ミラの底にあるもの
ミラから頼まれた本を買いに行った帰り、俺はレオナルドさんにミラのことを報告するために図書館に寄ることにした。
レオナルドさんは俺たち以上にミラのことを心配していたし、安否を伝えるだけでもかなり安心してくれるはずだ。
図書館の三階まで登り、いつもレオナルドさんのいる場所までやって来た。
やはりというか、予想通りに彼はそこにいた。
ただ、今日は明らかにいつもと様相が違った。
普段なら机に大量に積まれている書物の山がほとんど置かれていないし、レオナルドさん自身も机に突っ伏したままピクリとも動かないのだ。
おそらく、心配のあまり一睡もできない状態が続いて限界が来たのだろう。
無理に起こしてまで伝えるのもなんだか気の毒だ。
ミラが腹をすかして俺の帰りを待ってるだろうし、置手紙でもしておくか。
俺は別の司書さんに紙とペンを借りてさっと手紙を書き上げた。
手紙にはミラが目を覚ました事実と彼女の現在の健康状態について簡潔に記し、レオナルドさんが伏している机の上に添えて俺はその場を後にした。
「ただいまー」
俺は家へと戻り、そのままミラの部屋へと向かった。
頼まれていたものを渡さなければ。
「おかえりー。頼んだものは買ってきてくれた?」
「おう。ちっとばかし値が張ったけどな」
娯楽用の文庫本と違って学問に関する本は例外なく値が張る。
本当ならもっと歳を重ねた人が読むような本だし、当然と言えば当然なんだが。
「ありがとー!読んでもいい?」
「好きにしろ」
ミラは分厚い本を手に取って目を輝かせている。
当分は退屈することもなさそうだ。
さて、昼食も終えたことだしこれからどうするかを改めて考えてみるか。
ミラは当分の間はリハビリ生活だろう、目下の目標はまた自力で歩けるようになることだ。
今はまだ立つことすらできないけれども様子を見るに回復の見込みは十分にある。
時間はかかるかもしれないが根気よくやっていけばきっとまた歩けるようになるはずだ。
オズと一緒に子育ても並行していくことになる。
俺はミラの方につきっきりになるだろうし、その間は少し関りが薄くなるだろうけれどそっちも頑張っていかないと。
などと考えていたところ、家の戸が勢いよく開く音が聞こえてきた。
こんな時に誰だ?
オズだったらあんなに乱暴な開き方はしないし、グレイさんたちでも最初にノックぐらいはしてくれるはずだ。
「!?」
俺は戦慄した。
誰かが名乗りもせずに勢いよく戸を開き、そのまま階段を駆け上がってきたのだ。
その音が大きくなるにつれて俺の中で一気に不審が募る。
「ミラ、俺の後ろに隠れろ」
咄嗟に俺はミラを隠すように位置取り、来る何者かに対する迎撃態勢を整えた。
さあ来い、不届きものだったらぶっ飛ばしてやる。
これでも腕っ節は結構強いほうだ、生半可な奴には負けない自信がある。
緊張が高まる中、ミラの部屋の扉が勢いよく開いた。
誰だ……見知らぬ奴ならぶっ飛ばすぞ……
「ハァ……ハァ……ミラが目を覚ましたって本当かい?」
押し入ってきたその人物の第一声を聞くなり俺は拍子抜けしてしまった。
その人物とはレオナルドさんだったのだ。
珍しく顔を真っ赤にして激しく息を切らしている、よほど急いで駆けつけてきたんだな。
「……あれっ?」
今考えなおせば面識のない人間が我が家に入ろうとすればクロが猛烈に怒るはずだ。
でもそれがなかったということは知り合いが来たということじゃないか。
あまりのイレギュラーでそのあたりの認識が飛んでいた。
「お父さん……?」
俺の後ろからミラがわずかに顔を覗かせて様子を見ている。
その顔を見るなりレオナルドさんは我を忘れてミラの元へと駆け寄った。
レオナルドさんの胸中を察した俺はそっと脇へと身を引いた。
「よかった……また目を開けてくれて……!」
レオナルドさんはミラの身体を抱き寄せ、感情のままにしゃくりあげる。
その光景を目にした俺はある意味で戦慄した。
レオナルドさんがここまで感情的になるのを見るのは初めてだ。
ミラもそうなんだがマーリン家の人たちが感情的な面を見せるのはかなり珍しい。
これまで理性的な面しか見ていなかっただけに『本当は人間の皮を被ったロボットなんじゃないか』と考えたことすらあるぐらいだ。
「心配したよ……本当に……」
レオナルドさんはミラに顔を見せないようにしながら言葉を贈った。
俺はそれを見てすごく安心した。
本人に言ったら失礼なんだろうけれどちゃんと『人間っぽい』ところもあるんだな。
普段はあんなでもちゃんと親としての一面もあるっていうのを確認できてよかった。
はじめは呆然としていた様子のミラもだんだんレオナルドさんの胸中の思いが伝わって来たからか表情が少しずつ崩れてきた。
「ごめんなさい……みんなに迷惑かけちゃって……」
俺は黙って首を横に振った。
ミラは何も悪くないし、俺たちでも防ぎようがなかった。
あれは事故のようなものだったんだ。
「何も気に病むことはない。君は何も悪くないんだから」
「ミラもお父さんやお姉ちゃんみたいに強ければこうはならなかったのかな?」
