ミラの目覚めと苦悩
眠ったままのミラに薬を投与する生活を初めて二日経過した。
意識を失った日から数えてもう五日は寝たきり状態が続いている。
ミラは相変わらず目を開かないがうなされる頻度は劇的に下がったし、呼吸も安定してきた。
それに寝顔がどことなく安らかになった気もする、きっと薬の効果が出ているのだろう。
だとすれば目を開いてくれる日も近いはずだ。
その夜中、俺はミラの部屋で彼女の使っている椅子を借りて枕元に腰かけ、容体を観察していた。
もしかするとふとした表紙にミラが目を覚ますかもしれない、そう考えると彼女のそばを離れることができなかった。
おかげでアリスのことの大半をオズにまかせっきりになってしまっている。
なんだか申し訳ないな、今度謝らないとな。
苦しそうな表情はなくなり、落ち着いた呼吸でミラは寝息を立てている。
この調子なら明日には目を覚ますかもしれないな。
……などと考えていたその時だった。
「ん……んん……」
ミラがごくわずかながらも声を発したのを俺は聞き逃さなかった。
驚きのあまり今度は俺の心臓が止まりそうになる。
そして、ミラはおよそ五日ぶりにその目をうっすらと開いた。
「そこにいるのは誰……?トモユキ……?」
「ああ、そうだ。そしてここはお前の部屋だ」
ミラは五日ぶりに言葉を発して視界にぼんやりと映っているのであろう人物の正体を確認してきた。
それに対し、俺は問いに対する答えと現在地を知らせる。
「よかった……目を覚ましてくれて……」
喜びのあまりに涙が出てきたし、大きなため息も出てきた。
「ミラはどうしてここにいるの……?」
そうか、意識がなくなる前のことを覚えていないんだな。
かなり辛い思いをさせるかもしれないけれど、はっきりと伝えた方がいいのかな。
少し考えた結果、俺は知る限りのことをミラに伝えることにした。
カミュレに連れ去られたこと、そしてミラ自身が膨大な魔力を行使した影響で肉体に過度の負担がかかっていたこと、そして現在に至るまでに起こっていた出来事を語った。
「そっか……そんなことがあったんだ」
「そうだ。なんで魔力を大量に使ったのかはわからんが今は身体への負担が回復しきってない状態だから無理に動こうとするな。身体を起こしたかったら言ってくれ」
そうだなぁ、他にしてやれることって何があるだろうか。
……そうだ!
「なにか食べるか?簡単なものなら今からでも作ってやれるが」
ミラは数日の間何も口にしていなかった。
いきなり俺たちと同じものを食わせるとかえって負担になるだろうけど、お粥ぐらいなら大丈夫か。
「うん、お願い」
よしきた、任せておけ。
簡易的な食事を作るため、俺は一時的に退室した。
そして十数分後、粥と茶を用意して俺は再びミラの部屋を訪れた。
「ほら、粥作ってきたぞ」
少し目を離している間にかなり珍しい光景が出来上がっていた。
泣いている、なんとあのミラが。
きっとなにか嫌なことを思い出したのだろう。
どうしよう、何があったのか聞いてあげるべきなのだろうか。
しかし下手に傷を抉るようなことはしたくない……
「うっ……うああああ……」
いや、やっぱり気にせずにはいられない。
せめてミラが何を考えているのかぐらいは知っておこう。
「なにか、嫌な思いでもさせられたか?」
「わからない……どうしたらいいのかわからないの……」
わからない?どういうことだ。
「わからないって?」
「初めて……人に対して……うっ……『殺したい』って……うあぁ……」
俺は内心かなりショックを受けた。
今まで優しさの塊にも等しいような存在だったミラが初めて殺意を抱いていたことが信じられなかった。
初めての感情に対してミラ自身もかなりの罪悪感を抱いているらしい。
「誰も傷つけたくないって思ってたのに……でも……でも……」
ミラの感情が昂っている。
このまま喋らせると大声で泣き出してしまいそうだ。
「もういい。これ以上は言わなくてもいい」
これまでもミラは何度か泣いたことがあった。
だがそれは他人を思いやる感情が行き過ぎた結果であって、自分のことで泣いたことは一度もなかった。
今回は初めてのパターンだ。
「どうしたらいいの……?」
初めて抱いた感情に対する罪悪感に苛まれてミラは泣きじゃくっている。
どうしたらいいって言われてもなぁ……
「別にそんな風に思うのは自然なことだと思うんだけどなぁ」
俺がそういうとミラは真っ赤に腫らした目をこちらに向けた。
「そりゃあ怒ったり誰かを傷つけたりしようとするのは悪いことだと思うかもしれないけどさ、人として生まれた以上はそういう感情を持っちゃうのは仕方がないと思うぞ」
人はいろんな感情を持って生きていく動物だ。
生涯で抱く感情はいいものばかりではない、むしろ悪い感情の方が多いぐらいだ。
「ミラは今まで誰にでも優しすぎたんだ。誰かを傷つけないように、傷つけないようにしてきて自分の感情を抑えてたんじゃないか?」
本当はこれまでだってミラにとって気にくわないことはあったはずだ。
でも今まで彼女がそれを表に出さなかったのも全部『彼女が優しくあろうとしたから』じゃないだろうか。
「大丈夫だ。ミラは悪い子なんかじゃない」
ずっと話してるとせっかく作った粥も冷たくなっちまいそうだ。
今ならちょうどいい程度に冷めてるだろうし、そろそろ食べてもらわないとな。
「このままだと冷たくなりそうだし、そろそろお粥食べるか?」
「うん……ありがど……」
ミラはまだ動かすには痛むであろう腕を擦って涙を拭い、くしゃくしゃになていた顔をなんとか繕いなおすと食器に手をつけようとした。
「あ、あれ?」
ところがミラの手には力が込められないらしく、手にしたスプーンがベッドの上に滑り落ちた。
やっぱり完全には回復していない。
「口開けてみろ、俺が食わせてやるから」
しばらくは俺がミラの手足代わりに動くことになりそうだ。
数日の間を経て、ようやくミラが目を覚ました。
彼女はいろいろと衝撃的なことを体験したらしく、身心ともにボロボロな状態になっていた。
あの事件はかなり深い爪痕を残していったみたいだ。
しばらくはアリスの世話とミラのリハビリを並行していくことになるだろう。
頑張れ俺、子供のために頑張るのが親としての俺の務めだ。




