エピローグ:冬が終われば
長い冬が終わり、ついに春がやってきた。
厳しい寒さはすっかり鳴りを潜め、外はうららかな気候になっている。
「嘘だろ……とても昨日まで冬だったと信じられん……」
メリルはこの世界に来て一年目の俺みたいな反応をしている。
そりゃ驚くよな、昨日までとまるで気候が違うんだから。
「どうかな?ちゃんと着られてる?」
「ああ、よく似合っているじゃないか」
「本当!?」
メリルに褒められてミラは大喜びだ。
彼女は装いを改め、今日から中等部へと通う。
今日はその入学式だ。
年始から早速有給を使おうとして通るかどうか不安だったが無事に通ってよかった。
「みー!みー!」
オズの腕の中からアリスがミラにじゃれつこうとする。
もう生後半年だが随分と大きくなったものだ。
「アリス―、お姉ちゃん今日から中等部に進学するんだよ」
「うーあー!」
ミラに抱かれてアリスは嬉しそうだ。
もしかするとこの子はお姉ちゃん子になるかもしれんな。
おっと、いつまでも家でのんびりしている場合じゃなかった。
もうすぐ中等部の入学式の時間だ。
「メリルも来てくれる?」
「ああ、最後ぐらいミラの晴れ姿を見届けていきたい」
今日はミラの入学式の日でもあり、メリルが空へ帰っていく日でもある。
なんだか別れるのが惜しいなぁ。
「さぁ、レオナルド連れてさっさと入学式に行くわよ!」
礼装姿のオズが召喚魔法の陣を展開し、俺たちに出発を促した。
行先は恐らく図書館だろう。
先導するオズに続き、俺はいろいろと物思いに耽りながら陣をくぐった。
「これより、第九十回メルクーア魔法学院中等部入学式を開始します」
レオナルドさんと合流し、いよいよ中等部の教諭と新入生による入学式が始まった。
よくよく考えてみればたった三年で進学か、改めてミラのすごさを実感する。
式は何の問題もなく進んでいるのだが俺たちはまたしても周囲の保護者達よりも浮き立っていた。
それもそのはず、魔法使いのトップが二人揃って訪れているうえにドラゴンの獣人であるメリルまで一緒にいるわけだから目立たないはずがない。
ミラ本人も周囲よりも浮き立っているように見えた。
中等部の新入生はぱっと見でだいたい日本の中学生ぐらいの背丈をしている中でまだ十歳に満たないミラの小ささが際立っている。
「新入生代表、ミラ・マーリン」
「はいっ!」
中等部の教諭に名前を呼ばれたミラは元気な返事をしてみせた。
この学校の入学式は入学試験の成績優秀者が代表として登壇することになっているらしい。
彼女は中等部の試験でもぶっちぎりの好成績で合格している。
「流石は私の娘だなぁ」
「『アタシたちの』の間違いじゃなくて?」
「それもそうだね」
初等部の入学式の時は動揺しすぎて死にそうになっていたレオナルドさんが今回は保護者としての余裕を見せられるようになっていた。
……と、思っていたんだが。
「娘の晴れ舞台を見られて私は幸せ者だよ。この光景をヴィヴィアンにも見せてあげたいなぁ……」
よく見ると表情一つ変えずに涙を流していた。
やっぱり動揺しまくってるじゃねえか大丈夫かよ。
そうだな、ヴィヴィアンさんにも見せてあげたかったな。
今度手紙で知らせてあげよう。
きっと喜ぶだろうな。
さて、入学式は終わったな。
「また、似顔絵を描いてもらおう」
レオナルドさんは珍しく自分から行動を提案してきた。
それには俺も賛成だ
というのも、この世界には写真がないから成長の記録をするのは専ら日記か似顔絵だからだ。
案の定、校門前には似顔絵を描く老人が椅子に腰を下ろして佇んでいた。
俺は老人に声をかけ、ミラを中心に俺、オズとアリス、レオナルドさん、メリルで固まる。
「はい、できあがり」
筆を動かして数分後、似顔絵を描き上げた老人は筆を置いた。
「やっぱよく描けてるわねー」
「流石の腕前だね」
オズたちは似顔絵を見てその出来栄えに感心している。
中でも特に興味を示しているのが……
