竜殺しの騎士
「うおおおおおおッ!!」
全身を鎧で包んだエリックさんが大剣を構え、影のドラゴンへと斬りかかっていく。
「グオオオオオオオン!!」
その剣戟は確実にダメージを与えているらしく、一撃を受けたドラゴンの首元から大量の黒いオーラが噴き出した。
影から作り出されたその巨体に血は流れていない、生命を持たない存在であることを再認識させられる。
「返せェ!」
死闘を繰り広げる二人を後目に校門を抜けようとしたところ、別の人間の声が聞こえてきた。
声のする方を振り向くと、そこにはなにやら本を抱えて全力でこちらへと走ってくるアルの姿があった。
そしてそのさらに後ろには影でできた腕が彼女の身体を捕らえようと無数に伸びる。
「悪党からモノ返せって言われて素直に返す奴がいるかよ!」
アルは腕を身軽に躱しながらもっともらしいことを言い返して逃走を続ける。
流石は元泥棒、あれを黒幕からまんまと盗み取ったのか。
「アル!こっちだ!」
「オッサン!無事だったか!」
ここでアルと合流することができたのは大きい。
「おのれええええええ!!」
男の恨み節が校庭に響き渡る。
どうやらアルが持っているこの本がキーアイテムであるようだ。
「その本は?」
「教頭が使ってた魔法書だ。これを使ってあの靄を発生させてたらしい」
そうか、この本が教頭の手元を離れたから靄が晴れたのか。
でかしたぞ。
あとはこの本を教頭の手元に戻らないように死守できればいい。
「許さん……ゆるさんぞオオオオオオオ!!」
教頭と思わしき男の怒声が校庭に轟く。
それに呼応するかの如く影のドラゴンが吠え、腕の一振りでエリックさんを振り払う。
「やはりただのドラゴンではないな」
振り払われたエリックさんは受け身を取って体勢を立て直し、大剣を肩に担いで兜の奥からドラゴンを睨んだ。
邪念を取り払われてもなおその目は『竜殺し』の意思に満ち溢れている。
彼の武具はなにやら加護を受けているらしく、剣の一撃はドラゴンに対してすさまじい攻撃力を発揮するし、逆に鎧はドラゴンから受ける攻撃をすべて完全に防いでくれるという代物だ。
それは影から作り出された生命を持たない存在である影のドラゴンであろうと関係ないらしい。
レオナルドさん曰く『かつてほどの力はない』らしいがそれでも十分すぎるほどに強力だ。
「グオオオオオオオオ!!」
影のドラゴンは吠え猛り、エリックさんを押しつぶさんと腕に体重を乗せた。
しかしエリックさんはそれを平然と受け止め、逆に片手で押し返してみせる。
そして押し返してよろけた隙を見逃さず、電光の如き速さでドラゴンの頭上まで飛び上がると振りかぶった大剣を勢いよく叩きつけた。
「グオオオオオオオン!!」
そのすさまじい威力に圧倒され、ドラゴンの首は地上に叩き伏せられ深くめり込んだ。
エリックさんはすかさずドラゴンの背の上を駆け、容赦のない追撃を加える。
「なんだアイツ、本当に人間か……?」
一人と一匹(?)の戦いを遠目に眺めていたアルはドン引きしていた。
本当に信じられないが鎧の中はあくまで『普通の』人間だ。
「……ッ!」
エリックさんは何も言葉を発さず、黙々と大剣を振るう。
磨き上げられた剣技の一閃は正確にドラゴンの首元を掻っ切り、大量の黒い靄を噴出させた。
影のドラゴンは生命を持たない存在であるとはいえ、確かなダメージを与えているようで徐々にその原型を崩し始めていた。
どうやら切られた跡から噴出している靄が奴の身体を構成しているらしい。
「これで終わりにするッ!」
エリックさんは兜の向こうからくぐもった声で言い放ち、剣の柄を両手で掴んだ。
これまで片手で振り回していた大剣をわざわざ両手で扱うとは、どんな技を持っているんだ。
剣を構えたエリックさんは地面をけり抜き、閃光のようにドラゴンに向かって突っ込んでいった。
そして次の瞬間、ドラゴンの脚が崩れてその巨体が音を立てながら地面に伏した。
その瞳からは赤い眼光が消え去り、ピクリとも動かない。
「……」
エリックさんは構えていた剣を地面に突き立て、倒れたドラゴンをじっと睨む。
だがドラゴンは再び立ち上がる気配を見せない。
勝敗は決したと見てもいいだろう。
まさか一人で倒したのか……
グレイさんとアレンの二人がかりでも、そしてオズでも敵わなかったあのドラゴンを。
流石は『竜殺しの騎士』だ。
その圧巻の光景を俺たちはただ呆然と眺めることしかできなかった。
ああ、いつまでも傍観している場合じゃない。
はやくあの黒幕を確保しなければ。
周囲の話が真実だとすれば、あの男こそが黒幕の『教頭』であるはずだ。
「アル、校長を安全なところへ。俺は奴の身柄を拘束する」
「よし、任せろ!」
俺からの指示を受け取り、アルは校長をクロの元へと急がせた。
ちゃんともといた場所で待っててくれたんだな、偉いぞクロ。
「おい、お前がこの事件を起こした犯人か?」
校長をアルに任せ、俺は男へと詰め寄った。
男は顔を上げ、俺の目を見ると気色の悪い笑みを浮かべながら身体を小刻みに震わせた。
「何がおかしい!」
俺が問い詰めても男は何も答えない。
何考えてるのかさっぱりとわからない奴だ。
「器物損壊、並びに殺人未遂で現行犯逮捕だ」
「待ってください!あんな風にしてるけど、今魔法を使おうとしてます!」
男との距離を詰めようとした俺を後ろについていたユキノちゃんが止めた。
「貴方……人の心を読む力があるようですねぇ……」
教頭……と思わしき男は笑うのをやめ、ユキノちゃんをギロリと睨みつけた。
なんて冷たくて、狂った笑みだ。
思わず俺も背筋が伸びあがりそうになる。
「ヒッ……!?」
「邪魔なんですよ……人の心を覗く力が!」
怯えるユキノちゃんに対し、男は拍車をかけるように脅しをかける。
あの男が校長の命を狙っていた理由がようやくわかったぞ。
アイツの野望のために心を読まれるとなにか非常に都合の悪いことがあるんだ。
「精神干渉の能力者は消す!一人残らず!」
そう高らかに宣言すると男はドラゴンの方へと走って行った。
いったい何をするつもりだ……?
「うおおおおおおおお!!」
男は叫び声と同時に空中へ飛び上がりドラゴンの影の中へ頭から潜り込んでしまった。
それと同時にドラゴンの目に再び光が宿る。
「グルルルルルル……!!」
ドラゴンは唸り声をあげ、その巨体をゆっくりと起こし上げた。
その声を耳にし、驚愕する俺たちと対照的にエリックさんは臆することなく無言で再び剣を抜く。
「トモユキ!」
「タカノ君!」
直前まで別行動をしていたミラとレオナルドさんが俺たちに合流してきた。
どうやらあちらは無事に解決できたようだ。
「消す!私の心を読む者は全員消す!!」
さっきまで吠えるか唸り声をあげるかしかしなかったドラゴンの口から俺たちと同じ言葉が放たれた。
そうか、あの男は影を使ってドラゴンと一体化したんだ。
俺たちを巻き込んで起こった魔法学院占拠事件。
黒幕との決戦がいよいよ大詰めに向かっている。




