乱入するドラゴン
「どんな輩がいるのか楽しみだなぁ、タカノ」
「お、おう……」
気分が高揚しているメリルに対して俺はどうも気が乗らなかった。
この場所がクルセイダーにマークされているということは中で違法行為が蔓延っているということだ。
おとり捜査的なものとはいえ、自ら中に入るのはなんだかなぁ。
階段を降り、メリルはその向こうにある扉を開いた。
そしてその向こうに広がっていた光景は……
「フハハハハハ!!もっと骨のある奴はいねえのかァ!!」
「次は俺だァ!」
まさに『アンダーグラウンド』な世界だった。
ボコボコにされた男が地面に伏せられ、その背を勝者と思わしき男に踏みにじられている。
中には夏だと錯覚させるほどの熱気が篭り、景色が歪んですら見える。
「アンタはどっちにいくら賭ける?」
「赤に二千ルートだな」
「じゃあ俺は白に二千だ」
観客席と思わしき場所では性格の悪そうな輩が手にルート紙幣を握り締めながら賭けに興じている。
「おいメリル、ここの連中は間違いなくヤバ……」
俺がそう言おうとしたときにはメリルはもうそこから姿を消していた。
そして次に目をやった場所にはすでに彼女の姿があった。
「手合わせを願おうか」
いつの間にか戦いの舞台へと躍り出ていたメリルは高らかに名乗りを上げた。
思わぬ挑戦者の登場にその場にいた連中の視線が一斉に集まる。
何やってるんだあの子は……
「お前が俺に挑戦しようってか?」
「そうだ。何か変か?」
「やめときな。ここはままごとをする場所じゃねえ」
男はメリルを突っぱねるように言い放った。
無法者でもある程度の良識っていうものがあるんだな。
「私を見くびってもらっては困る」
そういうとメリルはさっきまで羽織っていた上着を脱ぎ去り、隠していた翼を大きく広げた。
翼をもった獣人を初めて見るであろう闘技場の連中が一気にざわつき始める。
「地上の人間はドラゴンの獣人を見たことがないと聞く。腕自慢の戦士ならここで一戦交えてみるのも面白いとは思わないか」
メリルは翼を羽ばたかせて男を挑発した。
今の彼女は本当に戦うことしか頭にないようだ。
「そこまで言うならいいだろう。女だろうと容赦はしねえけどな」
二人が戦意を剥き出しにして火花を散らしている。
「ちょっと待った。この闘技場のルールを確認させてくれ」
どうしても気になることがあった俺は二人の間に割って入った。
せめてルールだけは確認しておきたい。
「勝負はどちらかが動かなくなるか降参するまで。それ以外はなんでもありだ」
マジかよ。
流石は地下闘技場、反則の温床みたいなルールだ。
「メリル、相手を殺すようなことだけはするなよ」
「心得た」
一言だけ言い聞かせておいた。
メリルの力で本気を出すと冗談抜きに死人が出かねない。
挑戦者メリルと男は舞台に立って向かい合った。
離れた場所から審判が手旗をもって二人にアイコンタクトを送る。
「勝負……はじめ!!」
勝負の結果は火を見るよりも明らかだった。
闇の闘技場で勝ち続けられる実力があるとはいえ、ただの人間風情がドラゴンの獣人に勝てるはずがなかったのだ。
そもそも翼をもち、空を飛べるメリルに対してなす術はない。
急降下して勢いをつけたメリルの跳び蹴り一発で肩を砕かれた男は痛みのあまりに泡を吹いて気絶してしまった。
「物足りぬ!何人でもかかってこい!!」
闘争本能に火が付いたメリルは声を荒ぶらせた。
地上の人間に合わせるために抑え込んでいたところへ好きなだけ戦っていいと言われたらこうなることは予想できてはいたんだが、やっぱりドラゴンの獣人ってヤバいな。
メリルから挑戦状を叩きつけられた闘技場の選手たちが得物を持って一斉に彼女へと飛び掛かっていった。
十人近くの戦士を相手にしてもメリルはひるむ様子すら見せない。
「いいだろう!それでこそ心が躍る!」
むしろ歓喜するような笑みさえ浮かべていた。
一方でさっきまで笑って賭けに興じていた観客の連中は青ざめているようだった。
そりゃ今まで稼ぎに利用していた選手たちがこんな少女一人に次々と叩きのめされて再起不能に陥ればそれどころじゃないからな。
「フハハハハハハ!!」
完全に本能のままに生きる獣へと変貌していたメリルは倒した選手たちの山を踏みつけて吠えるような高笑いをしてみせた。
初めて会った時の彼女の振る舞いからは信じられないほどの狂いっぷりだった。
かつて数百年前の人々がドラゴンの獣人に恐怖した理由がはっきりとわかった気がする。
「メリル。気は済んだか?」
俺は舞台の下からメリルに声をかけた。
「最高だ!まさかここまで好き放題できるとは思わなかったぞ!」
「そりゃあよかったな」
正直めっちゃ怖かったけどメリルが楽しそうならそれでいいや。
メリルは本能を発散できたからか満面の笑みを浮かべている。
「なあ、次の相手はどこにいるんだ?」
メリルはめっちゃ楽しそうに俺に尋ねてきた。
期待しているところ悪いがここにはもういないんだよなぁ。
「さっきので全員みたいだな」
「そうか、それは残念だ」
メリルは落胆して大きなため息をついた。
そんな彼女の腕からは流血が起きていた。
恐らく戦いの中で凶刃が腕を掠めたのだろう。
「腕、ケガしてるじゃねえか」
「なに、この程度なら気にすることはない」
空で戦いに明け暮れているドラゴンの獣人たちにとってはこれぐらいはケガには含まれないのだろう。
だが地上にいる以上は話は別だ。
厄介な用心棒にもなる戦士たちはメリルが全員片づけた。
そろそろアレンと合流しに行くか。
こうして地下闘技場はメリルの手によって壊滅し、運営をしていた奴らと賭博に興じていた連中は全員逮捕された。
無許可での経営に加え、選手と運営との間での禁止薬物の売買取引の存在も発覚した。
この街ではマスターの許可のない経済活動は殺人に次ぐ重罪だ、国外追放あるいは死罪は免れないだろう。
その日の晩、メリルはミラからお叱りを受けていた。
どうやら負った傷を放置していたことが気にくわなかったようだ。
その傷はというと、今はミラの魔法ですっかり塞がっている。
「ケガをしたらすぐに手当をしなきゃダメ!」
「いや、あの程度の傷ならば放っておいても……」
「ダメったらダメ!」
怒ったミラを前にメリルは思わずたじろいでいた。
さしものドラゴンの獣人でも頭が上がらないらしい。
「トモユキもわかってたのにどうしてほったらかしにしてたの?」
ミラの怒りの矛先が今度は俺に向いた。
それについては完全に俺の落ち度だ。
これじゃまるで俺が付いている意味がないじゃないか。
「いや、本当すいませんでした」
ドラゴンの獣人は強く、我が家の女はそのドラゴンの獣人よりもさらに強い。




