』


 ----『相手が誰であれ、そんな彼がただの同情心だけで求婚するとは思えないよ。だから、もっと自信を持ちなさい。』


 目を瞑れば、項垂れ、肩を落としたリベリオの姿が瞼に映る。滅多に人には見せないであろうリベリオの萎れた姿が可笑しくもあり、愛おしい。目を開けてクスリと笑うと、ボスッとベッドに倒れ込んだ。


 ----信じても良いのかな…。ううん、もう蓋を外したのなら、彼を信じるしかないじゃない。


 クッションに頭を乗せて目を閉じる。

 リベリオの外套にくるまれたまま、ナリアは意識を手放した。


*


 朝の訓練を終え、リベリオは着替えを済ませて団長室へと向かった。少し開けた扉の隙間から自分の机を見れば、昼の訓練までに終わらせなければならない書類が所狭しと並べられている。

 げんなりした顔で扉をそっと閉めようとしたところで、突然後ろから大きな声をかけられた。


 「副団長!!何をなさっているんですかぁっ!?」

 「うわあぁぁっ!!」


 口から心臓が飛び出そうになりながら振り向くと、ルミオが額に手を当て腹を抱えて身を捩っていた。


 ----コ、コイツ…!腹立つ笑い方しやがって…!


 「お前なぁ!何ガキみたいな事やってんだよ!!」

 「やだなぁ、単なる冗談じゃないですか。それに、私が刺客だったら今頃は…。」


 ルミオがそう言って静かに手を合わせると、リベリオは「フンッ」と鼻を鳴らした。


 「何を言っている。お前がいる事はわかっていたさ。ただ、まさかこんな下らない事をされるとは思わなかっただけだ。」

 「負け惜しみですね?」

 「やかましい。違うわ。」


 扉を開けて、観念しつつ机に向かう。書類に手を伸ばしたところでふと思い出し、リベリオは引き出しの中から小さな紙袋を取り出した。


 「おい、ルミオ。」

 「何ですか?」

 「これ、この前の礼だ。」


 ルミオは持っていた書類を机の上に置き、リベリオから袋を受け取った。


 「この前のって、チケットのことですか?それでしたら、飲みに連れて行って下さったじゃないですか。」

 「まぁ、いいから。あれのおかげでナリーと仲直りできた。というか、ちょっと進んだ。」

 「本当ですか?それは良かったですね…ってまさか、ナリア嬢に無体な真似を…。」

 「するか!ちょっとキスしただけだ。彼女にとっては、それすら初めてだったんだぞ。」

 「そうなんですか!?うわ~、やっぱり噂って怖いですねぇ。どんな聖女でも簡単に娼婦になってしまう。」


 ルミオが「開けても?」という仕草を向けると、リベリオは小さく頷いた。袋を開けて中のものを取り出す。


 「うわっ、可愛い!」


 取り出したものを見て、ルミオは思わず声を上げた。手のひらサイズの豚が花を口に咥えて座っている。ルミオが目をキラキラさせているのを、リベリオは半目で見上げた。


 「お前、実はそういうの好きだろ。」

 「すごいですね!どうしてわかったんですか!?」

 「お前の持ってるものとか、一緒に警備に出かけた時とかに気付いた。街で店に置いてある可愛いものを見た時のお前の顔が妙に嬉しそうだったからな。初めて見た時は鳥肌が立ったもんだ。」

 「何てこと言うんですか失礼な。でも、わざわざ買ってきて下さったのですよね。ありがとうございます。」


 ルミオがニコニコと笑って袋にしまうと、リベリオは小さく息を吐いた。


 「全くだ。いい歳した男がそんな可愛らしいものを買う姿を想像してみろ。」

 「鳥肌が立ちますね。」

 「やかましいわ。返せこの野郎。」


 ルミオが棚にある資料を探し、リベリオが書類に目を通していると、扉が勢いよく開き団長のニックスが入ってきた。


 「団長、どうなさったのですか?」


 ルミオが目を丸くして聞くと、ニックスは二人に向かって早口で指示を出した。


 「第五騎士団、出るぞ。店で暴れてる奴らがいるんだが、自警団が別のところに出動していて手が回らんらしい。すぐに来てくれと応援を要請された。十人もいればいいだろう。すぐに準備しろ!」

 「わかりました。すぐに準備して参ります!」


 ルミオが部屋を飛び出すと同時に、ニックスはマントを羽織った。リベリオも立ち上がりマントを羽織る。


 「団長、どちらに向かうのですか?」

 「街の広場にある宿屋だ。客が暴れているようだから、取り押さえに行く。」


*


 陽が高く上がり、人の往来で賑わう街の広場にある宿屋の前は、すでに人だかりになっていた。宿屋の中からは男たちの嘲笑う声と何かを叩きつける音が聞こえてくる。時折女の悲鳴が漏れ聞こえ、辺りは騒然としていた。


 「騒ぎを起こしているのはここか!?」

 「お前たち、道を開けろ!!」


 馬に跨り駆けつけた騎士団の到着に、民衆は騒めき道を開けた。ルミオは部下に民衆を下がらせるように指示を出し、ニックスは部下の二人に宿屋へ入るよう命じた。

 ニックスの後ろに控えているリベリオが眉根を寄せて宿屋を見据える。


 ----ちょっと待て、この宿屋…もしかして!


