はじめての言葉?
あれからさらに数日が経過した。
ミラはようやく杖なしで歩けるようになり、少しぐらいなら走っても問題ないぐらいに回復した。
彼女が持っている光属性の魔力の影響かあるいは元々の生命力が高いのか、いずれにしてもすさまじい回復力だ。
ほぼ今まで通りの日常を取り戻し、平穏な暮らしを謳歌していたある日、我が家でとある出来事が起こった。
「ちょっとアンタ!来て来て!」
オズが慌てた様子で俺のところへ駆けつけてきた。
そんなに慌ててどうしたんだろう。
「どうしたんだ急に」
「アリスが……アリスが!」
おい、まさかアリスに何かあったんじゃないだろうな!?
俺はオズと一緒に大急ぎで部屋へと向かった。
「ほら、見てよこれ」
そう言われて俺はアリスの顔を覗き込んだ。
すると……
「あーあー。うー」
……マジか。
何を伝えたいのかはさっぱりわからんがアリスが言葉のようなものを発している。
これは大きな成長だ。
「何をしゃべろうとしてるんだろうな?」
「わかんないけど、かわいいわねぇ……」
オズは恍惚とした表情でアリスを眺めている。
確かにかわいい。
目に入れても痛くないっていうのはこういうことを言うんだろうな。
「これからいろいろ言葉を覚えていくのね」
「そうだな」
今まで泣くことでしか意思を伝えられなかったアリスが自分の言葉でコミュニケーションを取れるようになる日が来ようとしている。
子供の成長は本当に早いものだ。
「最初にアンタとアタシ、どっちを呼んでくれるのかしらね」
その瞬間、俺の中に強い競争意識が芽生えた。
「そりゃあもちろん」
「俺だろ」
「アタシよね」
まったく同じタイミングで台詞が被った。
それと同時に俺とオズは顔を見合わせる。
「いや、俺だろ」
「アタシでしょ」
お互いに一歩も譲らない。
俺たちの間に久々に発生した競争意識ではないだろうか。
果たしてアリスは俺とオズ、どちらを先に呼んでくれるのだろう。
「ただいまー!」
そんなこんなしているうちにミラが帰ってきた。
この時まで俺たちはすっかり見落としていた、非常に強烈な存在のことを。
「アリスー!お姉ちゃんが帰ってきたよー!」
ミラは俺やオズにも劣らないほどにアリスに対して愛情を注いでいる。
そして『お姉ちゃん』という単語を日常的に吹き込んでいる。
だが俺たちは自分たちがアリスにとっての『何』なのかを教えていなかったのだ。
マズい、このままでは確実に俺たちはミラに先を越されてしまう。
特に命に関わることではないが俺はかつてなく危機感を抱いていた。
「オズ、お前はアリスになんて呼ばせたい?」
「そうね……『お母さん』がいいわね」
呼ばせ方は決まった。
ここからは俺とオズ、あと何も関係ないけどミラとの三つ巴の競争だ。
「お父さんだぞー。お・と・う・さ・ん」
「ほーらアリス、お母さんよー」
それからというもの、俺とオズはアリスに言葉を吹き込むように見せかけながら水面下で激しく火花を散らすようになっていた。
こうして必死になって言葉を教えてはいるものの……
「お姉ちゃんが来たよー」
ミラの存在が強すぎる。
彼女に俺たちのような言葉を教えようという意識があるかどうかはわからないがアリスが生まれたその時からずっとこうしているというのが大きい。
「あー。あー」
アリスはそんな俺たちを見て笑っている。
彼女からすれば自分を相手に必死になっている俺たちの姿が滑稽に映っているのかもしれないな。
果たしてアリスは俺とオズ、どちらを先に覚えてくれるのだろう。
普段から接している分、オズの方が有利かもしれないけれど俺も前ていられないな。
育児の楽しみって、意外とこういうところにあるのかもな。
そう感じずにはいられない。




