天のドラゴン、地のライオン
「結局、見に来てしまった……」
午前九時五十分、俺は仕事中であるにも関わらず闘技場へと足を運んでしまった。
やはりメリルとレオネルの一戦が気になって仕方がない。
「やっぱりお前も見に来たか」
後ろからアレンに肩を叩かれた。
隣にはアルも一緒にいる。
「身内がリングに上がるってなるとどうにも気になってよ」
「わかるぞ。それに相手はあのレオネルなんだろ?」
「おう、昨日わざわざ牢獄まで会いに行って試合取り付けたんだ」
俺たち三人は顔を見合わせて無言で頷き合った。
その意思は一つ『試合を観戦する』ことだ。
警備という大義名分があれば入場自体は難なくできるはずだ。
実際に内部を巡回していればいざという時の言い訳も利く。
よし、これでいこう。
こうして俺たちは闘技場の観客席へとまんまと入ることができた。
やはりレオネルが試合をするというだけで固定のファンが集まってくる。
一方でメリルは実力こそ折り紙付きだが格闘家としての顔はなくまったくの無名、ファンなどいるはずがない。
いるとしたら俺たちぐらいだろう。
「おい、もう十時だぞ」
「始まるな」
いよいよ対戦の時刻だ。
入場口から現れた挑戦者=メリルは黙したまままっすぐリングへと歩みを進める。
「おおっ!?」
羽織っていた上着を脱ぎ棄てたメリルの姿を見て観客たちはどよめき始めた。
ギルドの人たちはドラゴンの獣人を見たことがない、初めて見るその存在に驚いているのだろう。
俺はまずメリルの装いを見た。
軽装の鎧姿、初めて出会ったときの姿だ。
動きやすさを重視した結果、これを選んだのだろう。
メリルは観客に対して何もアピールなどはしない。
後から入場してくるレオネルだけをまっすぐに見据えている。
「ガオオオオオオオン!!」
メリルがリングに上がったのを確認したレオネルが呼応するように咆哮を轟かせた。
ドラゴンの獣人との戦いに期待を躍らせているからか、それは闘技場全体の空気を震わせるほどに力強い。
咆哮を轟かせたレオネルはリング上に飛び移るように現れた。
顔を上げ、メリルとじっと睨みあう。
「いい咆哮だ、私もこれに応えなければな」
そういうとメリルは大きく息を吸い込んだ。
空気を溜めこんだ彼女の胸が一回りほど大きく膨れ上がる、なんて肺活量だ。
「ギュオオオオオオオオオオオオオ!!」
空気を溜めこんだメリルはそれを大きく吸い込んで吠えた。
彼女が吠えるのを耳にするのは初めてだ。
その音圧は向かいにいるレオネルの鬣を大きく後方へと靡かせた。
レオネルが『地に轟く咆哮』ならば、メリルは『空を切り裂く咆哮』というのがふさわしい。
それに対してレオネルは表情を崩すことはない。
「やはりただの女ではないな」
「当然だ、私は其方に挑戦するような物好きだぞ」
簡素なやり取りを交わし、両者は睨みあう。
「制限時間無制限、決着条件はどちらかの対戦継続不能、降参の表明、もしくは場外落ちのいずれかとする!」
審判が対戦ルールを読み上げた。
そういえばこのルールって誰が考えてるんだろうな。
「いざ、尋常に……はじめ!」
「ッ!?」
審判が試合開始のコールをすると同時にレオネルの身体が大きく後退した。
先に仕掛けたのはメリルだ。
「タアアアアッ!!」
メリルは開幕から怒涛のラッシュを仕掛けていた。
両手足での強烈な打撃、翼による風圧での目つぶし、尻尾での殴打、まさに全身を余すことなく武器にして絶え間ない攻撃が嵐のようにレオネルに叩きこまれていく。
かつてない力量の攻撃を前にしてもレオネルはそれをすべて受け止めているスタンスを崩さなかった。
徐々に押し込まれ、リングの端が近づいてくる。
地に埋め込むように足を踏み抜き、踏ん張りで衝撃を軽減して辛うじて場外落ちを免れた。
「いきなり派手にかましてくれるじゃねえか」
「まだ準備運動だ」
攻撃を受けながら不敵に笑うレオネルに対してメリルは挑発するように言いのけてみせた。
ひとしきり攻撃を浴びせ、その場を素早く離脱するように翼を羽ばたかせて中央まで下がるとレオネルが本気を出すのを待つように静止した。
「俺もようやく準備運動が終わったところだ。そろそろ俺も楽しませてもらうぞッ!!」
そういうとレオネルは四肢に取り付けられていた金属の枷を力ずくで引きちぎり、それを場外へと投げ捨てた。
まさかあれって牢獄で付けられてる奴じゃないよな。
まるで拘束具の役割を果たせてねえじゃねえか。
パフォーマンス用の道具であることを祈るばかりだ。
「ガオオオオオオオン!!」
拘束具を取り外し、本気モードとなったレオネルは覚醒の雄叫びを上げた。
早くも本気を出したレオネルに対して会場は大きく沸きあがる。
「行くぞッ!」
レオネルは足を力強く踏み込み、驚異的な跳躍力で飛び上がるとメリルに向かって飛び蹴りを繰り出した。
メリルは軽やかな身のこなしで身を翻し、大ぶりな一撃を難なく回避してみせる
大技を外したレオネルの足が勢い余ってリングを抉って大穴を作り出し、飛び散った土塊が雨のように観客席へと降り注ぐ。
「ハアアアアア!!」
攻撃の隙を見逃さず、メリルは巻き上がった砂塵の中へと突っ込んでいった。
俺たちには中の様子は見えないが彼女にはレオネルの姿が見えているのだろう。
砂塵の中から鉄を殴っているような打撃音が響き渡ってくる。
「なっ……!?」
「流石俺に挑戦してくるだけのことはあるな。そろそろ俺の攻撃も受けてみるか?」
嘘だろ……
砂塵が晴れて数秒後、中から現れたのはメリルの蹴りを腹で受け止め、逆にその足を掴んで反撃の態勢に入ろうとするレオネルの姿だった。
これまでの相手とは次元が違うあまりのタフさにメリルも動揺を隠せないようだ。
「ウオオオオオオ!!」
レオネルは掴んだ足を振り回し、メリルを宙へと浮かせると彼女の身体を勢いよくリングへと叩きつけた。
受け身を取れないメリルの身体は無抵抗に打ちつけられ、抉られたリングの穴をさらに深める。
「フハハハハハハ!!」
地上に叩きつけられてあおむけになったメリルに対し、レオネルはマウントを取るとその腕でメリルの顔を鷲掴みにした。
そのまま手に力を込めて顔を締め上げ、呼吸を妨害しながら地面にねじ込んでダメージを蓄積させる。
犯罪者としての一面を彷彿とさせるラフファイトぶりだ。
「ぐっ……!ヌウウウウウウウ!」
メリルも振りほどこうと抵抗するがレオネルの巨大な腕は彼女の力でも簡単には外れない。
マウントを取られて足と尻尾での抵抗は絶望的、あおむけになっているせいで翼でも攻撃できず、呼吸を封じられているからブレスで弾き飛ばすこともできない。
レオネルは計算しつくしてこの状況を狙ったのだろうか。
だとすれば恐ろしい展開作りの上手さだ。
両者の力はほぼ同等、体格差で圧倒的に分があるレオネルがマウントを取っているこの状況。
ここからメリルは切り返せるのか……?




