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内気令嬢に花束を  作者: みのり
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 エドラが部屋から出て行った後、ナリアが呆然と立ち尽くしていると、侍女のサフィが水の入った花瓶を持ってやってきた。


 「ナリアお嬢様、私がお飾りしましょうか?」

 「え?あ…いえ、私がするわ。少し一人にしてもらえる?」

 「わかりました。何かありましたらお声をかけて下さいね。」


 サフィはハサミをテーブルに置いて、部屋を後にした。包みを解き、一本一本ゆっくりと花瓶にさしていく。花を持つ手首が鉛のように重く感じ、全てをさし終えると腕がだらりと垂れ下がった。

 背を伸ばし、美しさを誇るように凛としている花にリベリオの姿が映る。花瓶の横に置いた手紙に視線を移した途端、胸の苦しさとやり場のない悲しみに顔を顰めた。


 ----どうして今更…!貴方を忘れるために、どれだけの時間をかけたと思っているのよ!


 乱暴に椅子に座り、両手で顔を覆う。瞼の裏には最後に見たリベリオの笑顔が浮かんだ。


 ----『婚約おめでとう、ナリー。』


 手が震え、口から零れる息がわななく。


 ----酷い人…。貴方は大人だもの。あの時、私の気持ちなんてすぐに見抜いていたのでしょう?だから、あの言葉ではねつけたのではなかったの!?


 怒り、悲しみ、憎悪、くやしさ。鳩尾の奥にドロドロとした感情が渦巻き、胸を押し潰す。その不快感に軽い吐き気すら感じた。


 ----それでも…!それなのに!!貴方からの手紙一つで喜んでいる自分が、一番嫌なの…。


 椅子にもたれて、呆然と辺りを見渡した。もう随分とダンスを踊っていない。たまに部屋でコッソリとステップを踏むくらいで、それですらほとんどしなくなっていた。


 リベリオと初めて出会った時の事を思いだす。

 暗い庭の片隅で無邪気に踊っていたあの頃には、もう戻れなかった。


*


 リベリオからの手紙を受け取った日から五日後。ナリアが書斎で領地にいる監督官への指示書を書いていると、エドラとメラティスが入ってきた。


 「あら、ラティじゃない。帰ってきてたの?」

 「さっき着いたばかりなのよ。それよりお姉様、リベリオ様から婚約のお話が来たというのは本当なの?」


 メラティスが机の前まで歩み寄り、真剣な眼差しを向けた。ナリアがチラとエドラを見ると、エドラが浮かない顔をしている。ナリアは羽ペンを置いて立ち上がり、ソファのあるテーブルへと移動した。

 侍女にお茶の用意をするように言うと、三人はソファに座り、一言も喋らないままお茶が淹れられるのを待った。侍女が書斎から出て行くと、最初に口を開いたのはナリアだった。


 「お母様から聞いたのね。えぇ、確かにリブ様から婚約のお話をいただいたわ。まだ返事はしていないけれど。」

 「お姉様は、どうなさるおつもりなの?」

 「それは…。正直まだ迷っているのよ。彼と最後に会ってからもうすぐ三年になるのよ。ようやく忘れられたと思ったら、こんな事になって…。」


 ナリアが小さく溜息を吐いてお茶を啜る。その間に、メラティスはエドラにチラと視線を移してからナリアに向き直った。


 「お姉様、そのお話のお返事は、私の話を聞いてからにしてほしいの。」

 「どういう事?」

 「ついこの間…まだ年が明ける前の事なのだけれど、主人がご友人たちと一緒にお店でお酒を飲んでいらしたの。その時ふとカウンターの方を見るとリベリオ様がいらっしゃっていて、部下らしい方と一緒に飲んでらしたそうよ。」


 ナリアの胸がドクリと動く。真剣な眼差しで話すメラティスの表情に、妙な胸騒ぎがした。


 「それで…お二人の会話からお姉様の名前が聞こえた気がして、主人が友人の一人を連れてさり気なくカウンターに移動したの。その時に…お二人の会話を聞いてしまわれたのよ…。」



 ----『それにしても、副団長がそこまでナリア嬢のことを気にかけていらっしゃったとは思いませんでしたよ。』


 ----『やかましい。彼女の事は、まだ16だった頃から知っているんだぞ。くだらん噂で彼女が傷付いているのが我慢できないだけだ。』


 ----『だから、どうしてそこまでお気になさるのですか?あ、もしかしてナリア嬢のことお好きだったとか!?へ~、副団長って意外と大人しい感じの女性がタイプなのですね。』


 ----『だから、違うっつーの!俺はただ、彼女には幸せになってもらいたいんだよ。』


 ----『幸せに、ねぇ。でも実際には難しいかもしれませんね。今年は珍しく夜会に出席されたそうですが、馬車から降りるやいなや注目を浴びていたそうですし。そのまますぐに馬車に乗り込んで帰られたそうですよ。』


