人間らしい感情
今回はタカノ視点の話です。
「で、今日はミラと一緒にエリックさんに会いに行って来たと」
「その通りだ」
その晩、俺は暖炉の前でメリルから相談を受けて話を聞いていた。
休日なのにミラたちの姿を見ないと思っていたらまさか俺が知らない間にエリックさんに会いに行っていたとはなぁ。
「あのエリックとかいう男、なんだか妙に気にくわなくてな」
「と言うと?」
初対面の時から思っていたんだがエリックさんはどうもドラゴンを敵対視している印象がある。
獣人であるメリルのことも例外ではないようだ。
「あの男、私に対してすさまじい殺意を抱いていた。それこそ、いつ私に斬りかかってきてもおかしくはないぐらいにな」
案の定だった。
ジークフリート家の騎士はドラゴンであれば獣人であろうと例外なく殺意を抱いているようだ。
逆に何も起こらずに済んだのが奇跡的だと考えた方がいいだろう。
「それにな。あの男、ミラからの眼差しを独り占めにしていたのだ……!」
……はい?
「私にはわからんのだ。あの男はミラとは初対面だろう。なのになぜあんなにも注目を集めるのだ」
あー、怒るところそこなんだ……
殺意を向けられたことに関しては特に気にしてないのか。
「王国の騎士とかいうものはそんなにすごいのか……私は地上にただ一人のドラゴンの獣人だぞ……」
メリルは暖炉の火を眺めながらぶつぶつとぼやいている。
なんだかよくわからない張り合い方をしてるな。
なんていうかその……ミラを取られたと思ってる?
「それで、メリルはミラとエリックさんが仲良くしてるのを見ててどう感じたんだ?」
「よくわからん。悔しいとか、憎いとか、それだけじゃないいろいろと複雑な感じだ」
なるほどな。
わかったぞ。
「メリル、今まで何かに嫉妬したことってあるか?」
「嫉妬ってなんだ」
まさか今まで何にも嫉妬したことがないのか。
ある意味羨ましいな。
「嫉妬って人間の感情の中でもかなり複雑なものだから、どんなものかって聞かれたら説明できねえなぁ」
人間の感情は言葉では説明できないことが多いが、嫉妬の感情は特に説明が難しい。
俺みたいな学のない輩にはまず無理だ。
「どうすればこの感情を無くすことができるんだ?」
「さあな、俺にはわからん」
「タカノだったら嫉妬したときにどうやってその感情を無くしているんだ?」
俺の場合か。
何かに嫉妬したときは……
「仕方がないって割り切ってるな。あとは誰かに話を聞いてもらったり、酒飲んで忘れたりだな」
「よし、酒を飲ませてくれ」
しまった。
確かメリルは酒を飲むと発情するんだった。
しかも本人はそのことを覚えてないんだから質が悪い。
でもメリルがこのままもやもやした感情を持ちっぱなしになるっていうのもいたたまれないな。
メリルが泥酔しない程度の度数の酒ってあったかな。
……そうだ!
「何をしているのだ?」
「熱燗っていうのを作ってるんだ」
鍋の中で沸騰した湯の中に入れられた果実酒の酒瓶を眺めながらメリルが尋ねてきた。
俺も思い付きでやったから今になって気づいたけど自分で熱燗作るのって初めてだな。
ぶっちゃけどれぐらい温めればいいのかわからん。
「熱燗とはどういうものだ」
「お湯で温めた酒のことを熱燗って言うんだ。この前のよりかなり弱い酒にしておいたから多分メリルでも飲めると思うぞ」
「そうか、それは楽しみだな」
正直かなり(俺の身が)危ない賭けだが嫉妬心が薄れるなら試してみる価値はあるだろう。
今のうちにやっちまった時のケアプランを考えておこう。
「よし、もういいかな」
俺は湯の中に漬けられた酒瓶を取り出して栓を抜き、グラスへと注いだ。
雑に頃合いを見計らって取り出したが酒は沸騰せずに湯気が立っている。
湯気に乗って果実の香りがグラスからいっぱいに広がってきた。
「よい香りがするな」
「俺の故郷じゃ香りを楽しむためにわざわざ熱燗にする人もいるぐらいだからな」
そういえば夏でもわざわざ熱燗にして酒を飲む奴が知り合いにいたっけなぁ。
アイツ今何してるんだろう。
「なんかいい匂いがするわね。もしかしてお酒開けた?」
熱燗の香りにつられたのかオズもやってきた。
たったこれだけで嗅ぎつけてくるなんてすげえな。
今は控えているとはいえ流石は酒好きだ。
「ちょうど熱燗作ってたんだ。一緒に飲むか?」
「気が利くじゃない。じゃあお言葉に甘えて一杯ちょうだい」
その前に一つだけ確認しておきたいことがある。
「アリスの方は大丈夫か?」
「大丈夫、ついさっき寝かせたところだから」
よし、それなら大丈夫だろう。
「で、メリルはそのエリックっていう奴が気にくわないわけ?」
晩酌をしながら話を聞いていたオズはざっくりと切り込んできた。
豪快にグラスを煽るオズとは対照的にメリルはゆっくりと酒を進めている。
酒への弱さをある程度は自覚しているのだろうか。
「その通りだ。クラリスは何かに嫉妬したことはあるか?」
「あるわよ。コイツがアタシとミラ以外の女の子と仲良くしてる時とかね」
酒が回ったのか、あるいは熱燗が美味くて気が乗ったのかオズはぶっちゃけた話をし始めた。
彼女が嫉妬する姿をこの頃よく見かける。
俺は基本的に浮気をするつもりなんてさらさらないからそれは専らメリルが絡むイベントが発生したときなんだけれども。
「もしそういう時、クラリスだったらどうやって嫉妬を忘れるのだ?」
「アタシは魔法を使って発散させてるわね。土から人形を錬成してそれをぶっ壊すの、気分いいわよ」
そんなことしてストレス発散してたのか。
たまに土の色変わってると思っていたがあれはお前の仕業か。
「今の話を聞いて逆になんか安心したわ。メリルもそういうこと考えるんだなーって」
「私のことを何だと思っていたんだ」
「うーん……生真面目だけど変なところで融通の利かない困ったちゃん?」
よく言うわ。
「昔のお前は『ワガママな困ったちゃん』だったけどな」
「ちょっ、そういうこと言わないでよね!」
「せっかくだし、俺とオズと出会った頃の話でもしてやろうか」
「二人の馴れ初めの話か、聞かせてもらおう」
オズをいじるのに出会った頃の話をするのはもはや鉄板だ。
昔と今で見た目以外はほぼ別人レベルに変わったからこの話をするとほぼ確実に驚かれる。
後で俺もなにかしら仕返しされるのは承知の上だ、酒の勢いに任せて語ってしまおう。
「そうだなぁ。あれは今から三年ぐらい前の話だったか……」




