マーリン家の報復
今回はタカノ視点の話です。
「私の娘に何をするつもりだ」
ほぼ全裸のミラの頭を鷲掴みにしている老婆に対し、レオナルドさんは低く唸るように声を上げた。
普段の温厚さと比べてわかる、今のレオナルドさんは確実にブチ切れている。
自分の娘を手にかけようとしている輩が目の前にいるのだから当然の感情だ、誰だってそうなるはずだ。
「問おう、貴様はカミュレだな?」
「いかにも。礼装に刻まれたその紋章、マーリン家の人間か」
俺たちの眼前にいる薄汚い老婆は確かにそう答えた。
アイツがカミュレか。
どうやらこちら側のことも知っているようだ。
「アンタはずっと昔に処刑されたはずでしょ?なんで生きてるわけ」
オズがカミュレに対して問いを投げた。
聞いた話では何十年も前に処刑されているわけだし、こうして生きているのはいろいろと不自然だ。
「魔法使いならば、答えるまでもなくすでに気づいているのではないか?」
カミュレは薄ら笑いを浮かべながらレオナルドさんに質問を返した。
「反魂術を使ったとでも言うのか」
レオナルドさんが静かにそう口走った。
反魂術?
初めて聞いたぞそんなの。
「反魂術ってなんだ?」
「死者の肉体に魂を定着させて蘇生する魔法。生み出されたことが過ちとすら称される禁忌の存在よ」
なんだよそれ……
つまり処刑はされたけど反魂術で蘇ったっていうことじゃねえか。
「死者が息を吹き返すのはこの世界の理に反する大罪だ。そうまでしてなぜ貴様は魔法使いの子供を殺める」
「大義名分なんて忘れたね。今は子供をいたぶるのが楽しいからとでも言っておこうか」
コイツ……腐りきってやがる。
一瞬でここまで腹が立った輩も久々だ。
「さて、話はこれぐらいにして私はさっさとこの小娘を殺す!」
そう言い放ったカミュレは再び槍を構え、ミラの身体を貫こうとした。
「!?」
が、その一手はオズの召喚魔法によって呼び出された光の鎖に阻まれて届かない。
自らの腕を縛り付ける鎖を見た後、カミュレはオズの方をギロリと睨みつけた。
「空間干渉の魔法……貴様はオズ家の魔法使いだな?」
「その通り。アタシはオズ家第十四代目当主、クラリス・オズよ」
召喚魔法といい、空間に直接干渉する魔法はオズ家の特権のようだ。
初めて知ったぞ。
「なぜだ……干渉を拒否する結界を張っていたはずなのにどうして貴様はその魔法を発動できる!」
「アタシたちはドラゴンを使って乗り越えてやっただけよ」
オズは髪をいじりながら答えた。
確かに結界の影響で召喚魔法で乗り込むことはできなかったがクロを使うことであっさりと乗り越えることができた。
「そして貴様の張った結界は私が解除した。あの程度なら雑作もない」
そしてレオナルドさんが補完するように続いた。
言葉通り、彼はあらゆる呪いや結界を解除する魔法を行使することができる。
これならオズたちも自在に魔法を扱える。
「おのれ……またしても私の邪魔をしようとしようというのか、オズ家の魔法使い!」
カミュレは理性を投げ捨てたように朽ちた歯を剥き出しにして吠えた。
過去のカミュレの悪行を止めたのは先代のオズ家だったわけだし、オズに対して因縁をつけるのも無理はない。
「魔法使いに害を為す輩は我らオズ家の敵、老体とて容赦はしない」
オズは冷徹に宣告し、光の鎖を豪快にぶん回してカミュレを地面に叩きつけた。
それと同時にカミュレの手元を離れたミラの身体が宙高く舞う。
あの高さなら……間に合う!