 ----『彼女が来ていたのか!?』


 ----『ほ~ら、気になってる。やっぱりお好きなんじゃないですか。』


 ----『だから、違うって言ってんだろうが。相手は子供なんだぞ?ったく、いくつ離れてると思ってんだよ。』



 かい摘まむように話すメラティスの言葉に、ナリアは愕然とした。エドラが目を伏せ、口を噤む。メラティスは燻る怒りで荒くなる呼吸に胸を押さえた。


 「私も…主人からその話を聞いた時は、リベリオ様がお姉様に対して…たとえ恋愛ではなくとも特別な愛情をお持ちになっていたのだと思ったわ。それならそれで良かったのよ。」


 メラティスは膝の上で拳をギュッと握り締め、声を荒げた。


 「けれど、お姉様に婚約を申し込むのはあんまりでしょう!!心に決めたお相手が結婚しているからとはいえ…、ご結婚に興味がないとはいえ…。お姉様の幸せを本当に願うのなら!あの方だけは、同情などでお姉様に求婚してはいけないのではなくて!?」


 メラティスはわなわなと震えながら、瞳に涙を浮かべた。エドラがメラティスの肩をそっと撫でる。そのままチラとナリアに視線を移すと、ハッとして息を呑んだ。

 ナリアは目の前で泣くメラティスの姿が見えないかのように空を見つめた。何も聞こえず、何も頭に入らない。


 ----あのお手紙に書かれていた事は何だったの?私を妻にと仰ったのは…私への同情からだったの…?


 ナリアはふと、以前庭の生け垣の側で聞いた、エドラとメラティスの会話を思い出した。


 ----『相手は誰でも良いっていう風だったみたい。』


 ----『きっと、その女性以外に興味が無いのね。』


 胸に刃が突き刺さるような感覚に、ナリアは呼吸が浅くなるのを感じた。けれどもう、それすらもどうでも良い。ナリアは肩を小さく震わせて笑った。


 ----そうだった。リブ様にとって、妻に迎えるのは誰でも良かったのよね。たとえそれが、私みたいな後ろ指をさされている女でも…。


 ナリアは空を見つめたまま、ポツリと呟いた。


 「お母様…。」

 「…何かしら?」

 「リ(・)ベ(・)リ(・)オ(・)様との縁談、進めて下さい。」

 「お姉様!」

 「ナリー、あなた…。」


 ナリアの頬を一筋の涙が伝う。


 「このお話、お受けいたします。」


*


  月に薄い雲がかかり、ナリアは深夜の肌寒さに肩を震わせた。昼間の暖かさから一変して、夜はまだ冷え込む。椅子から立ち上がってベッドへ移動し、シーツの中へと身体を滑り込ませた。


 ----もう覚悟したじゃない。このままリブ様への想いに蓋をしてしまえば、お側にいてもこれ以上傷付くことは無いもの。


 リベリオと正式に婚約してから一月の間、ナリアはクレトンと話し合い、ナリアの仕事は兄のロンドに引き継いでもらうことになった。ロンドはすでにクレトンと共に領地の事業に携わっていたため引継ぎも難なく進み、ナリアは少しずつ仕事から離れていった。


 ----早く寝なくちゃ。明日はリブ様と会うお約束をしているのだから…。


 翌朝、カーテンから差し込む光を感じて、ナリアは浅い眠りから目が覚めた。ゆっくりと身体を起こし、クローゼットの方を見やる。サフィが前日に用意していた明るい若葉色のドレスを見て、思わず苦笑した。


 ----あんなにお洒落してどうするのよ。


 身支度を整えて食堂へと向かう。扉を開けると、すでにクレトンとエドラが席に着いていた。ナリアは侍女に少量のスープとパンだけを用意するように伝え、席に着いた。


 「おはようございます、お父様、お母様。」

 「あぁ、おはよう。」

 「おはよう、ナリー。今日はリベリオ様とお出かけするのでしょう?」

 「はい。こちらに迎えに来て下さるそうです。」

 「そうか。今日は楽しんでくると良い。」

 「はい。ありがとうございます。」


 ナリアが食事を済ませて自室に戻ると、サフィが湯を張った桶と布を持ってやってきた。


 「ナリアお嬢様、本日のお召し物ですが…」

 「サフィ、あのドレスなのだけれど、もう少し地味なものに変えてほしいの。そうね…濃い青系のものがあれば、それに変えてちょうだい。」

 「え?よろしいのですか?せっかくのお出かけですのに、着飾らないなんて…。」


 サフィが困惑した表情でドレスを見つめると、ナリアはフ、と微笑んだ。


 「いいのよ。さ、準備を手伝ってちょうだい。」


*


 アマティスタ子爵邸の玄関の前で、リベリオは姿勢を正してナリアが出てくるのを待っていた。

 ライトブラウンの髪が陽の光を受けて艶めいている。品の良いチュニックに胴当てを身に着け、マントを翻す凛々しい姿で悠然と構えれば、それを一目見ようと使用人の女たちが少し離れた物陰に押し寄せた。


