救出、そして救援
書庫へと続く廊下を駆け抜けた俺はそのまま勢いで書庫の扉へと体当たりをぶちかました。
どうやら鍵はすでに開けられていたらしく、あっさりと扉は開いて書庫の中へと突入することができた。
「校長先生!」
「どこですか!先生!」
真っ暗な書庫の中で俺たちは校長の捜索を開始した。
ユキノちゃんからの情報が真であるならばこの中のどこかに校長先生がいるはずだ。
「左側、端の本棚の裏側ですね!」
ユキノちゃんが頭の中に直接受け取ったメッセージを頼りに俺たちは足を進めた。
暗闇の中、足音を頼りに校長先生が俺たちとの距離を正確にナビゲートしてくれるおかげで迷いなく捜索できる。
「ここです。ようやく見つけてもらえました」
暗闇の中、初めて耳にする壮齢の男性の声が聞こえてきた。
間違いない、この声の主こそがこの学校の校長だ。
「君だね。私の声を聞いてくれたのは」
校長は俺たちと邂逅するなり真っ先にユキノちゃんに声をかけた。
「はい。もしかして校長先生も……」
「私も、人の心を読む力があるのだよ」
まさか校長がユキノちゃんと全く同じ力を持っていたとはな。
そうか、だからユキノちゃんにだけ声が聞こえて俺たちには何も聞こえなかったのか。
「すぐにここを脱出しましょう」
「お言葉に甘えたいところだが……外にはおぞましい怪物がいるのだろう」
校長の言う通りだ。
窓の外では巨大な怪物が睨みを利かせている。
だがグレイさんとアレンが時間を稼いでくれている今なら脱出できるはずだ。
「今は仲間たちが注意を引きつけてくれています。そのうちに早くここを」
「ついさっきその仲間と思わしき人物の意識が二つほど途絶えたよ」
なん……だと……
あの二人が不在になった今、誰が怪物の注意を引けるんだ。
そしてそれを耳にした途端、誰かがすぐさま足音を響かせた。
この足音は間違いなくミラだ。
「ミラ、行っちゃダメだ!」
レオナルドさんが強い口調でミラを呼び止めた。
普段の彼からは想像もつかないほどの剣幕に驚いたのかミラも一時的に足を止める。
「どうして!?すぐに助けに行かないと!」
「今の状態で怪物の前に出るのは死にに行くのと同じだ。自分の命を粗末にするのかい?」
救助の必要を訴えるミラに対し、レオナルドは自分たちの置かれている状況を突きつけた。
彼の言う通りだ。
手練れの獣人二人が挑んでも勝てない相手にミラ一人で挑んだところで同じ軛を踏むだけだ。
だがミラの主張も間違ってはいない。
誰一人犠牲を出したくはないし、今から救助すればまだ一命は取り留められるはずだ。
「でも!早く助けないと二人が!」
「まだ子供である君が自分一人でそんなたいそうなことができると本気で思っているのか」
頑なに主張を曲げないミラに対してレオナルドさんは理想を否定するように現実を突きつける。
これまでミラのことを何一つ否定しなかったレオナルドさんがここまで辛辣になるのを見て俺はショックを受けた。
「じゃあお父さんは二人を見捨てろって言うの!?」
「そのために自分の命を犠牲にしようとするのをやめなさいと言っているんだ!」
ついにしびれを切らしたレオナルドさんは普段からは想像もつかないような怒鳴り声をミラに浴びせた。
嫌われる覚悟をしてでも自分の娘の命を守ろうとしての言葉なのだろう。
何も言い返せなくなったミラに対し、レオナルドさんはゆっくりと歩みを進めた。
暗闇の中でも驚くほど正確に彼女のいる場所へと向かっていく。
「お父さん……」
「君は命を捨てるには若すぎる。危険な役目は我々大人が請け負えばいい」
レオナルドさんはミラに彼女の行いの危険性を説いた。
彼女の行き過ぎた自己犠牲の精神は時々俺でも危険に感じることがあった。
そして、今まで誰もそれを指摘することができなかった。
「ここでは一部の魔法が封じられている。君の得意な回復魔法も使えない今、できることは何がある?」
「……トモユキやユキノと一緒に、校長先生を助けること」
理詰めのレオナルドさんからの問いに対してミラは悔しそうに答えを出した。
自分の理想に反することをしないといけないというのが彼女にとってどれほど悔しいことなのかは俺には計り知れない。
「そう、だから今は……」
そこまで言いかけたところでレオナルドさんは言葉を止めた。
いったいどうしたのだろう。
「未来が変わった……」
レオナルドさんは静かにそう呟いた。
この状況を打開する何かが発生したということか。
しかしいったい何が……
「外から何者かの強い意志を感じる。怪物に対する強い敵意だ」
「すごい……」
校長とユキノちゃんが新たな人物の意識を感じ取っていた。
誰かはわからんが怪物と戦ってくれているということか。
ちょうどいい、今のうちにここを脱出するぞ。
「行くぞ!」
俺はレオナルドさん、ユキノちゃん、ミラの三人と一緒に校長を囲み、急ぎ足で書庫からの脱出を実行した。
廊下を通る中、俺はふと窓の外の様子を窺い見た。
怪物はその真っ赤な双眸を突如としてあらわれた何者かに向け、激しい戦いを繰り広げている。
その視線の先には対をなすように輝く青い双眸と、眼光を受けて妖しく輝く大剣を担いだ漆黒の鎧の姿があった。
あれはもしや……
「ねえ!窓の外を見て!」
ユキノちゃんが窓の外、空の方を指さした。
そこには靄の隙間から、一筋の光が差し込んでいた。
「闇が……晴れていっている!」
周囲を覆っていた靄が晴れて行き、空が明るくなり始めていた。
しめた!これなら俺たちも普段通りに活動できる!
そして靄が晴れたことで、白日の下に怪物がその姿を曝け出した。
真っ黒なオーラに覆われたその姿はまるで……
「影でできた、ドラゴン……」
そう、ドラゴンそのものだった。
オズやグレイさん、アレンが敵わなかったのも無理はない。
「お父さん!今なら!」
「ああ、回復魔法も使えるだろう」
光を封じ込めていた靄が晴れ、得意の魔法を取り戻したミラはレオナルドさんと一緒に一直線に校庭へと走り出した。
やっぱり最後には自分の理想のために突っ走るのは止められなかったか。
今ならきっとレオナルドさんがブレーキをかけてくれるだろう。
今、影のドラゴンと戦っている鎧の男には見覚えがある。
その名はキャメロット王国十大騎士の一人、エリック・ジークフリートだ。
どうして彼がここにやって来たのかはさっぱりわからない。
だが竜殺しの騎士である彼ならば、あのドラゴンともやりあってくれるだろう。
なんとしても使命を果たさなければ。
俺はユキノちゃんと共に校長を警護しつつ校舎からの脱出を果たした。




