ドラゴン娘の地上見物
「お前ってああいう服持ってたんだな」
街へと向かう道中、ふと俺はオズに聞きこんだ。
『ああいう服』というのはミラと並んで前を歩いているメリルが来ているドレスのことだ。
オズは普段は動きやすい軽装を好んでいるだけにああいうのを持っていること自体が意外だった。
「ちょっと前に新しい自分に挑戦してみようと思って買ったんだけどね。その……自分の歳を考えたら着られなくなっちゃって……」
あー、わかるぞ。
なんだかんだいってお前も二十五歳だもんな。
俺が明るい色の服を着るのを避けるのと同じようなもんだ。
「それに、ああいうのってミラが着る方がよっぽど似合ってるからそう考えたら余計に自信なくなったのよねぇ」
オズはミラの方に目をやりながら小さくため息をついた。
言いたいことはすごくよくわかるぞ、ミラにはドレスやワンピースみたいな丈の長いスカートが似合うからな。
女の身だしなみ事情っていろいろと複雑だな。
「でもメリルがあれを着てくれてよかったわ。一度も着ずに捨てちゃうのももったいなかったし」
いろいろと偶然が重なった結果、メリルがドレスを着てくれた。
それも恐ろしいぐらいに似合っている。
「やはりスカートというものは落ち着かぬな……」
「大丈夫、すぐに慣れるよー」
メリルはそわそわして落ち着かないようだ。
対してミラがメリルを宥めている。
そういえば全然気にしてなかったけどメリルってパンツ履いてるのか……?
「あ痛ッ!?」
などと考えていたところを隣のオズに脇腹をつねられた。
表情を見るとふくれっ面だ。
もしかして俺の考えてることがわかったのか。
「昨日、約束したばっかりなのに……」
「すまん、いじけるのはよしてくれ」
マジで俺の考えてることがわかったのか。
女の勘ってすげえなぁ。
「着いたよ。ここが地上の街!」
そう言いながらミラはメリルの手を引き、先走ってギルドの入り口を通り抜けていった。
目を輝かせながら街を歩く二人の姿はとても仲睦まじい。
「地上の街は華やかだな」
メリルは無邪気にギルドの外観を見回している。
空の方にはこういう街はあるんだろうか。
「ここは商人たちが集まってできた街なんだ。交易のために毎日いろんな人がここにやって来る」
だから需要の高い日用品は大方ここで手に入るし、一部のマニアしか集めないであろう珍品も並ぶ。
地上の文化を見るにはまさにうってつけではないだろうか。
「『コウエキ』ってなんだ?」
おい、まさか交易を知らないのか?
「いわゆる『物々交換』だ。物に対してその価値に等しい対価を支払うことでそれを手に入れることができるっていう仕組み」
「面白い仕組みだな。それならわざわざ戦わずに済みそうだ」
もしかしてドラゴンの獣人ってとんでもない蛮族だらけなのか。
交易というシステムを知らなかったり、物を手に入れるために戦いを起こすことを考えるとそうとしか思えない。
「もしかしてドラゴンの獣人たちってわざわざ戦いを起こして物を手に入れてるの?」
同じことを考えていたらしいオズが引き気味にメリルに尋ねた。
オズも結構な武闘派の魔法使いだが無闇に戦いを引き起こすわけではない。
「実はドラゴンの獣人は皆ことあるごとに戦いを起こさねば気が済まぬ性分なのだ。私とて例外ではない」
メリルは
やはりとんでもない蛮族じゃねえか。
「えぇ……」
ヤバいぞ、あのオズが完全に引くほどの蛮族っぷりだ。
「……ッ!」
その時だった。
メリルが何かを察知したかのように目を見開き、その方角へと振り向いた。
「戦いだ。戦いの匂いを感じる」
なるほど、これがドラゴンの獣人の性か。
ここまで来るともはや戦うことが本能と言っても過言ではないレベルだ。
「あっ、おい待て!」
俺の呼び止める声も届かず、メリルはその方角へと走って行ってしまった。
仕方がない、追いかけよう。
メリルの足は想像以上に速い。
あのドレス姿に厚手の上着を重ね着しているにも関わらず俺たちとどんどん距離を離していく。
だがその健脚も、目的地と思われし場所にて進みを止めた。
「なるほど、ストリートファイトか」
その大通りでは催し物としてストリートファイトが行われていた。
事前に催し物の申請を済ませているのだろう、クルセイダー数名が警備をしている。
「さあ!我こそはという挑戦者は名乗り出るがいい!俺に勝った者には景品五万ルートを贈呈しよう!」
主催者と思われる屈強な男が高らかに声を張り上げた。
道着のようなズボンの腰元を帯で締め、上半身は鍛え抜かれて引き締まった肉体を丸出しにしている。
寒さをものともしない精神力も相当なものだ。
さらにその横には『八』の数が刻まれている。
恐らく現在の連勝数を表しているのだろう。
「たった一戦に五万も賭けられるなんて大した自信ね」
その光景を見たオズが独り言のように呟いた。
五万ルートというのは一人暮らしなら少しぐらい贅沢しても二、三ヶ月はまだ余裕のある生活ができるぐらいの金額だ。
それを自分に勝つだけで渡すというのは己の実力に相当な自信がなければできない。
今は牢獄にいるレオネルもかつてはこうやって稼いでいたのだろうか。
「あの男は大衆の面前で何をしているのだ?」
「ストリートファイトっていってな。ああやって自分の戦う姿を見せものにしてお金を稼いでるんだ」
「武人としての気概を感じる。私も身体が疼いてきたぞ」
メリルが獣人の本能のままに感情を昂らせている。
このままだと恐らく景品などを度外視して戦いを挑みに行くに違いない。
それなら地上の文化を学ぶ一環として参戦させてもいいだろう。
俺は静かに手を上げた。
それを見た武闘家がすかさず俺たちを指名する。
「手を上げた君が俺に挑戦する者か?」
「挑戦するのは俺じゃない、隣にいるこの子だ」
そう言って俺はメリルの背中を軽く押して前へと踊りださせた。
「君が挑戦者か。その角は牛の獣人か?」
「違う。私はドラゴンの獣人だ」
俺とオズとミラは同時に頭を抱えた。
どうしてあれほど必死になって翼と尻尾を隠したのに自ら正体を明かしてしまうのだろう。
『自分の正体を言わない』という口約束まで取り付けるべきだったか。
「ハッハッハ!面白い冗談だ」
どうやらドラゴンの獣人であるということは冗談と捉えられたようだ。
危うく心臓がどうにかなると思ったぞ。
「しかし戦いの場にドレス姿とは似つかわしくないな。興味本位ならやめた方がいい」
武闘家の挑発的な言葉にメリルは目つきを変えた。
うなじ辺りまで伸びた髪が昂る感情に呼応するように浮き立ち、ドラゴン特有のすさまじい威圧感を湛えた細い瞳が睨みを利かせる。
メリルの雰囲気が豹変したのを察知した武闘家はその『オーラ』に思わず脇を締めた。
「私とてこのような格好は不本意だがどうにも寒さが苦手な性分でな」
「いいだろう。だが俺も武闘家である以上、挑戦者が女だろうと手加減はしないぞ」
通りに場所が開き、武闘家とメリルは正面に向き合った。
俺たちはその様子を固唾を飲んで見守る。
「ハアアアアア……」
武闘家は呼吸を溜めた後に右足を一歩引いて構えを取った。
対するメリルは袖をまくり、鱗と爪に覆われた素手を露わにする。
「いざ尋常に……」
「「勝負ッ!!」」




