竜と騎士の邂逅
今回は三人称視点の話です。
とある冬の朝、日が昇る前のこと。
メリルは何かに導かれるようにギルドにある塔の頂上を目指して飛行していた。
冬の早朝はとても寒く、ドラゴンの獣人であるメリルの身体を突き刺すように体温を奪っていく。
それでも彼女は塔を目指して飛び続ける。
メリルはギルドにある塔は一度も行ったことはない、場所すらも知らない。
だがドラゴンとしての本能が無意識に彼女をそこに導くのだ。
メリルは塔の頂上までたどり着くと、翼を閉じて携行してきた上着を羽織った。
そこでは先約をして待っていたかのように黒い甲冑を纏った人影がこちらを見据えていた。
「お前か、私をここへ呼んだのは」
「俺は何もしていない。お前が勝手にここへやって来たのではないのか」
甲冑の男、エリックは顔を見せないまま剣を抜き放って淡々と言い放った。
その口ぶりはまるでこちらの精神を逆撫でしているかのようだと感じずにはいられない。
「お前の目的はなんだ」
「俺の装いを見ればわかるだろう」
「私と戦いたいとでもいうのか」
むしろそう言っているようにしか思えない。
そしてその振る舞いが彼女の中にある闘争本能を加速させる。
「そうだとしたらどうする」
「……悪いが断る」
こみ上げようとする闘争心を抑制し、メリルは答えた。
彼女からの返答が予想外だったからか、エリックは沈黙状態に陥った。
「理由は二つある。まず一つ、私はドラゴンの獣人ゆえに寒い場所が大の苦手だ。わざわざこんな場所で挑発に乗って体力を浪費するほど私も馬鹿ではない」
「……」
メリルから告げられた理由をエリックは黙って聞き続ける。
「もう一つ。無闇に暴れて傷でも負おうものなら我が友に怒られてしまうのでな」
「友?」
「ああ。私に初めてできた人間の友、唯一無二の大切な存在だ」
メリルからの言葉を受け、エリックは静かに剣を下げた。
「お前、この付近では珍しいほどの重装備だな。もしや『騎士』というものか?」
「……そうだとしたら」
「我が友がお前に会いたがっている。顔を合わせてやってはくれないか」
エリックは剣を収めて対話に応じた。
「そのお前の友というのは今どこにいるのだ」
「今頃は家で寝ているだろう。私は熟睡を必要としない故、今こうして活動できているが彼女はそうではないようだからな」
「……いいだろう。俺はここで待つ、お前はその友を連れてくるがいい」
兜を外し、エリックは素顔を露わにした。
それはメリルに対して一人の人間として向き合うという意思の表れであった。
「感謝する。日が高く昇ったらまた会おう」
羽織っていた上着を再び脱ぎ去り、腰に巻いて袖を縛るとメリルは再び飛び去って行った。
すでに空は明るくなりつつある。
エリックは塔の中に戻り、壁にもたれかかりながらギルドの様子を眺めることにした。
「あれー?どこ行ってたの?」
メリルがタカノ家に戻るとすでに目を覚ましていたミラが首を傾げた。
普段自分の部屋で一緒に寝ているメリルがいなかったことを疑問に感じているようだ。
「少しばかりギルドの方まで散歩にな」
「外は寒いけど大丈夫だった?」
「問題ない。それよりもだな、なんとさっき騎士とやらと会ってきたぞ」
「本当に!?」
メリルの報告にミラは身を乗り出して食いついた。
その眼差しはまっすぐな輝きを放っている。
「ああ、ミラのことを話したら会ってくれると言ってくれたぞ」
「やったー!ありがとうメリル!」
ミラは感情のままにメリルに抱き着いて溢れる喜びを表現した。
メリルは照れ臭そうに頬を掻く。
「さあ支度をするぞ。いつまでも待たせるわけにもいかないからな」
「うん!」
メリルはミラの手を引き、エリックの待つ塔まで案内をした。
ミラはいつも以上に気合を込めて煌びやかな格好をしている。
騎士に会うにはいつもの服装では合わないと考えたようだ。
メリルとミラは二人で塔を登り、屋上へとたどり着いた。
黒い甲冑を身に纏った男=エリックは今朝と同じ場所に直立不動で待機していた。
「初めまして騎士様!」
ミラはエリックの姿を見るなり小走りで駆け寄り、左胸に右手を当てて片膝をつき頭を垂れた。
それを見たエリックは何も言わずに兜を外し、同じように片膝をついてミラの手を取る。
「お嬢さん、顔を上げてくれ」
エリックの言葉通りにミラは顔を上げてエリックと目を合わせた。
「初めまして。俺はエリック・ジークフリート、キャメロット王国十大騎士の第九位だ」
「初めまして!ミラ・マーリンですッ!」
首に下げたペンダントに付いたジークフリート家の紋章を見せながら自己紹介をするエリックに対してミラは自己紹介を返した。
物心ついてから初めて出会う騎士を前に珍しく緊張しているようだ。
「騎士に対する儀礼を知っているとは感心だ」
「昔、母から教わったんです」
かつてミラが母から教わったことの中には騎士に対する礼儀作法がある。
それは自分がキャメロット王国の人間であることを同時に意味するものであった。
そして、ミラの容姿を見てエリックはとある人物のことを思い出した。
「その銀髪、空色の瞳……もしやレオナルド・マーリンの娘か?」
「父のことを知ってるんですか?」
「ああ、この街に来たその日に顔を合わせた」
二人のやり取りをメリルは脇からじっと静観していた。
エリックはミラの故郷ではすごい人物であり、彼女はその騎士と顔を合わせることにあこがれを抱いていた。
これがミラの望んでいたことだとはわかっているつもりだった。
だがメリルの胸中ははなんとももどかしい気持ちでいっぱいになった。
「騎士様のこと、いっぱい教えてください!」
「いいだろう。答えられることならなんでも答えよう」
そんなメリルのこともいざ知らず、ミラはエリックと話をすることに夢中になっている。
「……」
『初めてできた友を奪われた』
メリルはそう錯覚せずにはいられなかった。
冬の寒さがいつも以上にメリルの身体に突き刺さった。