 リベリオがハッとしたと同時に、部下が宿屋の中へと押し入った。


 「王宮第五騎士団だ!!お前ら全員動くな!!」

 「抵抗する者は切り捨てる!!大人しくしていろ!!」


 先に踏み込んだ二人に続き、部下の三人が押し入る。残りの二人が宿屋の裏手に回り、逃げ場を塞いだ。宿屋の中から男たちの騒ぎ立てる声が聞こえてくる。


 「なんだよ!!俺たちが何したってぇんだ!!」

 「ふざけんじゃねぇぞ!!あの女が舐めた口ききやがるからだろうが!!俺たちゃあ客だぞ!?」

 「おい、てめぇルマリナ!!黙ってねぇで何とか言えよこのアバズレがぁっ!!」


 ----ルマリナだと!?やっぱりここは、アイツの旦那の宿屋か!!


 リベリオは舌打ちをして馬を進め、早口で捲し立てた。


 「団長、私も行かせて下さい!!」

 「どうしたリベリオ?何かあったのか?」

 「ここは私の知り合いがいる宿屋です!!お願い致します!!」

 「何!?わかった、行ってこい!」

 「ありがとうございます!!」


 リベリオは馬から降り、急いで宿屋へと駆けていった。先に部下が野次馬を下がらせていたお陰で、一直線に扉まで辿り着いた。


 ----クソッ!!ルマリナは無事か!?


 剣の柄に手をかけて中へと飛び込む。一階は客用の食堂になっていた。男たちが暴れたせいか、テーブルの上も床も食器や食べ物が散乱し、ぐちゃぐちゃに散らかっている。

 リベリオは素早く中を見渡すと、使用人の娘たちを庇うように立ち竦むルマリナと目が合った。大きく見開かれた瞳からは、恐怖と安堵の入り混じった色が滲んでいる。ルマリナの前には、男たちに殴られた一人の男が座り込んでいた。

 リベリオは場を睨みつけながら足早に歩み寄ると、男を立たせてルマリナと娘たちを自分の背後に回した。


 「やっぱりお前の旦那の店か、ルマリナ。大丈夫か?怪我はしていないか?」

 「リブ、まさか貴方が来てくれるなんて!私は大丈夫よ。ターニオが庇ってくれたの。」


 リベリオはチラと男を見た。顔には酷い殴打の跡が残っている。血が滲み、腫れかけていた。


 「そうか、他には?何もされてないか?」

 「えぇ、私よりこの子たちが酷い目に遭わされそうだったから…。」

 「申し訳ございません、旦那様、奥様…。私の為に…。」


 娘の一人が青ざめた顔をして震えながら縮こまっていると、ターニオが声をかけた。


 「君が気にすることは無い!僕なら大丈夫だから!ルマリナ、すまないが彼女たちを二階へ連れて行ってやってくれ。落ち着くまで君は側にいてやってくれるかい?」

 「わかったわ、気を付けてねターニオ。さ、行きましょうか。あなたたちも行くわよ。」

 「…はい…。」


 ルマリナが娘の肩に手を添える。チラとリベリオを見た後ターニオに視線を移すと、小さく頷いて二階へと上がっていった。


 ----ほう。若いのに、なかなか良い男じゃないか。さすがはルマリナの選んだ男だな。


 リベリオが心の中で感心していると、ターニオが唐突に眉尻を下げてポツリと呟いた。


 「はぁ…とりあえず一安心だ…。あぁもう、おっかない…。」


 ----ん?


 先ほどまでの威勢が消え、途端に声が震えだす。リベリオがターニオの変わりように唖然としていると、その視線に気付いたターニオは肩を落として苦笑した。


 「はは…申し訳ありません。本当は怖くてどうしようもないのですが、彼女たちにそんなところを見せるわけにもいきませんし…。情けない事です。」


 頭を掻きながら項垂れているターニオの姿に、リベリオは思わず吹きだした。


 「何を言う。十分男らしいよ、お前は。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。