 「お待たせいたしました、リベリオ様。」


 サフィが玄関の扉を開けると、ナリアは一歩外へ出て軽く膝を曲げた。リベリオはパッと顔を明るくしてナリアの元へと歩み寄り、手を差し出す。


 「おはよう、ナリー。昨夜はよく眠れたか?」

 「はい。本日はよろしくお願いいたします。」

 「よし、じゃあ行こうか。侍女殿、暗くなる前には送り届けるとご両親に伝えてもらえるだろうか。」

 「畏まりました。お気を付けていってらっしゃいませ。」


 リベリオはナリアを馬車に乗せると、自分もナリアの隣に座った。カーテンを開け、涼しい風を車内に誘い込む。窓の外を見るナリアの髪が風に揺れるのを、リベリオはじっと見つめた。


 街の端にある大きな湖の近くの広場に馬車を停めると、リベリオはナリアを馬車から降ろした。ナリアの手を取り腕に置き、ゆっくりと歩き出す。湖の周りには色とりどりの花が植えられ、それらを眺めながら散策できるようになっていた。


 「ナリー、歩きにくくは無いか?」

 「はい、大丈夫です。」

 「そうか。足が痛くなったらすぐに言えよ。途中で休めるところがいくつかあるから。」

 「リベリオ様はこちらに来られたことがあるのですか?」

 「いや、ここを教えてくれた奴から聞いたんだ。」


 その時の、ニヤニヤと笑うルミオの顔が思い浮かぶ。「ナリア嬢と婚約を結んだ」と話した時のルミオの笑いを堪える顔が、未だに苛立たしい記憶として残っていた。

 心の中で舌打ちをして、ゴホンと咳払いをした。


 「ところで気になっていたんだが、なんで『リベリオ様』なんだ?前みたいに『リブ様』じゃないのか?」

 「それは…。私ももう大人ですから、いつまでも子供の様に呼んでいてはいけないかと思いまして。」


 ナリアの抑揚のない声音にリベリオはグッと喉を詰まらせ、目を逸らせた。胸に妙な緊張感が走る。デガート家に連れて行った日のナリアの言葉を思い出し、途端に背中に嫌な汗が流れた。


 ----『ならば、家の為、自分の為の婚姻であるわけだな?リベリオの愛を受けたからではない、と。』


 ----『はい。お父上様がそれでもよろしければ、婚約を結びたいと思っております。』


 チラチラと何度もナリアを見下ろしては、無表情のまま真っ直ぐに前を見て歩くナリアの様子に打ちのめされる。何とか気持ちを落ち着かせるため、深呼吸を繰り返した。


 「そうか…、それじゃあ俺もナリーと呼ぶのはやめておいた方がいいか?」

 「そうですね。私の事はナリアとお呼び下さい。」

 「…わかった。ナリア、だな。」


 沈黙のまましばらく歩いていると、湖に向かって座れるようにベンチが置かれていた。


 「ナリア、少し休もうか。」

 「はい。」


 リベリオは手を引いてナリアを座らせてから、少し間をあけて隣に座った。風が草花の香りを乗せて吹き抜ける。目を伏せ髪を軽く押さえるナリアの仕草を眺めていると、ふと、実家での会話を思い出した。


 「ナリア、お前ずっとお父上の仕事の手伝いをしていたのか?」

 「はい。ですがこの婚約を機に、私がしていた仕事は兄が引き継ぐことになりました。まだ全てを伝えきれてはおりませんが、兄は優秀な方ですので心配はしておりません。」

 「兄上はおいくつになられるんだ?」

 「25歳です。もうすぐ26歳になります。」

 「ぐ…年下か…。」


 リベリオがガックリと項垂れると、ナリアはキョトンとした顔になった。


 「リベリオ様はおいくつになられましたか?」

 「…27だ。俺ももうすぐ28になる。」

 「…。」

 「おい、なんで無言なんだよ!てゆうか、お前に歳の話するのこれで三回目なんだからな!」


 リベリオが顔を真っ赤にして「クソッ」と呟くと、ナリアは思わず吹き出した。


 ----ナリーが笑った!


 クスクスと笑うナリアの表情を、リベリオは惚けるように見つめていた。今日一日、ずっと無表情のままかもしれないと覚悟をしていただけに、たったそれだけの事で舞い上がりそうになる。


 「そういえば、そうでしたね。リベリオ様は初めてお会いした時からお変わりないから、つい…。」


 ナリアはハッとして顔を背けた。リベリオとは過去に二度しか会っていなかったが、辛い思い出が多すぎる。ナリアが俯いて黙り込むと、リベリオは湖を眺めながら小さく息を吐いた。


 「そうだな。お前と初めて会ったのは俺が22の時だった。まぁ今よりは若いが、大して見た目が変わるような時間じゃない。」

 「…そう、ですね。」

 「だが、お前は違う。」

 「はい?」


 ナリアが顔を上げ、リベリオに顔を向ける。先ほどまで湖を眺めていた碧い瞳がナリアを見つめてふわりと微笑んだ。


 「お前は綺麗になったよ。」

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