地上の土産に
春が来るまであと二週間ほどに迫った。
俺は地上の人類の知恵をメリルに伝えてもらうために仕事帰りに図書館へと通い詰めていた。
たまに帰りが遅くなりすぎてオズやミラに怒られたりもするがメリルのためだと説明すれば納得はしてくれる。
そんなある日のこと、我が家に一通の広告が入り込んできた。
「地下闘技場、本日より運営開始!?」
まさかまさかの早さで地下闘技場が完成したようだ。
しかも今日から運営が始まると書いてある。
元々あったものの改修をしていたわけだから一から作るより早いのは分かるが、それにしてもすごい再建速度だ。
建築様式は前時代的だが竣工までの早さは俺の元いた世界を遥かに超えている。
しかも今日から始まるってことはすでに選手たちも揃ってるってことだよな。
建設を進める裏で集めていたんだろうか。
俺はメリルを誘って観戦しに行くことにした。
格闘技観戦、小さい頃は一度は行ってみたいと思ってたんだよな。
「おお!ぜひ行こうではないか!」
メリルもかなりの乗り気だ。
「格闘技?ちょっと気になるかも」
オズも興味を示している。
ミラは……こういうの好きじゃなさそうだし別にいいか。
念のために声はかけておくか。
「うーん……メリルが行くなら一緒に行くよ」
ミラは乗り気ではなさそうだったが同行はするようだ。
意外だったな。
興行初日、闘技場は早速大勢の見物客でにぎわっていた。
「早速にぎわってるな」
「始まったばかりなのにすごいわねぇ」
闘技場の壁にはいくつもの張り紙が施されている。
そこには今日のイベント内容が記されていた。
「ふーん……今日のイベント内容は……」
ワクワクしながら中身を呼んでいた俺は途中から言葉を失った。
そこには、かつてこの街に破壊をもたらした人物の名が記されていたのだ。
「絶対王者……レオネル・キングハート!?」
レオネル・キングハート。
かつて破壊の限りを尽くし、アレンによって二度にわたって投獄された一級の犯罪者だ。
凶行に走る前は最強の格闘家だったとは聞いていたがまさかこのイベントのために仮釈放したのか?
楽しみだった格闘技観戦は始まる前から一気に不安に染められた。
「貴方もレオネル様の復帰試合を見に来たんですか?」
顔も見知らぬ中年ぐらいのオッサンが俺に話しかけてきた。
「ん、まあそんな感じかな」
「やっぱりそうでしたか!」
コイツ、まさかレオネルのファンか?
「レオネルってそんなにすごい格闘家だったのか?」
「レオネル『様』です!それはもうすごかったですよ。連戦連勝の負け知らず、対戦相手の技をすべて受けてから逆転勝利するその姿はもうかっこいいのなんのって!」
典型的なプロレスラースタイルだな。
アレンに殴られてもびくともしなかったあのタフさはファイトスタイル由来のものだったのか。
「もうまもなく試合が始まりまーす!入場ご希望の方はこちらにお願いしまーす!」
外回りにきた受付担当が誘導を始めた。
こうなると逆に挑戦者がレオネル相手にどこまで戦えるのかが気になってきたな。
俺たちは入場料を払って中に入り、観客席を四つ確保して腰を下ろした。
まだ選手は入場していないが多くの観客が勝敗予想などでざわついている。
闘技場のリングにはすでに挑戦者と思わしき屈強な男が入場し、ウォーミングアップをしていた。
動きを見るに技のキレは十分だ。
レオネル相手にどこまでやれるのだろう。
「ガオオオォォォォォン!!」
そんな観衆のざわめきをかき消すように一つの咆哮が闘技場に轟いた。
この咆哮はライオンの獣人のものだ。
ライオンの獣人ということは……
「「「うおおおおおおおお!!」」」
レオネルだ、レオネルが入場してきた。
両手足にはめちゃくちゃ重そうな金属の枷がはめられている。
かつてのあまりの強さゆえにハンデを設けられたのか、あるいは本気を出すまでもないという意思の表明なのかはわからない。
レオネルの登場と共に観衆は歓喜の声を上げた。
きっとかつてのファンたちだろう。
以前からこんなに根強い人気があったのか。
ファンに存在感をアピールするようにレオネルは両手を大きく振り上げた。
観衆のボルテージが一気に上がっていく。
レオネルがリングに上がり、挑戦者をギロリと睨みつけた。
遠目からでもすさまじい威圧感だ。
一般人ならこれだけで逃げ出してしまうに違いない。
「制限時間無制限、勝敗はどちらかが対戦継続不可能になるか場外に出されるか、あるいは降参の意思を示すかで決定する」