俺は咄嗟に床を勢いよく蹴り、ミラの下へと身体をを飛ばした。
「いよっと……」
俺はミラの真下で待ち構え、落下してくるその身体をキャッチした。
少しばかり重くなっていたことを感じ、彼女の成長に気付かされる。
「悪かったな。俺が目を離したばかりにこんなことになっちまって」
俺は腕の中で意識を失っているミラに対して語り掛けた。
当然ながら反応はないがせめて一言ぐらいはかけないと俺の気が収まらない。
「返せ……それは私の玩具だぞ……」
「ふざけんな!ミラはレオナルドさんの娘であり、俺たち家族の一員だ!断じてテメエなんかの遊び道具じゃねえ!」
よろめきながら起き上がり、痴れ事を喚くカミュレに対して俺は反射的に言い返した。
こんな腐れ外道はもはや人間ではない。
生きていることすら許してはいけない、なんとしても排除しなければ。
「娘は返してもらった、あとは存分に報復させてもらおう」
怒りが頂点を通り越していたレオナルドさんはその言葉とともに躊躇いなく選定の剣を抜いた。
凍てつく寒気が部屋中に満ちて床には霜が張り、氷の槍が空中に錬成される。
「アンタたちはこれ使いなさい。下手したらここで凍死することになるわよ」
そう言われると俺はオズから二匹の蛇があしらわれた盾を渡された。
『双蛇の盾』、これがあればあらゆる魔法的な干渉を拒否することができる。
盾の力に護られ、俺たちは寒気を免れた。
「まずは一発目」
レオナルドさんは錬成した氷の槍をカミュレ目がけて発射させた。
槍は正確な直線軌道を描いてカミュレの右足を貫き、そのまま突き抜けて床にぶつかり氷片へとなり果てる。
「うっ……!ぐおお……!」
「ずいぶんと苦しんでいるようだがこれはまだ『一発目』に過ぎない。次は二発目だ」
怖……
普段温厚な人を本気で怒らせるとこんなことになるんだな。
「次はどこがいい。右腕か、それとも左足か」
「み、右腕だ……」
「よろしい、ならば左足だ」
カミュレのリクエストなど意に介さず、レオナルドさんは再び錬成した氷の槍でカミュレの左足を貫いた。
氷の槍に両足を砕かれ、カミュレはもはや立ち上がることすら許されない。
「貴様……マーリン家の分際で私を殺すつもりか?」
「そんなつもりはない。死よりも重い報いを与えよう」
レオナルドさんは冷淡に言い返した。
彼の言う『死よりも重い報い』っていうのはなんだろう。
「むしろ『死ぬなんて安直な回答』など許すものか」
レオナルドさんは血走った眼を見開いてカミュレを睨みつけた。
選定の剣の刃が青白く輝き、放たれた冷気がいっそう強くなる。
「なっ……!?」
すでに砕かれたカミュレの両足は氷に閉ざされて完全に凍結してしまっていた。
レオナルドさんが彼女をどうするつもりなのかがなんとなく予想できた。
「最後に聞こう。なぜ貴様は暴虐の限りを尽くすような悪女になり果てたんだ」
レオナルドさんはカミュレの首を残し、全身を凍結させるとカミュレに犯行の動機を尋ねた。
「……戦争が憎かったんだよ」
さっきまで完全な気狂いでしかなかったカミュレはその問いで我を取り戻したように真っ当に答えた。
「私は我が子の命を奪った戦争が憎かった。この世界から戦争を消すためにはその大元を絶たねばならなかった。だから魔法使いの子供を消していくことにしたんだよ」
動機は復讐か……
悲しい奴だ。
「戦争を憎む気持ちは当然の感情だ。だからといってその感情は己の虐殺行為を正当化する理由にはならない」
「そんなことはわかっている。それ以外に私はこの悲しみを、憎しみを、怒りを、どうやって吐き出せばよかったのかわからなかった……」
正気になったカミュレは動かない身体のまま泣き崩れた。
その姿は我が子を失った心優しい母親のそれだ。
「失った子供の命は元には戻らない。だが残された子供の命を守ってあげることはできる。そうではないのかな」
レオナルドさんは機械のように無機質な言葉をカミュレに投げつける。
「君は自らの選択を誤ったんだ。君が復讐を続ける限り、この世界から争いの火種が尽きることはない」
「うっ……うおお……うおおおお……!」
レオナルドさんに現実を突きつけられ、カミュレはただ悲しみの感情を吐き出すことしかできなくなっていた。
その言葉はもはや暴力的にすら感じられた。
「これを本当に最後の問いにしよう。己の罪を認め、相応の報いを受ける覚悟はあるか?」
「……受け入れよう」
カミュレから懺悔の言葉を引き出したレオナルドさんはついにカミュレの全身を完全に凍結させ、巨大な氷の中へと閉じ込めた。
「生きたまま、氷獄の中で罪の報いを受けるがいい。永遠に」
すべてを終わらせたレオナルドさんは静かにそう呟いた。
ということは生きたまま氷の中に生き埋めにしたのか。
俺は初めてレオナルドさんが本気で怒ったのを目の当たりにした。
性格が豹変して別人と見紛うほどに攻撃的になる辺り、ミラもその血を色濃く受け継いでいることを実感せざるを得ない。
「帰ろう。私たちの日常へ」
すべてを終わらせたレオナルドさんは選定の剣を鞘に納め、俺たちにそう語りかけた。
こうして、子供を発端とする事件の黒幕はレオナルドさんによって倒された。
それはあまりにもあっけなく、そして後味の悪い幕切れだった。