レオナルドさんは諭すがミラとしてはどうも引っかかるところがあるらしい。
真っ向から戦えるだけの力があったら手を煩わせることもなかったと考えているようだ。
「大丈夫、心配しなくてもミラは強い子だよ。現にこうしてカミュレから生き延びているじゃないか」
俺たちが駆け付けるまで何があったのかは知らない、知るつもりもないがミラだけがカミュレの魔の手から逃げ延びたのは事実だ。
「あのね……一人の子がひどいことされてるのを助けられなかったの……」
ミラはカミュレに誘拐されていた時のことを語った。
「もっとミラが強ければその子を助けられたのかなって思うと……悲しくて……悔しくてッ!」
胸中の無念が一気に噴き出したミラは泣き出してしまった。
その無念さがカミュレへの殺意につながったのか。
俺もレオナルドさんも何も諭すことができなかった。
ミラにとって手が届く距離にいる人物を助けられなかったことがどれほど悔しいことかを理解できるからだ。
しばらくの間ミラは感情のままに声を上げて泣きじゃくった。
レオナルドさんはそっとミラを抱き寄せたまま彼女の感情を受け止め続ける。
どれほど泣いたか、ミラはようやく落ち着いてきた。
今なら話を少し聞いてくれるだろうか。
「あのなミラ。人っていうのは決して万能の存在じゃないんだ」
俺はミラの隣に腰を下ろして語りかけた。
きっとミラが思い詰めているのは自分の理想が高すぎるのが原因だ。
「俺やレオナルドさん、それにオズだってだ。それぞれすごいところはあるだろうけれど、その分ダメなところだってある」
俺なんてただの体力馬鹿でミラみたいに要領よく物事を覚えることはできない。
それにレオナルドさんは知識量と扱える魔法こそ多いけれども、逆に体力がなさすぎてここに来るだけで息を切らすほどだ。
オズは……最近はほぼ治ったけれどもものすごいワガママだし、俺がフォローしないと大恥をかくようななことを平気でやらかすほどの常識知らずだ。
「だからさ、そんなに自分のダメなところばかり見る必要はねえんだ。それにな、俺たちはミラのいいところをいっぱい知ってるぞ」
今回ミラが悔やんでいるのは『自分の力不足』だ。
でもそれは彼女の年齢を考えれば仕方のないことだし、まだまだ伸びしろがあると考えればむしろ長所じゃないだろうか。
それに力がないというのも逆に考えれば『周囲の魔法使いが規格外すぎる』だけであってミラ自身は年齢の割にはかなりの実力があるはずだ。
「俺じゃ読めないような難しい本でもスラスラ読める上にいろんなことを知ってる賢さがあるし、ケガをしてる人がいたらどんな人でも労われる優しさとそれを治せるだけの魔法も使える」
俺はミラを励ますように彼女の長所を列挙した。
改めて考えればこんなによくできた子は今まで見たことがないぐらいだ。
「レオナルドさんもミラのいいところ、ちゃんとわかってますよね」
「ああ、何かを悔しく思うってことはそれだけ向上心があるっていうことなんだ。今は自分の魔力を制御しきれないけれども、これから研鑚を積んでいけばきっと素晴らしい魔法使いになれる」
レオナルドさんの言う通り、ミラは魔力を酷使したことでこうなっている。
だがいずれはそれも制御できるようになるだろう。
そうなった姿を見るのが今から楽しみだ。
「助けられなかった子がいるのはとても残念だろうけれどもうそれで済ませるしかない。次に同じような子がいたら助けられるようになろう」
「……うん」
レオナルドさんの言葉にミラは小さく頷いた。
そして帰り際、ミラの部屋を出ようとしたところでレオナルドさんの膝が折れた。
「数年ぶりに走ったからね……どうも体力不足らしい」
そりゃあ日頃から引きこもってるような人がいきなり全力で走ればそうなるよなぁ。
自力で帰るのは無理そうだな。
そう判断した俺は窓を開いてクロに声をかけた。
「クロ、レオナルドさんを図書館まで送ってやってくれないか?」
クロは小さく吠えると翼を羽ばたかせて宙に浮かび上がり窓の手前まで飛んできた。
「すまないね。急に押しかけてきて迎えまでやってもらってしまって」
「いいっスよこれぐらい。ミラのことは俺たちに任せてちゃんと睡眠とってくださいよ」
「そうするよ。私にも休息が必要みたいだからね」
クロの背に乗せられ、レオナルドさんは図書館へと戻っていった。
一応首元にスカーフを巻いてあるし、野生だと勘違いされることはないだろう。
「お父さんがミラを助けてくれたの?」
レオナルドさんが帰った後、ミラが俺に尋ねてきた。
「そうだ。そのために全力でカミュレと戦ってくれたんだぞ」
実際は恐ろしいぐらいに圧倒的で俺からは手の出しようがなかったんだけどな。
忘れもしない、淡々とカミュレの手足を氷の槍で貫いていく非情に徹しきったレオナルドさんの姿を。
「ただいまー!」
そんなこんなしていたらオズが帰ってきた。
魔法使いのことなら彼女に任せた方がよさそうだ。
後で相談してみるか。
ミラもレオナルドさんも、人間らしいところがあった。
これからもっとああいうところを見られるといいなぁ。
できれば今度はあんな悲しい感情以外で。




