職場復帰と新たな役職
とうとうこの日がやって来た。
今日から育児休暇を終えて仕事へ復帰するのだ。
久々に袖を通す制服は少し腕周りが緩くなっている気がした。
筋肉が落ちたというのを痛感させられる。
これは仕事をしていればそのうち元に戻るだろう。
「これから休日以外は夜まで一人でアリスの面倒みることになるけど大丈夫か?」
「まぁ、なんとかしてみるわよ」
俺はオズのことが心配だった。
いろいろと慣れたとはいえアリスはまだまだ世話のかかる赤ん坊だ。
そんな俺の心配とは裏腹にオズは気丈に振る舞っている。
「ヤバかったらアタシの部下にも助けてもらうから、アンタはそんなに心配しなくても大丈夫よ」
「そうか、俺もできるだけ早く帰ってくるからな」
口ではああ言っているがプライドの高いオズは自分でできることに対しては絶対に部下の手を煩わせようとはしない。
俺にはわかる。
仕事に行くのは久しぶりだなぁ。
最後に出勤したときって何してたっけ。
「やぁ、タカノ君。久しぶりじゃないか」
職場に復帰した俺を出迎えてくれたのはまさかのギルドマスターだった。
顔を合わせるのは休職の申請を出しに行った時以来だな。
「マスター、わざわざ出迎えてくれるなんて光栄っスね」
「復職して早速だが新しい役職を設立することにしてね。君をその試験役に任命したい」
マジで唐突だなこの爺さん。
もしかして俺、新しい役職と称して所謂窓際に送られるんじゃ……?
いや、こっちの世界に限ってまさかそんな現代日本的なことをするはずがないよな。
「で、その役職っていうのは?」
「竜騎隊だよ」
竜騎隊?
聞いたこともない名前だな。
「機動隊とはどう違うんスか?」
初めて聞くのだからせめて概要の確認ぐらいはしておきたい。
「簡単に説明すればドラゴンを駆る機動隊だよ。純粋な身体能力だとどうしても獣人に劣ってしまう人間のクルセイダーの戦力補強になるかと思ってね」
なるほど、マスターの思惑は理解できる。
仕事の内容上で格闘戦が起こりやすい機動隊にはどうしても獣人たちが手柄を立てやすい土壌ができている。
俺たち普通の人間ができることの大半は獣人たちがより高レベルで行えてしまうというのが実情だ。
だから新しい役職を作ることで俺たち人間が活躍できる場を与えようとしているのだろう。
「なんとなくわかりました。ところでどうして試験役に俺を選んだんスか?」
どうしてもそこが気になって仕方がない。
数いる人物の中でなぜマスターは俺を選んだのだろう。
「君、ドラゴンに乗るのが得意だろう」
よく知ってるじゃないか。
まぁ、我が家にはフェアリードラゴンのクロがいるからな。
乗ることは慣れてるっちゃあ慣れてる。
ここで話だけを重ねていても仕方がない。
任された以上は一度やってみることにしよう。
「この子が君の乗るドラゴンだ」
マスターに案内されて馬小屋みたいなところで俺が見たのはクロとよく似た赤茶色のフェアリードラゴン……なんだが。
「なんかちっちゃいっすね」
フェアリードラゴンにしては小さいような気がする。
クロと比べると一回りから二回りぐらい違うんじゃないだろうか。
「フェアリードラゴンとしては平均的な大きさだと思うんだけどね」
えっ。
じゃあクロってかなり大柄な個体だったっていうことだよな……
「グオオオオオオン!!」
俺とマスターが話をしているところへ目の前のドラゴンとは別のドラゴンの咆哮が割り込んできた。
その声が聞こえる方へ振り向くと姿を見慣れた黒いドラゴンの影が一つ。
「クロ!?」
間違いない、クロだ。
どうして急にこんなところにやって来たのだろう。
「噂をすればなんとやらって奴かな」
マスターは感心したように頷いている。
悪いがそんな穏やかな空気じゃなさそうだ。
「グルルルルル……」
俺たちの前に降り立ったクロは敵意を剥き出しにした唸り声をあげながら目の前のドラゴンを睨みつけた。
以前水晶樹の森で他のフェアリードラゴンと遭遇した時もそうだったがクロって結構他のドラゴンへの敵対心が強いみたいだな。
「どうやら俺にはコイツ以外ダメみたいっスわ」
「みたいだねぇ」
俺とマスターの意見が合致した。
クロは自分以外のドラゴンに乗ることを認めてくれないようだ。
「慣れた方を利用する方がいいだろうし、これもまた一考だね」
マスターも認めてくれた。
こうして、クロは我が家のペットでありながら俺の仕事仲間にもなった。
「まずは街を一周してみてくれないか」
「わかりました」
マスターから言い渡されたのはいつもやっていたのと同じ内容だ。
クロと一緒にやるのは初めてだがまあなんとかなるだろう。
「よし、行くぞクロ」
「ガオッ!」
クロに乗り、号令を送るとクロは翼を広げて身体を宙に浮きあがらせた。
あとはいつも通りの巡回ルートを一緒に回って行けば問題ないはずだ。
ドラゴンと一緒に回る巡回は想像以上に早く終わってしまった。
これ滅茶苦茶時間が余るな。
次の業務までに何かできることがないだろうか。
俺が降りるとクロは翼を伸ばして欠伸をすると身体を丸めた。
そうだなぁ、コンディションのケアでもしてやろうかな。
「初めてやることは疲れるよな。今日は家に帰ったら身体を洗ってやるぞ」
「!?」
俺の一言にクロは耳を傾けた。
幼い頃から俺たちと一緒に暮らしてきたからかクロは人の言葉をだいたい理解できる。
俺が手を付けるのは久々だからか、クロはやる気に満ち溢れだした。
「まぁまぁ落ち着け、もうちょっと休んでからにしような」
しきりに俺を乗せようと催促してくるクロを宥めて落ち着かせる。
「……で、初めての業務はどうだった?」
仕事上がり、俺はマスターと話をしていた。
結局あの後は余った時間でもう一周できてしまった。
ドラゴンを使って巡回をするだけっていうのはどうしても時間を持て余してしまう。
「ドラゴンに乗って巡回するっていうのは想像以上に早く終わっちまって結構退屈な時間ができちゃうっスね」
俺は正直な所感を報告した。
ここからどう変えていくかはマスターに委ねるしかない以上、改善点は正確に伝えなければ。
「なるほど、つまり効率的に業務をこなせたということだね」
言い換えればそういうことになるな。
「まぁ、そんな感じっスかね」
「わかった。試験運用はもう数日ぐらい続ける予定だからまた別の業務を考えておこう」
初めての役職に任命された初日はいろいろとぎこちなかった。
あと数日はこんな日が続くのか。
いろいろと不安だな。
それはそれとして、どうしてクロはあの時俺の元へ飛んできたんだろう。
帰ったらメリルあたりに聞いてみるか。
「よし、帰るぞクロ。身体洗ってやるからな」
「ガウ!」
とっくに日が落ちている。
オズのことが心配だ。
クロの背に乗り、俺は我が家へと飛んだ。




