空と地上のドラゴン
「おーいクロ、ご飯だぞー」
昼飯を終えた昼下がり、俺はクロに与えるご飯をもって庭へと出た。
その声に反応し、屋根の上で寝ていたクロが目を覚まして俺たちのところに降りてくる。
「ガウウウ……」
待ちわびていたと言わんばかりにクロは唸り声を上げた。
そういえば今朝ご飯与えてなかったな。
「ごめんな待たせちまって。さあ食っていいぞ」
クロは大皿に盛りつけられたご飯にがっつき始めた。
立ち上がれば三メートルほど、翼を広げれば横幅も三、四メートルはあろうという巨体でありながらよくこれだけの食事で生命を維持できるな。
俺が知らないだけでどこかで拾い食いでもしてるのかな。
我が家ではクロは放し飼いになっている。
野生のものと識別できるように首にはスカーフを巻いているし、躾もしっかりしたから人の持っているものを無闇に奪おうとはしない。
少なくとも、俺たちの見ている限りでは。
「ただいまー」
ちょうどクロに食事をさせているところへオズとメリルが帰ってきた。
「あのレオナルドとかいう男、気が狂っているのではないか……?本当にミラの父親だとは思えんぞ」
メリルの表情が心なしかやつれているように見える。
ドラゴンの獣人をもってしてここまで言わしめるなんてレオナルドさんは本当に何をしたんだ……
「まあ、悪い人じゃないぞ」
「本当にそうか?」
完全に疑心暗鬼になってるじゃねえか。
「アイツはちょっとおかしいところもあるけどアタシたちの味方よ。それは保証してあげる」
食事を済ませたクロがふとメリルの方へと視線を向けた。
「グオ……」
自分と同じニオイを感じ取ったのかクロはメリルの方へとゆっくりと歩み寄っていった。
対してメリルも何かを感じ取ってそっと手を伸ばし、クロの下顎に手を触れる。
「タカノ。このドラゴンもお前たち家族の一員か?」
クロに手を触れながらメリルは俺たちの方へ振り向いた。
もしかして意思の疎通ができているのか?
「ああ、そのドラゴンも俺たち家族の一員だ」
「やはりそうか」
「もしかして、クロの考えてることがわかるのか?」
「何を言っているのだ。同じドラゴンだ、わからないはずがないだろう」
それもそうだな。
もしかしてグレイさんたちも普通の動物と意思の疎通が取れたりするのかな。
「それにしても其方。この寒さが辛くないのか?」
メリルはクロに語り掛けた。
クロたちフェアリードラゴンは寒さに耐性を持っているとても珍しいドラゴンだ。
真冬の雪の中であろうと平気で走り回っているし、空を飛べるぐらいのタフさがある。
「そうか、其方は地上で生きるためにこの寒さに耐えられるようになったのだな」
「グォン!」
『そうだ』と答えるようにクロは吠えた。
「種族の名を何という……そうか、フェアリードラゴンというのか。私の種だと……?ドレイクだ」
クロとの問答を聞いたオズが大急ぎで家の中へと駆け込んでいった。
きっとミラに何かを伝えに行ったのだろう。
「しばらくこのドラゴンと話をしたい。先に中に戻ってくれるか?」
メリルは俺を見てそう言ってきた。
同じドラゴン同士でしかできない会話というのがあるのだろう。
「外は寒いが大丈夫か?」
「心配するな。辛くなったら私も中に戻る」
まあ、窓から見える範囲だしヤバそうに見えたら俺が回収に行けばいいよな。
「ねえトモユキ。ちょっと話を聞いてくれる?」
家の中に戻ると分厚い本を抱えたミラが俺を待っていた。
話とはなんだろうか。
「お姉ちゃんは確かにメリルが『ドレイク』の獣人だって聞いたんだよね?」
「ええ、確かにそう言ってたわ」
オズに確認を取ったミラは本を開いて何かを探し始めた。
「これ見て。ドレイクは今からおよそ百五十年前に地上から姿を消しているの」
ミラは本の記述の一部を指さした。
そこにはドレイクに関することが記されている。
「力は強く獰猛、闘争本能が強く野生動物のみならず人間をも襲う熾烈な攻撃性から別名『烈火竜』とも呼ばれる。人間に危害を及ぼす危険性と剥製の希少性からハンターの狩猟対象となり個体数が徐々に減少、現在は絶滅している……!?」
信じられん。
メリルの同胞ともいえるドレイクは大昔に俺たち人間の手によって絶滅していたというのだ。
それと同時にメリルたちドラゴンの獣人が空へ追いやられた理由もなんとなく納得できた。
視覚外からでも戦いを本能的に察知し、その上衝動の制御が効かない。
味方である限りは頼もしいが、それ以外では脅威でしかない存在だ。
きっとメリルはあれでも戦闘衝動をかなり抑えているはずだ。
「これはメリルにも伝えるべきなのかな……?」
ミラは不安そうに俺たちの顔を伺ってきた。
きっとこの事実はメリルにとてつもないショックを与えるだろう。
友達を傷つけるかもしれないという不安がミラを躊躇わせているに違いない。
「遅かれ早かれメリルはこのことに勘づくだろう。それなら早いうちに知らせる方がいいんじゃないか?」
「それでもしメリルが怒っちゃったら?」
「……」
俺は何も答えられなかった。
強い闘争本能と高い戦闘能力を持つメリルが激昂して感情のままに暴れればどうなるかは想像もつかない。
「ドレイクは地上にはもういないけど、空では獣人として生きているのよね。今は寒いから来られないけど、冬が終われば一斉にこっちに報復に来るかも」
そうなると一大事だ。
こちらの魔法使いは戦力としてはあちらよりも強大な存在らしいがそれでもドラゴンの獣人が束になって襲ってきたらひとたまりもない。
「はぁ……」
過去にあった衝撃の事実に俺たちは再び悩まされることになった。
メリルの同じドレイクはもう地上には存在しない、そしてその原因は俺たち人間にある。
人間との共存を望むメリルがこれを知ったらどうなるのだろう。
窓を通してメリルの様子を覗き見た。
地面に腰を下ろしてクロと何かを語らっている。
実に平和な光景だ。
たった一つの事実がこれを壊してしまうかもしれないと考えたら言い出せる気がしなくなってしまった。
こうして、俺たち一家はとんでもない事実を知ることになってしまった。




