誇りと誇りの激突
レオネルの攻勢は続く。
絶対王者に対する多数の声援が浴びせられ、状況は完全にアウェーだ。
「おい、こっから巻き返せるのか!?」
「いくら腕っぷしが強いとはいえ、あの状態から逆転は……」
「うるせえ、黙ってメリルを信じろ」
不安視するアルたちを一括して俺は戦況を見守る。
大丈夫だ、メリルならきっと……
形勢は少しずつ傾こうとしていた。
メリルの腕がレオネルの腕を浮かし始めたのだ。
メリルは自分の手首の甲をレオネルの腕に重ねると勢いよく摩擦させた。
堅牢で、それでいて鋭利で逆立ったドラゴンの鱗が容赦なくレオネルの皮膚を切り裂く。
突然の奇襲にレオネルはたまらずマウントを解除してメリルから距離を置いた。
その右腕はズタズタに裂かれて血がボタボタと垂れ落ちている。
「ハァ……ハァ……」
マウント攻撃に体力を削られたメリルは片膝をつき、呼吸を荒げながら態勢を立て直す。
「ウオオオオオ!?」
腕を切り裂かれたレオネルは右腕を抑えて悶絶する。
まさか腕に天然の刃が仕込まれているとは思わなかったのだろうか。
「こちらからもお返しをしてやらねばな!」
態勢を立て直したメリルは翼を広げると一瞬でレオネルの背後を取り、死角から強烈な蹴りを見舞った。
蹴りはまんまとレオネルの首に直撃し、レオネルはクレーターと化したリングにうつ伏せに叩きつけられる。
メリルはレオネルの鬣に腕を突っ込み、その奥の首を掴むと一瞬でリングから離脱して上空へと舞い上がった。
レオネルはあの体格だから体重も相当あるはずだ。
まだあれを抱えて飛べるだけの力を残していたのか。
「ウオオオオオオオオ!!」
メリルはレオネルを抱えて空中で一回転するとそのまま地面にレオネルを叩きつけ、引きずり回すように円を描いて低空を飛行する。
遠心力に振り回されてレオネルはまともに抵抗できず、さらに肉体とリングの接地面から激しく砂煙が巻き上がる。
意趣返しを果たそうと言わんばかりにレオネルをリングに引きずり回したメリルはレオネルを抱えたまま再び高度を上げていく。
まさかここまできて体格差をものともしないパワーを発揮できるとは。
そして彼女がここから何をしようとしているのか大方の見当がついた。
「ヤアアアアアアアッ!!」
空中で一回転して勢いをつけるとメリルは渾身の力でレオネルを地上へと投げ落とした。
レオネルの身体はまっすぐに伸びたまま無抵抗に落下していき、着地の衝撃でリングを砕いてさらに反動で跳ねる。
「う……うぉぉ……」
レオネルはうめき声を上げながら膝をつき、砂埃を払いながらゆっくりと起き上がって土混じりの唾を吐き捨てた。
なぜだ、なぜあそこまでされてまだ起き上がるだけの力が残っている。
「流石は世界一の体力馬鹿だな」
アレンがボロボロになりながらレオネルの姿を見てあきれ返るようにため息をついた。
流石レオネルを逮捕しただけのことはある、それだけ奴の体力の底知れなさを理解しているのだろう。
俺も試合を通してみている中であの二人の性質の違いに気が付いた。
メリルは戦いを続けながら体力を取り戻せる回復型だ。
レオネルのマウントを解いた直後には疲弊して息を切らしていたが今はすっかり呼吸が元通りになっている。
それに対してレオネルは元来持つ底抜けのスタミナでいつまでも耐え続ける耐久型だ。
戦いが長引けばそれだけ体力差が開いてメリルが有利になっていくが短期決戦に持ち込めばレオネルが勝つだろう。
互いにそれに気づいているだろうか。
「素晴らしい!其方こそ私の求めた好敵手だったのかもしれん!」
「ドラゴンから認められるとは光栄だなァ!」
メリルからの賛辞の言葉を受けてレオネルは意外にも謙遜混じりの返答をしてみせた。
そして両腕を構え、じっとメリルが近づくのを待ちはじめた。
「何のつもりだ」
あまりにも見え透いた待ちに思わずメリルはレオネルに突っ込みを入れた。
「そろそろ技の見せ合いもいいだろう、ここらで『力比べ』と洒落こもうと思ってな」
「……ふっ、いいだろう」
レオネルの挑発に応じ、メリルはレオネルに接近して腕を組み合わせ、指を絡ませ合う。
力比べは基本的には体格の大きい方が有利になる。
単純な力では互角なはずだが体格差ではレオネルに大きく分がある。
それでも挑戦を受ける辺り、あの二人は本質的に似通ったところがあるのかもしれないな。
「貴様、名は何という」
「メリルだ。好きなように呼んでもらってかまわん」
腕を組みあい、力比べの直前に二人はやり取りを交わす。
戦いの中であの二人の間には友情のようなものすら芽生えているようだ。
「行くぞメリル!」
「来いレオネル!」
「「うおおおおおおおおお!!」」
両者は啖呵を切り、どっしりと腰を落として力押しをし始めた。
絶対王者であるレオネルとそれ土を付けんばかりに迫るかつてない挑戦者メリルとの真正面からの激突に観客は大いに盛り上がる。
体重を乗せて上を取ろうとするレオネルに対してメリルは微動だにせずそれを押し返す。
目を見開き、鋭い牙を剥き出しにしたその表情からは鬼気迫る力強さを感じる。
レオネルも牙を剥き出しにし、対抗意識を燃やしていた。
レオネルの握力と爪がメリルの腕を覆う鱗を貫き、その奥の皮膚を抉る。
対してメリルも爪をレオネルの腕に食い込ませて容赦なく肉を裂く。
しかし身体が傷つこうとも両者は一歩も引かず押し合い続けている。
拮抗した戦いの最中、多くの声援がレオネルに寄せられる。
そんな中、少しずつではあるがメリルを応援する声も聞こえ始めていた。
「負けるなレオネル!」
「行けー!」
「いいぞメリル!」
「頑張れー!」
声援を受け、互いに全力を振り絞るように力比べを続ける。
メリルには戦いに生きるドラゴンの獣人としての誇りが、レオネルには地上最強の格闘家としての誇りがあるのだろう。
それはもはや力と力だけでなく、意地と意地のぶつかり合いにもなっていた。
「……ッ!?」
長時間にわたる消耗戦の中でメリルは徐々に押し込まれ、膝が折られかけていた。
いくら回復力に長けるとはいえ、回復する隙を与えられないとなるとレオネルに軍配が上がるか。
「負けるなメリルー!」
アルは思い切りメリルに対して声援を送った。
それに耳を傾けてそれに応えようとしたのだろう、メリルは折られかけた膝を再び立ち上がらせようとしていた。
「ヤアアアアアアアッ!!」
態勢を立て直したメリルは絞り出すような叫び声と共に大きく翼を広げ、荒ぶる尻尾をリングに叩きつけるとレオネルを組みあった腕から持ち上げて後方へと投げ飛ばしてみせた。
互いの執念がぶつかり合った力比べ、結局勝敗は決することはなかった。
だがまだ戦いは続く。
どちらが勝つかわからないこの戦い、一瞬たりとも目が離せない。