「おお……まるで鏡写しのように描けているではないか……」
メリルだ。
まさか似顔絵を知らなかったのか。
ミラの入学式が終わり、俺たちは我が家へと集まった。
今度はメリルとのお別れの時だ。
「地上で出会った其方たちのこと、地上の文明のこと、空に帰ったら同胞たちへ語り継ごうと思う」
「ええ、ぜひそうしてちょうだい」
冬の間だけだったが、数え切れないほどの思い出を作った。
彼女の存在は俺たちにもいろいろな影響を与えてくれたな。
「これ持って行きなさい。いつでもアタシたちのことを思い出せるから」
オズはさっき描いてもらった似顔絵を魔法で複製するとその一枚をメリルに手渡した。
メリルはそれを丸めて懐へとしまいこみ、オズと握手を交わす。
「また地上に来ることがあれば、また俺たちを頼っていいからな」
「ありがとう。今は気持ちだけ受け取らせてもらおう」
「それとな、お別れの前にメリルに渡したいものがある」
「渡したいもの?」
前置きを済ませ、俺は一冊のノートをメリルに手渡した。
その内容を読んだメリルは目を輝かせる。
「俺がまとめた農耕や牧畜に関する技術書だ。俺が書いた字だから汚くて読めなかったらごめんな」
「私も協力したんだ。きっと空に住む君の仲間たちの助けになる」
「ありがとう。地上の知恵、ありがたく頂戴させてもらう」
メリルはそういうと俺とレオナルドさんの頬に口づけをしてきた。
オズから嫉妬の眼差しを向けられている気がするが今だけは見逃してくれ。
「クラリス、私を拾ってくれたことを感謝する。其方に出会えなければ私は凍え死んでいたことだろう」
「感謝されるほどのことじゃないわよ。誰かを助けるのは当たりま……」
オズが言い切る前にメリルはオズの頬にも口づけをした。
「まあ、それほどでも……あるけど」
オズもまんざらでもないらしい。
「アリス、大きく育つんだぞ。次に会ったときには私の名前も呼んでくれるぐらいにな」
「うー?」
そっと頭を撫でるメリルをアリスは不思議そうに見つめる。
まだ赤ちゃんである彼女には別れが理解できないようだ。
「クロ、今度は全力で競争をしようぞ」
「ガウッ!」
メリルに語り掛けられたクロは屋根の上から吠えて返事をした。
クロが何を言っているのかはわからないがドラゴン同士で通じるものがあるのだろう。
ひとしきり挨拶をして回ったメリルは最後にミラの方へ歩み寄った。
「ミラ、其方には何から何までずっと助けられっぱなしだったな。感謝してもしきれないぐらいだ」
メリルと一緒にいた時間が一番長かったのは紛れもなくミラだ。
ミラを通じてメリルは地上のことを学習したと言っても過言ではないし、暴走したときもミラがいなければ止めることはできなかっただろう。
「また、会えるんだよね?」
「約束しよう。地上に其方に会いに来る」
「約束だよ……友達同士の約束だから!」
「ああ、『友達同士』の約束だ」
そういうとメリルは静かに目を閉じ、ミラの頬に静かに口づけをした。
それは他の誰に行ったものよりも丁寧で、感謝の意が込められた儀礼だった。
「では今度こそ。今まで世話になった!このお礼はいつか、また会ったときにさせてもらう!」
俺たちに最後のお礼を告げ、メリルは大きく翼を広げた。
「また会おう!さらばだ!」
地面から足を離し、メリルは空高く飛び立っていった。
彼女はどこまでもどこまでも高く飛んでいく。
きっと雲の上まで飛んでいくのだろう。
「じゃあなー!」
「元気でねー!」
「また会いに来てねー!」
俺たちは空へと帰っていくメリルにお別れの言葉を送った。
これは永遠の別れではない、時が来ればまた会える。
俺はそう確信していた。
ドラゴンの獣人と一緒に過ごした約九十日間、彼女は地上で暮らす中で大きく変わって行ったが、それと同時に俺たちもまた彼女の影響を受けていろいろと変わった。
この体験は俺たちの中で強く生き続けることだろう。
ありがとう、メリル。




