ドラゴンと雪
今回はタカノ視点の話です。
メリルが学校見学に行ってから二日後のことだった。
その日の朝は妙な空気の冷えを感じて目を覚ました。
冬だし、暖房が切れていれば空気が冷えているのは当たり前なんだがそれを差し引いても寒い。
……嫌な予感がする。
俺は暖炉に薪を用意して窓から外の様子を伺い見た。
「あー……」
雪だ。
雪が降ってやがる。
昨日の空模様からしてそろそろ降るだろうとは思っていたがまさか一晩でここまで積もるとは。
……メリルが心配だ。
凍えたりしてないだろうか。
「うぅ……寒い……」
案の定だった。
メリルは毛布にくるまりながら身を小さくして震えていた。
元々運悪く冬に地上に来てしまったのもそうなんだがさらに雪が降ってくるなんてツイてないよなぁ。
「大丈夫かメリル」
「今日のこの寒さはなんだ……身体の底から凍りつかされるようだ……」
この世界の雪は尋常じゃないぐらいに積もる。
それこそ家の周りを丸ごと覆って玄関が開けられなくなるぐらいに。
「あー、なんとかするからちょっとだけ待っててくれ」
凍えているメリルを見ていてなんともいたたまれない気持ちになってしまった。
しかしこの積雪量は俺がすぐになんとかできるものじゃない。
オズの力を借りなければ……
「おーよしよし、寒いよねぇ」
オズの部屋を訪ねると彼女はちょうどアリスをあやしていた。
どうやらアリスも寒さが原因でぐずっているようだ。
「オズ、雪を取り除くぞ。このままじゃメリルがヤバい」
「任せなさい。アンタはミラとアリスをお願い」
我が家の除雪は他とは一味も二味も違う。
オズの魔法で直接雪を吹き飛ばすのだ。
手作業よりもはるかに効率がいいのだがこれには大きな問題がある。
爆発を起こすということは大きな音が鳴る。
そしてそれがミラに無理やりの起床を誘発させ、その結果彼女が不機嫌になる。
それに加え、今年からはアリスもびっくりさせかねない。
俺は寝ているミラの耳に栓を施した。
その間にオズは屋根の上に立ち、杖を構えて我が家の周囲にいくつもの魔法陣を展開する。
俺は窓から上半身を乗り出してオズにハンドサインを送った。
オズが集中力を高め始めたのを確認して窓を閉め、アリスの耳を両手で塞いで衝撃に備える。
「さあ、いくわよ!」
オズが魔法を発動させ、陣の範囲内の雪をものすごい勢いで吹き飛ばしていく。
吹き飛ばされた雪が絶え間なく窓を叩いて壁を震わせる。
ふとミラの方に目をやってみると何も気づかない様子で寝息を立てていた。
耳栓をしたときに思ったんだがこの子は寝ているときは音以外に反応しないのだろうか。
ある意味羨ましいがこれはこれで問題なんじゃ……
壁の震えがおさまったところで俺は窓を開けて屋根の方を見上げた。
そこには外套に吹きかかった雪を払うオズといつの間にか屋根の上に移動していたクロの姿があった。
「家の周りの雪は全部取り除いたわよ」
「ありがとう!そのまますぐに暖炉に火を頼む」
こっちの世界にはマッチのようなものが存在しない。
だから手動で火をつけようとすると莫大な労力と技術力を費やす必要があるのだが俺にそんなものはない。
だから火をつける時にはオズたち魔法使いの力を借りざるを得ない。
「すぐに暖かくなる。もう少しの辛抱だ」
「うぅ……すまない……」
オズに暖炉の火を灯してもらい、メリルを傍に座らせた。
あと数分もすれば部屋の空気が暖まるはずだ。
「それにしても、なぜ今日はこんなに冷え込んでいるのだ」
「窓の外を見ればわかる」
身体を温めて調子を取り戻したメリルは窓から外の様子を伺い見た。
「なっ……!?地面が白いものに覆われている……」
「驚いただろ。あれが今日の冷え込みの正体だ」
