街へ行く前に
今回はタカノ視点の話です。
メリルが我が家に転がり込んできた翌日の朝のことだった。
なにやらミラの部屋から声が聞こえてくる。
「起きろミラ、今日は地上の街を見に行くのだろう?」
「うーん……まだ早いよぉ……」
時刻は朝七時。
寒さが苦手だとは思えないほどに活気溢れるメリルと朝が苦手でまだ寝ぼけ気味なミラの二人の声が交互に聞こえてくる。
昨日何をしゃべっていたのかと思えばそんな約束してたのか。
まだ暖炉に火を灯していなかったな。
このままだと我が家の空気は冷えきっているし、このままだとメリルのことが心配だ、用意しておいてあげよう。
俺は身体を起こして床に足を着け、薪を暖炉の中へと放り込んだ。
あとはここに点火すれば部屋が温まる。
そのためにはオズかミラの協力を得たい。
せっかくだしこのまま二人の様子も見てみるか。
「おはよう。昨夜はよく眠れたか?」
「ああ。それにしてもこの『毛布』というのはすごいな。これを身に纏っていると私が苦手な寒さをまるで感じないのだ!」
部屋に入るなりメリルは大喜びで報告してきた。
彼女の尻尾が音を立てそうな勢いでブンブンと揺れているのがその証左だ。
なるほど、全身毛布にくるまってるから朝の寒さに耐えられたのか。
というかメリルは毛布だけで床に雑魚寝してたのか?
そういえば昨日はちゃんと見ていなかったが彼女の手足を覆っている鱗は青色なるんだな。
それに他の獣人に比べてかなり人間に近い容姿をしている。
顔は目の中の瞳の形と頭に生えた二本の角以外は普通の人間と変わりないし、四肢も手首と足首の辺りの爪と鱗以外は人間のそれと変わりない。
「タカノ、ミラはいつもこんななのか?」
メリルはミラを指さしながら俺に尋ねてきた。
当のミラはというと小さくうめき声を上げながら布団の中に引きこもっている。
「実はな、ミラは朝起きるのがすごい苦手なんだ」
「そうであったか。どんな奴にも弱点というものはあるのだな」
メリルが感心している通り、どんな奴でも苦手なことの一つや二つはあるものだ。
ミラは幼いながらも優れた魔法使いで歩く図書館と言っても過言じゃないぐらいの知識量があるが、朝起きるのはとことん苦手だし、一人で風呂に入れない。
「おいミラ。メリルと約束したんだろ?言い出しっぺがいつまでも寝ててどうするんだよ」
「う、うーん……」
俺に揺り起こされ、ミラはのそのそと布団から這い出てきた。
「暖炉に火を灯してくれ。俺は朝食の支度をする」
ミラは魔法で暖炉の薪に火をつけ、メリルはその正面に陣取る。
毛布にくるまっていたとはいえやはり寒かったみたいだ。
ミラは枕なしに机に突っ伏して項垂れている。
おいおい、それやると額に跡が残るぞ。
「ねぇトモユキー」
「なんだ」
「今日メリルと一緒にギルドに行こうと思ってるんだけどね、メリルが着られる服ってないかな?翼と尻尾が隠せそうなやつ」
あー、そうだなぁ。
ずっとあの鎧みたいな服しか持ってないのも問題あるよなぁ。
あの服通気性とか断熱性とか悪そうだし。
「なぜ翼と尻尾を隠す必要があるのだ?」
メリルは背中を見ながら不思議そうに尋ねてくる。
まさか自分の容姿について何も疑問を感じていないのか?
「ドラゴンの獣人は今までずっと地上にいなかったんだろ?それがいきなり姿を現したら見た奴が驚いちまうだろ」
「それは確かにそうだが……」
よし決めた。
今日はまずメリルの服を見繕うぞ。
ミラの服はとてもサイズが合いそうにない。
オズのなら着られそうか……?
いや、身長差があるしキツイか。
「よし、朝食を食べたらすぐに服を見に行くぞ」
「おー……」
食卓の方からダウナー気味なミラの声が聞こえてきた。
寝起きだから調子が上がらないだけで意欲そのものはちゃんとあるようだ。
「じゃあ今日外に出るための服を選んであげるね。トモユキは見ちゃダメ!」
あ、ミラがいつもの調子に戻った。
仕方がない、朝食の準備を進めるか。
「こ、これは……」
「すごく似合ってるよメリル!」
「ああ、雰囲気が見違えたみたいだ」
初めて纏うのであろうドレスにメリルはとても困惑しているようだった。
スカートの丈が長いおかげで尻尾はすっかり隠れて見えなくなっている。
翼は服の中にしまい込めばなんとかなった。
まさかオズがこんな服を持っているとは思わなかったな。
普段はこういうのを全く着ないのに意外な一面もあるもんだ。
「この『すかーと』とかいう衣装、尻がスースーして落ち着かぬ!それに背中が窮屈だ」
メリルは恥ずかしそうに顔を赤らめてもじもじしている。
もしかしてこの子、スカートを履いたことがないのか?
ということはこれまでずっとあのショートパンツみたいなのを履き続けていたのだろうか。
「悪い、背中が窮屈なのは我慢してくれ。近いうちになんとかする」
尻尾に関してはスカートで隠せるものの、翼に関してはこうするしかなかった。
角は牛や羊の獣人だと言っておけばたぶん誤魔化せるだろう。
「あとな……胸の部分が妙にぶかぶかなのだ。これでは動いているうちに下がってしまわないか心配だ」
俺はなんともいえない気持ちになった。
まあ、持ち主が持ち主だしな。
メリルのそれが小さいというわけではないんだけれども。
正直に言えばセクハラとかになりかねないし黙っておこう。
「おはよー。朝から全員揃って珍しいこともあるものね」
ドレスの持ち主がアリスを抱いて降りてきた。
さて、そろそろ朝食ができるころかな。
アリスを一目見たメリルは興味津々に近付いた。
「この赤ん坊はクラリスとタカノの子か?」
「そうよ。かわいいでしょ」
「ああ。種族が違えど赤ん坊とは愛いものだ」
赤ん坊が可愛いものだという認識は地上でも空でも共通のようだ。
同じ文化があるという発見ができてなんとなく俺も嬉しい。
「それよりメリル、アンタ……」
オズは俯いて言葉を溜めている。
勝手に持ち出したのがまずかっただろうか。
「全然雰囲気違うじゃない!そっちの方が似合ってるわよ!」
まさかのべた褒めだった。
俺もメリルのドレス姿はよく似合ってると思う。
「さあ、全員揃ったところで朝ごはんだ。食器の用意してくれよー」
「はーい」
「さ、メリルも一緒に手伝ってよね」
「何をすればいいのだ?」
こうして冬の六日目の朝は始まった。
さあ、朝食を済ませたら街へと繰り出すぞ。




