ミラのリハビリ
ミラが意識を取り戻した翌日、目を覚ますと俺は自分の部屋のベッドの上で横になっていた。
おかしいなぁ、昨夜自分の部屋に戻った記憶なんてないんだが……
時刻は……もう九時過ぎてるじゃねえか!
とりあえずベッドから出て活動を開始せねば。
俺はおもむろに体を起こして床に足を着けた。
食卓には朝食が作り置きされていた。
オズがやってくれたのかな。
この頃は何から何まで頼りっきりになってしまっている。
近いうちになにかお礼しないと……
とりあえずミラの様子を見に行こう。
今頃は何をしているだろうか。
階段を上り、俺はミラの部屋を訪れた。
するとどうだろう、昨夜まで俺がいた場所にはオズとアリスがいるじゃないか。
「おはようトモユキ」
ミラがベッドの上から俺に挨拶をしてくれた。
とりあえずまた元気そうな表情を見せてくれて安心だ。
「ミラが目を覚ましたのをわかっててなんで教えてくれなかったのよ」
部屋に入って来たオズが不機嫌そうに俺に詰め寄って来た。
「いやぁ、それはだな……」
俺がそれに気づいたのはお前が寝てた時だぞ。
下手に起こすとミラ並みに機嫌悪くするし、アリスを夜中に起こしてしまうかもしれないことを考えると手を出せなくてなぁ。
なんとも説明しがたくて俺は頭を掻いた。
「まあいいわ。こうしてまたみんな一緒になれたわけだし」
それについては同感だ。
またこうして俺たち家族全員が揃って同じ時間を過ごすことができる。
次から次へと課題が山積みになってはいるけれども。
「お姉ちゃん、アリスを抱かせて」
「はいはい。落としちゃダメだからね」
ミラはオズの腕からアリスを引き取った。
アリスの体重を支えられる程度に力が戻ったんだな。
若さゆえの回復力か。
アリスの顔をじっと眺めて少しすると……
「えへへ……可愛い……」
ミラの表情がふにゃっと崩れた。
直接的な血の繋がりはないけれどもミラはアリスのことを自分の実の妹のようにかわいがってくれている。
だからこうして笑ってくれているのが本当にうれしい。
「もう少しは安静にしないといけないけど、体力戻ってきたらリハビリしないとな」
俺もこっちに来る数年ほど前に足を骨折して数日の安静を強いられたことがあるからわかるんだが身体は動かさないとマジで鈍って使い物にならなくなる。
きっとミラも今そういう状態になっているはずだ。
「『りはびり』って何?」
ミラが俺に尋ねてきた。
そうか、こっちの世界にはそういう概念がないんだな。
「俺の住んでたところにあった風習でな、ケガや病気で弱った身体を治ったときに元通りに動かせるようするためにある程度動かしておくんだよ」
厳密にいうと違うような気もするが説明としてはこれぐらいでもいいだろう。
とりあえず今はミラの身体がどれぐらい鈍っているかを確認しておきたい。
「俺の予想だけどな、多分今のミラは立つことすらできんぞ」
「えー、まさかー」
「じゃあ試してみるか?」
俺はミラの手元からアリスを預かった。
発言をあまり信用していないっぽいミラはベッドから降りて床に足を付けた矢先、その足は流砂のように崩れ落ちた。
ほんの数秒、全員が沈黙したまま時が流れる。
「あれっ?」
間を置いて数秒後、ミラは今起きたことが信じられないというような表情で俺の方を見てきた。
どうやら感覚を失うということを理解できていなかったようだ。
「言った通りだろ?動物の身体って動かさないとダメになるんだよ」
「これはしばらくの目標が『立てるようになること』になりそうねぇ」
ミラの様子を見たオズが軽いため息混じりに呟いた。
まったくもって同感だ。
歩くとか動かすとか以前に『立っている感覚』を思い出させなければ。
オズとアリスが退席していった。
どうやらこの前知り合ったママ友と会いに行くらしい。
こうして家には俺とミラの二人になった。
「じゃあ、まずは立ってる時の感覚を思い出すところからだな」
俺はベッドに腰掛けているミラの脇を抱えて支え、体の向きが床と垂直になるように立たせてみた。
「今床に立ってるっていう感覚はあるか?」
「わかんない。身体が宙に浮いてる感じ」
なるほど、感覚がなくなってるんだな。
わかるぞ、俺もリハビリ初日はそんな感じだったし。
さて、ここからどういう風にリハビリしていこうか。
「こんなにも簡単に立てなくなっちゃうんだね」
「そうだな。でもまた立てるようになるだろうし、気を重くすることはねえよ」
とりあえず意欲を前へ向かせるようにしよう。
このまま半身不随だとかは俺も考えたくはない。
「自分で歩けないと退屈しやすくなっちゃうかも」
まあ、実際そうなるだろうな。
娯楽なんてそれこそ読書ぐらいしかないだろうし。
「読書でもするか?」
「うん、でももう本棚の本は全部読んじゃったし……」
お前の部屋の本棚、結構な量の本があるけどあれ全部読破してたのか。
流石は本の虫。
「じゃあ何か本でも買って来てやろうか」
「本当に!?」
本のことになると元気になるよなぁ。
「それならね、生物学の本の最新版が欲しいな」
九歳の女の子がリクエストするような内容じゃないだろそれ。
それでもミラが欲しいっていうなら買ってくるんだが。
「わかった、買いに行ってくる。戻ったら昼飯にしよう」
ミラに一言言い残し、俺は書店に足を運ぶことにした。
今は俺がミラの足代わり、やれることはやってやろう。
こうして、俺たち一家とミラのリハビリ生活が新たにスタートすることになった。




