メリルのストリートファイト
「「勝負ッ!」」
武闘家とメリルが掛け声を合わせ、ストリートファイトが始まった。
ドラゴンの獣人は戦いに明け暮れている種族らしいがその力はどれほどのものなのだろうか。
「行くぞッ!」
まず先に武闘家の方から仕掛けた。
地面を蹴飛ばし、身体を捻って拳を振りかぶる。
「てりゃあッ!」
武闘家は捻った身体を元に戻し、振りかぶった拳を勢いよくメリルめがけて打ち込もうとする。
マジで手加減抜きだな。
対するメリルはその挙動をじっと見つめ、微動だにしない。
もしかして避けるつもりがないのか?
「フンッ!」
武闘家の拳がメリルの胴体に打ちこまれた。
「メリル!!」
ミラが思わず名前を叫んだ。
俺もこの直撃は響いただろうと思っていた。
だが、その予想はわずか数秒で覆された。
「!?」
メリルは微動だにしていなかった。
嘘だろ……あんな大男の一撃が直撃してるんだぞ。
「あえて一撃受けてやったが、まさかこれが全力だというのではなかろうな」
あー、これ余裕な奴だ。
体格は細いほうなのに恐ろしいタフさだな。
「ハハッ、まさかそんなわけないだろう」
「そうか。そう言ってもらえて私も嬉しいぞ」
メリルは昂る感情のままに不敵に笑った。
「次はこちらの番だな」
そう言ってメリルは一瞬身を引いて何かを繰り出した。
すると武闘家は数メートル吹っ飛んでいき、そのまま地面に叩きつけらる。
「何が起きたんだ……?」
観衆はその光景を見てざわめき始めた。
突然現れたメリルの規格外の強さに驚愕し、やがてそのざわめきは歓声に変わり始める。
「やるじゃないか……ゲホッゲホッ……!」
武闘家は鳩尾を抑え、咳き込みながら立ち上がった。
そこには鋭い打撃を受けた跡が付いている。
なるほど、そこに肘鉄を受けたんだな。
「威勢だけは大したものだ」
「なんの……まだまだこれからよ!」
立ち上がった武闘家は帯を締め直し、再びメリルへと向かっていった。
圧倒的な強さの挑戦者とそれに立ち向かうというどう考えても逆のシチュエーションに観衆は大いに熱狂している。
「とぅあッ!」
武闘家は素早い回し蹴りを放った。
空を切る音が聞こえてきそうなほどの鋭くキレのある技だ。
それをメリルは難なく鱗で覆われた左腕で受け止めてみせる。
ドラゴンの鱗は非常に硬い。
それこそ同じドラゴンでなければ傷をつけることすらできないといっても過言じゃないだろう。
「いい一撃だ。これが初撃だったなら私とて無傷では済まなかっただろうな」
受け止めた攻撃に評価を下し、メリルは右腕から鈍く輝く鋭い爪を覗かせた。
「教えてやろう。これが『攻撃』というものだ!」
メリルは覗かせた爪を逆手で振り上げ、何のためらいもなく武闘家の胸を引き裂こうとした。
あまりの攻撃の早さに視覚が追い付かず、腕の動きに遅れて青い残影が走る。
「ッ!?」
武闘家は咄嗟に身を翻して直撃を免れたものの、姿勢を崩してよろめかせた。
「甘いわ!」
その隙を見逃さず、メリルは右足を踏み込み、大きく飛び上がって強烈なローリングソバットを繰りだした。
重い一撃は武闘家の脇腹を直撃し、鈍い音を響かせながらその巨体を軽々と吹き飛ばす。
体重が乗っていないのにすさまじい威力だ。
「おおっ!!」
その体術を見た観衆から一気に大歓声が上がった。
ソバットを決めたメリルの身体はふわりと浮き上がり、遠心力に振り回されたスカートが大きく翻って奥に隠れていた彼女の足を露わにする。
その姿はさながら『戦う舞姫』
……にしても滞空時間長いな。
ソバットの直撃を受けた武闘家は地面に叩きつけられ、あおむけにダウンしたままピクリとも動かない。
これは勝負あったな。
審判と思われし男が武闘家の元に駆け寄り、状態を確認する。
そして十数秒後、男はメリルを制止するように平手を突き出した。
どうやらこれ以上の試合の続行は不可能なようだ。
「うおおおおおおお!!」