審判が両手に小旗を持ち、ルールを読み上げた。
制限時間と反則が特に設けられていない以外はほとんど現代の格闘技と変わらないな。
「いざ尋常に……はじめ!」
審判がコールと共に場外に設置された大銅鑼を叩き鳴らした。
挑戦者がファイティングポーズを取ったのに対してレオネルが大きく胸を張りだしてかかってこいと言わんばかりに挑発する。
挑戦者のハイキックがレオネルの胸に吸い込まれるように命中し、鞭を打ち付けたかのようなすさまじい音が響いた。
そこからさらに打撃の嵐が叩きこまれるがレオネルはそれをすべて受け止め、避ける素振りを見せない。
流石はアレンの力にも耐えられるタフネスだ、あれぐらいならものともしない。
「なんだあれは、さっきから一方的にやられっぱなしではないか」
レオネルのファイトスタイルを知らないメリルが野次を飛ばした。
「お嬢ちゃんわかってないな。レオネル様の戦いはここからが本番なんだよ」
メリルの野次を耳にした前の席の観客が解説してくれた。
さては復帰戦を見に来た熱狂的なファンだな。
確かに聞いた通りならそろそろ反撃を始める頃か。
絶え間ない攻撃を受け続けていたレオネルは片膝をついた。
一方的に押される展開に観客は息を飲む。
「エイヤアアアアア!!」
挑戦者の踵落としがあわやレオネルの脳天を直撃しようかとしたその時だった。
「ッ!?」
レオネルは目を大きく見開き、振り下ろされようとしていた右足を左手で受け止めた。
挑戦者はその腕を振りほどこうとするがレオネルの腕は微動だにしない。
「フンッ!」
足を掴んでいたレオネルは左手一本で挑戦者を力任せに振り回し、勢いよくリング上に叩きつけた。
そしてリングについていた片膝を上げ、力を込めるように踏み込む。
「ガオオオオオォォォン!!」
ため込んでいた力を解放するかのようにレオネルは覚醒の咆哮を上げた。
それと同時に彼のファンから待っていたと言わんばかりに大きな歓声が上がる。
レオネルは構えすら取らずにゆっくりと挑戦者へと迫った。
挑戦者が右腕で殴ればレオネルは左腕で殴り返し、左足で蹴りを繰り出せば右足で蹴り返す。
ただの筋肉バカだと思ってたが格闘家としてはこの上なく技巧派だったんだな。
「いいぞ!そこだ!」
「行け!叩き潰せ!」
メリルとオズはすっかり試合にのめりこんでレオネルを応援している。
ミラもアリスを抱きながら試合の展開を黙って見守っている。
試合の流れを見ていて気が付いたんだがレオネルは必ず攻撃を受けてから攻撃し返している。
どんな攻撃も必ず耐えきって最後には反撃で逆転する。
カタルシス溢れるそのファイトスタイルが多くの人々を惹きつけるわけだ。
「そろそろ終わりにしてやる!」
レオネルが右腕を掲げてフィニッシュを宣告するとカウンターで挑戦者の右腕を捕らえた。
そのまま骨を砕かんばかりのすさまじい握力に挑戦者は苦悶の表情を浮かべ、ついに片膝をついて無防備な体制を晒す。
その隙を見逃さず、レオネルは右足を後ろへ踏み込んで右腕を構えた。
次の瞬間、振りかぶったレオネルの剛腕が挑戦者の首元を打ち抜き、豪快な破裂音を立てながら挑戦者を空中へと舞い上げた。
そのまま挑戦者は一撃で場外へと叩き落とされ、勝敗は決した。
勝負を決めたその技の名は……
「ウェスタンラリアット……」
プロレスの技だ。
この世界にプロレスの概念はないが、レオネルは見事に自分の技として物にしている。
「「「レーオネル!レーオネル!」」」
決着がつき、観客たちがレオネルを称える大歓声を送った。
対するレオネルも勝利の雄叫びを返してファンサービスをしてみせる。
見事な戦いぶりだった。
絶対的な強者でありながら一方的な展開にはせず対戦相手にも見せ場を作る、レオネルの格闘家としての美学を見た。
「うむ。素晴らしい戦いぶりであった」
メリルは試合を見て興奮冷めやらぬ様子で感想を述べてきた。
観戦を楽しんでくれたようで何よりだ。
「魔法を使わない戦いっていうのもなかなか面白いじゃない。また見に来ようかな」
オズもツボにはまるものがあったらしい。
たぶん、これから暇ができたら一人で行くんだろうな。
こうして、ギルドに新たな娯楽が生まれた。
凶悪犯罪者であるレオネルもリングに上がれば最高の格闘家としての姿を見せてくれる。
これからもスターとして大いに活躍していくのだろう。
その日、一人の犯罪者がギルドの大スターへと転生を果たした。




