とんでもない下戸
その日の夜、俺とオズは酌を交わし合っていた。
メリルたちドレイクの秘密を知ってからというもの、気が気じゃない。
少しでも気を紛らわそうと酒の力に頼っているというわけだ。
「あー、アタシたちが抱えてるものが重すぎる……」
オズがジョッキの底をテーブルに叩きつけてぼやいた。
まったくもってその通りだ。
まさか俺たちが世界の命運を握ることになるなんて思いもしなかったからな。
「二人して何を飲んでいるのだ?」
ふとメリルが階段から顔を覗かせた。
彼女はミラの部屋で寝泊まりすることにしたらしい。
だから夜はミラと一緒にいることが多い。
「これか?酒だよ」
「メリルも飲んでみる?身体あったまるわよ」
オズが瓶の口を掴んでメリルに勧めた。
俺たちが晩酌をしているのはただのストレス発散だけじゃなく、酒の力で身体を温めて寝ているときに冷えないようにするという意味合いもある。
寒さに弱いドラゴンの獣人にはちょうどいいのではなかろうか。
もっとも、メリルが『成人』していればの話なんだが。
「こんな液体で本当に温まるのか?」
メリルは酒に興味深々だ。
さて、どうしたものか。
「まあ、とりあえず一杯どうぞ」
オズは小さめのグラスを取り出すと手にしていた瓶から酒を注いだ。
「おいおい、それ結構度数の強い奴だろ?」
「たぶん、大丈夫でしょ」
オズが手にしている酒の銘柄は『キラーディーヴァ』という。
喉が焼けて一時的に声が変わってしまうぐらいに度数が強い酒だ。
とてもじゃないが酒を飲んだことのないような奴に進めるような代物ではない。
「では、一杯いただこうか……」
メリルは酒の注がれたグラスを手に取ると、それをゆっくりと口の中へと注ぎ込んだ。
「ん……ッ!?なんだこれは!?喉が焼けるッ!」
初めての酒は刺激が強かったのか、メリルはグラスを置くと喉を抑えて咽かえった。
そりゃそうだよなぁ。
「身体が……身体が熱い……!」
おい、まだグラス一杯だぞ。
もしかしてこの子、下戸なんじゃないか?
「あー、お酒に弱いのねー」
「次に飲ませるならもっと弱い奴にしよう」
これは俺たちに落ち度があった。
やはりいきなり強い酒を進めるべきではなかった。
「なぜだ……?視界が揺れる……」
それはメリルの頭がぐらついてるからだな。
まさかここまで下戸だとは思わなかった。
「あー、ベッドまで運んでくわ」
「ごめん、お願いするわ」
俺はメリルを担ぎ上げた。
少なからず酒が入っているから俺も若干足元がおぼつかない。
右肩にメリルを担ぎ、左手で手すりを掴みながら俺は階段を上った。
同日の真夜中のことだった。
俺は誰かの声のような音で目を覚ました。
二階から聞こえてくるな。
音のする場所は……ミラの部屋辺りか?
なんだか気になってきたぞ、様子を見に行こう。
「……んッ!はぁ……ッ!……うぅ……ッ!」
やはり誰かの声だ。
この声はメリルか?
それにしてもこの声はなんだ。
まるで発情期の動物のような声だ。
その……すごく……色っぽい。
というか同じ部屋で寝ているのにミラはまったく気づいていないのか。
「メリル?」
「はぁ……!はぁ……!」
俺が部屋の様子を覗き見ると、メリルは毛布にうずくまりながらなにやらモゾモゾとうごめいていた。
身体が動くのと同時に翼と尻尾もバタついていてなにやら落ち着きがない。
そんな彼女のこともいざ知らず、ミラはベッドの中ですやすやと眠っている。
よく見ると口元から涎が垂れている、完全に熟睡モードだ。
「タ、タカノォ……」
こちらに気づいたメリルは呼吸を荒げながら這うようにこちらに近づいてきた。
全身から湯気が立ち上っている、おまけに目の焦点が合ってない。
「どうしたんだ?」
「あの酒とかいう液体を飲んでから身体がとても熱いのだ……闘争本能とは違う何かが私の胸を高鳴らせる」
酒が効きすぎたとかそういう次元の話じゃないな。
もしかしてこれって……
「教えてくれ……どうすればこの高鳴りを抑えられる?」
メリルは潤んだ瞳で俺の顔を見上げてきた。
その様子を見てようやく俺はメリルの状態を理解した。
彼女は酒を飲んだ結果『発情』してしまったんだ。
どうやらメリルたちドラゴンの獣人にとって酒は媚薬のように機能するらしい。
ということは……
いろんな意味で俺が危ない!
