ミラとユキノ
春のとある日の午前八時五十分。
メルクーア魔法学院中等部の学生、ユキノは急ぎ足で校舎へと駆け込んだ。
あと十分で授業が始まる。
今日の最初の授業は『詠唱魔法概論』
講師であるテオは規律に厳格でさらに光属性を嫌っていることで生徒たちの間では有名だ。
そんな授業に光属性の魔法使いであるユキノがなぜ出席しているのか、その理由は一つ。
『騙された』からだ。
『詠唱魔法について詳しく教授してくれる優しい講師がいる』と嘘を吹き込まれ、彼女は詠唱魔法概論の授業を履修することにしてしまった。
これまでユキノにとってテオは恐怖の象徴であった。
事あるごとに目の敵のように自分が光属性であることを揶揄され、さもそれが恥であるかのように晒し上げられてきた。
でも今は違う、今のユキノには心強い味方がいてくれるのだ。
「おはようございまーす!」
ユキノの心強い味方、ミラが元気よく挨拶をしながら教室に入ってきた。
彼女もまたユキノと同じ光属性の魔法使いだ。
「ミラ君か。まもなく授業を始める、空いているところに座りなさい」
テオはミラに早期の着席を促した。
ミラは元気に返事を返し、ユキノの手を引いて空席を探す。
「そこ、一席空けられるよね?」
ミラはとある席の女子生徒に声をかけた。
その隣には空席が一つ……と、荷物が置かれた席が一つ。
荷物をどかせばミラとユキノがちょうど着席できる。
「んあ?……ほらよ」
女子生徒は呼びかけに対して喧嘩腰気味に返事をするがミラの顔を見て態度をすぐに改め、荷物を床へと降ろした。
「えへへっ、ありがとう」
席を空けた女子生徒に対してにっこり笑うとミラは荷物の置かれていた席に腰を下ろし、その隣にユキノを誘った。
ユキノも小さく頭を下げ、静かに腰を下ろしてテオの方を見る。
ミラのことは学院の人間の多くが知っている。
彼女は由緒正しき魔法使いの名家マーリン家の血統を継ぐものであり、彼女を敵に回すということはマーリン家を敵に回すということに他ならない。
もっとも、ミラ自身にそんな気は全くないのだが。
「それではまだ四分ほど余裕があるが授業を始める」
テオは授業の開始を告げた。
生徒たちは思い思いに授業内容を記録する準備に取り掛かる。
「詠唱による魔法の組み立ては小節の区切り方によってその効力が大きく変わる。例えば私の名前はテオ・ソリウスだが、これは『テオ』と『ソリウス』の二つによって成り立っている。これを『テオソ』と『リウス』の二つに分解するとまったく違う名前になる。それと同じように考えればいい」
授業の中でテオは詠唱による魔法の効力について述べた。
それを聞いたミラは手を挙げてテオに質問の意を表明する。
「なんだね」
「詠唱による魔法の発動と詠唱なしでの発動では魔法の強度に違いは出るんですか?」
「使用者の魔力にも左右されるところはあるが、使用者が同一人物だと仮定するならば詠唱を行う方が強度は上がる」
「ありがとうございます」
テオからの回答をノートに書き綴り、ミラは質問を終えた。
その隣でユキノも一緒に情報を記録する。
「せっかく質問を貰ったのだ、その内容について実演をしてみせよう。これから同じ発火魔法を二度使用する。一度目は詠唱なしによる発動、二度目は詠唱による発動でやってみせる」
そういうとテオは右腕の袖をまくった。
彼が魔法を使用するときの癖のような仕草だ。
「まず一度目はこの通りだ」
テオは詠唱を行わずに発火魔法を発動させた。
彼の右の掌からバスケットボール大の火球が浮かび上がる。
「次に詠唱による発動の場合だ」
テオは発生させた火球を空中に静止させ、続けて二度目の発動を開始した。
「マグナ・ソル・テオ!」
テオは詠唱によって同じ発火魔法を発動させた。
詠唱による発火魔法は炎の安定度を高め、周囲の空気を取り込んでより熱く、より巨大な青い火球が浮かび上がる。
「この通り、同じ魔法でも詠唱によって効力を組み立てる方が安定性や強度は高まる。そもそも無詠唱での魔法の発動そのものが高等技術である以上、君たちには最初から詠唱による発動をすることを奨励するがね」
まくった袖を戻して指を鳴らし、テオは講義を再開した。
指の音に呼応し、火球は音もなく空気中に溶けるように消えていく。
「以上で今日の私の講義を終了とする。各自で解散するといい」
約六十分の講義の末、テオは講義の終了を宣言して足早に教室を去っていった。
生徒たちが思い思いに授業後を過ごす中、ユキノはミラの肩を叩いた。
「ねえ、さっきの授業でちょっとわからないところがあったから教えてほしいんだけど……」
「先生に聞きに行けばいいんじゃない?」
「無理だよ……テオ先生光属性の魔法使いを嫌ってるし……」
自分に対して教えを乞うことに疑問を投げるミラに対してユキノは怯えるように目を逸らした。
光属性嫌いのテオが光属性の魔法使いの自分に真っ当に向き合ってくれる自信がないのだ。
そもそも彼女がテオの授業を受けられるのはミラが隣について守ってくれているからである。
「うーん……どこがわからなかったの?」
少し考えてからミラはユキノのノートを覗き込んだ。
詠唱魔法概論の授業の後の恒例の風景だ。
「今日もありがとう」
午後三時過ぎ、授業を終えて二人は校門前まで足を進めた。
二人は毎日ほぼ同じ授業に出席していて学校内ではいつも一緒だが帰り道は別々だ。
「じゃあまた明日ー!」
ミラと別れ、ユキノはミラに背を向けて家へと歩みを進めた。
「はぁ……」
特大のため息をつきながらユキノは一人帰り道を往った。