「すげええええええ!!」
周囲は大歓声に包まれた。
ここまで盛り上がるのも当然だろう。
なぜならこれまで八連勝していた武闘家を謎の少女がたった二撃で倒してみせたのだから。
「ふぅ……ッ!?」
白い靄のかかった吐息を大量に吐き出した後、ふと我に返ったのかメリルは顔を真っ赤に染め上げて大慌てでスカートを抑えた。
「お、おい!まさかさっきのでスカートの中が見えたりしてないよな!?」
俺たちに尋ねてきたメリルは動揺して視線が泳ぎまくっている。
恥じらいの感情があるわけだし、感性は普通の女の子なんだよな。
まさか俺たちがあのドレスを着せたことが恥じらいの感情を学習させてしまったのだろうか。
というかストリートファイトをしているときはまったく気にしてなかったんだな。
どこまでもギャップの塊な子だ。
「いやあ、俺の完敗だ。強いなぁお嬢さん」
およそ数十分後、意識を取り戻した武闘家はメリルの強さを褒め称えた。
「其方こそ一撃の重みはなかなかのものだった。私を満たすには程遠かったがな」
メリル、あれだけじゃ物足りなかったのか。
「じゃあ約束通り、五万ルートを贈呈しよう」
これで小遣いには困らないな。
当の本人はというと千ルート札の束を不思議そうに見つめている。
「すごいねメリル!あんなに強いなんて!」
ミラは興奮しながらメリルに詰め寄った。
「それほどでもない。ドラゴンの獣人ならあれぐらいは普通だ」
普通なんだ……
俺の中でのドラゴンの獣人に対するイメージが完全に戦闘集団で固定された。
「ところで、さっき貰ったこの紙切れはなんなんだ?」
メリルはさっきもらった五万ルートをちらつかせながら尋ねてきた。
お金の価値すらわからないのか……
「それはルートっていうこの街で使える貨幣だ。それを支払えば物々交換をせずに目当てのものを買うことができる」
メリルは何も理解できなかったと言わんばかりに首を傾げている。
物々交換という概念すら疎いドラゴンの獣人に貨幣経済を理解するのは無理だったか。
「ん……あっちからいいにおいがする!」
ミラが何かの匂いを嗅ぎつけた。
本当だ、食欲をそそる香ばしい匂いがする。
その先には、肉料理の屋台が一件。
ちょうどいい、貨幣の使い方を実演してみせよう。
「まあ具体的にはこんな風に使うんだ」
俺はメリルの手から千ルート札を一枚抜き取った。
そして屋台に立ち寄り、店主のおばちゃんに声をかける。
「おばちゃん、そのでっかい串焼き一つくれよ」
「あいよ、一本五百ルートだよ」
「千ルートからでいいか?」
俺はおばちゃんに千ルート札を一枚差し出した。
「毎度!せっかくだしもう一本買ってかない?」
商魂たくましいおばちゃんだ。
そんな様子をメリルは興味深そうに見ている。
「いや、この子に食わせる分だから一本だけでいい」
「あいよ。じゃあ五百ルートのおつりと串焼き一本ね」
取引を終え、俺は五百ルートのおつりと串焼きを受け取った。
「あの紙切れにこの肉と等しい価値があるのか?」
「そう、この紙を使うのが地上での物々交換の基本なんだ」
「地上の文明は不可思議だ……」
メリルは地上の文化に関心している。
貨幣経済が導入されれば空の文明も少しは平和になるのではなかろうか。
簡潔な説明を済ませ、俺はメリルに串焼きを手渡した。
「私が食べてもいいのか?」
「もちろん、これはメリルの金で買ったものだからな」
人の金で買ったものだからその人に渡すのが当然というものだ。
「身体動かして腹減っただろ。これ食えば身体もあったまるぞ」
「ありがたい。それにしてもいい匂いだ」
メリルは鼻から香りを吸い込むと豪快に串焼きにかぶりついた。
なんとなく想像はできていたがなんだかんだいってやっぱり蛮族の系譜なんだなこの子。
口開けた瞬間になんかものすごく強そうな牙が見えたし、マジで全身武器なんじゃなかろうか。
さあ、寄り道も済ませたし今度こそ買い物をするぞ。