「タカノぉ……タカノぉ……」
しまった!先を取られた!
メリルは甘えるような声を出しながら正面から俺に抱き着いてきた。
さらにマーキングをするかのように身体を密着させて擦りつけてくる。
彼女はもう完全に理性が吹っ飛んでしまっていた。
メリルの身体は柔らかかった。
ドラゴンの獣人とはいえ身体は人間の女の子のそれだ。
しかも彼女のそこそこ大きい胸が正面から強く押し当てられて自ずと意識してしまう。
「いだだだだだだ!!」
だがその感触を堪能している場合ではない。
ドラゴンの獣人のすさまじい腕力に締め付けれて俺の身体からミシミシと不穏な音が響いてくる。
おまけに手から伸びた鋭い爪が腰辺りにグイグイ食い込んで肉を抉られそうだ。
ヤバい、このままだとうっかり絞め殺されるみたいなことになりかねない。
なんとか振りほどこうと試みたがすさまじい怪力の前ではびくともしない。
こうなると力でこじ開けるのは無理だ、なんとかして抜け出す方法はないのか!?
「すーっ……はぁー……」
メリルはというと俺の懐に顔をうずめて匂いを嗅ぐのに夢中になっている。
もはや彼女は人間の皮を被った獣へとなり果てていた。
……そうだ!
今の彼女は発情しているのならどこかをくすぐれば過敏に反応するのでは?
俺は一歩間違えれば骨が粉々になるかもしれないというリスクを抱えながらも手を伸ばし、メリルの首筋を指先でそっと撫でた。
「ひゃうッ!?」
メリルは素っ頓狂な声を上げて腕を解くとその場にへたり込んだ。
傍から見ればものすごくアレな光景だが今の俺にとっては命の危機がかかっているからとてもそれどころではない。
「い、今の……もう一度やってくれ……」
メリルは恍惚とした表情で尻尾を振りながら俺の足元にすり寄ってきた。
アカン。
これは完全にアカン。
待てよ。
身体が熱くてこうなっているなら冷やせばいいんじゃね?
俺は咄嗟にメリルを抱きかかえて風呂場へと向かった。
一瞬外へ放り出そうとも思ったがケアが利きやすい分こちらの方が安全だろう。
「メリル、ちょっとガマンしてくれよ」
俺は浴槽に水を張るとそこへ全力でメリルを放り込んだ。
「ッ!?冷たいッ!?寒いッ!!」
火照っていた身体が冷めたからか、あるいは弱点の寒さに晒されたからか、少し経ってメリルはほぼいつものような状態に戻った。
寒いのが苦手だと分かっていてこうするのは残酷だったと後悔したがあのまま殺されるよりはマシだ。
あとあのままメリルの相手をして生きていたとしても後でオズに殺されかねないし。
俺は急いでメリルを引き上げた。
「……タカノ?私は今まで何をしていたのだ?」
ずぶ濡れになったメリルは震えながら俺に尋ねてきた。
マジか、何も覚えていないのか。
俺が何をされていたのかは教えない方がいいだろう。
メリルは自覚がないかもしれないが相当な恥ずかしがり屋だ。
さっきのことを教えたらそれこそショックで泣きそうだし。
今後はメリルに不用意に酒を飲ませるのはやめよう。
俺はまた一つ身をもって学習した。