メリルは今まで雪を見たことがないような素振りを見せた
どうやらドラゴンの獣人たちは雲よりも高いところに住んでいるようだな。
寒気のために窓を少し開いたその時だった。
開いた窓の隙間から入り込んできた風を感じ取ったメリルが反射的に背筋を伸ばして身震いをすると飛ぶような速さで暖炉の側に戻ってきた。
「窓を開けるなら開けると言ってくれ!」
「悪い。ちょっと換気をするつもりだったんだが……」
暖炉の側で毛布にくるまって丸くなりながらメリルが抗議してきた。
彼女が寒さに弱いのを知っていながら軽率だったかもしれん。
メリルが暖炉でぬくぬくしている一方でクロは外で元気に走り回っている。
同じドラゴンなのにどうしてこうも違うのだろう。
「クロはなぜあんなに寒さに強いのだ?」
「俺にもわからん。ただフェアリードラゴンが寒さに強い種族だからとしか説明できん」
いくらかの種族が存在するドラゴンの中でなぜクロたちフェアリードラゴンが寒さに対する耐性を獲得できたのかは俺にはまったくわからない。
というかドラゴンという生物そのものがまだ謎に満ちていて判明していることの方が少ないと言ってもいいぐらいだ。
「レオナルドさんならわかるかもしれんな」
「あの奇妙な男か?」
メリルは怪訝な表情を見せた。
奇妙な男って言わないでやってくれ、あれでもミラの肉親なんだからな。
どうも初対面の印象はよくなかったようだ。
「そんなことしなくてもメリルなら直接クロに聞けるんじゃないの?」
オズに口を挟まれて俺はそのことを思い出した。
そうだ、ドラゴン同士で意思の疎通ができるなら直接聞けばいいじゃないか。
というわけでメリルとクロ、一人と一匹は我が家の煙突の側に身を寄せた。
ここなら暖炉で燃やされて熱した空気が昇ってくるので凍える心配はない。
「クロよ。お前たちフェアリードラゴンはなぜこの厳しい寒さにも耐えられるのだ」
メリルからの問いに対してクロはそっと首を下げて鼻先を当てた。
触れることで意思を読み取れるメリルに対してその答えを伝えようとしているのだろう。
「なるほど、お前たちは他のドラゴンと戦わずに済むように寒さに対して強くなったのだな」
クロたちフェアリードラゴンは他の動物たちに比べれば圧倒的な強さを誇るが比較対象がドラゴン同士となると話は別になる。
だから他のドラゴンが立ち入れない寒冷地で生きられるように適応させたというわけか。
自然界の神秘を感じる話だな。
「お前たちは力がないからこそ私たちとまた違う強さを得たというわけだな。なんとも羨ま……うおっ!?」
話の途中でクロが不意打ちでメリルを雪の中へと突き落とした。
それと同時にクロも降り立ち、突き落とした付近を足で掘り起こす。
「いきなり何をするのだ!?」
雪の中から顔を出して突然の行動を諫めようとしたメリルに対してクロはじゃれつくように雪をかけた。
それはまるで自分は平気だとアピールしているかのような仕草だった。
「やめろ!私が寒いのが苦手だというのは知っているだろう!?」
「ガウッ!」
雪をかけられるのを嫌がって逃げ回るメリルにじゃれつくようにクロが後を追いかける。
これも寒さに慣れさせようとするクロなりの行動だろうか。
あるいは完全に遊び道具にされてるかのどちらかだな。
「どうする?止めに行く?」
「ヤバそうだと思ったら俺が止めるわ」
俺たちはしばらくメリルとクロを観察することにした。
メリルは全力で逃げ回っていて、クロとの距離が拮抗している。
流石はドラゴンの獣人、人の姿をしていても身体能力は互角か。
「タカノ!クラリス!見てないでコイツを止めてくれ!」
とうとう直々に助けを求められた。
仕方がない、そろそろクロを止めるか。




