戦う理由
あれからまた少しの時間が経った。
あと三週間ほどすれば冬が終わる。
春が来ればミラは新たに中等部へと進学するし、メリルは空へと帰っていく。
メリルは春が来るまでに残された時間を地上での思い出作りに費やすことにしたらしい。
今日もミラを叩き起こして早くからどこかへと出かけていった。
「しっかしすげえ話だよなぁ。あのドラゴンの獣人の子、めちゃくちゃ暴れたかと思えば何事もなかったようにあの騎士と交流しだすんだからなぁ」
「あの子、自分の理想と獣人としての本能が一致してないからな」
仕事の合間、俺はアレンの巡回ルートに合流して歩きながら談話を交わしていた。
クロを飛ばせば俺の仕事は一瞬で終わってしまうので余った時間でこういうこともできる。
メリルは自分の中で思い描いている理想と本能が正反対だ。
彼女は地上の人たちと普通に交流し、平和に共存することを望んでいるのだがドラゴンの獣人の本能は戦いを求め、時には彼女を衝動的に突き動かすことすらある。
かつてのエリックさんとの死闘で一時的に本能が満たされたのか今は本能的な素振りは鳴りを潜めている。
「おっ、なんだありゃ」
俺の目に物珍しいものが映りこんできた。
なにやら資材を運び込んでいる屈強な男たちの集団だ。
「タカノ知らねえのか?マスターが新しくオーナーになって地下闘技場を再興するんだってよ」
マジか!?
まさか俺の懇願が実現するなんて想像もしていなかった。
「そうなのか」
俺は内心嬉しかった。
これでドラゴンの獣人たちが地上に来た時に稼ぎの手段を紹介することができる。
「これでこのギルドにも観光名所ができるってもんだよな」
「あー、今まで交易地点はあっても観光名所ってなかったもんな」
そう考えるとこのギルドの収入源としてとても有力になるのではないだろうか。
マスターもこれを見越して今回の判断に踏み切ったのかもしれない。
「せっかくだしちょっと覗いて行かないか?」
「いいな、行くか」
こうして俺たちは再建中の地下闘技場を覗くことにした。
「なあ、あれってこの前の騎士じゃないか?」
「ん……?マジじゃん」
信じがたい話なんだが闘技場の工事をしている人物の中にエリックさんの姿があった。
鎧姿以外を見るのは初めてだ。
それにしてもいったいどういう風の吹き回しだ?
「エリックさん、お久しぶりです」
「タカノか。こんなところで出会うとはな」
今まさに俺も同じことを考えていたところだ。
「こんなところで何をしてるんですか?」
「地下闘技場を再建すると耳にしたのでな。自分が壊したものならせめてその修復に携わるべきだと思ったまでだ」
やっぱり呪いに侵されていなければ義理堅い騎士なんだな。
ちょっと寡黙なところはあるけど、性根はいい人であることに間違いはない。
「王国には戻らなくてもいいんですか?」
「もうしばらくはここに滞在するつもりだ。王にもそう通達してある」
よく見直してみるとエリックさんは百キロはあろうかという石材を肩に担いで軽々と持ち運んでいた。
やはり加護がなくても身体能力は超人じみている。
「俺はここの手伝いに戻る。達者でな」
「ええ、頑張ってくださいね」
周囲の男たちの倍ぐらいの早さで運搬作業を手伝うエリックさんの様子を見た俺はあの人になら任せられることを確信した。
闘技場、メリルが帰る前に再建されるといいな。
「なんと!あの闘技場が再建されるのか!」
「ああ、もしかすると近いうちにあそこでまた戦えるようになるかもしれないぞ」
「そうか。地上を離れるのがますます惜しくなるな」
その日の晩、闘技場の再建のことを話すとメリルは歓喜していた。
あの闘技場が闇取引の巣窟だった頃、ただ純粋に戦いを楽しんでいたのが他の誰でもない彼女だ。
彼女はドラゴンの獣人の中では穏健派であるとはいえ、抑制している本能を発散させる場も必要だろう。
「完成したら一番に招待したいぐらいなんだけどな。空まで報せに行くことができないのが残念だ」
「案ずるな。その時は本能のままに地上に赴くだろうから」
そういえばドラゴンの獣人は本能的に戦いを察知できるんだったな。
もしかすれば本当に闘技場の匂いを嗅ぎつけてくるかもしれない。
「なあメリル、一つだけ聞いてもいいか?」
「なんだ」
「どうしてドラゴンの獣人は戦いを求めるんだ?」
俺は初めて知った時からずっと疑問に感じていた。
なぜドラゴンの獣人たちは日夜戦いに明け暮れているのだろう。
「まず我が故郷のことから話をしなければならないな」
「故郷?」
「そう、私は空の上にある小さな島で生まれた。そこは我らドレイク族が暮らす荒れた土地でな。我らドレイク族以外の動物は何も棲めないぐらいだ」
めちゃくちゃ荒れてるじゃねえか。
むしろどうしてそこに住み続けているのか気になって仕方がない。
「そういえば今まで話していなかったが空の上に住むドラゴンの獣人にも種族があってな。我らドレイク族の外にワイバーン族というのが存在する」
ワイバーンというと毎年夏の終わりごろに大量発生するアレか。
アイツの獣人も存在するのか。
「我らは豊富な資源を持つ島に住むワイバーン族から略奪するために日々戦いを仕掛けていた。それは恐らく今も続いている」
資源がないから他所から奪うしかない、まさに『生きるために戦っている』状態だな。
「同じ島に住むことはできないのか?」
「できぬ。我が故郷はドレイク族の無計画な消費によって資源を失った。ワイバーン族もそれを知っているが故に共に生きることを拒んでいる」
ドレイク族、すさまじい蛮族だな。
同族のメリルが穏健派に生まれてきたことが奇跡にすら思える。
「メリルが地上に降りてきたのって……」
「ドレイク族の安住の地を求めてな。そうすればワイバーン族と戦う必要もなくなるだろう」
メリルが地上にやってきた目的は想像以上に重かった。
戦わなくても生きていけるようにする、そのために新しい住処を見つける。
彼女一人に対して要求されるものがあまりにも大きすぎる。
「叶うといいな。その理想」
「ああ、それこそが私の悲願だ」
でも仮に地上に新しい住処を発見できたとしても資源を無計画に消費すれば空の上と同じことになりかねない。
そのために俺たちにもできることがあるはずだ。
この大志、なんとしても叶えてやりたい。
空の上に住むドレイク族のためにも。




