ギルドの噂話
あれからというもの、ミラは自分の足で学校に通えるようにするために精力的にリハビリに取り組んでいる。
おかげで現在では杖での支え付きならなんとか自力で平地を歩けるほどになった。
階段を降りたりするにはまだ俺たちの支えが必要だがそれでも驚異的な回復力だ。
ミラ曰く『学校は週明けには再開する』らしいからそれまでには復帰したいとのことだった。
今は秋の六十七日、翌週まではあと五日ある。
この調子ならもしかしたら支えなしでも歩けるようになるかもしれない。
ミラがリハビリに励む一方でアリスにも変化があった。
首が据わって安定するようになったのだ。
おかげで抱くときに頭を支える必要性が薄くなってある程度融通が利くようになった。
まあ、不測の事態に備えられるようにちゃんと首は支えるんだけれども。
首が安定しているということはアリス自身が自力である程度のアクションを起こせるようになったということでもある。
そろそろ寝がえりとかも打てるようになるんだろうか。
ミラは自力での移動ができるようになったのを境にオズの部屋へ赴いて積極的にアリスの顔を見に行くようになった。
彼女にとっては自らアリスの顔を見に行くことに意味があるらしい。
それがリハビリに励む理由にもつながっているし、俺としては特に思うことはない。
そんな日の昼下がりのことだった。
俺は冬からの職場復帰のことを見越し、落ちた体力を取り戻すべく走り込みに勤しんでいた。
筋トレを継続してはいるものの、もう二ヶ月近く休職しているものだから結構鈍ってしまっている。
「ハァ……結構走ったな」
ギルドの道中、俺は走る勢いを緩めて徒歩へと切り替えた。
なんだかんだで一キロぐらいは走ったような気がする。
せっかくだし、休憩がてら街の様子でも見て回るか。
休憩したら帰りも走り込みだ。
世間を脅かす脅威が去ってある程度の時が経ったからか、ギルドの空気は平穏だ。
街を歩く魔法使いたちも戻ってきている。
そんな中、俺は名前も知らない通行人の立ち話からある噂を耳にした。
『カミュレの手を振り切って生き延びた子供がいるらしい』
どうしてそれを知っているのだろう。
このギルドは商人の街であるが故に噂話などにはかなり敏感だ。
その噂話の真相を知っているのは俺とオズ、そしてレオナルドさんだけのはずだ。
いろいろと気になる点はあるがもう少し聞いてみよう。
『誘拐事件の中でただ一人生き延びた子供がいる』
『たった一人で立ち向かい、カミュレを退けた』
『その子は女の子だった』
噂を様々な人々から聞き集めたところ『カミュレにさらわれてただ一人で立ち向かい、生き残った女の子がいる』という要点は共通していた。
あくまで噂話であるのが幸いか、その子のプロフィールまでは明るみになっていないようだった。
魔法使いたちを恐怖に陥れた魔女を退けたという情報だけが独り歩きしていて、人々はその少女を英雄のように見ているように感じられる。
噂の真相を知っている俺は何ともいえない気持ちになった。
確かにミラはまだ幼いながらも勇気を出してカミュレに立ち向かった。
何が起きたのかは知らないけれども、俺たちが助けに来るまで確かに耐え続けた。
だが彼女は決して正義などの感情を持って戦ったわけではない。
自分自身の命を守るための生存本能の最終措置、そして魔女に対する『殺意』で戦ったのだ。
ミラ自身がこの噂を耳にしたらどんな気持ちを抱くのだろう。
あの子にとってカミュレとの戦いは苦い記憶だ。
称賛される内容の噂とはいえ、それを掘り起こされるのは決して快いものではないはずだ。
この噂話のことはレオナルドさんにも伝えなければ。
俺は予定を変えて図書館へと向かった。
「ふむ……ミラのことがギルドで噂になっていると」
レオナルドさんは深刻そうにため息をついた。
俺たちは今、他人に内容を聞かれないように普段の場所とは違う個室へと移動して会話をしている。
彼もまた噂の真相を知る人物の一人、ミラが英雄視されていることに複雑な感情を抱いているようだ。
「どこから広がったんでしょうかね……」
「きっとクラリスちゃんが終息宣言を出したときの声明が様々な人々を介して形を変えて伝わったんだろう」
オズが出した終息宣言が元になった可能性が高いわけか。
これに関してはは誰も責められない。
それはそれとして、俺の中ではかなり懸念していることがある。
「もうすぐ学校が再開するんスけど、子供たちは噂のことで話題が持ち切りになりますよね……」
学校のことだ。
生徒たち、ましてや小学生相当の年代が数多く集まる初等部の子供たちは『英雄的な少女』のことで話題が持ち切りになるのは目に見えている。
ミラ自身にも直接この話題が降りかかるのは避けられないだろう。
下手すればその噂の少女の正体が正体が彼女だと知られかねないし、いろいろとマズいことになる。
「なるほど……」
「ミラは学校を楽しみにしてるし、気負いしなくてもいいようになんとかしてやりたいんスけど、なんとかならないっスかね」
ミラがどれほど学校を楽しみにしているかは知っている。
どうにかして噂を消すことはできないものだろうか。
「噂を消す方法となると本当に難しい問題になるね。手段は一つだけあるけれど……」
レオナルドさんは深くため息をついてからそう呟いた。
本当か!?
俺はその一言を聞いた瞬間に目を見開いた。
「本当に、噂を消せますか?」
「わからない。噂を消せる可能性はあるが逆に冗長させる可能性もある。これは賭けだよ」
レオナルドさんの言う『賭け』とはなんだろう。
リスクの高い選択をするとはまた珍しい。
「やりましょう」
「ならすぐに手配しよう。それがどう転ぶかは運任せになるけれどね」
ミラが嫌な思いをせずに済む可能性があるならどんなことだってしてもらおう。
俺はレオナルドさんがどんな手を使うのかを想像しながら帰路につき、足を速めて駆けていった。




